WHO医務官・進藤奈邦子


新型の第2波やってくる

 この地球上で起きる感染症アウトブレイク(集団感染)をいち早くキャッチして分析し、防疫や治療の方法をスイス・ジュネーブのWHO(世界保健機関)本部から世界に発信する。ときには現場に駆けつけ、命がけでキラーウイルスの封じ込めに全力を尽くす。世界をまたにかけて活躍するWHO医務官の進藤奈邦子さん。厚生労働省の会議に出席するため一時帰国した彼女を取材した。(文 木村良一)

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 −−個人的見解で結構ですから豚由来の新型インフルエンザウイルス(H1N1)の今後の流行について教えて下さい

 進藤 免疫(抵抗力)があれば、それが働いて重症化を防いだり、発症を抑えてくれる。しかし、新型には世界の人口の2割しか感染していない。つまり8割の人が免疫を持っていないことになる。これを考えると、流行の第2波、第3波があり、多くの人が感染して重症患者も多く出る。

 《新型インフルエンザは昨年4月にメキシコでそのアウトブレイクが起きた後、瞬く間に世界中に広がり、2カ月後の6月にはWHOがフェーズ6を宣言するパンデミック(世界的大流行)を引き起こした。毒性は弱かったが、適切な治療を受けないと、ウイルス性肺炎などで若くて健康な人も重症化した。死者数は世界で約2万人。日本では昨年の5月16日に神戸市内で最初の患者が確認された後、11月下旬にピークを迎えたが、今年3月には沈静化した。日本での死者数は199人と大幅に少なかった》

 −−日本の第2波はいつ来ますか

 進藤 南半球での流行がいつ始まるかを注意しているが、まだ大きな流行はないようだ。このままだと、南半球では季節性インフルエンザと同じ冬場の7月、8月に流行する可能性が高い。そうなると、日本などの北半球でも年末の冬場に第2波、第3波がやってくる。冬場だと、被害が大きくなる。

 −−新型の発生で出張中のエジプトから急遽(きゅうきょ)、呼び戻された

 進藤 そう。エジプトで鳥インフルエンザウイルス(H5N1)が流行し、エジプト政府の求めで調査に出かけていた。そしたら4月24日の午前1時半ごろ、ケイジ・フクダさんから「メキシコでたくさんの人が死んでいる。事態は深刻だ」と携帯電話に連絡が入った。

 −−ケイジ・フクダさんといえば、WHOのスポークスマンの事務局長補代理(現・事務局長特別顧問)としてテレビによく出てました。どんな人物ですか

 進藤 彼は両親とも日本人で小学校6年生ぐらいまで日本で暮らしていた。アメリカで臨床医になり、公衆衛生や疫学を学んでCDC(米疾病対策センター)に入り、その後、WHO職員になった。周囲からは「ミスター禅(ぜん)」と呼ばれ、平常心を失わない人のように見られているけど、私には「ニッキー」と愛称で呼んでよく怒る(笑い)。

 −−鳥インフルエンザの方は

 進藤 鳥の間で蔓延(まんえん)しているので今後も人に感染する危険はある。

 《WHOによれば、鳥インフルエンザウイルスは2003(平成15)年以降インドネシアベトナム、中国などで計約500人に感染し、うち300人近くが死亡している。致死率は60%と高い》

 −−まだ鳥のウイルスですが、人のウイルスになる可能性は

 進藤 インフルエンザウイルスは突然変異を繰り返すのでその可能性はある。

 −−インフルエンザに限らず、エボラ出血熱のような感染者の多くが命を失う感染症が発生すると、飛んでいくわけでしょ。怖くないのですか

 進藤 その感染症の正体を早く確認したいという気持ちが強いので、怖いとは思わない。現場で患者さんを診なければならない医師や看護師が混乱しているので、彼らを早く助けてあげたいと思う。

 −−医療従事者が感染することもありますか

 進藤 05年にアフリカ・アンゴラ共和国で起きたマールブルグ出血熱の集団感染で現地に行ったが、あのときは医師や看護師が感染して倒れ、病院が重症患者と遺体だけになってしまった。

 −−WHOの職員が亡くなることも

 進藤 03年に発生した新型肺炎のSARS(重症急性呼吸器症候群)のとき、ベトナムでイタリア人の同僚が感染して亡くなった。彼が携帯電話で「ベトナムにはもう治療に使う人工呼吸器がない。僕は怖い」と連絡してきたのを覚えている。あの時点ではSARSはまだ病原体の正体が分からない未知の疾病でした。

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【プロフィル】進藤奈邦子

 WHO医務官。メディカルオフィサー。WHOの新型インフルエンザ危機対策チームを統括する。昭和38年4月4日生まれの47歳。小学校から高校まで東京学芸大付属。東京慈恵会医科大学卒。平成10年から国立感染症研究所に勤務した後、14年にWHOへ派遣され、17年から正規職員となる。2人の子供を育てるシングルマザーでもある。

MSN産経ニュースhttp://sankei.jp.msn.com/life/body/100629/bdy1006290325000-n1.htm