バライタに伸ばすのも2日目になるとなんとなく感覚は戻ってくる。それでもまだ少ししっくりこない感じが残りつつも淡々と暗室作業に没頭する。暗室ではラジオを聴いているけどそれはTBSラジオで、おおさわーゆーりのーーゆーゆーわーあいどっってのからたまむすびーってのを経由してあらかわきょうけいのでいきゃっちとかいうのになって野球の中継の頃には暗室を出て水洗をしている。前は音楽をかけるかFMラジオを聴いていたけど、FMラジオから流れてくるあまりにも興味のない情報にイライラ聴いていてイライラするイライラことが増えてきたから音楽の方に重点が移っていったけど、今は人の会話に耳を傾けながら暗室作業をしている、というかラジオを聴くついでに暗室作業をしているという感じか、そんなわけはない。
久しぶりのバライタはなかなか調子が掴めない。停止液の中にバライタ紙を入れると紙が泡を吹きながら鳴きはじめる。そのことを含め、暗室作業のことを魅力的に書いていた石内都の何かの本のことを印画紙の鳴く音を聞いていると思い出すのだけど、鳴き始めた頃に印画紙を引き上げて定着液の中に放り込んでしまうので、石内都が書くような魅力的な時間とは何かが違っている。ネガをセットしてタイマーのボタンをポンと押す。露光中の画像をぼんやり見ているとパチンと画像が消えて露光が終了。印画紙を時計を見ながら現像液の中へ浸すけど、印画紙は裏返っているから画像が浮かび上がってくるのは見えない。時計を見ながら時々攪拌して時間がきたら停止液へ。印画紙が鳴き始めると今度は定着液へ。そこで印画紙をひっくり返すから浮かび上がった画像と対面できる。電気を付けて画像を確認して、だめならもう一枚焼き直す。焼き込んだりしないし、特別な薬品を使って黒を浅くしたりしないし、印画紙を現像液の中でこすったりもしないし(温度を上げた現像液の原液をスポンジにつけて印画紙にこすり付けたりすると出ない部分が出たりする)、露光中にたばこを吸ってその煙で画像を滲ませたりもしない(あの滲みにどれほど憧れたか)。わたしが決めるのは濃度とコントラスト。わたしは素朴な暗室です。
歓迎会と送別会が一緒だから来た人と去っていく人がいる。来た人は三人、去る人は二人。全部で数十人いる中で座った席は去る人の横で目の前には来た人が座っている。来た人は仏のような顔をしていて名前は聞いたけど、仏だということしか記憶には残らない。目が仏のようだから仏だと思うのもあるし、目だけでは仏だとは思わないだろうから顔の形も仏なのかもしれない。仏だと言われてもあまりうれしそうでないのは仏、あるいは仏像などを美しいと思わないからか、それとも「ほとけ」という言葉にどこか垢抜けない気配を感じているのか、とにかく「ほとけのようだ」というのは褒め言葉としては受け止めてもらえない。仏像だといっても仁王様のような仏像を指しているのではなくどちらかといえば阿修羅(http://4travel.jp/domestic/area/kinki/nara/nara/travelogue/10338039/)のような仏像を指しているのだけど、仏像というのは様々なものがあるから「仏像」という言葉だけではイメージが拡散してしまうのかもしれない。目の前に座った仏のような顔を見ていると室生寺の仏像をまた見たいと思った(http://nara.jr-central.co.jp/campaign/butsutan/murouji/butsutan/)。
酔っ払うと殴り始める背の高い女は名古屋に出張だというので店に入って間もなく大きな荷物を3つも4つも抱えて誰も殴ることなく店を出てその2分後にはその背の高い女がいたことをみんなは忘れて仕事場でしか会話を交わしたことのなかった面々が周りを気にせず好きなことを話せるというので言いたい放題あることないこと口からでまかせな言葉を吐き続け大いに盛り上がり過ぎた結果社長と呼ばれる男ともう一人の名もなき女が酔っ払いすぎて絡み合い周りの人たちの眉間に皺が寄りそのことを気にするものも気にしないものも結局そういうことはどうでもいいことだとみんなの分のデザートを適当に頼んだものだからテーブルの上にポツポツと食いかけのものやらほとんど食われていないデザートがおよそ4種類並んでいるのを誰も気にせず酔っ払って誰の上着かわからないからみんなで適当な上着を手に取り自由に着るからぶかぶかちんちくりんの状態のまま丸ノ内線やら山手線やら半蔵門線などに分かれていくのだった。
晴れているのにまだ寒い。こんな寒さは観測はじまって以来のなんちゃらとラジオから聞こえてきたけど、「観測はじまって以来のなんちゃら」という台詞は結構な頻度で聞いているし、観測がはじまってまだ100年も経っていないのだろうから、経っているのかな?その「観測はじまって以来のなんちゃら」という台詞でいかにもめずらしいことが起こりましたのですよ、あなた、というような言い方というか、人間にとって100年は多くの人が生きることのできない年月だけども、100年より長く生きている、例えばその辺の大木なんかはもっとめずらしい天候を経験している可能性もあるし、だから数十年しか生きてない人間がここ最近の気候がおかしいと言ったってなんの説得力もないけど、おかしいと思っているのだから仕方ないですよ、あなた。紀伊半島の山の中に暮らしている年寄りはなんてったって、あなた、伊勢湾台風を経験しているものだから、災害といえば伊勢湾台風ですよ、紀伊半島の山の中の年寄りの話によれば。話が飛んでますが、「平年並み」というのが安心ですかね、やっぱり安定は、希望です。か。
小さなももは体調不良で来るといっていたのに来れなくなった。大きなももは外泊用の大きな荷物を抱えて時間通りに駅の改札をくぐった。ドタキャン女王のやすこは今日もドタキャン。美人の寺山はすっかり料理の準備を済ませておおきなももを迎え入れた。それから少し遅れてやってきたのは背の高い女だ。背の高い女は手土産に高価な白い葡萄酒を持っていた。大きなももは美人の寺山の部屋へはじめて入った者が必ず口に出す言葉を一通り発した後席について外泊用の大きな荷物とは別の紙袋の中から茨城にしか売っていないお菓子と食べれば口の中で糸をひきはじめる納豆味のうまい棒を取り出した。美人の寺山の手料理に手をつける前に口の中に入れれば糸をひきはじめるといううまい棒が本当に糸をひくのかどうかを確認すべくみながうまい棒を齧りはじめた。