箱根駅伝をデータで振り返ってみる

山上り偏重に疑問…区割り再検討も?/箱根駅伝 - スポーツ - SANSPO.COM
2ちゃんが選ぶ駅伝表彰ブログ:第86回箱根駅伝表彰 - livedoor Blog(ブログ)
「新・山の神」「竜神」「山の天狗」「鉄紺の機関車」と、通り名のバーゲンセール状態になっている柏原竜二(東洋)の激走が印象的な今年の箱根駅伝でしたが、果たして言われるほどに「5区偏重」が問題なのかをちょっとデータで振り返ってみようかと。データは日テレ公式およびスポーツナビ、それとSAIJO'S箱根駅伝・金利HOMEPAGEを参考にさせていただいておりますが、手作業を加えた部分もありますので誤りがありましたら平にご容赦を。
 

確かに今回の5区は大差だけどさ

今回の5区柏原は区間2位の大谷康太(山梨学院)に4分08秒差をつけ、最近では07年1区で佐藤悠基(東海)がスタートからの大逃げで後続を4分01秒ちぎって以来の圧倒的なパフォーマンスとなりました。4区まで先頭を走っていた明治の久國公也とのタイム差になると10分09秒ですから、明治のみとの比較でいけば、柏原は小田原で10分遅れでも芦ノ湖で逆転していた計算になります。総合結果での東洋と2位駒澤とのタイム差も3分46秒差ですから、これだけを見ると確かに5区のみで勝負が決したように思われますが、各選手の持ちタイムや全体的な布陣を眺めてみると、ちょっと別のイメージが浮かんできます。
 

偏差値で評価してみる

柏原は今シーズン、インカレ5000m・10000mで日本人1位、京都シティハーフマラソン優勝などの実績を残し、平地でも一流の才能であることを証明しました。これが全選手の中でどの位の位置になるのかわかりやすく評価するため、偏差値で評価してみることにします。

各距離偏差値 = 各選手の持ちタイム-全選手の持ちタイム平均*10/全選手の持ちタイム標準偏差推定値+50
10000m・ハーフマラソン・5000m・20kmの各距離偏差値の平均 = プレ偏差値

上の方法で算出した「プレ偏差値」で見ると、柏原は全選手320人中8位の68.20となりました。ちなみに1位は日大のダニエルで79.14、東海のルーキー村澤が68.17で柏原のすぐ下の9位に入っています。
さらに実際のレースにおけるパフォーマンスを評価するため、レースも偏差値で評価してみます。

レース偏差値 = 各選手の区間走破タイム-平均走破タイム*10/平均走破タイム標準偏差推定値+50

今回の柏原の走りをレース偏差値で評価してみると、75.16となりました。同じ5区内で比較すると2位大谷の60.45を大きく離して1位、他の区と比較しても10区福島(上武)の71.80を上回り1位の成績です。
 

プレ偏差値とレース偏差値を比較して損得を検討してみる

コンディションの調整やコースへの適性を含め、選手が期待通りの走りができたかを評価する意味で、上で出したレース偏差値とプレ偏差値を差し引きすることで「総合評価」を出してみました。プラスになれば投入した選手の「優秀さ」に見合ったリターンが得られた、マイナスであれば「投資」に見合わない残念な結果ということになります。

選手名 大学名 プレ偏差値 レース偏差値 総合評価
柏原竜二 東洋 68.20 75.16 6.96
大谷康太 山梨学院 44.45 60.45 16.01
久國公也 明治 47.48 39.04 -8.43
(参)佐藤悠基 東海 77.05 92.41 15.36

上の表は今年の5区を走った主要選手の評価と、参考として前述の07年1区佐藤の評価を出してみました。こうして並べてみると、柏原は期待を上回る成績を残したことがわかりますが、もともと5区でトップレベルのタイムを持っている選手ですから、事前の評価と極端に乖離した結果ではないということも言えます。むしろ区間2位の大谷の方が予想を裏切る「大駆け」であり、本人の努力と山登りの適性を見抜いて起用した山梨学院・上田監督の手腕は評価されてしかるべきでしょう。一方、柏原の引き立て役になってしまった明治・久國は確かに平均を大きく下回るレースでしたが、事前の評価からすれば柏原とのミスマッチは致し方のないところで、当初5区予定だったらしい松本昂大ではなく久國が出走することになった時点で、明治の5区戦略は崩れていたということでしょう。
参考データの07年1区佐藤は「意外な区間へのスーパーエース投入」の貴重な前例で、後続が牽制し合ってタイムが伸び悩む中、単騎で逃げた佐藤が区間新でぶっち切り、大量リードを稼いだ「戦術的成功」のモデルケースと言えます。もっとも、この後東海は5区で「前・山の神」順天堂・今井正人にキッチリ撃沈されてますが。
 

レッドオーシャン化している2区

「5区偏重論」を唱える人々は、5区での攻防だけで勝負が決まってしまうと「花の2区の意義」が薄れてしまうという観点から区間距離の見直しを訴えていますが、「花の2区の意義」ってそもそも何だ?という感想を抱いたデータを少々。2区と言えば「花の2区」と呼ばれる通り、各校のエースが集い並み居るランナーをゴボウ抜きにするイメージがありますが、先程のプレ偏差値とレース偏差値の比較で評価してみると、2区は「差をつけにくい」区間であることが見えてきます。

選手名 大学名 プレ偏差値 レース偏差値 総合評価
ダニエル 日大 79.14 67.66 -11.48
村澤明伸 東海 68.17 63.79 -4.38
大津翔吾 東洋 57.44 51.18 -6.26
高瀬無量 山梨学院 57.08 56.92 -0.16

上は今回2区の主な選手のレース偏差値-プレ偏差値評価ですが、驚くことに20人全員がマイナス評価。総合評価1位の高瀬(山梨学院)で-0.16、区間賞のダニエルは全選手中1位のプレ偏差値の割りにあまり他校にタイム差をつけることができず-11.48の大幅な「赤字」。10人抜きの走りで才能の片鱗を感じさせた村澤でも-4.38です。まさに誰得というヤツです。誰も得していません。今年の2区はいかに優秀な選手を投入しても、期待通りのタイム差を得ることが出来なかったわけです。
このような結果が生まれる原因として、2区の「レッドオーシャン化」が考えられます。あまりに「エース区間」として優秀な選手が投入されることで実力差が出にくくなっていることも当然あるでしょうし、近年はこの前の1区で勝負にこだわるあまりにスローペースで終盤だけ仕掛けるディフェンシブなレースが展開されがちなこともあり、2区でも引き続いて各ランナーが集団走で進むことが多いということも考えられます(このあたりはもっと広い年数を調査して傾向を調べてみると区間見直しの議論にも有益かもしれません)。
そんな誰得な2区にダニエルを投入して日大がシードを失う惨敗を喫し、柏原ではなく大津がほぼ平均点の走りで手堅くまとめた東洋が総合優勝、というのが駅伝の戦略の面白いところです。

リソースの適正な投入で戦略的勝利を得た東洋

区間 選手名 プレ偏差値 レース偏差値 総合評価
1区 宇野博之 64.25 60.15 -4.11
2区 大津翔吾 57.44 51.18 -6.26
3区 渡辺公志 50.15 50.76 0.61
4区 世古浩基 51.92 58.54 6.62
5区 柏原竜二 68.20 75.16 6.96
6区 市川孝徳 48.40 53.97 5.58
7区 田中貴章 51.08 65.06 13.97
8区 千葉優 53.69 65.26 11.57
9区 工藤正也 52.83 53.27 0.43
10区 高見諒 59.38 52.79 -6.59

東洋の堅実な戦いぶりは上の表の数字によく表れています。1・2区が悪いなりにタイムをまとめ、3区以降は故障明けだった10区高見を除いて7人がプラス評価。柏原に「貯金を使っていい」と言われた7区田中に至っては区間賞の快走で、チーム最大の13.97の「黒字」をもたらしました。
このような戦いを可能にしたのはチームの均一な質の高さと言えます。東洋はエース格の選手は柏原・宇野が挙げられるくらいで、他校と比較してそう豪華な陣容ではありませんが、リザーブに至るまで平均を大きく下回る選手が1人もいない層の厚さを持っていました。この「選手層の厚さ」によって、個々の選手に適した区間へ自由に起用し、限られたリソースを適正に投入することが可能になったわけです。そういう意味では、「東洋は柏原のワンマンチーム」という批判は全く当たらないことがわかります。
6区に起用された市川には「高1の頃から山下り要員として注目していた」と佐藤尚コーチが語るように、東洋のチーム戦略はスカウティングの段階から箱根勝利に最適化されていることが伺えます。加えて、川嶋前監督が「うがい・手洗いまで声をかけて徹底してやらせた」という体調管理や、酒井監督のレギュラー・リザーブの壁をなくした指導など、今回の東洋の勝利は、ひとつひとつの策が当たって得た戦略的勝利と言えるでしょう。このあたりは、ここ数年多くの有望高校生を獲得しながら、今季は不調の選手が多く「5区は八木と心中する」と言って適性が不明な八木勇樹を起用せざるを得なかった渡辺康幸監督の早稲田と実に対照的です。
 

一応のまとめ

「5区偏重論」は「柏原がチートだ」という観点から検討するのは勘弁してほしいところですが、ちょっとブクマで書いたように短縮された4区がかつての「準エース区間」の面影をなくしつつある点や、「2区レッドオーシャン化」を踏まえ、総合的な区間距離見直しの議論が行われることは良いことだと思います。その点では早稲田の渡辺監督が唱える「5区短縮・2区延長論」は傾聴に値する意見だと思います(言ってるのが渡辺監督である点を忘れればですが)。
また、「そもそも箱根という特殊なレースに陸上界のリソースを投入しすぎ」という問題は、その昔学生野球が盛り上がりすぎて多くの弊害を産んだ後、結果としてプロ野球というオルタナティブを育てたように、「箱根を通らない陸上生活」を育てていくことで解決していくべきでしょう。かつて女子では市橋有里が実業団に所属せずにオリンピックまで行った例もあるわけですし、例えばJリーグの総合スポーツクラブ構想と絡めて、都道府県対抗駅伝で一緒にチームを組んだりする学校と実業団を合同クラブチームに発展させるとか(ex.埼玉栄+東農大+ホンダとかね)。
また箱根駅伝については機会があれば。
 
(1/6追記)
タケルンバ卿のエントリを踏まえて読み直してみると、上の試みは具体的なタイム差の期待値とかには迫れていないので、あくまで印象論な感じ(特に2区に関しては)が拭えないですが、とりあえずそのままに。もそっとちゃんとした分析ができたら書き直すかもしれないです。

(1/6夜追記)
データを改訂版に差し替えて再考察したエントリを上げましたので、こちらと併せて読んでいただくとよろしいかと。
http://d.hatena.ne.jp/dennismoore/20100106