この前、マライヤ・キャリーは冬の季語でいいんじゃないかと書いた。それでいくと、ゴーヤは夏の季語として市民権を得ていてもおかしくない。 庭の隅にホッタテ小屋がある。ちょうど真南を向いていて夏の日差しをたくさん浴びていた。ここにゴーヤを植えない手はない。最初の肥料くらいで特に世話をしなかったけど、ゴーヤが鈴なりになった。こちらがだいぶ世話になり、おかげでおいしい夏を過ごすことができた。秋が過ぎて今やもう年の瀬です。あれだけ元気だったゴーヤもようやく冬枯れた。片付けるのを忘れていたのは確かだけど、枯れた方がネットから外しやすい。時々、忘れっぽい性格が功を奏す。どちらかというと、怪我の功名だろう。 物…