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2013-03-03 ブログ移行のお知らせ

2013年2月より、ブログを「閑人手帖」http://otium.hateblo.jp/に移行しています。

こちらのブログこの投稿をもって更新を停止します。

2013-01-16

[]東京ノート

東京デスロック

東京デスロック

  • 作:平田オリザ
  • 演出:多田淳之介
  • セノグラフィー:杉山至
  • 照明:伊藤素行
  • 音響:泉田雄太
  • 衣装:正金彩
  • 舞台監督:中西隆雄
  • 出演:夏目慎也、佐山和泉、佐藤 誠、間野律子、松田弘子、秋山建一、石橋亜希子、郄橋智子、山本雅幸、長野 海、内田淳子、大川潤子、大庭裕介、坂本 絢、宇井晴雄、田中美希恵、永栄正顕、成田亜佑美、波佐谷 聡、李 そじん
  • 劇場:こまばアゴラ劇場
  • 上演時間:2時間30分
  • 評価:☆☆☆☆

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手荷物はすべて受付に預け、二階にあるアゴラ劇場へ昇る階段のところから靴を脱いで中に入るように指示された。

劇場空間の作り方は挑発的かつ意表をつくものであり、劇場空間に足を踏み入れたとたん「やられたな」と降参しかかってしまった。こうした大胆不敵なギミックはいかにも東京デスロックならではという感じがする。原作の設定である美術館のロビーの雰囲気はない。怪しげなナイトクラブのショースペースのような雰囲気の空間だった。

舞台に客席も舞台もない。いくつかのベンチが中央とはしに無造作に置かれているだけである。アゴラ劇場の床面には毛の長いふかふかした白色の絨毯が敷き詰められ、百名以上の観客が自分の好きな場所に腰を下ろす。劇中人物を演じる二十名の役者たちも観客のなかに紛れ込んでいて、観客/役者の対立は開演前の劇場では完全に消滅している。上演時間が二時間を超えると聞いていたので、私は背中をもたれかけることができる壁際を選択した。

原作にはない冒頭と最後の場面が面白かった。劇場内に設置されたいくつかのモニタに映像が映し出されると、客のなかに紛れ込んでいた役者たちがおもむろにたちあがり、劇場空間をあるき周りながら自身と東京についての関わりについて語り始める。最初は無造作に、混沌とした状態で劇場内を役者たちは動き回っていたが、次第に列をなし、客のあいだを縫って円陣を形成史ながら、東京への思いを語る。このオープニングの形式は劇の最後、芝居の「本編」の部分が終わった後でもう一度繰り返された。役者それぞれの東京への個人的な思いと、小津安二郎の『東京物語』をモチーフとする原作の「東京」のありかたを結びつける面白い着想だ。東京のこまばアゴラ劇場に芝居を見に来ている観客自身も、自身と東京という都市とのつながりに思いをはせるだろう。

芝居の「本編」の部分のディアローグは原作にほぼ忠実であるが、上演空間の異質さゆえに、そこからもたらされる印象は、平田オリザ演出による青年版とはまったく異なったものになっている。登場人物たちは座っている観客たちを押しのけて、強引に芝居を続ける。青年団の『東京ノート』出演の常連であり、地方から東京へ親族を訪ねにやってくるという作品の要となる人物を演じる松田弘子さんはこの特殊な空間のなかで青年団風の芝居をつづけ、その浮き上がり方ゆえに強烈な存在感を発揮していた。

全体として非常に面白い舞台ではあったけれど、演出上のギミックにすんなり乗ることには拒否感を覚えた。映像に映し出されるメッセージにとくに感じたことなのだが、作品提示の仕方に安っぽい啓蒙臭、観客誘導が漂っているような気がして反発を感じる。平田オリザが演劇ワークショップ技法のもとは洗脳とも関わりがあって、ちょっとした応用で自己啓発セミナーでも有効だと言っていたが、多田演出は作品演出の中でこの特性を意識的に、とても巧妙に活用している。

宗教の儀式、例えばカトリック典礼が濃厚な演劇性を持ち、演劇史の中で実際に典礼劇というものを生み出したのもまさに、演劇という手段が集団に及ぼしうるこの特性ゆえだ。「典礼的演劇」は演劇の原点の一つだし、今もなを現代劇にもこの特性は強く受け継がれている。反復と音楽を効果的に使うマームとジプシー、あるは柴幸男の方法も、宗教的儀式の場の作り方に近いところがある。そもそも身体や美術、音楽などの複合的手段によって、非日常的な場を作り出し、そこの集まる人間を集団的法悦に導くのは演劇の本質のひとつとも言えるのだけれど。あの作品に限らず多田淳之介の演出は、場の作り方、メッセージの内容のシンプルさ、その提示の仕方などマインド・コントロールを強く連想させる。劇作家や演出家は様々な手管を使って観客の感情や反応をコントロールしようとするわけだが、多田の演出はそのコントロールの意図が露骨で、強力だ。この演出家は表現そのものよりも、観客のコントロールへの関心、快感が強いと私は感じる。

このような参加型、観客巻き込み型演劇というのは多かれ少なかれ典礼演劇の要素を持っているし、ある意味優れて「教化的」である。私は演劇が持ちうるこうした性質は否定しない。結局はそこで誘導される先に同意できるかどうかだ。そして私が東京デスロックにのることができないのは、演出の多田の誘導先に何か危ういものを感じるからだ。

2013-01-08

[][]ニッポンの、みせものやさん(2012)

  • 上映時間:90分
  • 製作国:日本
  • 初公開年月:2012/12/08
  • 監督:奥谷洋一郎

映画『ニッポンの、みせものやさん』 - 奥谷洋一郎監督

  • 映画館:新宿 K's cinema(ケイズシネマ)
  • 評価:☆☆☆★

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日本最後の見世物小屋の興行主である大寅興行社の日常を追うドキュメンタリー。監督の人柄のよさが災いして、対象に対する遠慮と気遣いからか、踏み込みが浅く、ドキュメンタリーとしては物足りない。大寅興行社のボスの「おねえさん」に焦点をあて、彼女の思い出話を追っている感じ。おどろおどろしく外連味たっぷりの仮設興行の「ノーマル」な部分に光を当てたイイ話にはなっていただけど、こちらの下衆な好奇心、「のぞき見」趣味は満たされた感じがない。芸人さんたちのプライベート、そして興行主のプライベート、その業界の奥深い部分はシャットアウトされている。結局、見世物小屋幻想の裏側は闇のままだ。やはり手強い。でもこれでいいのかも知れない。

2013-01-06

camin2013-01-06

[][]三人吉三巴白浪

前進座Next

  • 作:河竹黙阿弥
  • 演出:鈴木龍男
  • 美術:鳥居清光
  • 照明:塚原清
  • 音楽:杵屋佐之忠
  • 立て:尾上菊十郎
  • 衣装:伊藤静夫
  • 出演:松涛喜八郎、中嶋宏太郎(中嶋宏幸)、寺田昌樹、早瀬栄之丞(亀井栄克)、関智一、上滝啓太郎、忠村臣弥(竹下雅臣)、本村祐樹、山崎辰三郎
  • 上演時間:二時間四十分(休憩20分)
  • 劇場:吉祥寺 前進座劇場
  • 評価:☆☆☆☆★

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劇団第四世代にあたる前進座若手たちが立ち上げた前進座Nextの第一回プロデュース公演。演目は同じ劇場で上演中の本公演と同じである。この企画を最初に知ったのはツイッターでの中嶋宏太郎(中嶋宏幸改め)のツイートだったと思う。十月の終わりか十一月の初めごろだ。正直、かなり無謀な企画であるように思えた。吉祥寺前進座劇場の閉館を飾る本公演のまっただなか、その合間を縫って同じ演目を、意地悪な言い方をすれば前進座のなかでは二軍にあたる若手が上演するのである。入場料は本公演より安く設定しているとはいえ、4500円である。

前進座の常連客はまず本公演には足を運ぶだろうが、わざわざ同じ演目を若手公演で続けて見たいと思うだろうか? また常連客が見に来ないとすれば、一般的には知名度のない役者ばかりが出演する歌舞伎を誰が見に行くだろうか、と思ったのだ。この後のツィートでは前進座劇場最終公演となる本公演のチケットが完売していくのに対し、Next公演のチケットの売れ行きはかなり苦戦している様子だった。

私は本公演の予約開始と同時に、Next公演のチケットも予約した。Next公演企画の核であり、和尚吉三を演じる中嶋宏幸という役者が好きだったのがその理由の一つだ。中嶋宏幸は前進座のなかでは重要な脇役を担当することが多い中堅俳優だが、細部のちょっとした工夫が際立っていて、芝居を見て思わず「うまいな〜」と呟いてしまうような役者なのだ。「山椒は小粒でもぴりりと辛い」という諺がはまるような短い出番でも印象を残す演技ができる人だ。この中嶋を中心とした若手俳優たちが、前進座劇場の最後に自分たちの世代の出発点となるような足跡を残しておきたいという熱い思いが、この暴挙とも言えるNextの企画には込められている。前進座の芝居の一観客として、こうした思いに応えたいと思ったのだ。

公演はたったの三日間、三度しかない。私はNext公演の千秋楽にあたる六日の公演を予約した。せっかくのこの企画ががらがらがだったら心が痛むなと思っていたが、九割ぐらいの客席は埋まっていた。男性老人客がマジョリティのいつもの前進座公演とは異なり、若い女性客が多い。友情出演の声優、お坊吉三を演じる関智一の人気だろうか。私は関智一についてはまったく知らなかった。ドラえもんのスネ夫役などを担当しているキャリアの長い声優で、ヘロヘロQという劇団を主宰している。ヘロヘロQが前進座劇場で公演をずっと行っていたこともあって、今回の出演に結びついたとのこと。歌舞伎はこれが初挑戦だと言う。

芝居は本公演からいくつかの場を省略したものになっていたが、物語の流れはきっちりと追うことができるように整理されていた。歌舞伎初挑戦の関智一をはじめ、歌舞伎で大きな役を演じたことのない役者ばかりの公演なので、もしかすると「見功者」たちには未熟に思える瑕疵があったかもしれない。しかしこの一回の舞台に全力を注ぐ役者たちの熱気は圧倒的であり、私は期待通りの大きな感動を味わうことができた公演だった。前進座劇場の閉館へのオマージュにふさわしい素晴らしい舞台だったと思う。私はこういう舞台に立ち会うことができてとても満足している。

どの場も役者の真摯な緊張感が伝わってくる心地よい舞台だったが、三幕「吉祥院本堂の場」での中嶋宏太郎演じる和尚吉三の長台詞がとりわけ私には印象深いものだった。その調子には鉈で切り裂くような重さと切れ味を感じた。畜生道に堕ちた妹とその恋人を切り殺した後、彼は地獄へ突き進む覚悟を表明する。それは役者自身の悲壮な決意表明であるようにも私には聞こえた。

この芝居が私が前進座劇場で見た最後の芝居となった。やはり寂しい劇場の閉館は、役者やスタッフにとっては自分たちの本拠地、故郷を手放すようなものなのだから、その思いは痛切きわまりないものに違いない。観客である私にとっても、吉祥寺前進座劇場は演劇についてのいくつかの大切な思い出と結びついた場所だった。。九日の『三人吉三』および劇場の大千秋楽にも立会いたかったのだが。チケットを取っていなかったことが悔やまれる。

ここ三年は正月の前進座劇場での公演は娘と一緒に見に来ていた。今年の最後の劇場公演でも娘と一緒に『三人吉三』を見ることができてよかった。

2013-01-05

[][]レ・ミゼラブル(2012) LES MISERABLES

http://lesmiserables-movie.jp/

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十九世紀前半のパリの民衆たちの姿を物語の背景として描く。その激動の時代のなかで脱獄囚ジャン・バルジャンとその周りの幾人かの人間の生き様にスポットライトをあて、信頼、正義、愛のドラマが展開される。共和主義の理想とキリスト教的な救済、そしてロマン主義の情動が詰め込まれた濃厚な歴史劇だ。私は歌とともに展開のうねりに身を任せ、壮大な十九世紀前半の歴史絵巻の世界に入り込み、甘美で切ない恋のエピソードに陶酔した。清く正しく美しく生きたいものだなと思いつつ。ユゴーがこの作品に「哀れな人々」というタイトルをつけた意味を映画を見ながら考えた。物語の叙事詩的スケール感を損なわない映像のスペクタクルが素晴らしい。バリケードを築き、国王軍隊に対峙する学生たちを見捨てる民衆たちの姿が描かれている場面が胸に迫る。三角関係のなかで失恋する自分をしっかりと見つめるエポニーヌの切なさも。エポニーヌ役のサマンサ・バークスの歌もよかった。

2013-01-02

[][]三人吉三巴白浪

劇団前進座

前進座劇場ファイナル公演 三人吉三巴白浪

  • 作:河竹黙阿弥
  • 美術:鳥居清光
  • 照明:塚原清
  • 照明補:森脇清治
  • 音楽:杵屋佐之忠
  • 音楽補:杵屋佐之義
  • 立て:尾上菊十郎
  • 衣装:伊藤静夫
  • 出演:藤川矢之輔、山崎辰三郎、姉川新之輔、松浦豊和、河原崎國太郎、松涛喜八郎、嵐芳三郎、中嶋宏太郎、寺田昌樹、早瀬栄之丞、上滝啓太郎、忠村臣弥、本村祐樹、北村海
  • 劇場:吉祥寺 前進座劇場
  • 上演時間:三時間二〇分(休憩二〇分)
  • 評価:☆☆☆☆

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今年の初芝居。前進座劇場のファイナル公演の初日でもあった。苦労して作り、維持してきた自分たちの劇場がなくなってしまうのだから、座員の方々の思いはたまらないもののはずだ。その痛切な思いが舞台からも伝わってきて、単なる観客に過ぎない私も猛烈に悲しくなってしまう。開演前に座頭の中村梅之助から挨拶があった。梅之助はこのところ体調を崩していて舞台を休演している。今日の挨拶の様子もその調子がまだ万全でないことはうかがい知れた。しゃがれ声でときおりつかえながらも挨拶を行う梅之助を見てまた胸が詰まる思いだった。

前進座の『三人吉三』を見るのはこれが二回目である。巧みなテクスト・レジで三時間の枠内で、錯綜する因果のつながりが見渡されるような工夫がされており、物語の筋立てが明瞭に示されている。歌舞伎らしい場面場面のスペクタクルの美しさだけでなく、一編のドラマとして楽しむことができるのが前進座歌舞伎の特徴のひとつだと思う。二幕目で夜鷹の三人娘、おはぜ、おてふ、おいぼが、その直前の大川庚申塚の場での三人吉三が義兄弟の契りを結ぶ場面のパロディを演じるなど、喜劇的な場面も織り込んだ構成になっている。

和尚吉三が藤川矢之輔、お嬢吉三が河原崎國太郎、お坊吉三が嵐芳三郎写楽浮世絵から抜け出たような嵐芳三郎のすがたが美しい。この三役以外では、おとせを演じた忠村臣弥の優雅でたおやかな風情、堂守源次坊ほかを演じた中嶋宏太郎のディテイルにも工夫を凝らした達者な芝居ぶりが印象的だった。

小6の娘を連れて見に行った。娘と前進座の芝居をここの劇場に見に来るのは四回目くらいか。強盗、殺人、売春、近親相姦同性愛と内容は、教育的に好ましくないのだが、私はこの芝居が大好きだ。三人吉三は運命に翻弄され、悪業に身を投じるが、その報いを堂々と受け止める。刹那を生き抜き、己の破滅に突進していく悲愴さに何とも言えぬ緊張感と美しさがある。台詞の音楽性、歌舞伎的スペクタクルの美しさ、そして邪悪を美を転換させる黙阿弥歌舞伎の劇作術のダイナミズムを、幾分かでも娘にも感じて欲しいと思ったのだがどうだっただろうか。

2013-01-01

[]ハッピーエンド(1999) HAPPY END

  • 上映時間:99分
  • 製作国:韓国
  • 初公開年月:2004/01/31
  • 監督:チョン・ジウ
  • 製作:イ・ウン
  • 脚本:チョン・ジウ
  • 撮影:キム・ウヒョン
  • 編集:キム・ヒョン
  • 音楽:チョ・ヨンウク
  • 出演:チョン・ドヨンチェ・ミンシクチュ・ジンモ
  • 評価:☆☆☆☆

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不倫の話。チョン・ドヨン演じる女性は子供向きの英語学校の校長というやり手。夫は失業していて求職中だが、生き生きと働く妻とは対照的に自分に自信を失っていて覇気がない。優しそうな顔立ちだが、どこかおどおどとした感じがある。この夫婦には生まれたばかりの子供がいる。妻は学校時代の同級生と出会い、その男と不倫関係にある。不倫相手との官能の喜びに溺れるなかで、貪欲に日常のエネルギーを補給しているような感じである。

まだ二十代のチョン・ドヨンが全身ヌードで、かなりハードな情事の場面に挑戦している。このヌードがやはりとても美しい。韓国の若い女優は日本の女優に比べてぬぎっぷりがいいように思う。濡れ場もいいが、それ以外の場面でのチョン・ドヨンの芝居もいい。この映画の中では、夫に対してはいつも苛立ちを顔に浮かべている。その意地悪そうな感じ、フラストレーションのたまっている感じの表情がとてもいい。

『ハッピーエンド』というタイトルは逆説である。ラストの急展開の緊張感がいい。またマンションの長い廊下のショットなど、画面の構図もシャープでセンスのよさを感じた。

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