ぼくが好きな詩を紹介しています 【初めて「カラマゾフ兄弟」を読んだ晩のこと 室生犀星】 私はふと心をすまして その晩も椎の実が屋根の上に 時をおいてはじかれる音をきいた まるでこいしを遠くからうったように 侘しく雨戸をもたたくことがあった 郊外の夜は靄(もや)が深く しめりを帯びた庭の土の上に かなり重い静かな音を立てて 椎の実は ぽつりぽつりと落ちてきた それは誰でも彼(か)の実のおちる音を かって聞いたものがお互いに感じるように 温かい静かなしかも内気な歩みで あたりに忍んで来るもののようであった 私は書物を閉じて 雨戸を繰って庭の靄を眺めた 温かい晩の靄は一つの生き物のように その濡れた…