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咢が王様なパラレル小説です。 1 2 3



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 王様に缶コーヒーを買い与えて、亜紀人は国に戻ったMr.SANOに海外用携帯で電話した。彼は直ぐに出てくれた。
『亜紀人様、どうされました?ネットが上手く繋がりませんか?』
「違うの!あの、王様と会ったんだけど!あんな柄の悪い人なの!?日本語も、おかしな方向にペラペラだしッ!」
『ああ、今ならもう言えますが…実は、王もこの二年間は日本に隠れておいでだったんですよ。敵の目を二重に欺く為です』
「えーっ!?」
『日本の警察に保護していただいていたんですが、専属で警護についていた刑事が、ま、腕は良かったんで放置しておいたんですが、かなり独特な人で…その影響を受けてしまったんでしょうね、はは』
「先に言ってよ!」
『なにぶん、人見知りされる質ですから。馴染むまでには時間がかかるかと思いますが』
「アレ、人見知りっていうのかなぁ?」
『兎も角、無事に合流できて良かったです。後は宜しく頼みましたよ、亜紀人様。なにしろ報酬先払いですからね。では』
「……!」
 かくして通話は途絶えた。海の向こうの端正な笑顔が脳裏に浮かぶ。亜紀人はがっくりと肩を落とすと、自販機の隣で待っている王様の元に足早に向かった。
 王様は、行儀悪くその場に座り込んで缶コーヒーを銜えて待っていた。呆れた亜紀人は、小さな口から缶を取り上げた。
「みっともないですよ、王」
「返せよ、まだ残ってンだ」
 唇を尖らせる王様に渋々缶を返すと、彼は最後の一口を実に上手そうに啜った。
「旨ェな、コレ」
「そんなものが?ただの缶コーヒーだよ」
 屋敷内には従業員用の施設もあったから、自動販売機は亜紀人も使い慣れていた。亜紀人も甘い飲み物は好きだが、一国の王が目を輝かせるほど価値のあるものだとは思えない。
 コーヒーを飲み終えた王様は、空き缶を何のてらいも無く路上に転がした。
「ああっ!」
「?何だよ、飲み終わったんだよ」
「ポイ捨て禁止ー!警察に居たんでしょ、習わなかったの?」
「海人のヤツは、いつもそうしてたぜ」
「全く、どうなってるんだよ…」
 王様が捨てた缶を拾ってゴミ箱に入れ、亜紀人は首を傾げた。
「そういえば、自販機あったでしょ?警察にも。飲んだ事なかったの?」
 プルトップの開け方も分からなかったようなので、亜紀人が最初に開けてやったのだ。
「ねェな。出されたモンしか口に入れられなかったからな」
「そう…」
 ちらっと時計を見上げると、待ち合わせの時間から既に一時間近くが経過している。亜紀人はすっかりお腹が空いていた。
「ねェ、じゃあハンバーガー…」
「ところで、ねぐらは何処だ?俺」
「…来たばっかりじゃない」
「眠ィんだよ、とっとと案内しやがれ、俺」
「オレ、オレって…」
 確かに、先日まで亜紀人はこの少年ー『アギト』の名を背負って生きてきた。だが、今ではれっきとした自分だけの名前があるのだ。
「あの、僕はっ、」
「こっちか?」
「待って!スイカか切符ないと入れないからー!」


 あまりにもマイペースすぎる王様のおかげで(王様なのだから仕方がないのかも知れないが)、せっかく色々妄想もとい計画していた事は全て無駄になってしまった。亜紀人は不貞腐れて、山手線に揺られていた。
(想像してたのと全然違う!これじゃあまるっきりただのヤンキーだよ、しかも一昔前風の!名乗らせてさえくれないし、こんなんで一ヶ月、上手くやっていくなんて、とても…)
「…ン…」
 ゴン、と、肩に何か固いものがぶつかる。そのままその物体はずるりと亜紀人の鎖骨・肩甲骨を通過して、どさりと膝の上に落ちた。
(え、えええ!?ちょっと!!)
 電車が走り始めて数分もしないうちに、王は亜紀人の膝に無防備に頭を預けて、すやすやと眠り始めたのだ。
(マイペースすぎでしょ!)


 あまりに気持ち良さそうな王様を起こすのも忍びなく、結局、亜紀人は山手線を二周半してしまった。