元禄7年5月9日。鳴海の御旅宿を寅の刻(午前3時)に御立になる。朝は薄曇。御供をしながら笠寺を20町(1町は約100メートル)ばかり過ぎると名古屋の方で火柱が見えた。人々は色々と噂をしていた。瓦焼やたたらの明かりか、あるいは火葬の煙、ひどいのは日の出だと。巾下で御馬廻組南部七蔵の屋敷が残らず消失する。長屋だけが少し残ると。真福寺で御駕籠から降り、御小便をあそばせる。卯の6点(午前6時)、御入城する。御目見衆はかねてから笠袋に袴を入れ、御入城後にこれを着る。文左衛門は天王で持参の焼食を食べる。しばらくぶりに公は大殿様にところへ参上される。しばらくして御帰りになる。文左衛門も御目見を仕る。永らく大…