ENDING ENDLESS 雑記帖 @『ディズニーの隣の風景』 by 円堂都司昭

                    

2017-06-20

[]デイヴ・グロールの娘が“WE WILL ROCK YOU”

https://www.youtube.com/watch?v=zV4ANS--8lQ

デイヴ・グロールの娘が初めて覚えた曲だという“WE WILL ROCK YOU”を叩き、父が歌い、観客が合唱している。この動画を見て、なんだか、うわぁーっとこみあげてきた。


1992年2月19日に中野サンプラザでニルヴァーナのライヴを観た。そのステージの終盤でベースのクリス・ノヴォセリックが唐突にクイーンの“WE WILL ROCK YOU”を歌い始め、ドラムのデイヴ・グロールが途中から例のドン・ドン・パをあわせようとしたのだが、うまくあわない。で、ヴォーカルのカート・コバーンは無反応のまま、ただ立ち続けていた。結局、ばつが悪くなったのか、クリスはサビが来る前に歌うのをやめてしまった。サビを聴かなければあの曲だとわからない人が大半だったと思うし、客席はしらーっとしていた。その時、カートは「WE WILL ROCK YOU」とはいわないアーティストなんだなぁと思ったことを記憶している。

そして、1994年4月5日にカートはショットガンで自殺したわけだが、遺書には「観衆の愛と崇拝を喜び楽しんでいたフレディ・マーキュリーのようには、喜び楽しみを感じられなかった。彼みたいにできるのは立派だし羨ましい」というようなくだりがあった。フレディはその3年前の1991年11月24日に亡くなっていた。


カートの死後、自らがリーダーになってフー・ファイターズを結成したデイヴ・グロールは、クイーンのブライアン・メイ、ロジャー・テイラーと何度か共演している。

https://www.youtube.com/watch?v=THWSLCiRt1A

https://www.youtube.com/watch?v=5ALrsth9C40

そして、今では、デイヴは娘とともに観衆の前でクイーンの曲を演奏し、楽しんでいる。この時の流れに感慨を覚えたのだった。

2017-06-10

[]捨てられないTシャツ

都築響一著『捨てられないTシャツ』をめくっていて思い出した、私の捨てられない顔面Tシャツ3種。いずれも顔がでっかくプリントされたもの。


1.スージー&ザ・バンシーズ

「キュア―のTシャツですか?」と問われたことがあった。いや、スージー・スーです。ザ・キュア―のロバート・スミスは、確かにバンシーズに短期間在籍していましたけれど、別人です。女と男で違うし。でも、2人とも白塗りで口紅の赤さが目立っていた点は似ていたし、ひょっとして化粧品が同じだったかも――て気はする。


2.ビョーク

電車で隣に立っていた若いママに抱かれた幼児が、私の腹のあたりを指でつっついてきた。それは、ニマニマ笑っているビョークの鼻の穴あたりであった。やはり彼女の顔は、子どもを和ませる力があるらしい。


3.『クリムゾン・キングの宮殿

ビョークとは正反対のパターン。電車で立っていたら、真ん前の席に母親に抱かれた幼児がいて、この顔↓を間近で見上げる形になった。たちまち表情が歪んだので、やばい、泣かれる! と思いあわててその場から遠ざかった。それ以来、このTシャツは、公共空間でむき出しで着ることはやめました。

KING CRIMSON キングクリムゾン - IN THE COURT OF THE CRIMSON KING / Tシャツ / メンズ 【公式 / オフィシャル】


いずれのTシャツも昨年夏に引っ越した時、部屋のどこかにしまったはずだけど、すぐには見つからなかった。残念。『宮殿』はよくあるものだけれど、スジバンとビョークのTシャツはネットで検索しても、私の着ていたタイプを探し当てられなかった。いずれ発掘できたら写真もアップすることにする。

捨てられないTシャツ (単行本)

捨てられないTシャツ (単行本)

2017-06-06

[]本格ミステリ作家クラブ選・編『ベスト本格ミステリ2017』

本格ミステリ作家クラブのアンソロジー担当として私も本の制作にかかわった『ベスト本格ミステリ2017』、間もなく発売です。この年鑑アンソロジーは、2009年版の『本格ミステリ09』から昨年の『ベスト本格ミステリ2016』まで猫の表紙だったのですが、2017年版はガラッと雰囲気が変わりました(カバーに関しては講談社にお任せしています)。

今回のデザインは、本格ミステリ作家クラブとしては『本格ミステリ大賞全選評 2001〜2010』でも担当していただいた坂野公一さん。(私個人も以前、坂野さんには『エンタメ小説進化論』のカバーでお世話になりました)

6日の今日、Amazonはまだ書影が出ていないのでこちらにもリンク。

http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062990981


本格ミステリ作家クラブ選・編の年鑑ベスト・アンソロジー。

過去の猫表紙はこちら。

本格ミステリ09 二〇〇九年本格短編ベスト・セレクション (講談社ノベルス)本格ミステリ’10 二〇一〇年本格短編ベスト・セレクション (講談社ノベルス)ベスト本格ミステリ2011 (講談社ノベルス)ベスト本格ミステリ2012 (講談社ノベルス)ベスト本格ミステリ2013 (講談社ノベルス)ベスト本格ミステリ2014 (講談社ノベルス)ベスト本格ミステリ2015 (講談社ノベルス)ベスト本格ミステリ2016 (講談社ノベルス)

[]レディオヘッドのイスラエル公演をめぐって

↓1980年代にクイーンが南アフリカで公演して批判されたことを思い出す。

レディオヘッドのトム・ヨーク、イスラエル公演への批判について自身の見解を語る

http://nme-jp.com/news/38947/


トム・ヨークに対するロジャー・ウォーターズの反応

https://www.facebook.com/notes/roger-waters/note-from-roger-just-setting-the-record-straight/1735655123115597/

http://nme-jp.com/news/38994/

「我々と彼らではなく、我々しか存在しないんだ(原文では There is no Us or Them, only Us.)」というウォーターズの発言、彼が今やっている「Us + Them Tour 2017」に微妙にひっかけた表現になっている。


海辺のカフカ』で主人公の少年にレディオヘッドを聴かせた村上春樹なら、エルサレムでスピーチした時の表現を用いてトムに聞くだろうか。あなたは、壁と卵のどちらの側につくんですか、と。

ていうか、春樹もエルサレムへ行ったこと自体がイスラエルを利すると批判されもしたわけで、今回も似た構図かも。

2017-06-05

[]10周年は3年前だった

はてなダイアリーでブログやり始めたのは10年くらい前だっけ? と思って確認したら2004年6月だった。気づかないままいつの間にか10周年が3年前に過ぎていた。

ブログ初期の数年間は、私のほうが夕食を作ることがわりと多くて、その献立をアップしていた。最近では料理する回数は減り、皿を洗うばかりになっているけれど……。

ブログのほうは熱が冷めて久しかったが、更新頻度はやや回復傾向にある。近ごろ、無駄に早起きするようになったぶん、ネットと戯れる時間が増えたような……。

メモ書き、仕事の記録、ただの遊び場として、今後もはてながある間は時々発作的に使っていくつもり。これまで出した本のほとんどに、ブログの記述を膨らまして組みこんだパートがあったりするし、執筆中の次の本もたぶんそうなる。


2017-06-04

[]私はなぜ皿を洗い続けるのか。

もう何年にもわたって「○○聴きつつ皿洗い」とツイートし続けている。「○○」にはその時に使ったBGMが入る。「皿洗い」が「朝の家事」「風呂掃除」になる時もある。

https://twitter.com/endingendless

2011年12月11日にはこんなトークイベントにも出演した(場所は荻窪ベルベットサン)。

「生活考察Presents

わたしの「Music For Dishwashing」

あるいは生活上のさまざまな場面におけるBGM考察」


OPEN18:00 START18:30

CHARGE¥2000(w/1D)


Music For Dishwashing ――それは、皿洗いをする時のバックグラウンド・ミュージックである。

皿洗いに適した音楽とは? なぜLed Zeppelinは良くてThe Whoはダメなのか? 労働と音楽との関係は? 近現代化に伴う変化がBGMに与えた影響とは?人気の評論家&音楽家が、「皿洗い音楽」を起点に、生活と音楽の関係に迫ります。キッチンから転がり出た議論は、放談の嵐を抜け、果たしてどこに辿り着くのか? 稀代のBGM考察トーク、お見逃しなく!


出演:

円堂都司昭(文芸・音楽評論家)

栗原裕一郎(評論家)

蓮沼執太(音楽家)


生活考察とは?

「生活と想像力をめぐる雑誌」を標榜し、2010年に創刊。ちょっと脱臼気味のライフスタイル・マガジン、とでも申しましょうか。(編集発行人・辻本力)。

皿洗い音楽の愛好者&実践者として私が熱弁をふるったこの鼎談の抄録は、イベントを主催した「生活考察」の3号に掲載された。


しかし、一方で世間では年々、食器洗い機が普及してきている。以前より安価になり、労力だけでなく水の節約にもなる食洗器を使ったほうが、リーズナブルでしょうが。なのに、まだ手洗いしてるの? ――そんな風にいわれる機会も増えた。

なぜ私は手洗いを続けているのか。書評の比重が大きい仕事柄ゆえ、自室でなにかを読んでいる時間が長い。面白い本ばかりではない。小説新人賞の下読みでは退屈な応募原稿が多くを占める。椅子に長時間座り続けると腰が痛くなるので寝転んで読んだりもするが、退屈だとどんどん眠くなっていく。

そんな時に皿洗いをする。手を動かし、手先が水で冷やされるのが、ちょうどいい眠気覚ましになるのだ。原稿書きにいきづまった時にも気分転換に皿洗いし、手を動かしながら考えごとをする。じっとしているより、そのほうが頭はほぐれる。

というわけで、皿洗いは私の生活のリズムに組みこまれている。仕事効率上昇&精神の安寧に結びつく手作業の皿洗いと、食洗器導入に伴う初期投資&その後のコストダウンを秤にかけた場合、とりあえず前者を選択することが未だに続いている……。


あらためてふり返ると、あのトークイベントから6年近くたつのか。それ以前からやっている家事なのだから、本当に皿を洗い続けてきた半生なのだなぁ(大げさ)。