2012-01-30
■[映画]風にそよぐ草(2009) LES HERBES FOLLES
- 上映時間:104分
- 製作国:フランス/イタリア
- 初公開年月:2011/12/17
- 監督:アラン・レネ
- 原作:クリスチャン・ガイイ『風にそよぐ草』(集英社文庫刊)
- 脚本:アレックス・レヴァル、ロラン・エルビエ
- 撮影:エリック・ゴーティエ
- 美術:ジャック・ソルニエ
- 衣装:ジャッキー・ブダン
- 編集:エルヴェ・ド・ルーズ
- 音楽:マーク・スノウ
- ナレーション:エドゥアール・ベール
- 出演:サビーヌ・アゼマ、アンドレ・デュソリエ、アンヌ・コンシニ、エマニュエル・ドゥヴォス、マチュー・アマルリック、ミシェル・ヴュイエルモーズ
- 映画館:神保町 岩波ホール
- 評価:☆☆☆★
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邦題と宣伝用写真が曲者だ。老人の恋の話だが、実は奇妙奇天烈な不条理恋愛映画。キェシロフスキの『トリコロール/赤の愛」を連想した。前衛の大家の意味不明な遊びがたくさんあって、それを楽しめる人なら面白く見ることができるだろう。原題herbes folles(「生い茂る雑草」を意味する)を、敢て直訳して『気狂い草』としたほうが作品内容に合っているように思った。登場人物の心理の変化がかなり唐突でヘン。でもこんな人は実際にいそうな気もするが。
■[演劇]ある女
ハイバイ
ハイバイのホームページ | Blog Archive ? 本公演『ある女』
- 作・演出:岩井秀人
- 照明:松本大介
- 音響:高橋真衣、中村嘉宏
- 衣裳:小松陽佳留(une chrysantheme)
- 映像:ムーチョ村松+富所浩一
- 出演:上田遥、坂口辰平、永井若葉、平原テツ、吉田亮 (以上ハイバイ)、小河原康二 (青年団)、猪股俊明、菅原永二
- 上演時間:90分
- 劇場:こまばアゴラ劇場
- 評価:-
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ずるずるとだらしなく不倫を続ける主人公、タカコを男優の菅原永二が演じる。男優が演じることで生み出される喜劇性によって、痛々しい人物が適度な距離感で演劇的に実体化されていたように思った。面白そうな作品で、私のツイッターのTL上ではよい評判なのだけれど、体調がいまひとつで私は半睡状態での観劇になってしまった。あまり覚えていない。。。。
2012-01-28
■[映画]スリ(掏摸)(1960) PICKPOCKET
- 上映時間:76分
- 製作国:フランス
- 初公開年月:1960/08/
- 監督:ロベール・ブレッソン
- 脚本:ロベール・ブレッソン
- 撮影:レオンス=アンリ・ビュレル
- 音楽:ジャン・バディスト・リュリ
- 出演:ピエール・レマリ、マルタン・ラサール、マリカ・グリーン、ピエール・エテックス
- 評価:☆☆☆★
■[映画]ラルジャン(1983) L'ARGENT
- 上映時間:85分
- 製作国:フランス/スイス
- 初公開年月:1986/11/
- 監督:ロベール・ブレッソン
- 製作:ジャン=マルク・アンショ
- 製作総指揮:アントン・ガネージ
- 原作:L・N・トルストイ
- 脚本:ロベール・ブレッソン
- 撮影:エマニュエル・マシュエル、パスクァリーノ・デ・サンティス
- 音楽:バッハ
- 出演:クリスチャン・パティ、カロリーヌ・ラング、バンサン・リステルッチ、マリアンヌ・キュオー
- 評価:☆☆☆☆
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早稲田松竹でロベール・ブレッソンの二本立てをやっていたので観に行った。土曜の夜の回、客席は8割がた埋まっていたように思う。かなりの盛況。ブレッソンの作品は映画通にはやたらと評判がいいのだけれど、私は今ひとつその魅力を理解できていないように思う。シャープな映像、ストイックな展開、詩的に感じられる場面の唐突な飛躍、『スリ』に見られるようなディテイルのマニアックな再現、余分な説明を一切省いたストイックなリアリズムなど、後で振り返ってみると実にかっこよく、魅力的に思えるのだけれども、見ている最中は退屈を感じてしまう。登場人物があんまり喋らないというのがその一つの理由だと思う。普通の映画や芝居の人物の饒舌は非現実的であることがブレッソンの映画を見るとわかる。私にとってはブレッソンの映画を見るのは、能を見ると感覚的に似ている。後で反芻すればそのかっこよさは何となくわかるけれど、見ている最中は退屈で眠くなる。
2012-01-27
■[演劇]びんぼう君
- 作・演出:前田司郎
- 出演:大山雄史、黒田大輔(THE SHAMPOO HAT)、端田新菜(青年団/ままごと)
- 劇場:五反田 アトリエ・ヘリコプター
- 評価:☆☆☆☆
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二年ぶりくらいで前田司郎の芝居を観た。『びんぼう君』は七年前に上演された作品の再演だとのこと。登場人物は三名。タイトルどおり、ぼろぼろの服を着て、狭苦しい二畳間(?)に住む父と子、そこを訪れる息子の同級生の女の子。この家に母親はいない。父親に愛想を尽かして出て行ってしまったようだ。父親は執筆業っぽい感じがあるが、よくわからない。ずっと家にいるらしい。息子の誕生日に、学校の宿題である月の観察のために、息子の友達が何人かこのぼろ屋にやって来るというので、息子は興奮して舞い上がっている。しかしこの日が自分の誕生日であることは友達に伝えることができなくて、そのことを息子は気にしている。息子の父は、息子以上に舞い上がり、落ち着かない。やって来た友達はしかし女の子ひとりだけだった。それでも滅多にない息子の友達の訪問(それも女の子)に父親は躁状態になり、子供たちのなかに割り込んでいろいろとちょっかいを出す。息子はちょっと困った様子だけれども、女の子はマイペースな雰囲気でそれほど気にしている感じはない。
一角のみが照明で照らされた侘びしい空間での切ない日常風景のナンセンス。この父親の振舞いは、私とよく似ているところがある。六歳の息子にとっては特に、私は多分ああいうわけのわかんない人に違いない。『天才バカボン』のパパを連想した。見ていて切なくなる抒情的な(←意外にも)笑劇。最後の場面が心に残る。父親の奇矯な振る舞いによく笑ったが、私にとってはとてもシリアスな話に感じられた。見た後はしんみりした気分になった。
2012-01-25
■[映画][歌舞伎][演劇]シネマ歌舞伎 天守物語
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平成二十一年七月の歌舞伎座公演のライブ映像。この公演は私は観に行った。最初に玉三郎インタビュー有。稽古風景も少しだけだがあった。
前半は滑稽グロテスクな幻想的笑劇。歌舞伎らしいゆったりしたリズムのなかで、牧歌的で優雅な世界を堪能できた。ゆったりすぎて眠くもあったが。後半は刹那に燃え上がる美しい恋の情景が耽美的に描き出される。この芝居での海老蔵は本当に素晴らしい。
■[映画]灼熱の魂(2010) INCENDIES
- 上映時間:131分
- 製作国:カナダ/フランス
- 初公開年月:2011/12/17
- 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
- 製作:リュック・デリー、キム・マクロー
- 原作戯曲:ワジ・ムアワッド
- 脚本:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
- 撮影:アンドレ・トュルパン
- 美術:アンドレ=リン・ボパルラン
- 衣装:ソフィー・ルフェーヴル
- 編集:モニック・ダルトンヌ
- 音楽:グレゴワール・エッツェル
- 出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット、レミー・ジラール
- 映画館:日比谷 TOHOシネマズ・シャンテ
- 評価:☆☆☆☆☆
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傑作。強烈なインパクトのある作品だった。レバノン出身のフランス語圏カナダ人劇作家の作品が原作。脚本がとにかく素晴らしい。中東内戦のなか、ある母親が経験した過酷な運命を、その子供たちが探って行く壮大で無慈悲な物語は、『オイディプス王』を下敷きとしたもの。
2012-01-21
■[演劇]曼珠沙華
早稲田大学文学学術院 演劇映像演習7 番外企画公演
- 作:阿藤智惠
- 演出:天野峻(ハイブリッドハイジ座)
- 出演:羊(ハイブリッドハイジ座)、近藤瑞季
- 舞台監督:里見真梨乃(ハイブリッドハイジ座)
- 美術:川村文香(ケベック/ハイブリッドハイジ座)
- 照明:小川暁
- 音響:森田和人
- 劇場:早稲田大学戸山キャパス 演劇映像実習室
- 上演時間:30分
- 評価:☆☆☆★
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早稲田大学文化構想学部の戯曲講読の演習クラスの授業番外公演、阿藤智恵作《曼珠沙華》を観に行った。文学部助教、間瀬幸江氏が担当する演習では戯曲を読み込み、それを学生がテーマを設定してグループ毎に討論、発表をしている。昨年、私は何回かこのセミネールを聴講させて貰った。
この前の秋に、Pカンパニーが阿藤智恵作《曼珠沙華》を上演して、それを見て大きな感銘を受けた講師が演習でこの戯曲を取り上げた。すると演劇活動を行っている学生を中心に急遽、学内で公演が行われることになったとのこと。大学の戯曲読解のセミネールからこうした公演に発展するというのはなかなかあることではないように思う。
登場人物は二人。場所は野外のようだがどこだかはっきりしない。二人の名前はPとJだが、この二人の関係もよくわかない。Jが舞台上で佇んでいると、そこにPがやって来て、二人は食事を取る。その食事中の雑談が芝居になっている。雑談が終わると、Pは立ち去り、Jは一人舞台に残される。展開はそれだけである。
Jはそこにやってくる道角で見た群生する曼珠沙華の話を何回も繰り返す。Pはどちらかというと聞き役だ。彼はやさしくJの言葉を受けとめるのだが、彼らの会話はどこかちぐはぐでかみあっていない。この微妙なズレは結局解消されない。二人はかみ合わない会話を互いに優しく受け入れ合っているように見える。激することなく、ふたりは静かに語り合う。舞台の背景と床は白い布で覆われている。演者(女性だった)二人の服装も白い。曼珠沙華は彼岸花であり、死者を暗示する。群生する曼珠沙華のイメージは、大量の人の死を暗示し、またそういったことが語られる。三月の震災の被害者がそこには重ねられているようだ。
静かでストイックな芝居だった。『ゴドーを待ちながら』を連想する。正直、見ているあいだは、その単調さと静けさに退屈を感じていた。どこかで耳にしたことがあるような内面的なつぶやきのような繊細な対話がえんえんと続く芝居である。しかし最後の場面は「あっ」と声を心のなかであげたほど印象的で美しかった。舞台上で残されたJが、ゆっくりと優雅に床に寝転がり、眠りにつく。
昨年の三月以降、震災に反応して作られた演劇作品をいくつか見たが、いずれも私は見ていて居心地の悪さを感じる。まず震災に対して反射的に反応し、それを演劇という表現形式に変換していくことの正当性について考えてしまう。作品のなかに私は素直に入れない。またそうした演劇表現によって、震災に対する混沌とした未整理の感情が、整理され、誘導されてしまうことに抵抗を感じてしまう。こんな間接的表現を通して震災を感じることで、私は震災について何か考えた気になっていいのだろうか、などと思ってしまう。東北の地震についても、私の故郷の神戸が被害にあった阪神・淡路大震災についてさえ、私にとってはそれはよそごとのような感覚しか持てないし、またそうした関わり方しかしていない。私は当事者ではなく、傍観者だ。正直なところ、震災での被害が特権的にとりあげられ、語られることはそのインパクトからして当然のことだとは認めつつも、私の身の回りに起こるごく日常的でありふれた個々の不幸、不運に比べ、少なくともその被害の当事者ではない私にとって、特別なものであると捉えることは不誠実であるようにさえ思える。
後ろめたい気持ちはあるけれども、このよそごと感覚はどうにも否定できない。だから自分は震災については、ずっと宙ぶらりんで、判断保留の状態に置くのが、よいように感じている。
2012-01-19
■[演劇][映画][オペラ][音楽]ファウスト
http://www.shochiku.co.jp/met/
METライブビューイング
- 指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
- 演出:デス・マッカナフ
- 出演:ヨナス・カウフマン、マリーナ・ポプラフスカヤ、ルネ・パーペ
- 評価:☆☆★
- 映画館:新宿ピカデリー
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音楽のパフォーマンスはともかく、ファウスト博士を物理学者にして原爆投下後の世界に時代に移すという設定の変更が、作品に何の広がりももたらしていない。つまらない舞台だった。現代的な美術の演出は、ドラマをかえって散漫で散文的なものにしてしまった。音楽世界とのズレが、何の意味も作り出していない。演技演出も粗く、ドラマとしては楽しめなかった。音楽もうるさいだけで、私は美しさを感じなかった。ゲーテの『ファウスト第一部』に基づく台本が中世の聖母奇蹟劇と同じ構造を提示していたことに気づいたのが収穫。このドラマの構造は普遍性がある。
