元禄6年8月24日。触状がくる。切紙で申し上げる。財政が厳しいので、御家中御普請役を務める輩は来年戌の年から5割増しで務めるように。かつまた来戌の年から江戸御供代御番あるいは御使など仰せ付けられ、病気などで務めるのが難しく、月数36ヶ月努めていない輩は御普役7割増しで務めるようにと言い渡される。そのようの心得ておくように、以上。少し前から御家老・御老中・御城代物頭などに役(務め)を出す。この度また5割が加わる。諸士はひっ迫する。
元禄6年8月24日。触状がくる。切紙で申し上げる。財政が厳しいので、御家中御普請役を務める輩は来年戌の年から5割増しで務めるように。かつまた来戌の年から江戸御供代御番あるいは御使など仰せ付けられ、病気などで務めるのが難しく、月数36ヶ月努めていない輩は御普役7割増しで務めるようにと言い渡される。そのようの心得ておくように、以上。
元禄6年8月23日。彼岸に入る。真福寺では演目百合若大臣高麗責が行われる。これは水からくり。太夫は笹尾平太夫。側では踊りや物まねも行われると。