精神医学・病跡学者、筑波大学教授。1954年秋田県生まれ。1979年東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院、佐久総合病院、東京都衛生局、東京都立中部総合精神保健センター、東京大学医学部保健学科精神衛生学教室、筑波大学助教授(心身障害学系)、教授、同人間総合科学研究科教授(障害科学系)。1999年日本病跡学会賞受賞。
アメリカ文学者、中央大学名誉教授。東京生まれ。東京帝国大学文学部英文科卒、中央大学法学部助教授、教授、92年定年退任、名誉教授。
ここではチームタカハシに所属する5人の選手をまとめて紹介します(パパっとやるよ) 高橋信夫(たかはし のぶお,1972年 3月22日-)1998ver オリックス・ブルーウェーブ(1998-2001,D5位) 26歳でプロ入りを果たしたオールドルーキー。1998年は星野伸之投手と一時期バッテリーを組んでいたこともあった。引退後は約20年にわたり巨人のブルペン捕手やバッテリーコーチを務めた。オリックスファンより巨人ファンのほうが覚えてるかもしれない。 高橋正雄(たかはし まさお,1935年 5月 5日-)1954ver 毎日オリオンズ(1953-1955) 高校時代は甲子園出場を果たしたショート…
響きと怒り (講談社文芸文庫) 作者:ウィリアム・フォークナー 講談社 Amazon 『響きと怒り』は複数の長短編が同一の舞台や作中人物を共有する一群の小説群ヨクナパトーファ・サーガを構成する一篇。旧家没落の話だというので、年代記風のストーリーを想像していたが、全くちがった。コンプソン家の兄妹たちのたった四日間の話だ。フォークナーは「意識の流れ」の手法を駆使し、その四日間に作中人物の過去と現在、出来事と意識を複雑に交錯させるので、ストーリーがたどりにくい。「それにしても、この小説は晦渋であり、難解である」(本書「解説」)と訳者(高橋正雄)が言うほどだ。 『響きと怒り』は以下のような四つの章から…
「はてなブログ」を始めてから5年目くらいになる。ヤフーブログを2018年8月に開始した。漸く慣れてきた1年後lくらいにヤフーブログが閉鎖となり紹介してくれた「はてなブログ」に移籍した。そのときたしか「ブログ・アメーバ」も選択肢にあった。爾来、ブログの執筆は6年三カ月となる。ところが、一昨日あたりから、デスクトップパソコンで書いてきたブログの更新をしたいとおもうが、「編集」の項目がでなくなった。なにか不都合が生じていると考えた。何故かノートパソコンでは更新ができる。しかしデスクトップパソコン(こちらがメイン)ではできない。本日も更新を試みたら「無料の使用が限界になりました。Proに移行してくださ…
私の「医人」たちの肖像〔00〕―高橋正雄さんと「チェーホフの『発作』―共感する能力―」に触れて ~「病という才能」を生かしたチェーホフ~1995年2月25日 『北の星たち 新渡戸稲造、内村鑑三、有島武郎』(芦原伸著、白水社)をもう少しで読み終える。力作である。温かみに溢れた好著である。彼は足で書く「紀行作家」として着実に歩んできたと分かった。立ち止まらずに目標に向かって日々を歩むことで「成りたい人」になれると知った。翻って、私は本に囲まれて生きたいと思ってきた。気がつくとそのような生活をしている。 シリーズ・ブログ<私の「医人」たちの肖像>の一つに、高橋正雄さん(筑波大学教授・精神医学)を、<…
池澤夏樹のは作家側からの読解だったが,こちらは批評家側からの読解。合わせて読むと面白い。重なる部分は少ないけれど,その少ない重なった部分が,池澤夏樹が「小説は〈世界〉を描く」といったところ,フォスターが「ストーリーはひとつ」といってところ,というのが興味深い。 こういう本を読むと久しぶりに小説が読みたくなるんだけど,実際にこの本の最後に「テストケース」ってことで短篇が載っているんだけど,それ読んでやっぱり自分が全然読めるようになっていなかったり,そもそも傑作と称されているこの短篇をちっともそう思えなかったりして,自分の変わらなさに愕然とした。ただ著者が最後に書いているように,「自分が読む本を自…
2024年9月13〜15日に天理大学を会場に日本宗教学会第83回学術大会が開催されました。 本ブログ管理人も2日目から参加して、個人発表・パネル発表を聴けるだけ聴いてきました。 大会プログラムから、教派神道、近代神道、神道系新宗教関係の発表題目を下に紹介します。 タイトルで決め打ちしてるのでもしかしたら他にもあったかもしれません。 また、管理人は近代仏教関係の発表も聴いに行ったので、管理人が聴けたものもあればプログラムの都合により聴けなかったものもあり。「平田篤胤とキリスト教-『本教外篇』の検討を通して-」服部 直美(東大) 「 「平塚らいてう」をめぐる生長の家の言説」郭 立東(東大) 「新宗…
こうして三喜子は父と母と山下師との合議により、翌年四月釜山公立女学校の三年に転校し、彼の妹として入籍する事に決定した。(前記の茂久平師の令息高橋正雄先生が形式の仲人をして下さった。)後日の話だが、彼女の母親ははじめ親戚の誰彼の中には彼の東京に於ける行状を心配して三喜子を釜山に養女にやる事に反対したものもあったとか。彼の真実の心を知る僅少の人として山下師を特に敬愛し、彼が後日釜山の教務を同師に依頼し、満○家?○北支をかけて後顧の憂なく活動出来た事を衷心感謝している。 然し、此の幸福も長くは続かなかった。彼女が三年生の春修学旅行で京阪、奈良、東京に来た頃が一番楽しかった。つかの間の幸だったろうか。…
本部の職員だった山下鏡影師は彼の一番の理解者だった。彼の父と金光中学の同窓で親友であったが、性格は相違点が多く、父の固人型に対して誠に融通無碍(ゆうずうむげ)、悟り切った心境とすべてに先見の明があった。幾千人の教師全体は知らぬが、彼が本当に宗教家として尊敬し、其の特長を血とし肉としたい人は教祖の令孫にして高徳の师表(師表)金光摂胤师(彼の名付け親)とこの山下师と高橋正雄先生と大阪土佐堀の初代湯川大先生のみと思った。暑中休暇の帰途、大阪土佐堀に参拝した或日、幾百人の信徒を前に道を説き、寸時も先生にとっては尊い貴重な時間を彼の為に1時間余りもさかれ、神前の脇座(応接室)で昼食をご馳走され、この風変…
上司との折り合いが、悪い! 管理職と平社員の間に立つことが想定されている何らかの役職者が存在しない状態でここ数年、管理職である上司側は「中間に立つことを想定される役職者」程度の労働を求めてくる一方、こちらとしては「役職者」に宛がわれるような昇級もない状態でそんなタダ働きしてやって堪るか、突如そんなことを言われてもこちらとしては対応ができない。引継ぎもないし、前任者も消えてる。 「取り敢えず握ってみて」と言われて鉄棒握り始めた人間が、そんないきなり大車輪できますか? こっちは最初から逆上がりだと聞いてるんですよ。は? 知るか。そんな感じ。そもそも先方が提示してくるレベルというものが、恐らく組織内…
隣町の苅田に仕事で出かける用事があったので、その帰りに同僚の車で教会の近くまで送ってもらう。前回から10日程度しか経っていないが、東京旅行をはさんでいるせいか、話題には事欠かないし、心境の進展もある。東京みやげのどら焼きをお持ちする。 大矢嘉先生の書いたものに触れてから、おかげや取次について真面目に向き合う必要を感じ、教典を丁寧に読み進めようという気持ちになった。教祖に立ち返る必要を感じたのだ。その中で、大矢先生の文章で教えられた福嶋義次先生の本を読んで目を開かされた。また、明治時代の「下層」出身の教師たちを取り上げた渡辺順一先生の論文に魅せられて、著書を読んでみようと購入した。聞くと渡辺先生…
小雨の中早朝から家を出て、前回のようなドタバタはなく、午前9時過ぎに教会に着く。先生はちょうどご先祖の奥津城(墓所)にお参りにいこうとしていたところだった。地元では一番美味しい「宗像最中」を持参。井手先生は物々交換とつぶやいて、別のお菓子を持たせてくれる。 新年最初に念願のガルシア=マルケスの『百年の孤独』を読まれたという。その他、評論家の若松英輔や哲学者のジョルジョ・アガンベン、儒学者の佐藤一斎の名前がでてくるなど、目配りの広さには驚かされる。 それが誘い水になって、僕も年末年始にニューアカ40周年で浅田や中沢の本を読んだこと、長く敬意を抱いてきた柄谷行人の最近の活躍の話、あげくには読みかけ…