日本のマンガやアニメ文化の伝道とは

TomoMachi2007-12-10

オイラが資料などで協力した日本マンガの研究書「Manga:the Complete Guide」が発売された。

Manga: The Complete Guide

Manga: The Complete Guide

書き手のジェイソン・トンプソン(写真)はなんとアメリカで翻訳出版された日本のマンガすべてを読破してそのレビューを一人で書いた。
つまりシリーズにして約千シリーズ、巻数にしたらその5倍以上だ!
もちろん英語翻訳マンガすべてだから、幼児向けマンガ、劇画、エロまんが、少女まんが、やおい、すべてだ。
ジェイソンは酒もコーヒーも飲まないマジメな青年で、まあ、よく気が狂わなかったもんだ。
オイラは翻訳マンガだけでは知りえない日本のマンガ事情について彼から質問を受けて協力しました。
ミリタリーマンガの盛衰とか、劇画誌のはじまりとか。


もうひとつ、オイラといっしょにアメリカでアニメ・ファンのための日本ガイド「Cruising The Anime City」を書いたパトリック・マシアス

Cruising The Anime City: An Otaku Guide To Neo Tokyo

Cruising The Anime City: An Otaku Guide To Neo Tokyo

彼が編集長を務めるアニメ雑誌「OTAKU USA」創刊第2号に、オイラは石ノ森章太郎論を書いた。

漫画における表現主義やロバート・シェクリーやフレッド・ベスターなど海外SF小説の影響、人間に対する独特のペシミシズム、孤独な主人公たち、といった特徴を「サイボーグ009」「ジュン」「仮面ライダー」「サブと市捕物控」「変身忍者嵐」「人造人間キカイダー」などの作品を通じて論じています。
また、「009ノ1」に関しては別項を立てて、「唇からナイフ」などの60年代女スパイ・サイケデリック映画の影響で始まった007のお色気パロディが、だんだんとセルジュ・ゲンズブールの『ガラスの墓標』のような冷たくアンニュイなノワールへと変質していったことを論じています。


もちろん、逆にアメリカにおける日本のオタク文化受け入れの歴史と現状について正確に書いた本「オタク・イン・USA」もお忘れなく。

オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史

オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史


日本のマンガやアニメそのものが文化としての評価を勝ち得るには、マンガやアニメをマンガやアニメそのものとして理解させて、広めたほうがいい。


マンガの表現手法だけを盗んで、アート市場に持ち込んで売る商売は、そいつが儲かるだけで、マンガやアニメそのものの文化的評価にはつながらない。リキテンシュタインアメリカンコミックの表現手法をアートに利用してもアメリカン・コミックそのものの社会的地位にはまったく影響がなかったように。
アメリカン・コミックの文化としての評価は80年代のフランク・ミラーやアラン・ムーアによるルネッサンス作品が一般の書評欄で文学作品と一緒に取り上げられたことで成し遂げられた。つまりコミックそのものとそれに対する正当な批評が必要だったのだ。