風の歌が聞こえますか

僕に聞こえてくる風の歌を綴ります。

吉田一穂のこと

正直に告白するけれど、僕は詩にはとても疎くて、うまく味わうことも感じることも
できていない、と思う。
それでも吉田一穂の詩を初めて読んだ時は衝撃を受けた。

表現というのはここまで研ぎ澄ますことができるものか、という思い。
たとえばショパンエチュードのいくつか(Op.10-1など!)に見られるような
足すことも削ることもできない完全さ、まるで屹立する大理石の柱のような造形を
僕はその中に感じとったのだった。

(つちふ)る逆天の地、(たなぞこ)(よむ)見析(みさ)くる地平線。
捜す薬草も無く、時劫の陥隙に石斧は埋れてゆく。

辣々と星を結晶させる白林(びゃくりん)の梢で、月が虧ていった……
骨を(くべ)て、雀の卵を温める。「鶴に()れ!」
                             (咒 無始被境埋)

地に、砂鉄あり、不断の泉湧く。
また白鳥は() つ!
雲は(あが) り、塩こごり成る、さわけ山河(やまかは)
                             (白鳥第十五編)

彼自身、叙情詩と自然主義を嫌い、幾何学の精密さで詩を構成することを目指したと
いい、第一詩集「海の聖母」については『明かにそれはナラティヴな自然主義の詩集
ではない。それは一詩人の構成した立体的な一つの世界である』と自ら述べている。

けれども。
僕が彼の詩に打たれるのは、その研ぎ澄まされた表現や構成のみに拠るのではない。
切りつめられた表現からにじみ出る硬質な叙情と異国情緒(エキゾチズム)に裏打ち
された浪漫を感じ、それに揺さぶられるのだ。

吉田一穂の詩は漢詩に似ている、と思う。
彼は時間を、空間(天)を、そして生命(意志)を、極限まで研ぎ澄ませた言葉で描く。
しかし同時に彼の描き出す世界は(こんなことを言うと怒られるかもしれないけれど
アメリカの怪奇小説家H.P.ラヴクラフトの創造した神話世界をも想起させるのだ。
浪漫とエキゾチズムがごたまぜになった神話世界を。
これは矛盾しているようだけれど、そうでもないのかもしれない。

この詩集を広げると現実を離れる翼を手にしたような、そんな気持ちになる。
僕にとってはかけがえのない一冊です。

吉田一穂詩集 (岩波文庫)

吉田一穂詩集 (岩波文庫)