小宅古墳群から鶏塚古墳群への道すがらに、見事な民家がありました。 たまたま通っていた道路沿いで、この広い駐車場が目に留まり。 道路の反対側に説明板。名主の入野家が、天保の飢饉にあたって村民救済事業として建てたとのこと。 国指定重要文化財入野家住宅 主屋・表門 二棟昭和43年4月25日指定入野家はもと武士の出で、江戸時代初期から代々名主をつとめた家柄と伝えられる。主屋は所蔵文書等から、天保7年(1836)から同12年(1841)までの5年を費やし、飢饉に当って村民救済事業として建設されたことが明らかになっている。主屋は一部二階、萱葺寄棟造で、桁行十間半、梁間四間半の主体部と、その上手前より桁行七…