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2017-10-19

創造性とずる

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

創造性とずるの関係です(^_^;)
皮肉な笑いを誘う内容ですが…

P223
 ここまでの実験で、人は創造的な思考状態になると、ごまかしの量をやや増やすように思われた。実験の最終段階では、創造性とごまかしが、現実世界でどのように相関しているのかを調べることにした。わたしたちは大手広告代理店の協力を得て、従業員の大多数に道徳的ジレンマに関するアンケートに答えてもらった。たとえば「あなたが経費報告書を水増しする可能性はどれくらいありますか?」「プロジェクトが全然はかどっていないのに、上司には進んでいると報告する可能性はどれくらいありますか?」「職場の備品を家に持ち帰る可能性はどれくらいありますか?」といった質問を並べた。それから会社での所属部署を尋ねた(経理、コピーライティング、営業、デザインなど)。最後に同社のCEOから、各部署で創造性がどれくらい必要とされているかを聞き出した。
 こうして従業員一人ひとりのふだんの道徳的傾向と所属部署、そこで要求される創造性の水準がわかった。このデータをもとに、各部署の従業員の道徳的柔軟性[道徳を曲げる傾向]をはじき出し、彼らの柔軟性が、仕事で要求される創造性の度合いとどのような関係があるかを算出した。結果はどうだったか?道徳的柔軟性の水準は、所属部署で要求される創造性の水準と密接に関係していた。デザイナーコピーライターが、道徳的柔軟性の水準で最上位に位置したのに対し、経理担当者は最下位だった。「創造性」が職務内容に含まれるとき、人はこと不正行為に関しては「やっちまえ」と思いがちであることがわかった。
 ・・・
 ・・・創造性は、新しい手法解決策への扉を開くことで、問題解決能力を高めてくれる。・・・
 だが、・・・創造性は、厄介な問題を解決する斬新な方法を生み出す助けになるのと同じように、規則をかいくぐる独創的な方法を生み出し、情報を自分勝手な方法で解釈し直す助けにもなる。創造的思考をはたらかせることで、欲張りな願望をかなえる口実を思いついたり、自分が悪漢ではなくいつも英雄であるような物語を創作することができる。もし不正へのカギが、ごまかしから利益を得ながら、自分を正直で道徳的だと考える能力にあるのだとすれば、わたしたちは創造性のおかげでもっと「よい」物語を―もっと不正なことをしても、自分をすばらしく正直な人物だと思い続けるのに役立つような物語を―紡ぎ出すことができるのだ。
 ・・・
 ちなみに、前に言ったかどうかわからないが、わたしは自分のことを信じがたいほど正直で、しかも創造性が高い人間だと思っている。

 ところでパソコンからちょっと離れるので、ブログお休みします。週明けに再開予定です。
 いつも見てくださって、ありがとうございます(*^_^*)

2017-10-18

夜に食べ過ぎやすい訳

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

みんな思い当たりそうなお話。
ちなみにババとサーシャの実験↓というのは、7ケタの数字を覚えていなくてはいけないグループと2ケタの数字を覚えていればいいグループを作り、その状態でチョコケーキとフルーツのどちらか欲しい方を選んでもらうというもの。7ケタの方がチョコケーキ、2ケタの方がフルーツを選ぶ確率が高かったそうで、ストレスが多いと衝動的に欲求に支配されるということです。
「一日じゅうNoと言い続けると、誘惑に抗う力が弱まっていく」…Noと言い続けるのは、何度も重量挙げするようなもの…改めて、体の声をちゃんと聞ける状態でいるのがすごく大事だなと思いました(^_^;)

P121
 熟慮的な論理的思考力が占有されると、衝動システムが行動を支配するようになることを、ババとサーシャの実験は示している。だがロイ・バウマイスター(フロリダ州立大学教授)が「自我消耗」と名づけたものについて考えると、論理的思考力と欲求の間には、さらに複雑な相互作用があることがわかる。
 自我消耗を理解するために、たとえばあなたが体重を二、三キロ減らそうとしているとしよう。ある日職場で、あなたは朝のミーティング中、チーズデニッシュが気になってしかたがないが、真面目に頑張ろうとして、必死に誘惑と闘い、コーヒーをすすってがまんする。しばらくすると、昼食にフェットチーネのクリームパスタが無性に食べたくなるが、ガーデンサラダとグリルドチキンで泣く泣く手を打った。一時間後、上司が外出しているのをいいことに、仕事を早めに切りあげたい気持ちに駆られるが、自分を押しとどめてこう言い聞かせる。「だめだ、このプロジェクトを終わらせないと」。こうした状況のそれぞれで、快楽本能があなたを快い満足へと誘うが、あなたの立派な自制心(または意志力)は衝動に抗おうとして、反対の力を加える。
 誘惑に抵抗するには大変な努力とエネルギーが必要だというのが、自我消耗の基本的な考え方だ。意志力を筋肉に見立てるとわかりやすい。フライドチキンチョコレートシェイクを見ると、わたしたちはまず本能的に「おいしそう、食べたい!」と感じる。それから、この欲求を克服しようとして、いくらかエネルギーを消費する。誘惑から逃れる決定を下すたび、多少の努力が必要になる(重量挙げを一度するようなものだ)。そして意志力は、くり返し使われるうちにいつしか消耗してしまうのだ(何度も重量挙げをするようなものだ)。つまり、ありとあらゆる誘惑に対して、一日じゅう「ノー」と言い続けると、誘惑に抗う力が弱まっていく。そしていつかある時点で屈してしまい、結局はチーズデニッシュにオレオクッキー、フライドポテトなどなど、よだれの出そうな食べものをたらふくつめこんでしまう。これはもちろん、気がかりな考えだ。何しろわたしたちは、日々ますます多くの決定を求められているうえ、たえず誘惑の嵐にさらされている。何度も自分を抑えるうちに自制力が消耗していくなら、こうしょっちゅう自制に失敗するのも無理はない。また自我消耗は、夜に自制に失敗することがこんなにも多い理由を説明する、一日中真面目に頑張り続けると、何もかもに疲れてしまう。だから夜になると、とくに欲求に屈しやすくなるのだ。

2017-10-17

値段にしたら同じでも?

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

お金そのものじゃないだけで、こんなに変わってしまうとは…でもわが身を振り返れば、確かに(笑)

P43
 ・・・ある日わたしはMITの寮にこっそり忍びこんで、そこいらじゅうの共用冷蔵庫に魅力的なエサをしこんだ。冷蔵庫の半数には六本パックの缶コーラを入れ、残りの半数には一ドル札を六枚のせた紙皿を忍ばせて立ち去った。それから何度か冷蔵庫に舞い戻っては、缶コーラと札の減り具合をチェックした。・・・
 学生寮というものに行ったことがある人ならわかると思うが、缶コーラは七二時間以内に跡形もなく消滅した。だがとくに興味深いことに札は手つかずのまま残っていた。学生は一ドル札を一枚とって、近くの自動販売機まで行き、缶コーラを手に入れ、お釣りまでものにすることもできたのに、だれ一人そうしなかったのだ。
 これが偉大な科学的実験でないことは認めよう。冷蔵庫に缶コーラが入っているのは学生にとってあたりまえのことでも、一ドル札が数枚のった皿が入っているのはかなり珍しいことだ。しかし・・・これと同じで、自宅用のプリンターで使う用紙を職場からもって帰ることはしても、職場の小口現金用の現金箱から三ドル五〇セントくすねることはまずない。・・・
 現金との距離が不正におよぼす影響を、より制御された方法で調べるために、数字探し実験をかたちを変えて行なうことにした。・・・協力者は課題を終えると、作業用紙を破棄し、それから実験者のところに戻って、こう言うことになっていた。「X問正解したので、Xドルください」
 さて、今回の実験の新機軸は、「トークン(代用硬貨)」条件だ。トークン条件は破棄条件とだいたい同じだが、唯一の違いとして、協力者の報酬が現金ではなく、プラスチック製のチップで支払われた。トークン条件の協力者は、作業用紙を破棄し終えると、実験者のところに戻ってこう言った。「X問正解したので、X枚のトークンをください」。そしてチップを受けとると、三、四メートル離れたテーブルまで歩いていって、そこでトークンと引き換えに正真正銘の現金を受けとることになっていた。
 結果どうなったか。数秒後には現金に引き換えられるトークンを、嘘を言って手に入れた協力者は、現金を直接手に入れるために嘘を言った人たちに比べて、二倍も多くごまかしをしたのだ。トークン条件の協力者の方が、たくさんごまかしをするだろうとは思っていたが、現金から小さく一歩離れただけで、これほどまでにごまかしが増えたことに、わたしは正直驚いた。この結果から、人が鉛筆やトークンといった、金銭でないものを前にすると、本物の現金を前にしたときより不正をしやすいことがはっきりした。

2017-10-16

ずる

ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

岡野先生の本に出てきた「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」を読みました。
おもしろかったです(笑)
へぇ〜もいっぱいありました。
ちなみにSMORC↓とは「シンプルな合理的犯罪モデル」の略で、たとえば人がお金に困っている時にコンビニの前を通りかかったら、レジにいくら入っているかあたりをつけ、つかまる確率をはじき出し、つかまった場合にどんな罰が待ち受けているかを想像し、その費用便益計算をもとに、強盗に入るか入らないかを決める、という仮説です。

P38
 ・・・ベッカーやふつうの経済学わたしたちに信じこませようとしていることより、ずっと奥の深いことが起きている。まず何よりも不正の水準が、不正によって得られる金額にそれほど左右されない(わたしたちの実験ではまったく影響を受けなかった)という実験結果は、不正が単に費用と便益を分析した結果行われるわけではないことを示している。そのうえ、見つかる確率を考えても不正の水準が変化しなかったことを考え合わせると、不正が費用便益分析をもとに行われる可能性はさらに低くなる。最後に、チャンスを与えられると、大勢の人がほんのちょっとだけごまかしをするという事実から、不正を実際に支配する力が、SMORCの予想する力よりずっと複雑である(うえ、興味深い)ことがわかる。
 いったい何が起きているのだろう?そこでわたしはある仮説を唱え、この本の大部分を費やしてそれを検証するつもりだ。この仮説を簡単に説明すると、わたしたちの行動は、二つの相反する動機づけによって駆り立てられている。わたしたちは一方では、自分を正直で立派な人物だと思いたい。鏡に映った自分の姿を見て、自分に満足したい(心理学者はこれを自我動機と呼ぶ)。だがその一方では、ごまかしから利益を得て、できるだけ得をしたい(これが標準的な金銭的動機だ)。二つの動機が相容れないのは明らかだ。では、ごまかしから利益を確実に得ながら、自分を正直ですばらしい人物だと思い続けるには、いったいどうすればいいのだろう?
 ここで、わたしたちの驚くべき「認知的柔軟性」の出番となる。この人間的能力のおかげで、わたしたちはほんのちょっとだけごまかしをする分には、ごまかしから利益を得ながら、自分をすばらしい人物だと思い続けることができるのだ。この両者のバランスをとろうとする行為こそが、自分を正当化するプロセスであり、わたしたちが「つじつま合わせ仮説」と名づけたものの根幹なのだ。
 ・・・
 ・・・ひと言で言うと、自己イメージを損なわずに不正から利益が得られるような境界線を、だれもがいつも探そうとしているのだろう。オスカー・ワイルドはこう言っている。「道徳性とは、芸術のようにどこかに線を引くことである」。問題は、その線がどこにあるのかだ。

2017-10-15

変化の兆し

ゲートウェイ・ヴォエッジで、1週間ヘミシンク漬けになると、潜在意識が大きく掘り起こされます。
さて、お帰りになってからどんな変化が起きるでしょうか?
私は帰った翌日に珍しいことがありました。
小田原の駅ビルでお昼のお弁当を選んでいたら、ツカツカと歩み寄る男性が。
「五穀市場400円」と書かれた割引券を出し「僕使う予定がなくて期限が今日までなので、使ってください」と、くれたんです。
おばちゃんに話しかけられることはよくあっても、どちらかというとシャイに見えた男性がそんな親切をしてくれるとは、珍しいラッキー☆
お店の人が「400円、すごいですね!」って言ってたので、福引の商品か何かだったのでしょうか?
こんな”珍しいこと”は、事の大小に関わらず変化の兆しなので、ちっちゃいことでも、ぜひ意識してみてください(*^_^*)
ちなみにその券を使って「根菜のドリア」↓を買いました。
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560円が160円になりました♪

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