昭和世代の私は「シャクナゲ」と聞くと、シャクナゲそのものより「しゃくなげ色に たそがれる はるかな尾瀬 遠い空」という歌の一節を思い出してしまう。「夏の思い出」に登場するシャクナゲ(石楠花)は高山種の花木。だが、それが最近は公園でもよく見かけるようになった。「しゃくなげ色」とは淡い紫みのピンク色を指すのだろうが、井上靖には大いに気になる花だったようである。彼の短編に「比良のシャクナゲ」があるが、彼の処女詩集は『比良のシャクナゲ』。散文詩として書かれたのは1946年で、それが小説として発表されたのは1950年の『文学界』。その詩は花、星など自然美が象徴する永遠に対して、人間性の卑小さを表現してい…