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サイト説明 ∇うみねこ記事まとめ ∇作品別の感想ログ(更新怠け中)

2014-03-03

柳生十兵衛朝鮮に渡る(いつも通り) - 荒山徹『柳生大戦争』

柳生大戦争 (講談社文庫)

 何を言ってるのかよく分からない記事タイトルですが、荒山先生的にはいつも通りの展開なのでお察しいただければ幸いです。とはいえ本作を最後にこの手のネタ封印されるそうなので、荒山先生朝鮮柳生モノとしてはいちおうの最終作ということになるようです。残念。

 怪獣大決戦的なタイトルの印象から朝鮮妖術によって様々な時代の様々な柳生が一堂に会し、敵味方に分かれて大戦争を繰り広げる!」みたいな展開を想像していたのですが(いやだからそういう作家なんですって)、実際読んでみるとちょっと趣が違いました。作中で書かれる戦争はおおむね李氏朝鮮後金(清)の間のもので、その争乱に柳生一族が巻き込まれていく、というお話になっています朝鮮王仁祖が清に降伏し、三跪九叩頭の礼をもってその臣に下る史実が描かれるのですが、実は同じ場面は荒山朝鮮柳生初期の傑作『十兵衛両断』でも描かれています最初最後が綺麗に繋がったという感じですね。

 柳生一族としては十兵衛の異母弟・友矩に焦点が当たってまして、そこに父・宗矩、兄・十兵衛、弟・宗冬が絡んでくるかたち。一族入り乱れての大乱闘というよりは、スケールの大きな親子喧嘩兄弟喧嘩といったところで、そのほかに出てくる柳生は前日譚に登場するオリジナル十兵衛「柳生悪十兵衛」くらい。ていうかこの柳生悪十兵衛、ごくごく普通に登場したのでうっかり実在の人物かと思ったんですが、調べてみたら勿論そんな名前の人いませんでしたよちくしょう。いちおう史実上の人物である柳生永家を父、柳生永珍を息子に持つという説明が作中にあるんですけど、Wikipediaだと永珍は永家の(孫でなく)子だとあったり、別の資料では何代も挟まっていたりするので、まあ創作ねじ込みやすいポジションだったのかもしれません。過去の作品では「柳生卍兵衛」なるふざけた名前オリジナル十兵衛も出てくるらしいので、いつも通りと言えばいつも通りの荒山節です。

 いつも通りと言いましたが、荒山伝奇三本柱である朝鮮・妖術・柳生のうち、「妖術」の出番が今回わりと控えめでした(まあ最後の方ででっかいのが一発くるんですけど)。その代わりに今回はなぜか「衆道」が前面に押し出されてまして、言ってみれば朝鮮衆道柳生といった趣。で、今回のメイン柳生が「夭折した美青年剣士」「家光公に寵愛された小姓」等のオモシロ伝奇属性を持つ柳生友矩とくるわけですから、あとは分かるな、といった塩梅ですはい

 ところで荒山先生史実資料が少なく創作的性格の強い友矩を描くにあたって先人作家が彼をどのように扱ってきたかに触れ、「非情に過ぎよう、五味先生!」とか嘆いてます。でも当の荒山先生も、代表作「十兵衛両断」で友矩を思いっきり噛ませ犬的に斬り伏せてるんですよね……。まあこの辺の自分を棚に上げた難癖悪ふざけも含めて荒山先生お約束といえばお約束最後朝鮮柳生本として、収まるところに収まった感のあるご本でした。

2014-02-02

奇妙な因縁が人をひとり殺す話 - G・ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

 町をあげての婚礼騒ぎの翌朝、充分すぎる犯行予告にもかかわらず、なぜ彼は滅多切りにされねばならなかったのか?

 1950年代頃のコロンビアのある町で、奇妙な因縁が人を一人殺す話。30年後に事件を振り返る語り手はまず冒頭で犠牲者サンティアゴ・ナサールの死について触れ、その詳細をルポ形式で群像劇的にまとめ上げていきます

 名誉のための殺人、なんて言葉が使われているとおり、この時代この国この町の道徳において私刑は決して絶対の禁忌ではなかったようです。とはいえ、ほとんどの町人も、そして犯人たち自身すらも、この殺人積極的に望んでいたわけではありません。何人かの町人犯行を未然に防ぐためのささやかな手を打っていますし、犯人も自らの行いの行方を天に任せるかのように、わざといくつもの致命的な隙を残しています。そんな状況の中で、結果的サンティアゴ・ナサールの殺人成功してしまったのは、ひとえに彼の運が悪かったと言うしかありません。そもそも元をたどれば、犯人たちが凶行を決意し、その標的としてサンティアゴ・ナサールを狙わなければならなくなった成り行きすらも、悪い冗談のようにできすぎた偶然の代物として描かれています

 悪い偶然によって殺意が生まれ、凶行を阻みうるはずだった数々の機会をするりと通り抜けて、なぜか刃が被害者に届いてしまった。普通に考えれば、この成り行きにはどこにも必然性などないはずです。にもかかわらず、サンティアゴ・ナサールの死は運命的で、どこか窮屈で淀んだこの町に必然的にもたらされた破綻のようにも思えます。結末が最初から予定されていたという視点で見直すと、この町にわだかまった様々な因縁が糸をたぐり寄せるようにしてサンティアゴ・ナサールの死を導いたようにも見えてきます因縁、という言葉には仏教的な含みがあり、ニュアンスは違うのでしょうけど、あちらでもどこかで通じる感覚があったりもするのかな、と思いました。

2014-01-25

さやかちゃんが天使になる映画の感想かきます - 『劇場版 魔法少女まどかマギカ[新編]叛逆の物語』

 3回観ました。5回10回と観てる人からすればどってことないと思いますが、自発的に映画館に行く習慣がほぼない私にしてはちょっと異常な数字でして、まあめちゃくちゃ気に入ったと言えます。封切りからだいぶ時間も経ってレビュー考察等も出尽くした時期だと思いますが、初視聴時の印象を大事にしたいと思ってよそ様の情報をあまり仕入れずこの感想を書いてます。何番煎じだって話も多いと思いますがご容赦ください。ネタばれます

 もともとアニメ自体をあまり観ないたちでして、ここ数年リアルタイムで観たTVアニメは本作と『あいまいみー*1くらい。どうして本作を観はじめたかといえば「なんか周りで話題になってたから」としか答えようがなく、ニワカと言われれば否定のしようがありません。それでも継続的最後まで視聴したのだからそこそこお気に入りの作品ではあったのですが、やー、この劇場版には本当にやられました。観終わってから、「あれ? 私こんなにまどマギ好きだったっけ?」と自分で驚いたくらいです。

TV版について

 そもそも、私がまどマギを好きなのはさやかほむらなどのキャラクターあってのことで、TV版のシナリオ自体はさほど好みというわけでもない……なかったはずです。これは別のところでも書いたのですが、なんていうかTV版って悲劇ご都合主義のようなところがあるじゃないですか。魔法少女たちが魔女化やら何やらの露骨にエゲつない運命を背負っていて、「それが何かを祈った対価だ」「魔法少女犠牲の上に成り立つのが今の世界だ」と現実の苛酷さをアピールしてくるんだけど、そもそも個人としての魔法少女たちがこんな目に遭ってしま大本の原因は作品世界のセッティングにあるわけでして。いくら現実世界過酷からって、「進歩や維持に必要な犠牲」がこんな露骨に特定個人にだけ集中するような露悪的な作られ方はしてませんでしょ、という反発心ごにょごにょ

 別に人間に圧力をかけて人間性を絞りだすような作品作りも手法としてぜんぜんアリかとは思うんですけど、そうやって演出されたきわめて作為的な「少女残酷物語」を、「現実世界の厳しさ」とか「人間性の本質」として一般化する人の物言いには辟易します。まあ作品としての「まどかマギカ」自体にそんなメッセージが込められているかというと微妙なんですが、「虚淵」「鬱展開」といったキーワードの元にその手の語りを誘発する作りは確実に企図されていたとは思います(前評判で既に「血だまりスケッチ」なんてフレーズ認知されていたところからして、「萌えアニメだと思ってたのになんて鬱展開だ!」って騒ぐ「用意」をしていた視聴者が相当数いることは疑いないですし、このへんは共犯関係と言えるのかなと)。

 なもんで最初はけっこう屈託した感情を抱えていたのですが、ニコニコとかpixivとかで好き勝手に動きまわる可愛いキャラたちをボヘーッ見ているうち、そんな反発心がどうでもよくなりました。私はこのキャラクターたちのことが好きで、その感情の前では作品をとりまく漠然としたいけすかない状況なんて些細なことだと思えたんですね。だから私にとってまどマギ物語テーマよりもまずキャラクターアニメであり、作品世界に押しつけられた無茶振りになんとか抗おうとする彼女たち、あるいはそんな圧力と無関係なところ(二次創作とか)でみんな好き勝手にわいわいやってる彼女たちの姿を眺めるものでした(もちろん、作品本編のああいう展開があってこそ今のキャラクターが成り立っているわけで、「彼女らを酷い目に遭わせるあんなシナリオ赦せない!」とか言いたいわけではないんですが)。

不安および期待

 ですから、新作の劇場版にわりと不安があったのは事実です。またぞろTV版のように彼女らが酷い目に遭い、そこから生まれる極限的なドラマ現実の厳しさや人間性の本質になぞらえられていく……みたい光景は、あまり目にしたいものではありません。まあそんな個人的な屈託で嫌よ嫌よと言いつつエンタメ的に面白ければとりあえず満足できるでしょうし、彼女らの行く末を見届けないなんて選択肢もありえなかったので、もちろん楽しみにはしていたんですけれど。

 いっぽうで「叛逆の物語」というタイトルには期待もありました。「叛逆」が誰の何に対する叛逆を指しているかポイントで、ここ次第で話の方向性が大きく変わってくるわけですが、私が最初に思い浮かべたのは「神となったまどかの"法則"に対する、魔法少女自身による叛逆」でした*2。TV版は「まどか決断」と「作品としての結末」が収束する形であのエンディングが導かれていて、さらにまどかが神になったことも相まって「作品世界における"正しさ"」*3法則化され、肯定された状態で幕を閉じますまどか一人に業が集中したそんな状況を良しとせず、まどかの友人であるほむら(やさやか)あたりがあえて反旗を翻す……みたいな光景が、私がこの劇場版に期待したものだったんですね。

悪夢的な序盤

 で、いざ観てきたらこの期待がドンピシャ私大勝利だったわけですが、まあ順番に。

 前作の顛末など何もなかったかのように続く序盤の幸せ光景はどこか夢のようで*4戦闘シーンも前作のように血なまぐさいものでなくメルヘンチックでミラクルな機序を持ってくる徹底ぶり。前作の底意地の悪さを考えると、これらの光景は逆に悪夢的にすら見えました。

 あんまり何でもかんでも過去の作品を引き合いに出してオマージュオマージュ言うのは好かないのですが、さすがにここは『ビューティフル・ドリーマー』を意識してるんだろうな、という画面もちらほら。前半は全体的に茫洋として冗長で没頭感を削がれるところがあったのですが、これなんかも一貫性のないふわふわした夢心地の演出だったんだろうなとあとから振り返ると思います。ピュエラマギホーリークインテットの全員変身シーンなんか、明らかに物語のペースを阻害するレベルの長い尺を取って話の腰を折りにきてますもんね。

 力入りまくりで単発映像としても見応えがあり、ほとんど悪ノリに近いこの変身シーンといい、さやか杏子マミさんとベベの仲に代表される露骨に二次創作的なイメージといい、「都合が良すぎる、世界の文脈そのものがどこかで間違っている」という強烈な不安感を煽られる光景連続します。初見時はこれ大丈夫なのかとかなりドキドキしたんですが、振り返ってみるとまあ見事にハマっていましたね。ほむらが明示的に言及する前から鑑賞者に違和感を抱かせることに成功していたわけで、見事な表現だと思います。夢というタテマエの元、二次創作的なイメージをまんまと本家世界の中に取り込んで既成事実化したという点でも、上手くやったと言えるんでしょうか。さやか杏子マミさんとベベが仲良くなれたのは嬉しいので、個人的には大歓迎です。

さやかが好きなのでさやかの話をしま

 ほむら違和感を自覚するとともに画面は本格的に悪夢的に変貌し、見滝原循環での杏子との調査、マミさんとのガン=カタバトル(リベリオンなだけに)を経てさやかとの会話に。こうして見ると、ほむらとの関わりを軸として全キャラ順番に見せ場を回していく構成なんですね。本心は見せずとも目的を共有することで一時的な協力関係を築ける杏子との関係、互いにどこか屈託があり対立してしまマミさんとの関係、などはTV版での関わり方を再演するかたちになっていますが、共闘を経て情が厚くなったのか、個人間のより突っ込んだ感情が描かれていたのが嬉しかったです。

 そんな中で、唯一さやかだけはポジションが違いますさやかのことはTV版の頃から好きだったんですけど、その理由はたぶん「物語要請的にいちばん割を食ってるから」なんですね*5さやかは「魔法少女の背負った業」を視聴者に示すためのいわば生贄みたいな役回り*6で、中盤出ずっぱりで引きずり回されていろいろ酷い目に遭った挙句、最終的には「ほむらまどか物語」というクライマックス舞台に不必要な存在となって劇中から退場します。最終話でいくらかフォローがあるのでキー脚本ムカつくーとかは思わないものの、なんか一部ネットでも「さやかは面倒くさいメンヘラ」「不人気」「いらない子」みたいな扱いをされてたりしたので、いろいろ思うところもありました。ザラキーマ投げつけたろか。

 で、そのさやかにまた再び出番が回ってたわけですから、そりゃ嬉しいわけです。テンション上がるわけです。しかも今回のさやかはひと味違います。前作のさやかシナリオの都合による理不尽な負担が集中してドンまりの状況に追い込まれていたわけですが、今回はもう魔女化の運命からは解き放たれてますし、神であるところのまどかの協力者としてほむら以上にメタな立場で状況を把握できてるしで、なんというか余裕があります*7

 ある意味では狂言回しみたいな役回りなので、今回も物語に都合の良いように使われてるといえばその通りなのかもしれませんが、そこはさやか自身が納得ずくで行動してることが大事なのでしょう。世界が偽りであることを全部知った上で、その中に生きる人々の思いはかけがえのない本物であることを理解し、守り、肯定しようとする。なんか幸せそうですし、言うことないです。尊い。

断ち切られるさやほむの可能性(真顔)

 ほむらさやかは共にまどか友達というポジションにいるわけですが、ほむらまどか自身の意思をはねつけてでもまどかを救おうとするのに対し、さやかはあくまでまどかの協力者として側にいようとします。こういう場合、「相手の気持ちを尊重しなきゃ駄目だよ」的な教訓の元にほむらスタンスを批判してさやかを肯定するような展開に流れがちなんですが、本作の二人のスタンスはあくまで対置されるだけって感じですよね(ラストほむら悪魔化を、「この物語メッセージが悪と規定した展開、バッドエンド」とベタ解釈する必要は、まさかないでしょう)。あえて物語による上から価値判断を行わないこの匙加減はキャラクターを主体とする本作の方向性的にも合っていてたいへん好ましく思いました。

 ところで、何でも独りで抱え込んでしまほむら性格を劇中最初に指摘したのは、実はまどかでなくさやかです(「また自分だけの時間に逃げ込むつもり? あんたの悪い癖よね」)。これ、前作からずっと独りで突っ走ってきたメタ記憶の持ち主であるほむらが、諸々の事情を踏まえた対等な誰かに初めてその気負いを咎められるシーンでもあるんですよね。その後まどかも「独りぼっちになってはいけない」とほむらを咎めるんですが、二人の言葉はあの通りどこかですれ違い続けます*8。そもそもまどかって、TV版がまさにそうだったように最終的にほむらの気負いまで肩代わりして独りで勝手に先に行ってしまいそうなところがあるので、ほむら生き方のものを巡って真正面から衝突するということはなかなかなさそうです*9。とすれば、対等なところからまともに向き合ってケチをつけてきた今回のさやかって、ほむらにとって実はけっこう得難い存在だったんじゃないかなと思います

 ほむらまどかさやか杏子の間にあるような特別な繋がりが、ほむらさやかの間に存在しません。さやかにしてみれば、同じく魔女に堕ちたもの同士の共感や、唯一旧世界記憶を引き継いで最期まで戦い抜いた戦士を労おうとする感情が大きいのかもしれません。ですが、互いに相手を特別視しておらず、巡り合わせによる偶然の「縁」で繋がっているだけの関係だからこそ言えることも、あるいはあるんじゃないかなと思います。だからこそ最古、そんなさやかたちとの縁を断つほむらの姿がより痛々しく見えるわけでして……(痛々しくなかったですか? あ、そう)。

お花畑の会話

 ほむらまどかが思いを伝えあう(そしてすれ違う)お花畑の会話。このシーンについては、何をどう解釈して語っても野暮になるという気がします。光景を観て、声を感じ、交わされた言葉から生まれた感情がすべてなのでしょう。尊い。

ほむら魔女からホムリリィ戦へ

 ほむら魔女からキュゥべえ解説パート。ようやく出番を得たキュゥべえがのっしのっしと歩いくてくるシーンの映像音楽の荘厳さ、作ってる人たちノリノリだったんだろうなあと思います。こっからひたすらキュゥべえの長台詞に入るわけですが、説明の情報量に呑み込まれずに耳を傾けたいのはやはりほむらひとつひとつ叫び声で、まあ辛い。

 続いて魔法少女たちと魔女ほむらの決戦がはじまり、素敵なお歌と映像的なクライマックスでお脳のテンションが否応なく上がりますさやか魔女になってもかわいいし、杏子とは背中合わせの恋人つなぎ、マミさん列車砲、ベベ人間形態はやっぱりどう見ても&聞いても羽入っぽい、量産型キュゥべえざまあ、とサービス演出選り取りみどり。あとホムリリィvsオクタヴィアの絵面、ちょっと巨大ロボットバトルぽいと思いました。

 杏さやの恋人つなぎとか「「わけがわからないよ」」とかの二次創作的なイメージはちょい過剰に感じましたが、原作を超えたところにあるイメージを拝借する以上は制御できない個人差が生じてしまうことも仕方なく、まあこの嘘っぽさも含め「偽りのクライマックス」として整合とれてるのかなとか思います。偽りだろうが借り物のイメージだろうがあそこにいた皆が本気でほむらのことを助けようとしていた気持ちだけは本当のこと、紛れもなく尊いことであって、だからこそ、そんな皆の気持ちを知りつつも振り切ることを選択したほむら心中想像を絶するのです(まどかはともかく、それ以外の誰かを裏切ることについてほむら葛藤していた描写はないので、こんなもの私の願望にすぎないのですが、でもそうだったらいいなあと、本当にそう思います)。

ほむら悪魔

「叛逆の物語」というタイトル意味するところが私の期待通りだったので、この光景が見たかったんじゃ〜と心の中で快哉を叫んでました。世間的にもいちばん語られてるところでしょうから今さら何を書いても二番煎ですが、いちおう私が事前情報あんまなしの希望的観測まじりで受け止めた光景を整理すると

 という感じ。どうにもほむら自分悪魔"ということにしておきたがっている"風に見えるんですよね。そもそも悪魔という呼び名自体がほむら自己申告にすぎないので、原理的な悪として規定された「悪魔」なるシステムあの世界に初めから存在したということはなさそうですし(まどかだってキュゥべえ魔法少女たちが勝手に神と呼んでるだけです)。

急に色気づいたほむら(本作最大の見どころ)

 そういえば悪魔化以降、ほむらが妙に色気づいて、今までだったらありえないような*10気取ったポーズを取りまくるようになっています。終始いやらしくニヤニヤしてたり(かわいい)、一挙一動が芝居がかってたり(かわいい)、誰も見てないのに夜中に独りで踊ってたり(めっちゃかわいい!)。もう眼福眼福って感じなんですが、いきなりはっちゃけはじめたほむらの心情に思いを馳せると複雑なものもあります

 悪魔化に際し、ほむらは自身の欲望と自覚的に向き合うようになりました。欲望のために生きる、と吹っ切れたことで自身に強いてきた節制がなくなり、ああいちょっと自己愛的な「お洒落」をかまして悦に浸るくらいの余裕ができた、という風に見えます。別にほむらベタにそう考えたわけではなく、画面への演出的な現れとしてああいう姿が描かれたくらいに見るのが自然かと思いますが、ベタだったとしてもそれはそれでかわいいです。アリです。

 ただそれだけではなく、自分悪魔の「役」を任ずることになったため、自他を騙す演技として努めて「悪魔っぽく」振る舞い始めた面もあるんじゃないかなーと思っています。これから悪魔としてまどかを誘惑し続けないと、彼女は再び神として目覚めてしまうので、もうただ単純に心を通わせることはできそうにない。(これは作中描写されていませんが)さやかたち他の魔法少女との縁も自ら断ち切ってしまった。「悪魔」という配役になりきることで、そのへんの悲しみを無理して突っぱねようとしている風に、私には見えます

 かつてマミさんは、悲惨で孤独自分鼓舞するため*11にあえてコッテコテ戦闘魔法少女スタイルで身を包み、必殺技名前つけたりなんかしてました。それと同じような方法を、ほむらも採ったんじゃないかなと。彼女場合はやや邪気眼*12というか、悪役のフリするためにワルぶってるニュアンスも出てくるので、あとでふと冷静になって思い出し赤面などしてる姿を想像するとたいへん良いです。いずれにしても慣れないことをしようとしてちょっと無理してる感があり、かわいい。たいへんかわいい。

 私がこの映画いちばん感極まった場面は、本編中ではなく『君の銀の庭』が流れるエンドロールでした。時系列に進む物語が終わってエンディングが流れ始めることで「いま目の前にあるシーン」の制限から解放され、作品全体の印象、感慨が頭のなかに一気に押し寄せてくる。踊るまどかほむらの影、歌詞のいちフレーズいちフレーズがまた絶妙に連想を刺激してくれるので、思考が飽和するというか、初視聴時などはちょっとしたショック状態に陥っていて、ほげーと口開けてスクリーン眺めながら放心してました(よい映画ゲームエンドロールではよくあることのなのかもしれません)。

 TV版は物語のためにキャラクターが配置されているタイプの作品だったので、本作が思いっきりキャラクターに寄り添う方向に振ってきてくれたのは嬉しい誤算でした。TV版の世界観として3話以降終始強調されていた「世界過酷である」的な圧力が今回はバッサリと排除されていて、ほむら葛藤や選択、人間関係といったきわめて個人的な問題に描写の的が絞られています。独りになるなというまどかさやか言葉と、独りで思いを貫こうとするほむら決断、それぞれの気持ちはあくまで登場人物たちの織りなすひとつの「光景」として描かれ、物語が上から倫理的価値判断を下すことはありません。ほむら魔女化のくだりは「鬱アニメ*13」的なイメージを楽しみたい人向けのサービス演出がされているとは思いますが、それを真に受けてに悪堕ちとかバッドエンドといったパターンで捉える必要はないでしょう。全てを見終えた後、私はきわめて厳かな気持ちになっていました(あの気持ちはそうとしか表現のしようがありません。尊い)。

 で、続編があるんですよね。多分さやかメタ記憶はどんどん薄れていって、やがて「ほむら悪魔である」ことと、神としてのまどかを失った喪失感だけを覚えているようになる。ほむらもあくまで自分が「悪魔であるように振る舞うはずですから、もはや最初の理由は忘却され、かつて「何か大きのものの一部」だったさやか率いる魔法少女勢 vs ほむほむ悪魔軍団 みたいな構図だけが残る。悪役としてのポジションを貫き通し、かつての仲間たちを相手取って不毛と知りながら戦いに明け暮れるほむら。まーた少女残酷物語やらバトロワ的な展開に振れかねない火薬臭い状況ではありますが、せっかく映画版でこうしてキャラクターに寄り添う方向に舵を切ったのですから、今後もそっちの方向に進んでくれればいいなあと切に願います。ていうか今のさやかちゃんって大きなものの一部、つまりまど神様の使いであって、神の使いといえば当然天使なわけですから「さやかちゃんマジ天使」なるフレーズが改めて公式に実現されたことになりますよね! さやかちゃんマジ天使! さやかちゃんエンジェル! 続きも楽しみです。

*1:どっちもニコニコの配信でしたが。

*2:参考 https://twitter.com/valerico/status/320912956160348160 https://twitter.com/valerico/status/397751518637481984

*3:今回のほむら悪魔化が「バッドエンド」を意味しないように、メタ意味で作品がその結末を倫理的に肯定/否定しているかどうかとはいちおう別の話ですが。

*4:実際、最初ナイトメア戦では画面端に夢演出的な縁取りがありましたし。

*5:参考 https://twitter.com/valerico/status/260692360571277312

*6:それを言うとマミさんも「人死にの出る過酷世界観」を示すための捨て駒的な役回りだったわけですが……。

*7ラストまどかを失った後は再び寄る辺ない感じになってて、ちょっと痛々しいですが……。

*8:そのすれ違いが必ずしも悪しきこと、解消すべきこととして描かれず、あくまで一つの光景としてそこにあるのも素敵ですよねー。

*9:さすがに次の続編はそういう方向に行きそうですけど。

*10:演出的なシャフ度とかはこれまでもありましたが、悪魔化以降はもう明らかにいろいろ過剰。

*11:と私は思ってます

*12揶揄ニュアンスを持つ中二病とか邪気眼といった言葉はあまり好きではないのですが、まあ。

*13:こういう風に作品を雑にくくる言葉は好きではないですが。

2014-01-03

管理職視点のパーティ編成が楽しいギルド運営RPG『冒険者ギルド物語』

 ここ1ヶ月ほどずっとこれやってますギルドマスターを「管理職」と呼ぶのが正しいかどうかは微妙ですが、キャラクターアイテムを細かく「管理」して適切に「運用」することに主眼を置いた命令者視点ゲームということで、そんな的外れ表現でもないのかなと。「艦これ」なんかもそんなところありますが、プレイヤーが介入できる要素がより多く、マスクデータもほどほどなので分析試行錯誤がしやすくなっている感じでしょうか*1

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 (→)こんな感じのiPhoneアプリ(残念ながらAndroid版とかはないもよう)。使用されている画像キャラクターのシルエットだけという、見ての通りえらい渋いデザインです。ウィザード・リィとかあの辺りを下敷きとしているらしいので、方向性としては玄人向けのゲームと考えて間違いないでしょう。今のところ完結した「1」と随時アップデート中の「2」がありまして、私がメインで遊んでるのは2の方。1ヶ月くらい継続して遊んでてレベルは高いキャラで40くらいです(さっきようやくレッドドラゴン倒しました)。まだまだ初心者を抜けた程度でクリアは程遠いですし*2話題になるところではとっくに話題になってるゲームなのでだいぶ今更感があるのですが、紹介記事が乱立してるほどの状況でもないようなのでここまで遊んだ感じをざっくり書いてみたいと思います


徹底的に準備して、結果を寝て待つRPG

 本作は見た目だけでなく、ゲームとしての根本的なデザインもきわめて単純です。キャラクターを作って武器防具を装備させ、パーティ組ませてダンジョンに向かわせる。冒険ギルドマスターであるプレイヤーゲームに介入できるのはここまでで、出撃中のパーティには緊急帰還以外の具体的な指示が一切出せません。探検および戦闘は全てオートで行われ、一定時間後に目的を達成したパーティ生還*3するか、全滅した死体が送り届けられてくる……という、いわゆる「放置RPG」です。同じ系列だと「ゆけ!勇者」や「僕の魔界を救って」が有名ですね。

 最初のうちは雇えるキャラも少ないし装備枠も2、3個なので、適当に作った戦士にロングソードとアーマーを装備させてスライム退治行ってらっしゃーいという感じになります。数分もしたら経験を積んでちょっとレベルの上がった戦士アイテムお金を拾って帰ってくるので、稼いだお金で新たなキャラを雇い、手に入れたより強力なアイテムを装備させ、パーティを組んで次のダンジョンに向かい……以下繰り返し。どれだけゲームが進んで複雑になってきても、この大枠は一緒です。

 ……という風に説明すると、自分戦闘指示も出せず成り行きを見守るだけの運ゲーのように思えるのですが、敵が強くなってくると運任せではどうにもならなくなってきます。各戦闘には20ターンの時間制限があるので、しっかりと防御を固めつつタイムアップ前に敵を倒しきる攻撃力を確保する必要があって、これがなかなかシビアなバランスなんですね。その代わり、負けた時はログを読み返して「攻撃が通らなかった」「防御が薄過ぎた」「そもそもレベルが低すぎた」等の原因を分析することができるので、敗北を理不尽に感じることはあまりありません。

 まあたまたまボス直前に低確率トラップが爆発して、瀕死のパーティが本来なら同格程度の相手にボコボコにされる、みたいな不運もないではないです。でも本作の全滅ペナルティ比較的優しくて、道中拾ったものを失う以外にキャラアイテムのロストは一切ありません(さほど高くない蘇生費用がかかるのと、蘇生の際ごく稀にレベルが下がる*4程度)。周回中に何度も死ぬようならそのパーティ編成が不安定ということなので少しランクの低いダンジョンに潜ったほうが効率がいいかもしれませんし、5回10回と挑戦してもストーリーボスに勝てないなら素直にレベルを上げるか根本的な戦法を見直したほうがよさそうです。

 というわけで、根本的なデザインはシンプルながら実際に考えるべきことはかなり多いのが本作です。ゲームが進んでくるとパーティひとつ組むのにもいろいろ気を遣いまして、前衛の壁役、雑魚を蹴散らす連続攻撃アタッカーボスや固い敵にダメージを通す一撃必殺アタッカー呪文アタッカー、回復とサポート呪文役、さらに宝箱解錠用の盗賊なんかをバランスよく組み込まないと安定したダンジョン探索はできません。パーティ自体ギルド拡張すれば同時に6部隊まで運用できるようになるので、レアアイテム収集用、資金調達用、新人育成用など、長期的な目的を持ったパーティを作って連携して回していくことが効率的ゲーム攻略の鍵になってきます

わりと極端な戦術カスタマイズ

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 キャラクター一人一人についても、種族、前職、本職(2では個性も)の組み合わせによる根本的なキャラメイクに加え、アイテム装備枠が許す限り何をいくつでも装備できる『サガ2』方式が編成を面白くしてくれています。本作にはFF5みたいにスキル(アビリティ)をセットする独立したシステムはありませんが、ほとんどの武器防具が「攻撃力の6%をHPに加算」「Lv4以下の僧侶呪文習得」みたいなスキルを固有で持っているので、アイテム装備とスキル装備のインタフェース統合されていると見ることができます。(これも『サガ2』と似た感覚ですね!(←サガファン))。「獲得経験値1.4倍」のスキルを持つ「幸運コイン」を装備すれば成長が劇的に早まるけど、能力値を底上げする武器や防具を装備する余白がひとつ消える、みたいなジレンマを楽しめるわけですね。

 この仕組みのおかげで、盗賊中途半端武器を持たせず全身ヨロイで固めてとにかく開錠のみに専念させるような思い切った編成とか、体力も装備枠も有り余ってるけど攻撃を任せると微妙な壁役に「守護オーブ」と「先制の腕輪」を持たせて戦闘開始とともにバリアを張ってもらうような細かい調整など、面白い頭の使い方ができるようになっています。敵の攻撃が届きにくいため防御を手薄にできるパーティ最後尾にニンジャ剣聖や弓使いを置き、全身に弓と小手とスリケンを装備させて高い攻撃力と攻撃回数と必殺率を確保、戦闘開始と同時に10連続ヒットのクリティカル攻撃をぶちかまして開幕爆撃よろしく敵を一掃するなどの極端な戦法も可能。まあ相手が反撃持ちの場合は配置関係なくあっさり返り討ちに遭ったりするので、どこでも通用する必勝法というのもなかなかな存在せず、この点も良いバランスです。

 ギルド拡張して同時に運用できるパーティを増やしていくと、プレイヤーは最終的に6パーティ×6人=36人+予備メンバー、くらいの規模の人員と膨大なアイテム管理することになります。こうなるとプレイ感覚はもうシミュレーションRPG。その頃になると一人あたりの装備欄もたいてい10を上回っているので、全員の装備を常に把握しておくだけでもかなり大変です。もちろんそこまで細かい調整をしなくても確実に勝てるダンジョンを愚直に回してレベル上げてれば少しずつゲームは進みます。そのうえで、きめ細かに管理すればした分だけ確実にクリアが近づく、という風に自分でペースを決められるのが本作のいいところかと思います

高難易度ながらわりと低ストレス

 本作は放置ゲーム特性上、クリアまでに半年くらい時間がかかるように設計されているそうです。そのため、最大限効率的戦略的に進めたとしてもなお、レベル上げやアイテム収集に相当な時間がかかるように調整されていて、この点に関しては「毎日・長期的にプレイする前提」のネットゲームソーシャルゲームと同じ感覚です。だからどうしてもその手のゲームと比べてしまうのですが、時限イベントランキング競争のようなものが(少なくとも現時点で)存在せず、「最大効率で進まないと後ろから来たやつに追い越される」という焦りがありません。編成に頭を使う気力や余裕がないときは、とりあえずありあわせのパーティで手頃なダンジョンを探索させるだけでよくって、それで相対的自分が不利になるということはない。じっくり編成を練り直して攻略計画を立て直すのは、自分に余裕のできたときで遅くない、と。ソロプレイ前提のゲームからから当たり前の話ではあるのですが、ネットゲームに慣れてくるとこういうところで地味に安心できますね。

 また、本作には「取り返しのつかない要素」というものがほとんどありません。前述したように全滅によってキャラや装備品がロストすることはないですし、入手機会を逃すと二度と手に入らないアイテムも(私の知る限り・今のところ)存在しないようです。キャラの固定的な性能は種族・前職・本職の組み合わせとレベルが全て*5、そこに装備のカスタマイズによる流動的な個性を持たせるというシステムなので、スキル学習パラメータ割り振り等の育成に失敗してリセットしたくなるようなこともありません。キャラメイクそのものをやり直したい時は流石にレベル1から育て直す必要がありますが、新人のレベルを効率的に上げる手段は豊富に用意されていて、そこは攻略要素のひとつNPCキャラ転職だけは唯一取り返しのきかない要素ですが、それも200円のアドオンNPCキャラ初期化が解禁されるので、まあどうとでも。

 有料アドオンに関しては、経験値やお金レアアイテムの獲得率を永続的に向上する加速系と、広告消したり放置時間スパンを増やしたりキャラメイク時のランダム個性を選択可能にして「引き直し」作業を省くなどの快適系の2タイプが主。ガチャアイテム課金みたいなのはありませんし、加速系にしても「お金を払ってゲームを有利にする」というよりは「ゲーム速度を好みのペースに調整するためにお金を払う」という感じなので、わりと気持よくお金を払えるたぐいの課金形式なのかなと思います

攻略意欲を牽引するストーリー

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 あとストーリーシンプルな骨子で構成された素朴なゲームという風に紹介してきたんですが、その傍らに控えめに添えられたストーリー結構しっかりと作られています場末ギルドが小さな依頼をこなして実績を積んでいくうち、世界の命運に関わる大事に巻き込まれていく……という筋書きは特に奇を衒ったものではありませんが、ゲームシナリオの第一の役割である攻略意欲を牽引する」ことを十分に果たしていると思います

 その見せ方も、新規ダンジョンクリアするたびにシナリオテキスト解放される、あるいは冒険ログの要所にテキストがに埋め込まれているという形式なので、ゲーム部分をほぼ圧迫しないのが好印象です。興味がないなら読み飛ばせるし、後からいくらでも読み返せる作り。ゲームをやっていれば自然と話が頭に入ってくるようにできているので、プレイヤーを無理なく物語コミットさせることにも成功しているかもしれません。最初はさほど気にせずふんふんと読み進めていたのですが、いつの間にか物語の続きが気になって攻略を急いでいる自分に気が付きました。

 作者さんは文章を書くのにいちばん手こずるとおっしゃっていて、たしかに「1」の方は何となくぎこちないのですが、「2」までくるとだいぶこなれてきた感がありますちょっとしたエピソードが付くだけでシルエット画像だけのキャラクターも生き生きと見えてきますし、冒険中に拾える「手記」も読んでるだけで結構面白いので「コンプリートして報酬アイテムをもらう」以上の楽しみ方ができます。「2」は「1」の200年ほど過去の話、今後開発予定の「3」は「1」の未来の話ということらしく、けっこう大きな構想になっているのでぜひ完結させてもらいたいところです。

不満点とか

 提灯記事並みに褒めてしまったので悪いところも挙げておこうと思ったのですが、あまり目立った欠点が思いつかないんですよねえ……。ある程度ストーリーが進むと敵がものすごく手強くなり、何日もぶっ続けでレベル上げや資金稼ぎに励まないといけないのが辛いといえば辛いんですが、放置ゲームタイムスパンってそういうものですし。戦果確認→再出撃の作業は一瞬なので、作業ストレスはないんですが、逆にその手軽さ、あっけなさが「はよ強敵攻略に頭使いたい」というもどかしさに繋がる面はあるかもしれません。

 本作はキャラメイクの多彩さをウリにしており、たしかに色んな戦術戦略に試し甲斐があるのですが、極めていくとどうしてもある程度の「最適解」が見えてきてしまうというのもあります。他のプレイヤー情報交換しつつ試行錯誤していくのがこの手のゲームの楽しさのひとつだと思いますが、その情報の集積場所であるwikiを見るといきなり「最適解」に辿りつけてしまったりもするので、どこまで情報シャットダウンするかの兼ね合いも難しいところ。あー、でもこれもこの手のゲーム一般の問題であって、別に本作に限った話じゃないですしね……。「目立った粗があまりない」というのも、本作の長所ひとつなのでしょう。

「2」は開発途中の段階ですし、「3」の完結まで考えるとかなり気の長い話になりますシリーズが最終的にどんな形になるかはまだまだ見通せませんが、現時点でもiPhoneゲームの地味な良作のひとつとして十分に名を残しうる作品でしょう。プレイ感覚フリーゲームとかの「あの感じ」にかなり近いので、そっち界隈の人にもおすすめ。まだ年明けですが、今年はけっこう長いことこのゲームと付き合っていくんだろうなあという予感がしています

*1:参考:http://gameandmusic.hateblo.jp/entry/2013/12/17/143259

*2:そもそも「2」はまだそこまでストーリーが実装されてないんですが

*3:いちおうタイムアップにより逃亡して生還というパターンもあります

*4:まあ終盤になってくると、レベル低下も馬鹿にならないペナルティみたいですが。

*5:いちおうステータスランダム増減はありますが、いい成長をするまでセーブ&リセットを繰り返すようなことはできないので……。

2013-11-10

本日一信

 気づいたらひと月半も日記がご無沙汰でしたね。こちら特に変わりありません。しかしあまりに変わりないのもアレなのでちょっと刺激になるようなイベントでも自前でこしらえようかなと。

 というわけで、今週末の金曜日(11/15)の晩、適当時間から話題無制限のフリーチャットを開いてみます。お暇なかたどうぞ。

http://digicha.jp/timetide/chat_s_view.html


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