呪者がいた。 呪者がいた。 大英帝国、首都ロンドン。霧の都の一隅に、日本の偉大な文豪を──夏目漱石を怨んで呪う者がいた。 (世にも恐ろしい祟り神) 呪者はイギリス人である。 名前はイザベラ・ストロング(Isabella Strong) 。 テムズ川の流れの洗うチェルシー地区に今なおその姿をとどむ、トマス・カーライルの家の管理がすなわち彼女の仕事であった。 「夏目はまったくけしからぬ」 そういう立派な英国淑女が、訪客の姿(なり)を日本人と認めるや、怨嗟の焔をさっと瞳に宿らせて、低く、床を這わせるようにぶつくさ文句を垂れまくる厄介な性(サガ)を持ったのは、むろんのこと理由(ワケ)がある。 艶めいた…