先日、父の命日でした。次が、えーと、二十三回忌だったかな。時が経つのは早いものです。 思い出すことも、だいぶ少なくなりました。もちろん、記憶から親父が消えたわけでもないですが、ふとした時に思い出す、ということはかなり減りました。今は実家住まいではないので、仏壇に手を合わせるということもなく、思い出す、という行為が唯一の供養というか、偲ぶ儀式になっていますので、思い出すことが減ると、それだけ偲ぶ機会がなくなっていることになります。 親父は、子ども達に対して、何かを言う人ではありませんでした。最期の時も、特に言葉を残すことなく逝きました。 なので、思い出したとしても、やはり記憶の中の親父は、僕に対…