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2015-08-07

【2】

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その男の肌は異様に白かった。細く開いた自室の窓から男を見つけた時、俺はその真っ白な肌を欧米人のものと思い込んだ。整った面立ちはどちらかと言えば日本人のそれだったが、どこか日本人離れしたものを感じさせた。混血かと訝ったが、表情や物腰が日本人然としすぎている。観察しているうちに俺はなぜかその男が恐ろしくなってきた。窓の死角にいる誰かと談笑するその男の歯に、鈍く光る金具が装着されているのが見えた。これ以上この男を見ていてはいけないような気がした。音を立てないように注意しながら窓を閉めようとしたその瞬間、白い男と目が合った。ほんの数センチの窓の隙間から差し込んできた男の視線に射竦められ、俺は動けなくなった。男は俺の存在を認めると眼差しをやわらげ、禍々しい金具の貼りついた歯を見せて笑った。俺は圧倒的な恐怖を感じながら精一杯の力を込めて窓を閉めた。倒れこむようにソファに沈んでからも膝が震えていた。それからというもの、俺は自室の窓を閉め切る事が多くなった。あの悪魔のような白い男を二度と目にするのは嫌だった。

普段、細く開いた自室の窓からは俺に恋を与えてくれた女がゴム飛びに興じる姿を楽しむ事が出来た。大きく窓を開く事をしないのはこちらの存在を知られたくないからだ。俺は亡霊のような、あるいは神のような透明な存在でありたかった。初めて彼女を目にして以来、そうして狙撃手のように息を潜めながら彼女を愛でる事が俺の日課になった。しかし白い男のおかげでそれも叶わなくなった。こうしている今も、彼女は窓の外で無邪気な笑顔をふりまいているに違いない。そう思うと狂おしい気持ちになった。俺は白い男を憎んだ。あの男の前歯に張り付いた禍々しい金具を憎んだ。憎悪は日増しに大きくなり、やがて恐怖を凌駕した。俺は再び窓を開ける決心をした。

ショットグラスにバーボンを注ぎ、一息に飲み干す。熱い塊が喉を焼きながら過ぎて行き、腹の底にくすぶっていた憎悪に火をつけた。巨獣が炎を吐くようにして咆哮を上げながら、自室の窓を全開に開け放つ。窓辺に立つ俺のすぐ目の前で、彼女は少し驚いたような表情でまっすぐに俺を見ていた。俺という存在を認識した。数センチの隙間から一方的に覗き見ていた世界は、今、この狭い部屋とすっかり同化したのだと感じた。彼女は業火を纏った醜い巨獣のような俺を見つめたまま、人見知りな笑みを見せた。俺は彼女が肉体を持った、実在する一人の美しい少女なのだという事を唐突に理解した。二つの世界が同化した事で、彼女や、彼女の為に腰の位置でゴム紐を構える二人の少女や、通りの向こうで走り回っている少年達と同じ肉体を、俺も手に入れたのだと思った。今の俺はきっと自分の手で彼女に直接触れる事が出来る。だがもう二度と透明な存在のまま彼女を盗み見る事は出来ないだろう。俺は混乱した。混乱して、呆然とした。やがて彼女は俺を見つめたまま声を発した。なんでもない挨拶のような言葉だったが俺には意味が理解できなかった。小さな鈴の音のように耳触りの良い音の羅列は俺に「ようこそ」と言ってくれているように思えた。私達と同じ世界へようこそ、という彼女の言葉は、これまでの俺の世界が死に、新しいこの世界が生まれた事を意味していた。そこには彼女がいて、俺がいて、彼女の背後でいやらしい笑みを浮かべる白い男がいた。