『シェイクスピアを楽しむために』

 この春からシェイクスピアの戯曲を読んでいる。特にシェイクスピア好きというわけではないし、演劇や英国に造詣が深いわけでもない。ただ、シェイクスピアは何かにつけ引用されることが多く、西洋人の思想のバックボーンとして無視できないので機会があれば触れてみたいとは思っていた。それを実行してみたわけだ。タイトルだけはよく知っている『オセロー』『ヴェニスの商人』『夏の夜の夢』などの有名どころを読んではこのブログに感想を書いたりしてみた。

 そもそも戯曲を本で読む機会が無かったので、最初は大いにとまどった。いうまでもなく戯曲は舞台で演じられることを前提に書かれている。役者は台本を最後まで読み、その人物を適切に演じようと努力する。衣装や所作もその人物にふさわしくする。だから例えば二人の役者が舞台に登場した瞬間、その二人が王と王妃であって、恋する乙女と侍女でも、老兵と青年将校でもないことを大方の観客が理解できたりするのだ。戯曲の作者は役者を信頼して「王、王妃登場」とだけ書けばよい。二人がどのように登場するかは役者と演出家にまかせておけばよいのだ。一方小説の作者はこれらのすべてを言葉で読者に伝えなければならない。「王はその突き出た腹を自慢するかのようにゆっくりと席に着くと、穏やかな微笑みをたたえ一同を見回した。しかし王妃は王の影のようにひっそりと現れ、誰とも決して目をあわせようとしない・・・・」小説を書くのは大変だし、戯曲をテキストで読むのも大変なのだ。文字にされていない情報が多いのだ。何冊か読むうちにずいぶん慣れてきた。自分なりの「戯曲を読むノウハウ」も身についてきた(つもり)。

 さてさて、予備知識ゼロの初心者が徒手空拳でシェイクスピアに挑んできたのだが、ここらで少々知恵をつけるとよいのではないかと思いこの本を読んでみた。書いたのは阿刀田高。本書ではシェイクスピアの戯曲11作について、あらすじを紹介し、著者の薀蓄を交えた感想が書いてある。11作の内、7作が既読、4作が未読だった。既読の作品については「そうそう、そうだった」と「えーそうだったのか」とが7:3くらいの比率でブレンドされて、なかなか良いあんばいで読み進めることができた。

 一作一作に添えられている著者の薀蓄はさすがだ。シェイクスピアの生没年(1564-1616)を「ヒトゴロシイロイロ」と教えてくれるあたりから始まり、作品の時代背景、当時のシェイクスピアの境遇、実際イギリスを旅してのエピソードなど、博学なオジサマっぷりが炸裂。学年主任の先生(50代・男性・次は教頭を狙っている)の授業のような穏やかだけれど断定的な物言いがちょっとエラソウ。シェイクスピアを研究している人や、本格的に芝居をやっている人などが読むと少し鼻についてしまうかもしれないが、自分のような初心者マークには丁度よかった。あらすじ紹介がかなり充実しているので、未読作品はネタバレ状態。まぁ、話の結末がわかった上で読む戯曲ってのがどんな味わいになるのか、それはそれで楽しみだ。

シェイクスピアを楽しむために
作者: 阿刀田 高
メーカー/出版社: 新潮社
ジャンル: 和書