田名部伸紀建築設計事務所

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2018-12-31

田名部伸紀建築設計事務所 ブログの案内です。

f:id:N-Tanabe:20161023225510j:image:left:w85 【 MoAi in ny 】

2016年秋、帯広で27坪の二世帯住宅、竣工しました。

f:id:N-Tanabe:20160930042914j:image:left:w85 【 MoAi in ny 設計story】

計画から引渡しまで設計の仕事を紹介します。現在、書き出し中!

f:id:N-Tanabe:20150925114823j:image:left:w85 【 DOMA/NATORI 】

2015年夏竣工。仙台近郊での住宅設計です。実りある経験でした。

f:id:N-Tanabe:20140126204324j:image:left:w85 【 DOMA/K House 】

2014年冬竣工。難しい敷地での設計となる函館の住宅です。

f:id:N-Tanabe:20111023191914j:image:left:w85 【 DOMA/yamanote 】

2010年冬竣工。札幌での住宅設計、『きらりと光る建築賞』受賞。

f:id:N-Tanabe:20161103011644j:image:left:w85 【 DOMA/yamanote 設計物語】

建築中の様子を伝えています。ジロ住む家です。

f:id:N-Tanabe:20110901002632j:image:left:w85 【 DOMA/hachiken 】

2011年夏竣工。札幌の住宅設計、難しい建築条件ながら無事竣工。

f:id:N-Tanabe:20120704003500j:image:left:w85 【 DOMA/道南の家 】

2009年冬竣工。北海道らしい風景の中の、函館近郊の住宅です。

f:id:N-Tanabe:20161103010838j:image:left:w85 【 DOMA/道南の家 設計物語 】

田名部の設計とは?設計始めから竣工までを丁寧に案内します。

f:id:N-Tanabe:20100427155535j:image:left:w85 【 bookshelf 】

2006年にネットコンペで最優秀、2007年竣工。10周年を迎えました。

f:id:N-Tanabe:20121022073413j:image:left:w85 【 BUTSUGWANJI 】

道東にあるお寺、その建設、増築、改修を記しています。

f:id:N-Tanabe:20150330203808j:image:left:w85 【 マンション・デザイン】

分譲マンションのデザインもしております。

【南14条 電車通り】 【N3E5 永山公園前】 【北1条マンション】

書き出したブログも早7年になります。書き過ぎたり、足りなかったり、気分次第の徒然ですが。

徒然過ぎて整理も間々ならず、それでも、あれこれ書きたい事はたくさんありつつ。

設計した住宅、建築についての案内を新たにしました。お読み頂けると幸いです。

帯広で竣工した【 MoAi in ny 】の設計時のお話を書き出しました。たぶん暫く続きます。

※写真をクリック頂くと写真集へ、【】のタイトルをクリック頂くと記事へ飛びます。

2018-01-16

光の具合はつい、眺めてしまう。

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私の案件ではないのですが、今見ている現場。

計画から実施、監理までを担う。


ディテールは綺麗に、ではなく効率的であり、

質感は質よりも機能的合理的を求め、

空間はタイトではなく緩い。

そういう施設の設計ではあるのだけれど、

空間は問われる。


設計は柔軟、要望により何時もとは違う性質の、

そういう設計にも取組む。基本は変わらない。


今日の現場、足場越しの光がなかなか素敵で、

つい、眺めてしまう。





見ているのは南側の窓。

未だボード下地、木組のままの状態なので、

室内光環境は整わないのだけれど、

南側の採光にのみ頼る室内であれば、

このような陰影の、コントラストの強い

室内になってしまう。


2間幅、高さは2.2mの大きな開口を正面から

眺めても、それは変わらない。

室内を「明るく」するには工夫が欠かせない。

南側に大きな窓があれば「明るい」は最早、

信じるかどうかという問題でしかない現実。


この建築は光が回る工夫をしている。

強い光がありつつも、落ち着きある環境を目指し。

2018-01-12

ロー・ポジション

正しくはないのだとは思いつつ、

youtubeで『東京物語』を見つけ観てしまう。


笠さん目線を現実に自分が理解出来そうな・・・

歳を取ったかな?

前に観た時は未だ、想像だったと思う。



ロー・ポジションというのだそうだ。

スカート中がみえそうなロー・アングルでなく、

仰がずに低く構えるカメラのポジション、

それが迫真

ヴェンダースは映画『東京画』の中で

小津映画のカメラマンにインタヴューをしている。

そのカメラマンの撮影姿勢が、

上手く思い出せないのだけれど強烈だった。

映画の中で誰よりも苦労した人だったはず。

ただの日常をよくも適切に映し出し、

家族の姿を露にしてしまった。




物語はなかなかの悲哀を帯びて始まる。

現代の核家族の末の姿が既に描かれる。

尾道から訪ねた東京、娘紀子(原節子)の

部屋で娘の付けてくれたお酒を、

父(笠智衆)がとても嬉しそうに頂く。

娘に男っ気のないのは父母共に見て取る。

一人暮しの娘の部屋に用意などあるわけもなく、

お隣さんにお酒を借りる。

実に昭和的な感覚が新鮮。同じく

借り物の徳利と御猪口で当然の如く、

でもどこか「こんな具合?」に、

東京で一人暮らしの社会人でもあり、

適度にお付き合いはあるとしても、

父に「どうぞ」とすすめる姿、

これが美味しくないわけがないナ。

「やっぱり美味しい」と父・笠、

それは本当に美味しそであった。

だって、原節子さんにだぞ!

銀幕のスターは存在する。

何度見ても見る度に惚れてしまう。


ただ問題は、唯一の違和感が原さんだ。

背は高く、プロポーションは良く、

何より美し過ぎる。美しい?

目も鼻も口も大きく表情が豊か、

むしろ派手に見える。一人だけ

外人さんのようなのだけれど、

誰よりも清潔感を感じてしまう。

笠さんは遠くを見つめられるのに、

原は観衆を見ているかのような不思議な目。

放っておけば目立ち過ぎ、

どうすればカメラに納め切れるのか?

きっと小津もカメラマンも困ったのだろう。


ロー・ポジションは本当に凄い。

ドラマでロー・ポジションを、

と問えば何言ってんの?と断られるのだろうか。

しかも50mm?だろう広角でも望遠でもない

標準レンズで撮る、

抜き差し出来ぬ真正面から挑む映像は、

しかしそれ故に原は観衆を見、

笠は観衆越しに娘を眺めるような、

そんな視線を強調してくれる。

ついつい正座して観たくなる・・・

正座はしないけれど、そんな心境に

させられてしまう、向き合わざるを得ない迫力。

唯の日常を特別にしてしまえる?

俳優が素晴らしいからだけではないだろうに、

まるで自分がそこに居るかのような実体感。




果たして、何の予備知識も無しにこの映画に出会い、

ここまで思えたのかは分からない。

小津と聞いていたからそう思うだろうか。

そもそも笠さんは御前様だし。

でも、誰しもが感じてしまう映画なので、

今でも名が上がるのだろうな。


観終えた後に残るこの感情、

これを余韻と呼ぶのだろか?

丹田が地に着き落ち着くような、

諌められるよりも心地よさを感じてしまう。





胡坐をかいた笠の肩よりもカメラは低く、

画面の縦1/3辺りを芯に据えてやや仰角、

座る人も立つ人も納まるアングルを、

広角ではないので人と人が近く、

望遠ではないので観察的でもなく、

観る人がそこに居るかの様であり、

照明が上手いとは思わないけれど、

朴訥とした台詞のかみ合いなのか、

役者の映え力量なのか、

空は広角を使ったのかな?はあるけれど、

決め置きの固定のアングルが凄い。

何を持って決められたのだろうか?

自分なら決められるだろうか?

考えると眠れなくなる。





ヒューマンスケールは意識するものの、

ここまで寄って迫真に迫れるだろうか?

研ぎ澄ました計算を感じるわけでなく、

観る者は案外自由に目移りが許され、

室内撮影では映り切らない画角にも関わらず

情報は十分で、

黒澤程に劇的又は舞台的でなく、

本当に唯の日常に見えるのだけれど、

迫真なのに緊張感を感じさせず、

言葉の一つ一つが染み入ってしまう。

画角やカット割りでなく、

カメラ据え置き故にそうなのだろうか?


小津と聞けば敷居高く感じるのだけれど、

時々観て学ばなきゃって、

初心を呼び起こしてくれる再会をした。


紀子三部作?どちらかと言えば『晩秋』が好み。

2018-01-01

2018年 明けましておめでとうございます。

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Caspar David Friedrich の絵の様で、好きな一枚。






睡魔に襲われ目が塞がれたのは昨夜の11時頃だろうか。

気づくと2時を回る頃、もう静かな街並み風景だった。

除雪などしつつ、暖かい冬の雪の夜を感じてみたり。

静寂を誘うように雪が舞い、遠くを掠めてしまっていて、

つまり、このまま起きていても初日の出は難しそうだ。

という事で、このまま仕事に突入しても良いのだけれど、

一杯あおって今日は寝てしまおうかと思う。

2017-12-30

好みはハイプルーフのハードリカーをストレートで。

先夜は夜更け、酔い、書いた。

酔うと思い切り書けるのだけれど、

もしも、素面で書き出せるのなら、

きっと、文豪を目指しただろうな。


という事で、酔い再び書き出そうか?

今宵というか、朝になってしまった?

気がするけれど・・・


でもその前に、仕事を切り上げともかく、

年賀状の製作を開始してみたのだけれど、

年内に終われそうな気がしない。





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要は矩計・・・断面に空間は宿る。

詳細を見極めるべくこの数日、取組む。

短スパン、長スパンの連続する計画は、

小屋梁の背が違い、見え方が異なる。

庇となる小屋垂木の構造・・・

これには方針を見つけた。

ツーバイ材を使う構造を考えていたけれど、

構造的解析には常套な手段が未だ見出せず、

正攻法で取組む際に用いる事の出来る、

少しだけ手間は要するけれど、解を見つけて、

やるぞ。


しかし断熱の構成、見え掛り、それに、

胴差、外部建具の背、内部建具の背、

壇の高さ、玄関ドア、ポーチ高さ、

ポーチ庇の構造に高低調整、

何より、人とのコミュニケーション、

プロポーションとスケール感の方針・・・


取組む程に問題が露見し、見つけてしまい、

益々混沌を招く有様となり、

添付の画像の如く・・・全て違うもの。


問題が積みあがっただけの取り組み。

年明けに的を絞り構造に突き付けるべき、

課題を整理したい。


蒸留して煮詰め、ハイであるままのものを、

ストレートに求めたい。

2017-12-28

今年最後の打合せ。

結局、判断は年越しなのだけれど、

年の終わりの見える今日は案外、

気ままで時間猶予の許される、

緊張の抜ける感も時折否めないものの、

それは次への課題を膨らませるチャンス、

しかも幅広く話す事の出来る有意義さ、

何をしたいのか? 想いを伝えられただろうか。

・・・道が見えてきたところであり、

悩む事が出来るにまでに漸く至る。

これが今年最後の打合せだろうか。





「選ぶ道がなければ、迷うこともない。

 私は嫌になるほど自由だった。」

・・・『鞄』という短編の最後の文。

打合せへの往来の地下鉄で読み終えたのは、

阿部公房の『笑う月』。


『発想の種子』から・・・

「だから不安なのだ。明確に、発芽の状況を

 見きわめるまでは、はたして自分が今も

 作家であるのかどうか、どうしても確信を

 持つころが出来ない。ただ、知らぬ間に

 取り込んだかもしれない種子に期待して、

 その時がくるまで待ちつづけるしか

 ないのである。」と記されていて、

それが心からの言葉に感じられ読み出した本。

短編にはふくよかさはないけれど、

骨格はしっかりと在り、読み応えがある。


前述の「嫌になるほど・・・」と言う表現は、

如何にも小説的、実際に使ってみたくなる。

ちょうど今日の打合せ、現実的な断面の梁で

無柱空間の出来る居室が事が判明、その際に、

「嫌になるほど・・・」と使おうか?迷った。

カッコ良過ぎて照れ、使えなかったけれど。

木造の性能はE(=材の強度は材種)と

I(=断面性能は断面の大きさ)との関係、

材種はコストに、断面の大きさは室内に、

様々に影響するものの中からベストを、

少なくともベターを探し選ぶ作業は結局、

創り上げるとしか言えない途方の無い仕事。



因みに、『自己犠牲』の話は、白熱教室の功利主義

サンデル先生と議論したくなる。





と、意味不明な事を書き込みたくなる程に未だ、

今年が終わって欲しくはないのに意識はしていて、

「でも年賀状は送ってね!」と記された古い友人の、

喪中のハガキがプレッシャーにもなっていて、


昨今贔屓にしている珈琲店で、

打合せの際に思いついたアイディアを絵にし、

この夜更けにCADで寸法を当ててみると、

二つに絞り判断を年越しとした部位が実は、

三つの考えに増えて複雑化しただけで、


今年最後だから美味しくと注文したのに、

それが本当に美味しかったなら、

日常が何だったのか?という事になるし、

特別が日常であって欲しくあり、

日常が特別なら嬉しい事であり、

「でも、気合は入りました!」と出された

珈琲は美味しかった。



・・・嫌になるほど自由過ぎるので、

出来るだけもう少し自分を整理したい。

2017-12-06

動画?その手があったか!


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届いた動画がかっこイイ! ←クリックで開く?

上手く貼れないので、リンクを。



『 Moai in ny 』のインテリア風景。

夕方、西の高窓からの陽射しがやや平行に、

室内に届きだした頃、壁で映える映像。


竣工の時は別の壁で同じような揺らめきを発見、

まるでインスタレーション!と驚き楽しんだ。

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外の気配を室内に発見し、観察し、楽しまれる。

そんな様子がヒシヒシと伝わります。

いいなーコレ。

適度な距離にある適度な枝ぶりの木に適度な風を当て、

太陽光越しにその影の揺らぎを室内に映えさせる・・・

そんな窓を設計しました!


自然相手なので、これは再現出来そうな気がしない。

2017-11-15

再び、キングギドラ登場。

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6年程前だろうか、登場したキングギドラ。

どう照明しようか?のお手伝いとして、

被写体になって頂く・・・超合金のね。


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今回の登場では、光を背にさせたい。

光を背にするとシルエットになってしまうので、

レフ板を使い、光が柔らかく回るように撮る。


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なかなかに凛々しい。

光の具合が良ければ、剥げた塗装も気にならない?

アングルをもう少し下から、見上げるように

見せれば迫力も増すだろうか。


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正面に小さな光を与えると、金色が映える。

これはローソクの灯が担うだろう。


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模型、夜景を想像し写真を撮ってみた。

2017-11-13

西日、眩しく印象的です。

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引渡、御引越、住まい始めて一年を迎える。

オーナーから届く、日常の風景。


初めてお会いした時はお客様?

と言う分けではなかったかもしれない。

『不可能』とは言わなかっただけで、

計画の実現性に強く問題を提起した。

初めからお客様ではなく、

クライアントだったに違いない。


お客様とクライアントは全く違う。

事業を行う上でのパートナーだ、

コラボレーションだ。

後に施工者も加わり取組む事業だ。


その成果が届く。

オーナーしか知り得ない光景が。

今はオーナーなのだな、羨ましい。

設計者である私よりもたくさんの事を

経験し、知り、楽しまれている様子。


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写真は西高窓、細長い建築の奥行きを

更に際無く奥へ伸ばす採光上重要な窓。

幸運にも敷地西には木立があり、

それが西陽を越して木立の影を、

その陰影として伴い室内に映える。

最早インスタレーション


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徐々に北側へと沈む、低く長く届く西陽、

室内を舐めるように移動する。

木立の陰影を揺らぎながら像を届ける。


・・・好んで使うブラケット照明、

昼間は建築に溶け込み気配を見せない。

映える陰影の中でも見事に溶け込んでいる。

器具は案外、実はこういう性質が欠かせない。


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室内に居ながらにして、外の風や雲の動き、

様々を映え気付かせてくれる。

これは何だろう?素直に凄い光景だ。


紆余はありつつ、健やかでもあり、しかし、

光環境はかなり複雑な様が支えている。


西高窓からの長い陽射し、北側高窓のもたらす

夕刻でも一際明るい様、室内に残る南窓の明るさ、

様々が組み合わされて見える光の空間。


・・・自然のみが作れる絶妙な光の具合。




久しぶりに書き込みます。

届いた写真、大好きです。

2017-10-11 オリオンを崇める覚悟が欲しい。

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少し前の事、アトリエの窓から眺める南17条の西、

藻岩山の裾野に沈む夕陽に映える電線の在る街並。

既に夜はオリオンが輝き見過ごせなくなっている。


オリオン座はとても好きな、分り良い星座。

でも、見つけると冬の寒さを覚悟させられる。

見つけ喜び、見つけられる現実に驚愕させられる。

・・・十勝通い、いつタイヤ替えよう?


未だ観ていないゴッホ、明日午前中に行こうかな?

キノで観たいThe Stoogesの映画に行きたいな−−


光ばかりが気になる。

光を制する術を建築に求めた私の設計、

之から取り組む設計は真摯に向き合う機会だ。

その機会を得るに居たり、漸くはじまる。


オリオンを崇める覚悟が欲しい。

2017-10-04

信号機に文句をつけてみたい。

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谷崎潤一郎は『陰影礼賛』に習い蝋燭を灯してみる。

この本は、時代に遅れたおじさんのボヤキなだけなのに、

妙に心に染みてしまい、心改めて事物を眺めたくなる。


暖かい昼間も夜は涼しいよりも寒さが身に染み、

雨の日にはいっそう寒々しく感じられる季節、

と言う事でより、灯してみたくなった・・・かな?


暗いにのに揺らぐ火は、何故か心情に煌々と灯る。

思わず、じーと眺め見つめ注意し、感じてしまう光。




明日?本日は設計委託契約を控えている。

工事は請負契約、「委託」と「請負」は異なる。

請負は対価に応じる工事の責任を負う。

設計は、施主に委託され設計・監理の責を負う。

カタチ在るものの授受ではなく、判断を請け負う。

私が生きていられるのは、ここに価値があるから。

この価値を築く事は創造すること、責任は重い。




谷崎は電球の灯りを嫌い、蝋燭をと書かれた。

今の自分は電球の灯りをと書いてしまう。

実際、ここぞという場所には電球を使いたい。

今こうして書いている手元には電球が灯る。

なのだけれど、そちこちにはLEDを灯してしまっている。

LEDなんて!と書きたい気持ちはあるものの、

消費電力の小ささは消費の罪を軽減してくれそうだし。


フィラメントが燃える電球の灯は蝋燭に近い。

LEDは光源、レンズを越して到達する光は何だ?

今は随分、並べ比べなければ気付けないかも。




つい先ほど、模型を作り終えた。

明日の打ち合わせは今後の分岐となる。

質を取るか、大きさを取るか。

大きさは、かなりの猶予が有れば贅を得られる。

切り詰めると経済性、効率性、合理性が強くなり、

退屈感を拭えない。

質を求めコンパクトを突き詰める時、

むしろ余白が求められる。小さいのに更に余白を求める。

不思議な面白さ、厳しい条件こそと思うのだけれど。


LEDだから沢山灯しても罪を感じないのでは無く、

ローソクでも何とかなる設計に臨みたい、かな?

ちなみに『陰影礼賛』で谷崎は最後、信号機にも

文句をつけていた。

2017-09-23

薄い月に誘われてしまう。

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心惹かれる薄い月、また出会う機会はあるだろうか?


朝6時に起き出し、7時過ぎに家を出て、今日は早い帰り。

金曜夜の道東の帰り道はやや混んでいた。なるほど。


コクワ、来週訪ねた時は食べ頃だろうか?残っているとイイなー




台風が降らせた雨は大地を湿潤にし、

夕時の冷たい空気に触れ、

結露しては大気に満ち、

遠くの山を霞ませる。

けれど、冷たい空気は多くの水分を保持する力は無く、

夏場の様に霧にまでは至れず、空は澄んだ秋模様。

と、いう具合の風景に薄い月を加える。


・・・これが正しいかどうかは分からないけれど、

設計もこのくらいきちんと条件を整理して積み上げ、

創れるなら、と思う。






帰り道、あまりに薄い月が目にとまり、走れなくなった。

誘われてしまう。

珍しく車を止め、三脚を立て、カメラを構えた。

でも、疲れてもいて思考力は乏しく、とりあえず、

絞れば良いかと思い撮る。いつもなら、様々の設定を試す。

絞ると光は少ししか入らないので露光時間は長くなる。

長くなると、天空は動いてるので、薄い月がデブになる。

ISO感度を高くしてでも開放側で撮るべきだったか・・・

少し太くはなっているものの、繊細な夕景が撮れたかな?


進めている計画、この空の下に聳える山脈の如く、

静かに風景を決定付ける”層”として佇まえるか、

瀬戸際に今はある。

風雪で道が崩れる程に厳しい条件下にある存在なのに、

こうして薄い月の下では薄い一枚の紙で作られた様に静か。


この静寂を築けるのに、内に激しい環境を内包出来る、

しかもそれが風景を決定付けられる存在、そう在りたい。


この写真、とても気に入ってしまった、誘われた。

2017-09-22

原点確認 その5

5回に渡って書いてしまった意味不明な原点記事、

非常に有意義な、束の間の帰省時の風景でした。


道東は十勝へ仕事に向かう道、最後はやはり好きな

オンネトーへ寄る。

チミケップでは管理されている方に出会い、

峠展望台では火山研究者に出会い、

ここでは足寄の方、オンネトーで雌阿寒雄阿寒の、

湖面に映える風景を撮られている方にお会いした。

面白いおじさんで、しばらく邪魔をさせて頂いた。

たしか、9/12にNHKの取材をここで受けると聞いた。

道内5人程が取材を受けて・・・番組になるらしい。

何の番組だろうか。


以前に載せた写真はこちら。

やや風があり湖面は鏡にはならず、でも好きな写真。

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この日は朝に一時、恵まれた状態になったらしい。

風が止むのをひたすら待つらしい。本当によく、

眺めて過ごすのだけれど、奥のキャンプ場に行くと、

入江は風の少ない場所があり、期待の風景に出会える。


秋の頃なら紅葉は特別、冬の前ならそれはそれで素敵、

春も若々しく、水は何物も映え見せてしまう光景、

夏は?神秘的な、ではなく元気一杯の風景であった。


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元気?かつてここでたくさんザリガニを捕った。

阿寒の山の火山活動が活発になり?湖面からも

硫黄の匂いのする時期があり、生物の気配が

消えた時期があったのだけれど、今は違う。

当然、トンボはオニヤンマ、ルリボシヤンマが

盛大に飛び交う風景の他に、ザリガニはザリガニでも、

ウチダザリガニがわんさかと居た。驚いた。


慌てて撮るも、カメラも慌てたか、何にピントを

合わせているのか?彼も分からなかったのだろう。

反射と投下、陰影、水中からはどう見えるのだろう?


f:id:N-Tanabe:20170920035402j:image:w650

水は少し濁った気がする。陽がやや高い時間だった

からかもしれないけれど、水と木と倒れた木とが、

水もで反射と投下を繰り返して重なるだけなのに、

何を見せてくれているのか、分からなくなる。


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水中の倒れた埋もれ木に葉が茂る。

よくもここまで見事に茂るとは。


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自分は透明で、でも味のある、綺麗な水に成りたい。

のかもしれない。意味わからないのだけれど、

何か分かった気がした。気のせいだろうけれどさ。


もちろん、仕事に力尽き酔った夜更けに書いています。

2017-09-21

原点確認 その4

f:id:N-Tanabe:20170919003909j:image:w650

津別峠からは阿寒国立公園屈斜路湖が一望出来る。

実に良い眺め、朝方は屈斜路湖の雲海が望めるので、

季節(日の出方向)によっては撮影ポイントになる。


青さをより得ようと思い、少し上から撮ってみて、

手を伸ばして写真を撮る。影が写ってしまった。


展望台に上ると、先客が一人、スケッチをされていた。

聞けば九州の方で火山の研究をされているのだと。

今は摩周湖の噴火を対象としているという。

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見えている出島、ここは和琴半島。数え切れない程、

ここでキャンプをした楽しい思い出。

その和琴半島の上の方に見えるのが摩周の外輪山。


摩周湖はカルデラ湖、巨大な噴火の痕跡だ。

聞けば噴火は7200年前、比較的新しい。

噴出物は多くはなかったものの爆発のエネルギーは

相当だったらしい。火砕流は広範囲に及んだらしく、

屈斜路湖のカルデラを乗り越え広がったという。


時期を考えると、私の特に好きな石器を使った文化、

大陸から樺太経由でやって来て、白滝で見つけた良質な

黒曜石を使って手数を掛けずに見事な石器をつくる

石刃鏃文化が花開いたのが女満別、きっと彼等は

辿り着いたこの地で大噴火に遭遇したのだろう。

築いた文化が失われてしまったのかもしれない。


火砕流は阿寒にも伸びたらしく、そのような痕跡は

今も広範囲に確認が出来るらしい。ただ南斜面は状態が

良くないらしい。積もった火山灰故に地盤が緩く、

それが方位と関係しているとも話して下さった。


・・・つまり、7000年程前の阿寒国立公園とは、

灰に埋まった死の世界、道東の過半が死滅した現実。

今は緑豊かなこの景観も、実は刹那の出来事なのかも。


摩周湖の噴火、同じ頃に九州でも同規模の噴火があり、

おそらく当時の日本は大混乱に陥ったのだろう。

縄文最盛期は5000〜6000年程前?人類って逞しい。


私が訪ねてしまい、火山研究者はスケッチの手を

止めてしまった上に、しばらく二人で話もしてしまい、

お邪魔してしまいました。すみません。

しかし、得がたい実地での情報は貴重な機会、

ありがとうございました。感謝しております。


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と言う事で、幾つかの峰越しに阿寒の山も。



北海道を眺めると4つの穴が開いている。

摩周湖、屈斜路湖、支笏湖洞爺湖

どれもカルデラ、この内の一つ摩周湖の爆発を

北海道に居た人が経験をしている。

そんな事を考えて故郷の風景を眺めると、

また違った思い、スケールの大きさを実感する。

2017-09-20

原点確認 その3

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以前、鯉をみた・・・ヤンマの飛び交う、

川が流れ込み淀む、特に好きな場所。


樹幹から漏れる光がまるでスポットライト、

倒木の株に根を張り次世代の木が育つ。

大きさからすれば数年だろうけれど、どうだろう?

なかなか良いステージをみつけたな!

でも、この先どうなるのだろう?


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差す陽の光、木々葉々の影から見える水底、

水底の倒木と水草、揺らぐ水盤。

何が見えて何が見えないのか、目くるめく。

つい、鯉が居ないか探してしまう。


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水底の石はゴツゴツと角ばっている。

海ではなく山の上か。水は至極透明なのに、

生物の居る気配は濃厚、生き生きとウツロウ。


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角度によっては水がとても青い。

淀みでは落ち葉が積もる水の底。

反射と透過が様々に組み合わされる不思議な光景。


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揺らぐ水が見せる透過、反射、影、像が揺らぐ。

自分に何が見えているのか?分からなくなる。

何時まででも眺めていられる風景。