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2006-09-01

[]ゴボウの件、続報

「ゴボウを食べさせて戦犯となった」というはなしについて、両親に電話して情報源を問うてみたところ、かの『私は貝になりたい』であることが判明。このエピソードが広く知られていながら具体的な情報に欠けている理由が分かったような気がする。ネット上の情報、両親の記憶も分かれていて主人公(フランキー堺)がゴボウを食べさせたと記憶している人、ドラマ中で語られる別人のエピソードとして記憶している人(ちなみに、父が前者、母が後者)というぐあい。そのなかで、つい最近ケーブルテレビで放映されているのを視聴されたという方の報告(こちら)はかなり信頼性が高いと思われる。というのも、先のエントリで引用した参議院法務委員会の議事録での「ごぼうを食わしたところが、それが乾パン代りに木の根を食わして虐待したというので、五年の刑を受けたという、こういう例もあるのだ」という記述と一致するからだ。この法務委員会が1952年、ドラマの放映が58年、ドラマの一部の原作に相当する加藤哲太郎(志村郁夫名義)の「狂える戦犯死刑囚」が53年であるから、順番としては政府委員の答弁が一番古いことになり、これが核となる事実に一番近い情報となる*1。ただし、このエピソードが人口に膾炙した理由が『私は貝になりたい』であるという可能性はかなり高そうである。

ちなみに、「狂える戦犯死刑囚」は加藤哲太郎の実体験や見聞に基づいてはいるが、「遺書」は架空の人物(赤木曹長)のもの(つまりフィクション)である。また、ドラマの『私は貝になりたい』では主人公である二等兵が死刑判決を受けることになっているが*2、現実には死刑を執行された二等兵は存在しない(林博史、『BC級裁判』、岩波新書)。兵長以下の階級で起訴されたものは全体の1割でしかなく、死刑判決は全体の3%ほど。連合国にとっても、「末端の兵士には上官の命令に従ってもらわないと困る」という事情があり、命令に従う立場だった兵士を厳しく裁くことはためらわれたのである(以上、前掲書)。判決そのものだけでなく、拘留中の容疑者への虐待など諸々の問題をはらむB級戦犯裁判ではあるが、他方で実態以上に不当であったかのような日本側のプロパガンダも存在したことがうかがえる。なお、加藤哲太郎についてのWikipediaの記述中に、「異例の再審」という項目があり、死刑判決が終身刑に変更されたことが記されているが、実際には判決確認プロセスで死刑から減刑されたケースは少なくない、どころかアメリカ主催およびオーストラリア主催のB級戦犯裁判では半数を超えている。

*1:現時点での調査によれば、である。もちろん。また先日のエントリでも書いたように、「ゴボウを食べさせた」というただ1点が訴因となっていることはまず考えられない。

*2:米軍機の搭乗員を処刑せよと命じられ、臆して傷害するだけに終ったのに不当な判決を受けた、という筋書き。

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