日本最古(?)の女相撲

 女性が土俵に乱入して女人禁制が云々という話が巷を賑わせているので、ネタを提供します。

女性が土俵乱入、高見盛ら取り押さえ

 大相撲秋場所11日目が行われた19日、東京・両国国技館の土俵に女性が上がる前代未聞の事件が起きた。40歳前後とみられる女性が、幕内の豪栄道(21=境川)対豪風(28=尾車)戦の最後の仕切り前に、警備員の制止を振り切って右足をかけて土俵によじ登った。慌てて審判の錦戸親方(45=元関脇水戸泉)と西の控えにいた高見盛(31=東関)が引きずり降ろした。同女性は本所署に連行された。7世紀から続く約1400年の大相撲歴史の中で初めて、土俵の女人禁制が破られるハプニングが起きた。
(中略)
 日本書紀に記されている642年から約1400年間、大相撲は土俵の女人禁制を厳正に守ってきた。最近では太田房江大阪府知事が要望した土俵上での府知事賞の表彰も断っている。同協会の北の湖理事長(元横綱)は「みんな協力してうまく対応してくれた」と話し、伊勢ノ海警備本部長(元関脇藤ノ川)も「土俵に女性が上がってしまったことに関しては、必死に止めた。審判員もうまく対応してくれた」と、「女性の土俵入り」は阻止したとの認識を示した。

http://www.nikkansports.com/sports/sumo/p-sp-tp3-20070920-258653.html

 記事で「642年」というのは、皇極天皇元年七月の「乙亥、饗百済使人大佐平智積等於朝(中略)乃命健児、相撲於翹岐前」(二十二日に百済の使者である大佐平智積らを朝廷で饗応した。(中略)そこで力持ちに命じて、百済の王族の一員である翹岐の前で相撲をとらせた)のことですね。しかし、この頃から土俵などというものを作っていたのでしょうか。
 それはともかく、この642年を遡ることおよそ170年前、雄略天皇十三年九月にこんなことがありました。大相撲協会の見解やいかに。

秋九月、木工猪名部真根、以石為質、揮斧斲材。終日斲之、不誤傷刀。天皇遊詣其所、而怪問曰、恒不誤中石耶。真根答曰、竟不誤矣。乃喚集采女、使脱衣裙、而著犢鼻、露所相撲。於是真根暫停、仰視而斲。不覚手誤傷刀。

 九月、猪名部真根は石を台にし、木材を斧で削っていた。一日中削っても、誤って刃を破損させることはなかった。天皇はその仕事場に行き、不思議に思ってこう尋ねた。「誤って石に当てるようなことはないのか」真根は「ありません」と答える。そこで天皇采女天皇近侍の女官)を呼び寄せ、服を脱がせ、ふんどしを着せて、よく見えるところで相撲をとらせた。真根はしばらく手をとめて仰ぎ見ながら削ったために、思わず手元を誤り、刃を傷つけてしまった。
 ――伝説上の時代の話ですけど。雄略もお人が悪い。