ルポ 資源大陸アフリカ

ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄 (朝日文庫)

ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄 (朝日文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
石油、レアメタルなど豊富な資源の眠るアフリカ大陸。急成長の裏で、経済格差は拡大し暴力の嵐が止まない。それは一体何故か?武装勢力や人身売買組織の首謀者インタビュー、内戦中のスーダン密入国など危険も顧みず敢行した取材による傑作ルポルタージュ


 南アフリカ、経済の成長が持続しているのに治安は一向に改善していない。それにしても『一九九四年の民主化後には、凶悪犯罪の発生率が世界最悪の状態となり、今に至っている。』(P11)ということなので、もう20年近くそういった状況が続いているという事実には驚く。『南アでは、よほど社会的に注目される事件でもない限り、日常発生する強盗事件では捜査自体が行われない。』(P12)「日常発生する強盗」という単語も大概おかしいが、強盗「くらい」では捜査が行われないという事実は衝撃だ。しかし著者の4年間の南アフリカ滞在時に身近な人の大半がなにがしかの強盗被害にあっていたということや南アフリカの半ば要塞化した警備体制のある豪華な区画でも強盗被害からは免れ得ないというのだから、「日常発生する強盗」というのは実感から出た嘘偽りない言葉だということがわかる。
 南アフリカでは、不法居住の人々が集まったスコッターキャンプが現在、民主化直後の3倍にまで増加しており、失業率も常時40%前後で現在も国民の11人に1人が1日1ドル以下の水準で暮らしているというのでは、治安が一向に向上しないのも納得だが、元から経済力は強く、経済成長も続いているのになんでそうした惨状なのか思わず首を傾げてしまうが、結局経済成長だけでは国は良くならないという実例だよね。しかし世界史詳しくないから知らなかったのだが、アパルトヘイトが始まったのって第二次大戦後、1948年の国民党政権の成立後のことで、ずっと昔から続いてきたことではないということには驚いた。しかし、わずかな国土に黒人を移住させて、その地域を独立させることで、黒人を南アフリカから排除して黒人差別のない国を作ろうとしたというのはなんというか、無茶苦茶だなあ。
 著者の白戸さんは毎日新聞の特派員としてサハラ砂漠以南48国の取材を1人で担当していた、そのカバーする範囲のあまりの広さには驚いた。今まで新聞社って海外にあちこちに特派員を置いているようなイメージだったが、日本からはなじみが薄い場所とはいえ、南部アフリカを1人でカバーする体制であるなら思ったより特派員は多くないのかな。
 『南アはアフリカで最も経済水準の高い国ですが、南アよりはるかに貧しいほかの国々の方がずっと治安が良い。要するに、誰もが一様に貧しい社会では犯罪、特に組織犯罪は成立しにくい。巨大な所得格差が生じた時、貧しい側は犯罪を通じて『富』にアクセスしようとする。』(P38)というのは素直になるほどと思えるし、そうした治安的な面の悪化が怖いということも個人的に教育や賃金の格差が広がりかねない日本の現状、というか未来がちょっと怖い。個人的には底辺に落ちても犯罪とは全く関わりなく生きられるような社会がいいからね。
 ナイジェリアのラゴス、石油マネーで、東京二十三区の人口を凌ぐ1088万人!そんな大都市だが、その名前も今回知った。ナイジェリアは100以上の民族がいるから、正確な人口を調べれば「政府から自治体への補助金額や選挙区の議員定数が変更される可能性がある」から、国勢調査をするのに死傷者が出るという事態が起こるというのは、説明されればなんとなくは理解出来るが、単に「国勢調査は死傷者を伴う」ということだけ聞くとちょっとにわかには信じがたい
 ナイジェリア、武装組織がパイプラインに穴を開けて原油を盗んで密売して利益を上げる犯罪を行っているが、その実行犯には連邦政府や州政府の高官がバックにいて、彼らから金を貰い、密売の利益はそうした高官たちの元に入っているという状況だというのは驚くほど官僚が腐敗しているなあ。
 コンゴ、1993年から2004年までの間、『毎年平均で国家予算の十八%が軍事費に使われたのに対し、教育と保健分野への支出はともに0%だった』(P173)ということは事実であっても、にわかには信じがたい、信じたくないほどの非現実的な数値だ。もう現代国家の体をなしていたのかすら疑問。
 コンゴ、大統領選挙の投票用紙は全候補者の顔写真が掲載されているため、女性がその投票用紙を持っている写真が載っているが、それを見ると、ちょうどTシャツがすっぽりと隠れそうなほど大きい。
 チャド・スーダンの国境で。『集落を抜ければ気の遠くなるような広大な薄茶色の大地が前後左右に広がっており、地平線の彼方で空と大地が渾然一体となっている。私が「地の果てにいる気分だ」とつぶやくと、M氏は「あなたにとってはそうだろうが、住民にはここが人生の中心」と笑った。』(P231)このシーン、いいなあ、好きだなあ。
 スーダンダルフール武装組織NRF、政府軍から銃と弾薬は比較的簡単に入手できるが、砂漠で衛星電話のプリペイドカードを切れ目なく入手するのは難しいと話しているのは連絡を取り合うのに衛星電話が重要というのもわかるが、「切れ目なく入手するのは難しい」ということはプリペイドと電話をそれだけ使うということで、恐らく銃や弾薬よりもプリペイドの消耗が烈しいというのは、やはり反政府武装集団というイメージからは想像が付かないことだから、ちょっと意表を突かれる。
 9・11以後の米国の圧力に負け、ケニア政府は米国に自分たちの対テロ戦争の姿勢を示すために、国内のイスラム教徒(少数派)を彼らを身に覚えのない嫌疑で逮捕した。しかしその後一定期間の取調べの後釈放されたり、あるいは裁判で無罪になったりしているようだ。しかし国内で警察に逮捕された容疑者がFBIに取締りを受けたという報告が数多くなされている状況では「国民を売った」といわれてもしかたない。
 ソマリア無政府状態ソマリアシリングの紙幣は民間人が印刷しているというのは唖然としてしまう。ソマリアで白戸さんの取材に協力してくれたビレさんは、暫定政府よりのジャーナリストと見なされたので、仕事もろくにできなくなり生活が苦しくなったので、白戸さんに仕事はないかと懇願長のEメールを送られてくるようになったため、ソマリアの実情を記した記事を依頼し、白戸さんがその文章を日本語訳したということだが、自宅付近に迫撃砲が飛び交う最中に妻が陣痛を起こし、しかし病院には迫撃砲が直撃していた、そんな事態で途方にくれていた彼にそこにたまたま通りがかった高齢の女性が、ベテランの助産師を紹介してくれたが、しかしそこには消毒した形跡のない古いナイフや古びたベッドが見えるだけだったという状況は壮絶。しかし、そんな状況でも妻子ともに無事だったようでホッとした。
 終章の白戸さんが南アフリカに滞在していたときの、家に彼が居住する前からいた住み込みのメイドのおばさんリリアンの家族の話で、たとえ酷く顔が腫れて風船のようになっても、低賃金で保険にも入っていないから、病院に行くなんてことは家族も本人も思っていないということはショッキング。『南アに限らずアフリカの国々の残酷な点は、医療全般の崩壊にあるのではない。目の前に高度な医療が存在しながら、大多数の庶民は支払い能力がないために、その恩恵を全く享受できないところにある。』(P323)先進国の病院と全く変わらない治療ができるところが眼と鼻の先にありながら、治療できずに死んでことがあるという事実は悲劇的で胸が苦しくなる。全くの貧困よりも、こうした状況の方がイメージがつきやすいからより一層哀れに思ってしまう。また南アフリカで次男が誕生したときに家族以外で最も喜んでくれたのがそのリリアンだというのだから、それもあるからそんな人が医療もまともに受けられない状況というのは胸が痛む。