1909年(明42)如山堂刊。篠原嶺葉(れいよう)は尾崎紅葉の門下生の一人。生没年は不明。この『田鶴子』は恩師紅葉の死の6年後に完成。その霊に捧げられた。ヒロインの田鶴子は20歳の女子大生。母を早くに亡くし、旧軍人の父親と継母とその娘と一緒に暮らしているが、遊蕩者で知られる若い伯爵家からの縁談を拒絶したために姦計にかかり、新聞に実名入りの不純交遊を報じられて勘当される。自然主義文学であれば、その生活苦から身を持ち崩し、転落していく話になるのだろうが、彼女の場合は生きることに真摯に肯定的に向かって、当時は珍しいヴァイオリン教師として下宿暮らしを始めていく。言文一致体の定着期であるためか、下例のよ…