薔薇の名前 下

薔薇の名前〈下〉

薔薇の名前〈下〉

内容(「BOOK」データベースより)

中世、異端、「ヨハネの黙示録」、暗号、アリストテレース、博物誌、記号論、ミステリ…そして何より、読書のあらゆる楽しみが、ここにはある。全世界を熱狂させた、文学史上の事件ともいうべき問題の書。伊・ストレーガ賞、仏・メディシス賞受賞。

 最後までミステリーだった。ミステリーとしてかなり意外な真相で面白かったな。まあ、私がもっとしっかりと推理する人だったらもっと驚いて凄さを感じ取れたのかもしれないが。そして中世の修道院という特殊な舞台の雰囲気や細部をもっとよく知りたいとちょっと思ったので、そのうち映画も見てみようかな。
 ネタバレありです。
 ウィリアムが受けた修道院長の依頼は結局期限・目標であった教皇側と皇帝側の両使節団が来るまでには推理は終わらなかったし、帰るまでに事態を収拾できず、教皇側がとりあえずで修道院にいた元異端の修道士を犯人に仕立て上げて帰るというそのシビアさというのが雰囲気出していていいね。
 ヴェナンツィオとベンガリーオに毒を自ら飲ませて死亡。そして続けざまに出た死亡者は、単独犯によって殺されたものではなく、連鎖的に事件が起こっていたことがわかったことで、ますます事件がわからなくなる。
 皇帝からの使命もあってウィリアムは教皇使節団との交渉のためにきたが、実際に相手方が和睦するつもりだとは思っていない。その予想通り会議が始まるとまともな交渉となることもなく終わった。
 それからP81-3を見るとウィリアムがした上巻のはじめの馬の推理は、やっぱりある程度は賭けだったのね。そしてこの段階では現在調査している一連の事件について、ウィリアムはいくつもの仮説を持っているが、どれかが正しいといえるほどの確証は得ていない。
 語り手であるアドソが期せずして一晩の交わりを持った女性が、教皇使節団によって(彼らが事態を収束させるために、犯人を作ってひっとらえたあおりを食らって)魔女として捕らえられて連行されて、処刑されることになる。
 両使節団の間での話し合いは神学論争あるいは学知での殴りあいになって、さらには物理でのもみ合いも起こって、結局ものわかれに終わる。
 殺害現場の部屋を探しそこから出た後に、探していた本がどういうものか、そしてそれがその場所にあったことに気づく。こうした間一髪で事件解決につながるものがするりと焼酎から零れ落ちるようなシーンがあると、ちょっと残念に思う気持ちもあるけれど、ここでそれをつかまえておけばという想像が広がる基点となるのでちょっと好きでもあるな。
 サルヴァトーレが怪しい行為をしたことで、厨房係のかつて異端の集団にいた過去があきらかになり、彼は教皇使節団の一員で異端審問官として高名なベルナール・ギーによる異端審問で絞られることでやっていない一連の修道院での事件の犯人とされた。そしてギーの手柄として教皇使節団我執動員から去るときに共に連れて行かれて、処刑されることになる。こうした異端審問のシーンが入ることになるとは思っていなかったが、中世独特なそうしたシーンが出てきたのは新鮮で、目先も変わっていいね。
 しかし、もっとキリスト教とか異端について詳しければ、この異端審問のシーンやその前の両使節による神学論争が意味がわかって面白かったのだろうと思うと、そこの面白みが味わえないのはちょっと残念だ。
 この異端審問後、両使節団は去っていく。ギーは「犯人」を捕らえていったが、しかし(当然ながら)その後も事件は終わらず、再び犠牲者が出る。
 黒ずんだ指をした、毒を摂取して死んだ者たちはギリシア語が読める人たちだったことを知る。ウィリアムは次の犠牲者が出るとしてもギリシア語が読める者だと推測する。
 一連の事件の真相に到達したウィリアムだが、犯人が今いるであろう秘密の通路をどうやってひらくかわからないときに、アドソがふいに口にした言葉からその通路の開け方を閃く。こうやって手記の既述者(主人公?)のアドソが偶然にでもウィリアムの大きな助けになる活躍をするのはなんか嬉しいな。それから、このような秘密通路のギミックで隠された場所に行くという展開も、わくわく感があって好きだわ。
 そして毒の真相はアリストテレス詩学」の知られていない二部という他に存在しない貴重な本を読むために唾を指につけて、ページをめくらなければならないようにページが引っ付いていてそこに毒が付着していて、それを読むためには指を舌でなめるからそうしているうちに毒で死ぬという、本格ミステリー的な意表をつく、トリッキーものなのもいいね。でも、ありえないとかではなく、大学者の他にない本を向学心にあふれ、知識に飢える者たちの前にあると考えるとそりゃ熱中して読んでみたくなってしまうのも仕方ないことかもと思わせる本のチョイスと真相でいいね。
 そしてうろ覚えだけど金瓶梅のページに毒塗って殺そうとしたという逸話を目にしたことがあるので、少なくともかつての中国でそういう逸話が事実かどうかは別としてあったみたいだから、絶対にありえないこと、考えられないことではないのかもね。
 そして一連の事件は偶然だったり、その書をめぐってそれぞれの人間が動いたことで起きた一つ一つの出来事で全体としての真犯人はいない。
 まあ、ずっと以前に本に毒を仕込んで(捨てることは良心が許さなかったが、誰かに読まれておかしな意見を持つことを恐れた)、途中から黒幕として動いたホルヘはいたが、あくまでばらばらの事件。そしてウィリアムが途中で語っていた犠牲者の姿が黙示録のラッパに呼応しているという推理がホルヘをそうした行動に動かした。
 それも偶然だったが、ホルヘはそれに神の導きを感じて、最後はそれに沿うように事件を発生させるように動かした。
 ウィリアムは結果的に犯人にはたどり着いたがそこまでの推理は誤っていた。そして修道院破局を迎える終わりになるという名探偵の敗北で終わる。