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2018-07-21

セレンディピティ

うたがいの神様 (幻冬舎よしもと文庫)

千原ジュニアさんのエッセイを読みました。
このセレンディピティの話、おもしろかったです。

P140
セレンディピティ」という言葉があります。思わぬ偶然や幸運をひきよせる力、という意味です。
 僕にも、いろんなセレンディピティがありました。
 何人かで飲んでる時に、「なんで吉本に入ったか?」みたいな話になって。そこにいた後輩が、「実は、竹内力さんがきっかけなんです」と。そいつは広島出身なんですが、「お笑い芸人にすっごい憧れてるけど俺なんかが芸人になれるわけがないし、無理な話や」って思ってたらしいんです。それで、高校生ぐらいの時に、ちょうど「101回目のプロポーズ」に出ていた竹内力さんが、トークショーかなんかで、そいつの住んでる広島のスーパーに来たと。みんなで見に行って、トークショーが終わって舞台袖にはける時に、竹内力さんがくるっと振り返って「おまえ、イイな」って指差したと。「いつか会えるような気がするよ。やりたいことやったほうがいいぞ」って。何十人もいる中でそいつだけが声をかけられたわけです!それで衝撃受けて、「こんな俺でも芸人になれんのかな!?となって、芸人になったんです」って。「すごい話やな、それ!」って言ってたら、カランカランカランと店のドアが開いて、入口から竹内力さんが入ってきたんです。
「えーーーーーーーー!」ですよ。
 それで僕が、そいつのこと紹介して。「覚えてないけど、そんなこと言ったのか」みたいな話になって。握手しながら「お互い頑張りましょう」って言ったという……なんかもう、セレンディピティですよ。
 ・・・
 こういう話もあります。僕がバイクで事故ったのが3月26日で、あったかくなってきて、フルフェイスのヘルメットから半キャップに、その日の朝に替えた。それで電柱に顔からグシャッていって、骨もバッキバキになったんですが……。でも、これフルフェイスだったら無傷だったんです。でも、顔は無傷やけど、その代わりぜんぶの衝撃が首にきて、死んでたと。顔で吸収してるから、首は一切大丈夫で死なずにすんだそうです。「その日に、なんでそれを替えてんねん!?」ということです。偶然なんですが、あと一日あたたかくなるのが遅ければ、僕はこの世にいなかったかもしれない。
 セレンディピティ。めっちゃ覚えづらい言葉やけど、実感するわぁ。

2018-07-20

アンテナを張る

達人 吉沢久子 老けない 生き方、暮らし方―軽やかに、自由に、自分らしく 「ひとり」を楽しみ、慎む

アンテナを張る」というキーワード、明るい終活セミナー中に、参加者のOさんから何度もお聞きして、大事だなことだなと思っていたら、この本にも出てきました。

P187
 「90年以上生きてきても、知らないことのほうが多いんです。経験を重ねれば重ねるほど、知らないことが増えてくるんです。もう知らないことだらけ。全部は無理でも、ひとつでも多く、知りたいと思っています」
 介護をしているとき、寝たきりの姑を抱き起そうとして、吉沢さん、ぎっくり腰になったことがある。
「困ってしまって……でも、私の首に寝てる人の腕を回してもらえばラクに起こせると、介護の仕事をしている知り合いが教えてくれました。
 それでやってみたら、本当にすーっと姑を起こすことができた。感激しました。もっと早く聞けばよかった、と。
 専門家は、すごい知恵をもっているんです。
 以来、わからないことは、専門家に聞いてみることにしました。
 聞き上手でありたいとも思っています。とにかく一所懸命に聞くんです。
 こちらが本気で聞けば、若い人もみんな、一所懸命答えてくれます。一度聞いてわからなければ、わかるまで聞きます」
 吉沢さんは常にアンテナを張ることも心がけている。
アンテナを張るというと、たとえば世の中の動きをウォッチングするみたいに考えがちですよね。でも、それだけではないんです。
 自分の気持ちにアンテナを張るのもおもしろいの」
 朝の散歩で感じたこと。人と話して、あっと思ったこと。
 庭を見てふと思ったこと。新聞を読んでびっくりしたこと
 あるいはおいしいと思うものに出合った喜び……。
「毎日、何かしら、そういうことがありますよね。
 そしたら、なぜ、自分はそう思ったのか。どこがおもしろいのか。どうして驚いたのか。あらためて考えてみるんです」
 ・・・
 「年齢を経ると、外に出る機会も少なくなります。でも心は止まってなんかいない。動いています。
 自分が何をどう感じているか、その動きにアンテナを張りましょうよ。自分を客観的に見つめる目をもつ……すると、自分をもっとおもしろがれるようになります。
 人はみな過去を背負って生きているけれど、生きるのは過去ではなく、幾つになっても、今これからです。せっかく生きるのだから、よく見て、よく聞いて、よく考えて味わって歩いていかなければもったいないでしょ」

2018-07-19

いい生き方といい死に方は表裏一体

達人 吉沢久子 老けない 生き方、暮らし方―軽やかに、自由に、自分らしく 「ひとり」を楽しみ、慎む
ここも、まさに「明るい終活セミナー」でやったことそのもので…共感しました。

P168
「人生の始末をどうするかを考えるのが辛いという人もいるけど、私はその逆だと思うんです。
 いい生き方と、いい死に方は表裏一体ですから。いい人生のしまい方を考えることは、結局今をどう生きるかを考えることでもあるんです。
 本当に自分がどうしたいのか。そこをつきつめていくと、自分がどんな人間であり、どんなふうに人生を歩んできたのかということも、わかるんです。自分の人生を見直すこともできるんですね。
 するとね、これから残された日々をどう過ごしていきたいかということもおのずと見えてくるんです。
 だから、恐れることなく、自分と向き合ってほしい。がんばって生きてきたねと、自分を自分で心からほめてあげたくなるかもしれません」

 「明るい終活セミナーhttps://www.aqu-aca.com/seminar/brightshukatsu/は、もし次回開催できるとしたら来年だと思います。
 日帰りコースにすることを以前少し考えたことがあったのですが、内容的に1日では無理だと、開催してみてわかりました(^_^;)
 もし「興味あったんだけどな、ちょっとでも体験してみたいな」という方、いらっしゃいましたら、夏休み企画の「自己探索スペシャル」で、ほんの一部ですが体験できるので、よかったらご参加ください(*^_^*)
 お申し込みはこちらです→https://www.aqu-aca.com/seminar/selfsearchsp1/https://www.aqu-aca.com/seminar/selfsearchsp2/

2018-07-18

老けない生き方、暮らし方

達人 吉沢久子 老けない 生き方、暮らし方―軽やかに、自由に、自分らしく 「ひとり」を楽しみ、慎む

吉沢久子さんの本、続けて読みました。
こちらの本のサブタイトルに
軽やかに、自由に、自分らしく「ひとり」を楽しみ、慎む
とあって、いい言葉だなーと思いました。
ここは、自分は境遇も年齢も心境も違うものの、なぜか身に染みるような気持ちがして、読んだところです。

P25
「心の準備は十分にしていたつもりでしたが、やはり夫の死はショックでした。
 いちばん辛かったのは、一緒に映画を観たり、本を読んだり、旅行をしたりという共通の体験をしてきた人がいなくなって、たとえば観た映画の話ができなくなってしまったということ。それがとても寂しかった。
 姑と夫が逝って、ひとり残って……それまで、私はひとり暮らしをしたことがなかったんです。
 しばらくは、料理をする気になれませんでした。それまで夫が好きだから、姑が好きだからと考えて、料理をしていたことにも気づきました。
 自分のために料理を作ったことがなかったんです。自分だけだもの、何でもいいやと思ったり、面倒くさくなったりしてしまう。
 でもどうでもいいものばかり食べていると、心がささくれ立ってきて、ざらざらしてくるんですよ。
 半年くらいして、外で、柿とこんにゃくの白和えを食べたんです。これが本当においしかったの。もっと食べたくなったのね。
 でもお店で食べていて、おかわりをくださいとは言い出せませんよね。それで、自分で作ろうと思ったんです。
 これが再び私が台所に立つきっかけになってくれました。自分の食べたいものがあり、作る能力があれば、人に作ってもらうより自分が作らなくてはって、思えたんです」
 それから、見る見る元気が戻ってきた。
「支えになってくれたのは、食事と、そして仕事でした。何か打ち込めるものがあるということは、気持ちに張りをもたせてくれます。
 仕事ではなくても、大好きなこと、時間を忘れて夢中になれるもの。そういう何かを持っているというのは生きていく上で、とても心強いことではないでしょうか」
 ところで夫が亡くなってわずか1週間後に、大阪で講演の仕事があったという。
「以前からの約束だったので出かけました。ところが終了後に大雪が降って交通がマヒしそうになって。早く帰って夕食の支度をしないととあわてたのですが、ハッとしました。もう待ってる人はいない、私は自由なんだと気づいたんです。
 その時、家族がくれたこの自由というものを大事にしなければと思いました。もちろん、ひとりぼっちになって、寂しいし悲しいんです。でも、これから、こういう日が続くのなら、充実して生きなきゃ。過去を振り返って嘆いて生きるのか、前を見て今を大事に生きるのか、って考えたら、やっぱり後者を取ろうと思ったんです。・・・」

2018-07-17

今日をいっしょうけんめいで生きる

今日をいっしょうけんめいで生きる

「今日をいっしょうけんめいで生きる」を読みました。
 読みながら、なんとなく今日を過ごした自分(^_^;)
 でもなんとなく過ごせることへの、ありがたさに気づけました。

P85
 ごくあたりまえのくらしができるしあわせも、若いときはあたりまえすぎて見逃していました。
 私は若いときにわからなかった言葉を、ふと思い出して、ああ、そうだったのかと納得することがよくあります。宮澤賢治が、亡くなる少し前にある少年にいった言葉というのを、賢治ゆかりの人からきいたことがありました。
 はっきりおぼえていませんが、それは、北風に向かってまっすぐに歩けることが、どれほど大事かをしっかりおぼえておきなさい、というようなことだったと思います。
 そのときは、病んで衰えたからだをかこつ思いととらえていた私ですが、寒い北風に向かって何でもなく歩ける自分のしあわせなどには思いも及びませんでした。
 からだの衰えは病気ばかりではないこと、年を重ねてはじめてわかる「できなくなること」に気づくと、ごくあたりまえの日常生活が、あたりまえにできるしあわせということまでわかってきます。

P100
 ・・・私はできる限り一人ぐらしをつづけたいので、健康を守るために守っていることが二つあります。
 まず「しっかり食べること」、そして「明るく考えること」です。
 以前、あるシンポジウムで、聖マリアンナ医科大学病院の栄養学の先生でいらっしゃった中村丁次先生・・・とごいっしょになったとき、先生が出されたテーマが「おいしく食べて、元気に死ぬ」ということでした。
 私は目からウロコが落ちたという言葉通り、これだ、と思いました。健康を守りつづけるためのすべてが、この中村先生の出されたテーマの中に含まれると考えました。
 すべてを明るく考えるのは、むずかしいところもありますが、少なくとも、自分の身のまわりにある小さなしあわせに気づいて、それをひろい集めること、それを目標にすれば、何とか明るい気持を持ちつづけられましょう。

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