象られた力

象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA)

象られた力 kaleidscape (ハヤカワ文庫 JA)

飛 浩隆さんの作品は短編をいくつか読んでいて、すごく繊細な文章を書く人だなあという印象でした。この本を読んでさらに「かなりハードなSF書く人」という印象が加わりました。

  • 「デュオ」

音という目に見えないものを聞き分ける力って、なかなか超能力っぽい感じがするんですよね。優れた聴力を持つ主人公のイクオの感覚を記述することで、その感覚の世界を追体験しているようでとても引き込まれました。この感覚の記述もとても文芸的な技巧に溢れていて、まるで文字によるバーチャルリアリティのようなんですよね。頭の中のイメージが文字に引きずられてぐんぐん広がって行く感覚がとても素晴らしくて、SFらしい感動がありました。
そして、序盤のスピリチュアルな感覚世界から、後半にかけてサイバーパンク的な方へ一気に流れていく展開にとても驚きました。これは本当に文章に騙されてうっとりしていたらものすごく硬派なSFに出会ってしまったという、まるで事故に遭ったような衝撃がありましたね。物語としては、とてもきれいにメタファが配置されていて、その位置関係が逆になったり対立したりする過程がとても美しいと思いました。

  • 呪界のほとり

宇宙を旅する男と竜とじいさんの物語。どたばたしたRPG的な雰囲気がとても楽しかったです。一方で「象られた力」にも通じるような、つくり話(フィクション)とは何なのかを問うようなものも含まれていて興味深かったですね。竜と旅する男が老人に出会う、なんてとてもありふれた物語の出だしなのに、ここまでSF要素つっこむセンスがすごい。シリーズ構成を視野に入れたような設定もなんだか想像をかき立てられて面白いなあと思いました。まあこれ、正にアニメかなにかのシリーズの第一話という感じで、それが続いていないというところにこの短編がここに収録されている意味があるような気がします。
どーでもいいけど、これもしアニメーションになるとしたらやっぱり主人公「万丈」の声優さんは銀河万丈さんかなあ、とかそんなことを考えました(笑)

  • 夜と泥の

地球化した異星で、年に一度だけ起る超自然現象の描写を軸に、人間の想像を越える力と力の戦いを描く。えーと、プロレスってあんまりよく知らないのですが、読んでる途中で異性の生物vs大型重機のプロレス観戦という、なんとも情緒のない考えがふっと浮かんでしまいました。あるいは怪獣もの映画鑑賞とか。一方で原始的な躍動感溢れる描写や、二人の登場人物の同性愛的な雰囲気(のように思った)とか、そこはかとなくエロティックな感覚がとても印象的でした。なんていうか、こんなに濃厚に感覚を描いていながら視線が冷ややかで、それが何か独特の耽美さを生んでいるような感じ。そしてSFとしての結末にきちんと帰しているあたりが、やっぱりすごいと言わざるを得ません。

  • 象られた力(かたどられたちから)

物語に直接関係はないかもしれないけど、主人公の性別を序盤までずっと女性だと思ってました。「デュオ」では聴覚の優れた人物を主人公においていましたが、このストーリーでは視覚というか、形(図形)から意味を読み取る能力に長けた人物たちが登場します。図形、マークってメッセージを高度に圧縮したものだと思うんですよね。能力がある人が読むときちんと意味を持つ。楽譜や古い文字を読める人と似たような感じですかね。それをあたかも同じ能力を持っているかのように感じられる、という部分は「デュオ」や「夜と泥の」と共通する面白さでした。物語としては、これだけで映画一本観たなというくらいの、凄まじいカタストロフ(破局)の風景がとても良かったですね。登場人物のヒトミ(漢字出ないわ…)がどことなく女性的な繊細さを持ち合わせていながら、その破局の一因を担うなど男性的なモチーフも持っているという部分も魅力的でしたね。
そして先に書いたように、フィクションとは何なのかを最後に問いかけているように思いました。出典を忘れてしまったのですが(多分ツイッターだと思う)、「物語とは選択していくこと」という言葉を見かけた事があります。この物語も確かにその時々、様々な登場人物たちが選択をした結果として描かれています。そして物語というのは最後に唯一無比の選択を結末として描くものだと思うんですね。でもそれまでに「あり得たかもしれない」選択はたくさんあって、きっとそれら一つ一つの重みは比べようもないのでは?というのが、たぶんこの短編集に納められている幾つかの物語のテーマの一つじゃないかなと思います。選択を集約するのではなく、拡散することで物語を描く。SFというのは森羅万象すべてのものを題材に扱う野蛮なところがあると思っているのですが(そこがすき)、この短編集は「物語」を物語で扱っているのかなあと思いました。