Unscripted Life

2017-03-15



11歳の彼ら一人ひとりが、

今の自分、6年生の自分へ、というテーマでたくさんの詩集の中から、ひとつの詩を選ぶ。

詩は、作品袋に視写。

彼らが選んだ詩が、とってもすてきで、

一人ひとりのものを圧倒されながら、読む。

詩集に書かれた言葉より、

子どもたちの文字で書かれた言葉は、

どうして、こんなにも強く訴えかけてくるのだろう。

その後、ノートに書かれたその詩を選んだ理由を読み、またまたぐっときてしまう。

その選択には、今のその子らしさがにじみでている。

11歳の彼らの、

その愛や、その夢や、その葛藤や、そのやさしさ、その助走に、

泣きそうになる私がいる。




ああ、来年は、たくさん詩をつかった授業をしたいなあって。

十の歌、百の詩、千の言葉をもつことができたなら、

わたしたちは、暗闇続く日々にあっても、

自分自身を励ましながら、

生きていくことができるだろうか。

歌、詩、言葉たちが、

灯となってくれるだろうかと思う。



わたしの役目は、

歌を、

詩を、

言葉を、

そして語り合い、

文章を綴ることの力を信じることだと思う。

そう、信じるのは、子どもでもなく、わたし自身でもなく。



左上の親知らずさんが生えてきて、疼く。

噛み合わせにも違和感が出てくる感じ。

うずうず。

歯医者さんに行くと、様子を見ましょうって。

ああ、ごはんが噛みづらい。



息がつまりそうになったときは、

くだらない話で笑い転げたくなって、

通りすがりの少年たちに助けてもらう。

去年のクラスの子たちにも、ずいぶん助けてもらっていたことを思い出す。

ユーモアはやさしいね。

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三鷹台ハクモクレン

2年前の春分の日に見かけた。

今週末も同じ場所を通る。

ハクモクレン、咲いてるかなあ。

2017-03-12 「はる、いた?」 

昨夜、なんとなくそうしたくなって、

真夜中にがまくんとかえるくんシリーズをすべて読む。

声を出して笑ったり、

涙ぐんだりしながら。


もう、がまくんのダメっぷりが、愛らしすぎて、笑っちゃう。

私は、がまくんが大好き。

ネガディブ思考で、面倒くさがりで、すぐに不安になるがまくんが、好き。

ああ、わかる、わかるって思う。


春、夏、秋、冬、そのすべてがふたりの物語には登場するけれど、

中でも、昨日の私をとらえたのは、『そこの かどまで』という、ちょうど春を待つ、今の季節のおはなし。



かえるくんが、いつか、はるをみつけにいったお話。

「はる、いた?」って聞くがまくんが、とってもかわいい。


はるが来るのが、どんなにすばらしいか。

そして、はるを待ち遠しく思うことが、

どんなにこころおどることなのか。

ふたりの日々が教えてくれる。


「はるが また そこまで きているのを

 たしかめたくて ふたりは

 かえるくんの いえの かどを

 はしって まわったのでした。」


昨日も今日も、おだやかで美しい春の1日で、

それだけで、もう、十分、という気持ちにもなった。


稽古が今日はお休みになり、

ぐっすりと眠り、オーロラの夢を見た。

空全体がオレンジ色のカーテンのように揺れていた。



そう、まがりかどを、まがってみよう。 


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月があんまりきれいだから。 

2017-03-08 古時計

朝起きると、また時計が止まっていた。

ああ、電池の問題じゃないんだなぁって思う。

十年以上前に、久御山町の小さなアンティークショップで買った時計。

とても気に入っていたんだけど。

もう、だめかもしれない。

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くじけそうになる日。

でも、その根っこに、何があるのか、

自分でもよく見えない。

ただ、途方もなく、悲しく、

持っているものを、全部手放したくなってくる。

つながりも、知識も、記憶も、

自分を守る一方で、傷つけてしまうものたちを。





音楽を聴いて泣いた、一番古い記憶は、「おじいさんの古時計」。

2017-03-05 時計

髪を切った。

久々の、ショート。

髪の毛が短くなるだけで、自由を手にいれたように思える。

ほんの少しの間だけ、私は勇敢になれる。

右の耳にだけイヤリングをする。

短い髪に片方だけつけるイヤリングは、

自由象徴なのだ。

私にとっては。




小さな軋みが、あっという間に身体を占拠し、

電車の外の景色すら見えなくしてしまう。


そういうものと戦わないために、

住む場所を変えたり、

情報を絞ったりする。


会うはずのなかった人と会い、

行くはずのなかったところへ行き、

知るはずもなかったことを知る。

しかし、それは、

会うはずで、行くはずで、知るはずだったこと。


振り返っても、そこには変わらぬ過去しかなく、

目をこらして前を見ても、

今は不安とかすかな希望しか見えない。



数ヶ月止まったままだった部屋の時計の電池を、やっと変える。

なんで、電池1つを変えるのに、こんなに時間がかかるのか。

自分で自分にためいきをつきたくなる。

でも、とにかく、動き出した。

私の部屋に、時間が戻ってきた。


D


上弦の月

お月様。

今日はあなたが遠かった。

2017-02-28 fantasy


2月が終わる。


6年生の男子数人と、とてもくだらない会話を、毎日交わす。

とてもくだらないけど、

互いに笑顔になる。

そういうことが、大事。

毎日をつなぎとめているものは、

そういう、半分ファンタジーな会話。

授業をするために教室に行くと、

前の机の上にレリーフの板が積み木のように重ねられている。

「ああ、俺のアンコール・ワットが〜」というので、

とりあえずアンコール・ワットにお祈りして、「撤去しまーす」。

これは遊び。ごっこ遊び。

その文脈を共有し、そのシナリオに沿った言葉を言う。

無闇にぶつかったりしない。



5年生は、図書館ビブリオバトル第一試合。

好きな本を、愛をこめて語る。

それだけでいい。

その子が見えることがいい。

紹介している途中で、本棚に走っていって、シリーズの本の紹介をする子もいる。

いい時間。




4年生は「初雪のふる日」(作 安房直子)。


小さい頃、好きだったお話を思い出す。

踊ることが好きだったので、踊りがモチーフになった作品には、好きなお話が多かった。

そして、赤い靴。

赤い靴、好きです。

ついつい、目がいく。

何足か、持っている。

赤。

ひそやかな喜びの色。



うさぎのくれたバレエシューズ (えほん・こどもとともに)

うさぎのくれたバレエシューズ (えほん・こどもとともに)

あかいくつ (いわさきちひろの絵本)

あかいくつ (いわさきちひろの絵本)



4年生の子たちが、ファンタジーの世界にどっぷりつかるのが、すごくかわいらしい。

現実と非現実を行き来することが、この年齢の子どもたちに、とても必要なことなんだろうと思う。


私は、もう、すごい子を目指すことなんて、これっぽっちもやめようと、色んな学校を見ながら思う。

その子の発達にあった、その子たちが、本当に自由にできることを、のびのびとできることが一番いいんだと思う。

もっと、もっと、と、教えれば、子どもたちはできるようになるかもしれないが、小さな大人、みたいなことができても、

全然幸せそうじゃないし、自由そうじゃない。大人は、こんなことができてすごいねって思うかもしれないけど、

無理してるなって感じる。


司会だって、小学生は、小グループの司会ができれば十分だって思うの。

大きいグループサイズは、俯瞰する目、視座が育たないと、難しい。

それぞれの身長にあったグループサイズがあるんだって思う。


3年生の時に担任した子が、ビブリオバトルで、「窓ぎわのトットちゃん」を紹介していた。

おばあちゃんの本なんだって。

小児麻痺の子にも、トットちゃんがやさしく接しているところ、

校長先生が、やさしくて、こどもに自分で考えさせるところがおすすめですって。

とってもこころあたたまるスピーチだった。



こんにちは、3月。

待ってたよ。