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フランキー堺

映画

フランキー堺

ふらんきーさかい

俳優。落語家。大学教授。本名は堺正俊。慶應義塾大学法学部卒。

故人。

1929年2月13日生まれ。鹿児島県出身。

戦後を代表する喜劇俳優。ジャズドラマーとしても有名。

映画の代表作は『幕末太陽伝』『私は貝になりたい』(テレビ・ドラマ及び映画)。

モスラ』『世界大戦争』などのSF作品でも活躍。

『喜劇駅前シリーズ』『社長シリーズ』などにも出演した。

1980年朝日放送松竹によるテレビシリーズ『赤かぶ検事奮戦記(原作:和久峻三)』がスタート。名古屋弁丸出しでどこかコミカルな人物像は、もともとのフランキーの明るいキャラクターに加え、『旅行シリーズ』でタッグを組んでいた監督・瀬川昌治とのコンビネーションも抜群で、一躍人気シリーズとなり高視聴率を記録。初作を含めてテレビシリーズ5作品、テレビスペシャルシリーズは現在も製作が続けられている*1

同じく朝日放送松竹の看板時代劇「必殺シリーズ」にも出演。必殺シリーズ初のテレビスペシャル『恐怖の大仕事』で共演した中条きよしを、工藤栄一と共に当時必殺シリーズプロデューサーであった山内久司朝日放送)にレギュラー出演を推薦。結果として『新必殺仕事人』から登場する人気キャラクター「三味線屋勇次」誕生に繋がり、その後の必殺ブームにも貢献した。

俳優業の傍らでは、大阪芸術大学の教授としても活躍。桂文楽の弟子「桂文昇」の名で噺家としての顔も持っていた。

また、江戸時代絵師で今も謎に包まれている「東洲斎写楽」の生涯に追い続けていたフランキーは、1995年『写楽 Sharaku(監督:篠田正浩)』を企画。「堺正俊」の名前で脚本にも参加した。

1996年9月10日肝不全で死去。享年67歳。

*1:フランキー死去の後は、橋爪功が演じている。