ニューヨークを出帆したのは大正九年十一月十三日であった。荒木君が人形製造の機械を買う為にドイツへ行くのを機会に同行する事となった。 私は船にはあまり強いとはいえないが、太平洋での経験も有り少しは自信もあったので少し位のシケでは酔う事はない。 ニューヨークを出てから二日目に相当なシケに会ったが食卓へ枠を掛けたり棚の荷物を縛りつけたりした程度で無事大西洋を渡り十一日目に英国のサザンプトンへ着いた。 大英国の首都ロンドンでは二週間を、見物に或は日本陶器会社の特約店、ローゼンフィルド商会や、そこの斡旋で近郊の人形の製造工場や、玩具工場の視察で夢の様に過ごした。 霧に明けて霧に暮れるロンドンの冬は実に陰…