世界中から依頼が殺到するニューヨークの小さなiPhone修理工房

ここはニューヨーク・イーストビレッジのアパートの一室。

待合室は今日も、心配そうな面持ちの患者でごった返している。ある人は貧乏ゆすりをしながら、ある人は爪をかじりながらじっと自分の番を待つ。

並んでいるのは風邪をひいた子供に付き添う母親でもなければ、ペットの飼い主でもない。
実はiPhoneを壊してしまった人たちだ。

Brendan McEloryさん28歳。アパートの一室で携帯電話を分解するよりは、外でサッカーボールを蹴っていたほうがよっぽど似合いそうな、細身でうっすらと髭を生やしたこの青年は、小さな銀色のネジや、プラスチックの削りカス、スペアパーツの空箱などが散らかる修理台に一日中立ち続ける。

吸着カップ、カッター、ドライバーなどを手際よく使いながら、iPhone の液晶画面を器用にはがしていく。
15分後、カバーを元に戻し、心配そうに作業を見つめていた患者に手渡す。即座にiPhoneを起動し、パスワードを入れて正常に動くことを確認すると、その患者はホッと安堵の表情を浮かべた。

「別に難しいことをやってるわけじゃないよ」とMcEloryさんは言う。

彼自身、YouTubeにアップロードされていた「iPhoneの分解と復元の手順」というビデオを見て修理の方法を学んだという。

「でもまあ、完璧に元に戻すのは難しいけどね」

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世界中でヒット商品となったアップル社のiPhoneは現在までに5000万台以上が流通しており、こういった小さなiPhoneの修理工房というビジネスが生まれるのも自然な流れといえる。

iPhoneの購入時についてくる1年間の製品保証は、トラブルの内容がアップル側の製造上の問題に起因する場合にのみ保証対象となる。かといって、アップルの有償修理を受けるとべらぼうに高い料金を請求されることになる。液晶画面の交換だけでも300ドル(3万円)かかるのだから、他の方法で修理しようと考える人が出てくるのも無理はない。

McEloryさん、もしくはドクターBrendan(インターネットではこう呼ばれている)は、この正規料金よりはるかに安い料金で修理を請け負ってくれる。例えばiPhone3G/3GSのバッテリー交換の場合、料金はたったの50ドル。タッチスクリーンの修理は75ドル(3GSは +15ドル)といった具合だ。

このような個人の修理工房は、サンフランシスコ、ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスといった大都市では、インターネットで検索すればいくつも見つけることができ、いくつかの修理工房ではセンドバック方式※による修理も受け付けている。

※壊れたiPhoneを修理工房に送り、修理後に自宅まで送り返してくれるサービス

McElory さんの工房も、持ち込み修理のほかに、ニューヨーク市および周辺地区への出張修理サービスも受け付けており、1日何件もの出張をこなすほど忙しい日もあるそうだ。またセンドバック方式にも対応しており、遠くはポルトガルからも修理の依頼があったとのこと。

もちろん器用な指先を持っていて、勇気のある人は自分で修理することもできる。修理のためのノウハウやツールは、インターネットで探せばいくらでも見つけることができるだろう。

ただし、自分で修理したり、アップル公認以外の修理サービスを使った場合、その時点でアップルの製品保証の対象外になってしまうことに注意したい。アップル自身も、公式サイトのサポートページで、公認の修理業者のサービスを利用するようアナウンスしている。

アップル公認の修理業者としては、マンハッタンではチェルシー地区にあるコンピューターショップ「TekServe」などがある。この業者の場合は、iPhone3Gの液晶画面の修理で149ドルの料金となっており、McElory さんの工房に比べて料金はかなり割高になるが、まあこれは言ってみれば老舗のブランド料みたいなものだ。

「我々はこの業界で23年間の歴史があります。我々はこの道のプロであり、その辺の大学生が週末のアルバイトでやってるような修理サービスと一緒にされては困ります」と、同社広報のJazmin Hupp さんは言ってのける。

彼女によると、同社は修理品に対しても独自の保証を付け、さらに修理担当の技術者はアップルで専門的なトレーニングを受けているとのこと。ちなみに数は明かしてくれなかったが、同社に寄せられる一番多い修理依頼の内容は「液晶画面の交換」とのこと。

一方、McElory さんの工房も独自の保証制度を設けている。修理の途中で万一壊してしまったら新品と交換するというものだ。もっとも、開業以来、まだこの保証を使わなければならないような事故は一度も起きていないが。

彼がこのサービスを始めたのは、自らがiPhoneを壊してしまい自分で修理をした経験がきっかけとなっている。ある時、当時やっていたバーテンダーのシフトがあけ、何気なく電話を手に取ろうとしたときに、誤ってコンクリートの床に落としてしまったのだ。

彼はできるだけ安い方法で修理しようといろいろ調べ、最終的に自分の手でこのひびわれたiPhoneを修理しようと考えた。交換部品はeBayなどのオークションサイトから調達することができた。今は地元の修理屋さんから仕入れている。

「その時は半分直せたといったところかな」とMcEloryさんは言う。

しかしその後、友達や知人のiPhoneの修理を請け負って腕を磨いていくうちに、だんだんとビジネスとしてサービスを提供することを考えるようになった。最初はメールマガジンに広告を出し、ひび割れた液晶画面の交換のみを請けていたが、次第にサービスを拡張していき、今やSIMカードホルダーの修理、カバーの交換、水没事故、その他ボタンの不具合など様々なケースにも対応できるようになった。

彼はこれからもこのビジネスは益々成長が見込めると考えているが、一方でメールマガジンへの広告は停止した。なぜなら、お客さんの口コミと、公式ページ(www.drbrendan.com) からの注文だけで、今や十分なほどの修理依頼が来るようになったからだ。彼はバーテンダーの仕事を辞め、今は専業で修理工房をやっている。さらに数週間前、彼は一人の見習いを雇った。弟のDanさんだ。今は彼にiPod Touch の修理を任せている。

「修理できなかったことは数えるほどしかないね」

昨年の6月から計算して累計1000個以上ものiPhoneを修理してきたMcEloryさんは自信を見せる。

10階の窓から落とされたiPhoneを修理したこともあった。

「本体は真っ二つに割れてたよ。でも基盤は生きていたんだ。もちろん修理してあげたさ」

それだけではない、なんとトイレに落ちてしまったiPhoneが持ち込まれたこともあった。

「ゴム手袋は手放せなかったね」

彼の修理工房は最近、Mac Book の修理サービスも始めた。さらに、発売されたばかりの iPad の修理サービスも検討している。もっとも、当分の間は iPhone の修理が主力サービスになることは変わらない。彼によると、iPad は頑丈なカバーで覆われており、落下しても iPhone みたいに簡単に壊れることはないだろうとのことだ。

記事原文:For iPhones, Unauthorized Repair Shops Flourish - The New York Times