Hatena::ブログ(Diary)

桜井李早の枕草子

April 22(Sat), 2017

- 密林にみる光景とまたしてもオフィーリア云々 -


 特に買うつもりはなくとも、気になった書籍など検索しているとご存知のようにアマゾンのページが上の方に出てくるのでヒョイと覗いてみると、書籍へに向かう興味よりもそこにあげられている読者の書評の数々の方が面白い。書いた人々の文章というよりそれは、それらを書いた人々の関心が書物によっては311以前とその後では異なるからだ。

 それほど、2011年3月の東日本大震災は、多くの日本人の考え方や見方を変えた出来事だったと実感する。


 人の声は黙らせられない。

 だから表現者たちはどんな場を借りてでも、何か言おうとする。

 それは当然のことだろう。

 窮屈な世の中になればなるほど、主張したくなるのは過去が表している。

 だが、歴史はそれを書いた者、或いは勝った者による都合で真実とは別の表現が為されてきたケースが多い。

 それは、男が髭をはやすようなもの。

 それは、女がよく化粧をするようなもの。

 と、力や美徳を外に表すための、少し手をかければすむ器量よし、ふふ、マメさと思えば愛らしくもあるが、どうだろう…

 だがその髭の手入れが未熟だったり、化粧の技術が器用でなかったとしたら、歴史を始末するための大きなポイントを失いかねないだろう。

 そこで昔ながらの箒や雑巾がけでスッキリできるような、塩辛い汗を流すこれからの季節をおもう。

 何せ、家というもの、風通しの良いに限るだろう、して、家というもの、冬の寒さも辛かろうが、実は、夏の時期に過ごしやすく建てられたものは、有り難い。


 この季節、家人がわたしに向けてからかう言葉にあるひとつ、「あなたは言うよね、あたしだけ寒いって」。


 このごろ時間のある時に寄ってみることにしている水の精を祀った神社がある。

 太く大きな松の根元にはスポンジ状の海綿に似たものが固まっている。

 ここは熱帯でもない、だが、古代、ここが水の豊かな土地だったとしたら、この、一本の古く巨大な松が海からの恵を根元に産んでも、不思議はないだろう。

 水宮/水寓、か。

 わたしはこの社と松に最近祈るのが好きだ。



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 祈る時、わたしは、皆のよく知るジョン・エヴァレット・ミレイの描いた『オフィーリア』のように、車の運転席のシートを倒し、横たわるようにして、できるだけ樹の天辺をみあげられるようにしながら背を伸ばすのだが…


 それは –––


 そこは画家が描いたように、けっして深すぎず、誰かに見つけられるような川、ということになる。

 そうなると、表現者とは、<見つけられるもの>という結末になり、それは髭をはやしたり、化粧をしたりする現世のナルシスを、そう、変わらないものなのね。


 ポーズ。


 だが、それをあしらってもつまらないのだろう。


 オフィーリアは半開きの口、涎だってたらしていい、それでも何か言いたそうにしているこの描写が、わたしたちの目を潤し、それは、オリの溜まったような世界より大分純粋のように見えてきてしまうわけだが、その哀れがいとおしいのだとして、それを咎める必要があると思ってみても、この作品の良さにはかなわない。



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 冷たい浴槽に浸かったまま、画家のために我慢したあのオフィーリアのモデルは、英国の寒い19世紀の世を暮らすために必死に、余計なことは考えず、それで病になるなど思いもせず、ただ、生きたのだろうから。


 


 

 ~ 桜井李早の枕草子 ©






-「葬式無用、戒名不用」 /『傷だらけの天使』考 -


 ここ半年、あっちやこっちで慌ただしくしているのだが、再放送の『傷だらけの天使』を観るのは懐かしく、愉しみだった。最終回、オサムは死んだアキラの遺体をドラム缶に入れリヤカーで夢の島に運ぶ。高度経済成長を遂げた日本、しかし都会の闇を生きる若者(ショーケン)が友(水谷豊)の死を悼みながらゴミの地を、背を曲げて歩む姿はひどく悲しい。彼を葬る人は世界でだだひとりの人であり、その死んだ若者はおそらく女を知ることもなく去ったように描写される物語の哀れさにわたしは痛む。アキラはオサムに惚れることで同性愛に近い青春を生きたのだろう。

 そう考えるとこれは失恋のドラマでもあるが、このドラマは日本が戦勝国に常に失恋している姿を描こうとした当時の作家たちのアイロニックな姿勢でもあったと感じる。


 死者を葬るこのような光景は、古の京都、鳥野辺などにもあった姿なのではないかと想像したくなる。金がなければ庶民は供養もできず墓も作れず、産まれ、果て、そこに悲壮感を持ってみても、やりきれない、そういう情景だ。


 一見浮かれていた日本の'60年代もこの『傷だらけの天使』が放送された'70年代になると先の戦争後、殺伐とした一面を預かる(政治的/国際的)ことが拭いきれない状況となった。ベトナムの無駄に長引いた戦争で失われた多くの命も忘れがたくこの時代は専ら世界に<ショック>が蔓延した。

 そこで例えばロッキード事件、色々あるが結局、先の戦争に負けた国は飛行機を作ってはいけないこととされたわけで、だからドイツも日本もイタリアもその技術力を自動車に向けてきた。だがそれで頑張れば、別の角度から因縁をつけられ、常に、だ、金、という穏やかでない物があっちこっち飛び交う。

 白州次郎は田中角栄をとても評価していたらしいが、田中角栄は政治家になるには家が貧しすぎたということも言及していたようだ。

 そう考えると角栄はゴジラのようなもので、敗戦と放射能が極端な型となって現われた象徴 ––- 金や血筋にまみれた日本から出た特異なものが大きな顔をし運動会のような足並みで進められた日本の明治維新後の影の部分から現われた異端児として ––– 角栄とは、満足な暮らしを営めないまま生の機会を追うオサムやアキラとあまり変わらぬ具合に登場したアウトローだったのかもしれない。

 夢の島行き、という切符を持つことを恐れてみても、ああ、わたしも、粗大ゴミのクチだろうから、ドラム缶でけっこう。

 今のうちに自ら、「葬式無用、戒名不用」というくらいの遺言をしたためておこうと思う。


 バブル時代如何にも戦後最高に日本が金の力を掲げた風を装い我も我もとノコノコ諸国に出かけた(企業だけでなく若い日本人もたくさんあった)が景気の良さ故チヤホヤされはしても後にあれは素敵な幻想と捨て難い思い出として胸にしまい込みここでやはりジッと我慢する、耐え難いことは忘れるに限る姿勢…。

 …だが忘れる者ばかりとは言えない。『泣いてたまるか』…という渥美清が様々な人物を演じるドラマが'60年代放送された。これも時にシュールな作風で脚本家たちが腕をふるい戦後日本の市井を綴ったドラマであった。このドラマが後の渥美清の『男はつらいよ/寅さん』シリーズへと成っていく。


 桜の季節、わたしはこの樹の下で酒など飲む気になれない。

 若い人たちの希望をいかすもころすも、これは個人的なことだが、わたしにとっての4月は、"残酷な月"なので…。


 ともあれ残念ながら価値の低い順に割を食う。

 これ極道が世界ということなのだろうか。


 そういう歴史は藻のようにこの世界に纏わりつき何かにつけ穏便に済まない状態になる毎に「あの時こうだっただろう」と過去の強者は弱者を脅し刄を突きつける(これは強姦に似ているわね...)、一方を手なずけられたなら余計なことを言わせないために計らうよう手配し ––– それを最近、よく聞く言葉でいうところの<忖度>とでもいうような ––– 他者の気持ちや行為を慮ることが気のきいたことであるかのように雑草のようにはびこんであっちやこっちの野を荒らしている。

 そんな慣習限りなく、人の世が果てるまで連鎖していくような心地の良くない世界にわたしたちは暮らしているのだとしたら、そう、わたしたちは確かに、夢の島行きだろう。


 『傷だらけの天使』は学歴も名もなく社会からはみ出した若者の日々と金持ちが操る世界とその金持ちの案配が悪くなれば無名戦士同様葬られていくだろう彼らの未来を想定しているが、どんなに汚れていたって人情なら持っているんだぜ、と都会の片隅に生きるその日暮らしの若者の情念をうたった物語ね…。


 このドラマの数年前、『ルパン三世』のファーストシリーズが放送されたが、この最終回も夢の島、ドラム缶でドカーン。だが、皆、太平洋を泳ぐ。これをリアルタイムで観ていたわたしはほんの小学生だったが、確か、「アメリカさんへでも、行きましょうかね」というようなルパンの科白に皮肉な意味を受け、ブラウン管のこちらから微笑みを浮かべたことは憶えている。


 昔、日本人は念仏を唱えることであの世にて成仏することを尊んだ。

 最終回の『傷だらけの天使』、オサムはアキラのために、つぶやくように何か歌っていたね。


 そうしてわたしは、明日の朝、早起きしなければならないにもかかわらず、ゴドーあたりを待ちながら、『…天使』のショーケンみたいに、魚肉ソーセージなど野蛮に齧っているところ、なのである。



 追記:

 上記は少し前に或るところに綴ったものであり、今再び、『傷だらけの天使』はBSチャンネルで毎週日曜の夜に放送されているようで幸いかな。



 ~ 桜井李早の枕草子 ©




 

  

March 28(Tue), 2017

- 能『松風』を思いながら -


 人間が、少し道草するくらいの魂胆をもって生きることはかわいげがある。が、あわよくばと狙いながらもいかにも行き当たりばったりのようなふりをして自分をかわいがるのは始末がわるい気がする。

 何故なら後者は他者の心を踏みにじる場合があるからだろう。


 などと言いながら、わたし個人は近頃、とても充実している、と今、明らかに書いておくのだ。

 何故ならわたしは緩やかな疲労を感じているからだ。

「ああ、疲れた」と日々をふりかえり、温々とベッドに横たわる時、わたしはこのごろ、「今日もやった」と思って不可解な夢の中に潜んでいけるからだ。


 気がつけば、ここ半年あまり、snsやblogに記事をあげることが少なくなっている。それはわたしの生き方や日常に今までとは異なったものが入り込んできたことが理由だが、そのおかげでわたしの人生は少し幅を持つ事ができたのだろう、疲労は心地よく、自分のまた自分を取りまく小さな世界/コスモスが以前より増してわたしを導くのだが、その疲労感のおかげで先月は20数年ぶりにインフルエンザにかかってみたり、いよいよわたしも人間の世界とぶつかり合っているような気がし、身にしみる。


 だいぶ遅れた<近況>となるが、写真は昨年夏に、能『松風』と狂言『因幡堂』を鑑賞した日のもの。

 それは水にご縁のあった夏だった。移ろいでいく外のことに気が散るのに飽いて、何か実家のことを思う夏だった。

 またとりわけ器など、わたしは眺めることが好きなので、静かに眠らせておいたわたしの野生を、それらの中に盛っては愉しんでいた夏だった。今日の魂、今日の一膳、という具合に。

 そんなころにお誘いがあって楽しんだ能狂言の舞台–––『松風』は、在原行平を慕った海女と僧の物語。亡霊となった海女姉妹と僧との幻想的な一夜話である。わたしはこの物語について大学時代に学んだが、この日までこの作品を舞台で観ることことがないままに過ぎてきていた。実に破ノ舞には圧倒させられる、舞いの美しさは息をこらしたくなるほどで、しかしながらそのビート感、日本の音楽のリズム、その呼び声は久遠ともいえると感じた。西洋の音楽やバレエにずっと親しんできたわたしではあるが、思わず、その西洋カブレの脳を切り分けるように、「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる 待つとし聞かば いま帰り来ん」という在原行平の歌が駆け、頭の髪を逆立てた。

『因幡堂』は呑んだくれ妻に痛い目に合う男の滑稽物語、この日、男を演じたのは野村萬斎氏であった。氏の髪は夏らしく短くされてあった。


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 幽玄な演目を真夏の夕べに堪能したのだが、この公演にわたしと同行された御夫人は85歳、開演前に一緒に食事などとったのだが、ステーキとワインをいただいておられた。夫人はご主人を亡くしお一人でお暮らしゆえ、ご自宅でお肉を独りでいただくことが少なくなったので外出の際は必ずお肉料理を召し上がるらしい。食べっぷりも確かで、お酒もお好きだ。

 わたしたちは車で会場へ向かったのだが、運転はわたしがした。

 公演の後、帰りながら、その御夫人をご自宅前までお送りしたのだが、彼女が車を降りてふと後部座席を見れば小さな包が置いてあった。

「お忘れ物ですよ」と、私が車内から彼女に声をかければ、

「それは今日、運転してくださったあなたへのほんの贈り物です」

 と、おっしゃる。

「ありがとうございます」とわたしが言うと、彼女は微笑み、ご自宅の門を開け、その細い身体を滑り込ませるように暗闇に消えた。


 後でその包を開ければ、それは小箱で、品のよいお菓子が入っていた。

 これを食べたら浦島太郎になるかしら、それとも、あたかも人魚の肉を喰ったおかげで永遠の命を持つはめになった平安のあやかしのごとく、いつまでも世の移り変りを眺めながら、時々、毒を吐きながら生きていくのだろうか…

 などと、幽玄な想いに浸った真夏の夜の夢。


 しかし季節は移り変り、今は春、春といえば、「春はあけぼの… 」


 

 そして、人の日常が、やがて、今は昔…と語られていくことに思いを馳せてみたくなる。


 だが、さしあたり、わたしはわたしの歓ぶべき<近況>をお伝えしなければならない。


 それは次回にあげさせていただく記事となりましょう。



  桜井李早 ©




October 25(Tue), 2016

- デラシネ、満月の夜に @安曇野 -


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 10月15日の暮れ時、カルメン・マキさんのコンサートに同行し、長野県の安曇野へと向かった。到着は夜遅くなるだろうが、コンサートは翌16日なので、車は急がず、暗い中央道をゆっくり走った。運転はギタリスト、家人桜井である。その人はその日、ひとつ仕事を終えての移動であったので、わたしはよくおしゃべりをしながら運転者が居眠りなどせぬよう気を遣ったものである。談合坂で休息しようかとも思ったが、彼はもう少し、と言った。が、夕食も摂らずにいたせいか、その先で一休み兼食事などした。ギタリストとわたしはチャーハンを選んだが芳しくなく、しかしマキさんのお蕎麦は当たり。休憩を終えて再び車を走らせながら、「あのチャーハン、ハズレだったね」とわたしが言えば、桜井は「もう、忘れた」と笑った。そういう男なのである。

 中央道はカーヴが多く、この道を夜に運転するのは恐いと思うわたしである。前方に車があればまだ良いが、先頭を走ると道路がどちらの方向に曲がっているのか知れなくなることがあるからだ。暗い前方ばかり気にしていると目が疲れるので、視線を動かし、空を見上げる。そこにはあと少しで満ちる明るく蒼白い月を認めることができた。星も、東京の空よりも若干見え始める甲州である。


 そうしてそれは、午後の10時半を過ぎた頃だっただろうか。月の下に光るものを見た。

 一瞬、飛行機かとも思えたが、それは尾を引きながら急な角度で落下していて、仮に飛行機であれば墜落の路を辿っていることになるが、否それは、流れ星だったのだ。盲目の者が         

「マキさん、あそこに流れ星」と、わたしは後部座席でくつろいでいるカルメン・マキさんに話しかけた。わたしたちは見た、月夜の流れ星を。そしてわたしは、こういう時は咄嗟に何かを願わなければいけない、と思ったものだが、生憎、胸の裡に適当な言葉、つまり願いが浮かばない。違う、言葉がないわけではないのだ、このような機会にさっと飛び出す恰好の願いが、わたしの裡にない、ということなのだろう。浮草のような我が心ゆえ、機会などというものにさして頓着せず生きてきた証拠なのだから仕方が無い、未練がましく流れ星への願いを探すより、これを今宵、見た、ということこそが佳い機会と納得し、前方へ目を戻すもそこはやはり人間、再び流れ星を見上げた。

 明るい月の身近を通過しながらあれほど輝いている流星なのだ、それはかなり大きなものだろう。どこへ落ちていこうとしているのか気にかかるが、わたしのそんな好奇心などその流れ星にとっては文字通り銀河系の外、星はやがて闇にスーッと消えた。


 

 おかしなもので、中央道の闇を走りながらこの旅のマキさんのコンサートのベース奏者の佐野さんの車と遭遇した。こちらが追い越して合図をすれば、後方から合図が来た。そのまま安曇野まで連れ立って走り目的地に到着すれば、ドラマーのつの犬氏が暖かく迎えてくださった楽しい宵の宴、しばし。土地の野菜、特にキクイモの力強い味に驚かされた。

 信濃、そこは星々も東京よりずっと近く、輝く土地であった。


 翌夕のコンサートはたくさんの人々との出会いあり、マキさんのプログラムはわたしのよく知る楽曲たちであったにもかかわらず、つの犬さんと佐野さん御両者の個性溢れる演奏により、これまでとはまた異なる印象だった。それは素晴らしく、ビートに溢れた物語感を突き進むマキさんの歌/詩世界が発揮されたと感じた。

 ああ、コンサートの模様についてはわたしはここで多くを語るつもりはない。わたしは批評家ではないので。


 

 そして、このコンサートを聴いた人たちからの声をわたしは聴いた。

「マキさんの歌に、身震いしました」と。

 何よりカルメン・マキさんは「ライヴは一期一会」とおっしゃりながらこれまで数えきれない場所、土地どちで歌ってこられた方である。そのマキさんの姿勢を受けとめると同時に、そのひと時が一期一会であり、また、巫山戯たもの言いではあるが、桜井があのチャーハンについて「忘れた」と言い切る姿を重ね合わせるフトドキモノのわたしは、あたかも、あの安曇野の地へ向かいながら、あやかしの世界へ流れ込んだような気がした16日であった。

 そういうわたしは、マキさんの培ってきた精神、表現への想いを引き継いでいきたい者である。


 ひとつ、これはわたし事であるので、ここで表させていただきたい、それはカルメン・マキさんがここのところ、大事にされて歌われる楽曲のひとつに『デラシネ』という作品がある。これはマキさんの詩にわたしが音楽を作らせていただいた。他に『望みのない恋』という作品もあるが、この、安曇野での満月の夕べに歌われたマキさんの『デラシネ』–––これは、その前の晩、現われた流れ星に咄嗟の願いを唱えられないような者、つまり、<デラシネ>とは<根無し草>という意味があるが、そのような者の上にこそ輝く流浪の楽しみと儚さを表した楽曲としてこの後、それを聴く人々の心を照らす力を持つ音楽作品となるのではないかと予感した。

 …そうか、では、こんなわたしにも、予感はあるのか…そう感じた、満月の16日であった。



 この小旅行、わたしは『方丈記』を鞄に忍ばせていた。


 ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

 よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

 世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。


 ~『方丈記』 鴨長明 


 鴨長明は平安の世の後期にに産まれ、鎌倉の時代へと移行する時代を生きた人である。詩と音楽の世界に深く触れながら生き、出家の路を選んだ人であった。長明の前に似た生き方をした人に、西行がある。西行は浪漫な詩人であったかもしれない…それはわたしには解らないがしかし、鴨長明の生きた時、これは時代が貴族社会から武家社会へと移り変わる時であり、それだけでなく、この長明が随筆として表したように、当時は飢饉、多くの災害、病のあった時でもあった。

 災害や病、貧困は、この人の世にあって、何度も何度もくり返されたのである、何も今だけではない。

 また、流浪の民、難民というものも、人々が争いを起こし、生き抜くために人々が手段とし選ぶ路として太古の昔からあった行為なのであろう。

 この21世紀、難民を迎える迎えないと論議もあろうが、そんなことを考えても、ただ、動こうとする者たちの欲求は止められない。

 そして、よくよく考えてみれば、人間というもの、それはどこかの土地に定着することを求めようとしてみる反面、どこにも定着せず、水の上を漂うように、浮草のように、旅をするように、どこか見知らぬ土地に、あたかも風に飛ばされる<種>のように、あたかも流れ星のようにスーッと何処かの地に落ちる<石>のように、出物腫れ物所嫌わず、人の世とは、ふいに放屁するくらいの大らかさあって、平和というものなのではないか、とも思った。

 産まれる時、人はすでにその一生の多くの苦痛を味わいこの世の空気に初めて触れるのではないだろうか。憶えなくとも、そうなのではないかとわたしは察する。その時、その生の確かを認めてくれる人があれば、それらの人の情を受け、授けられ、名付けられ、その名とは、ひとつの呪ともいえるかもしれない。が、人はその<名>に縛られることを時に厭い、名を変えたり、暮らしの場所を移動したり、主義や主張を自在に変えることを愉しみ、この世を旅する。


 わたしが何度もこのような場に書く一言がある、それは…


 人は、いつも同じ顔をしていては危険なのだ。


 わたしたちが、その個人の人生において自由であることを愉しむために、わたしたちは幾つかの顔やわたしたちを縛る<名>を持ち、そして、いつでも好きな場所に移動する心構えを持つくらいの……デラシネ……という生き方を心のどこかに盛り込んで路を進んでみるのも、人の世の在り方なのではないだろうか。



 コンサートの翌日、わたしたちは安曇野の数ある美術館の中、碌山美術館を訪れた。

 荻原碌山は19世紀末に産まれた日本の彫刻家である。ロダンに影響された彼の作品群は滑らかに洗練されているように見受けられるが、生きる人の姿をそうよ、その通り、彼の心の目を通して浮き彫りにされている。その対象物が、化けていても、いいのだ、作家がそう見、感じた姿が表されていれば、それはその通り。そんなはずはない、というバランスがあったとしても、それは、<表現>であり、その表現という、一個人の信じる状態が潔く表されることが大事なのだ。

 アーティストたちは、それを知っている。

 が、権力を欲する者たちが、念仏の如く心に刻んだ不可解な表現を世に広めようとし、それはあやかしさえも反吐をはきたくなるような薄汚い空言となる場合がある。人々、民人の声を聴かず、<勝ち負け>や<賛成反対>という二元論のなかに世間を押し込め、統率しようとし、それだけでは世界が豊かにならないと朧げに解っていながらも多数決で仕方を表し、少ない意思は端へと追いやられる。だが、追いやられた魂を拾い、それを新たな粘度とし、形作る者は、絶えないということも、歴史なのだろう。

 荻原碌山の時代、日本の政府はその在り方として、彫刻は不要/無用のもの判断したとか…。

 今日となっては驚くような意識だが、それも19世紀から20世紀へと向かう日本の政治権力が如何に慌ただしく、国益に集中するあまり、人間性、芸術性への関心を軽んじるばかりであった形跡を見て取れるが、それは21世紀になった今にも、これは日本だけでなく、どこの世にあっても見られることなのではないだろうか。


 

 だがね…肖像画家や彫刻家が、その対象物の何を最も表現したいと意図しているか…例えば機会があれば肖像画家と会ってみればいい、その人は描く人物の特徴をすべからく敏捷に察知し、秘めたようにしてその人物の特徴を奥深く表すのだが、その表現が巧みであればあるほど、描かれた本人には自身の隠したい特徴や性格が如実に表現されていることに気づかず満足するように仕上がっているものなのだ。

 要するに、芸術家ほど、感に冴え、恐いものなしに生き、根が深く、相手にすると厄介なものもない、ということ。

 もっとも、相手にしなければ、何ということもない、ともいえるが。


 そこに描かれた銅像たちのことはともかく…


 この21世紀を生きる人々は、月のエネルギーならぬ人工的圧力によってやんわりと襲いかかるエネルギーにより劣化せぬよう心がけたいものである。

 それは、年をとることとは異なる。

 人間が、人間の力や精神、自然に寄り添う生活言わば風土、そして感…それらよりも、例えばこの電脳に頼る日々を過ごし、何年も過ぎてゆくようなマンネリを続けていったら、人の世はあやかしの世よりも非現実的なものと化してしまうような気持ちになる李早である。


 そのあたり、あまり毒にならないよう願う。


 だが、人生、デラシネ、であるわたし李早。

 西行、鴨長明、彼らは啓蒙したわけではない。

 そこがひとつの貴い日本の思想、文化の面であろう。

 それは、顔、では、ない。


 素敵な満月に巡り会った秋の週末に感謝をこめて 

 そして何より、このコンサートのために演奏家としてだけでなく、様々なお気遣いをされたドラマーのつの犬さんに感謝をこめて 



 写真は満月の夜の魔女ふたり=カルメン・マキさんと李早 



 桜井李早




October 14(Fri), 2016

- 野戦の月 16の秋 -


 それは今月最初の日曜日、夕暮れ時、空は若干雲っていただろう。

 だが、わたしは美しい<月>を見た、それは"野戦の月"。

 それは見ようとする者に見える<月>だ。

 わたしは5歳の少女と10歳の少年と戯れに夜の野を駆け、だるまさんがころんだ、をし、深夜には紳士とタンゴを踊った。

 水が流れ、わたしも水となった晩。


 それは今月最初の土曜日、わたしは懐かしい人に会った。

 彼は私と同じ年、俳優だ。

 今宵、彼は芝居を観に来ていて、私たちは数年ぶりに会った。

 変わらず潤む美しい瞳の持ち主の彼に私が「元気そうね」と言えば、彼は「身体はボロボロだけどね」と返した。

 その声は昔、「アパラチアンワルツを聴いたんだ」と伝える私への早朝の電話の声と同じだった。


 今年のお芝居『混沌にんぶち』、桜井大造氏(導演)による脚本は役者さんたちによる独白が光る作品となったとわたし個人は感じた。

 あたかもギリシャ劇を観ているような、或いはシェイクスピアを鑑賞しているような、それは人間の魂が天界や魔性と触れ合いながらも、この世との関わりから引き離されず足掻き、しかし芝居というものがこの世を離れたものとして鑑賞する愉しみだとして、これは大造氏の作品の中でも記憶に残る放たれた美の世界だったと思う。

 いよいよ、桜井大造が創りつづけてきた世界に今日の日本という国の状況が迫って来たことを意識し、独り、ニンマリした宵であった10月2日。

 また、10月1日2日、"野戦の月楽団"のCDをお買い上げくださった方々にも、感謝。


 Dylan氏がノーベル賞を受賞したということに世界は動かされるだろう。だがわたしはノーベル文学賞に疑問を持つ者のひとりだ。何故、ノーベル音楽賞やノーベル美術賞、ノーベル演劇賞はいまだ見えないのか、それこそ、ノーベル平和賞というものがあるようだが、いまだ世界平和など叶っていないわけで、これについては平和貢献賞ならノーベルの名を利用し価値を見、そこに人間中心の未来を託す言い訳と察する範疇と考え込んでしまうが...実は、個人的にはDylan氏がこの文学賞を受け入れなかったら、カッコイイかもしれないわ...と、そんなこと、ふと、思うのですが...何故って、権力者たちは選ばれた者を歴史に残すことを意図し、世間は英雄を求めるということがくり返されてきたわけですし...そのDylan氏の音楽を聴きながら...ね。


 そしてこの週末、わたしは少し遠出をすることとなった。

 夏は海の方だったが、秋は山の方である。


 ちょうど、この日曜日は、16日は満月らしい。

 信濃にて、佳い音楽とともに、美しい月を見ることができるだろう。


 写真は10月2日、国立はキノキュッヘにて、テント芝居、"野戦の月"の打ち上げでの一枚。


 素晴らしい人々に、感謝をこめて。



 桜井李早 




October 06(Thu), 2016

- 心は秋の狩人 -


 昼下がり、出かけた蕎麦屋で偶然、私の本を編集・出版してくださった三島悟氏にお会いしわいわいと。

 宵になり、秋の虫が家の中で鳴いている。

 今日はよく家中の窓と扉を開け放っていたので、外から迷い込んできたのだろう。

 しばらく一緒に暮らそうか、コオロギさん、あなたの鳴き声のテンポがだんだん遅くなっていくだろうことをわたしは知っているから。

 相次いだ台風で湿気にヤラレていただろう台所の鍋やフライパンも奇麗に洗い、お日様に当てた。

 風通しのよい一日だった。

 しかし、訪れる風の方向と温度は変わったね。

 シフト。

 視るものを変える時期。

 そして、秋はわたしにとり、最も感性が蠢く季節。


 

 夏から秋にかけて、それは近頃、感心したこともあり、記しておきたいひとつふたつの記憶があるが、それを急ぐ事もないだろう。

 時間はわたしが操作することとしたの、上等でしょう。


 今は、秋。

 心は秋の狩人。

 ここ30年来、秋ともなれば、心は秋の狩人であるわたしなのだから。



 ––– 肉が食いたいわね。



 桜井李早 




September 30(Fri), 2016

- それは愛の収穫、そしてそれを生かすも殺すも -


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 宵にセスキ風呂、巷で言われているように温まります。

 匙一杯、低体温の私には心強いものであります。

 おかげで早寝のつもりが夜更かしとなってしまい、ふむ。

 9月は自分の事以外のストレスに加え、天候の悪さ、特に日照不足にありましたし、ここ数日は体調も不安定でしたが、9月30日は佳い日でした。


 写真は9月末日に枝狩りをした宅のオリーヴの木より摘み取った実。



 

 李早 




September 26(Mon), 2016

ベルカント


 2016年秋の「野戦之月海筆子」の公演がスタートしております。

 10月1日・2日の国立公演では「野戦の月楽団」による劇中音楽のCDも販売されます。

 憚りながら、それらのCDには私が歌い手・ピアノ演奏・作曲させていただいた楽曲も含まれております。


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『変幻 痂殼城』のテーマ曲はわたしが書かせていただきピアノも弾かせていただきましたが、ベースを担当したのはギタリストの家人/桜井芳樹で(勿論ギターも演奏している)、久しぶりに聴いたらこのベースがとてもよい。ドラムは神(=中尾勘二氏)、まさに<神の手>。ザッパかボンゾスかと言いたくなる仕上がりの印象が好きでございました。

 また、『野戦の月楽団/怒りの涙』と題されたCD作品でのテーマ曲「怒りの涙」、こちらはわたしが歌わせていただいたものが収録されております(他にも歌わせていただいております)。

 以下の写真は2008年吉祥寺スターパインズカフェでの演奏の模様です。


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 時に自分のしたことを回想してみるという視点であえて我が儘を言わせてもらえば、我が歌はヴレスがよい。これは10代の頃から鍛えたゆえ身体が痩せ細ろうと年をとろうと可能で、これつまり呼吸というもの。

 わたしの声や歌い方へのお好みはともかく、私が培ってきたものは<呼吸>の在り方。

 そして、<ベルカント>、です。


 *


 

 ふと、次の生き方が見えてくるような秋の夜長。


 ねえ、あなた、わたしのあなた、わたしは水なの。

 あなたを枯らせないための、水。

 それがわたしの<役割>の、ひとつだわ。


 わたしは、わたしの言葉をダイアリストのように紡ぎ、歌うようにそれらを育てていきたい。


 * 


 野戦の月海筆子の今年のお芝居については以下のページをご覧になってくださいね。


 http://yasennotsuki.wixsite.com/yasennotsuki/fashion 



 桜井李早 




 

September 06(Tue), 2016

人形が欲しい


 気の触れたフェミニストのようだが、ここ数日、わたしは人形が欲しくて仕方ないのだ。だがわたしは少女時代、人形遊びをしたいと思ったことはないしリカちゃん人形が欲しかったこともない。余所の方からいただいたガラスのケースに入った着飾った人形が幾つか家にあったが、ああいうものは触れるのではなく高い場所に飾っておけばすむくらいに思っていた。

 ところがこの年になって、その人形が欲しいのだ、ミルク飲み人形などではない。

 何と言ったらいいだろう、もっと遡ったところにあるような、動かず、沈黙しながらも、語る私の言葉を音楽のようにレコードしてくれるような人形、或いは、<式>と呼びたくなる、机の上にそっとあるような、いや、片手に乗せられるほど小さな、そういう人形が欲しいのだ。

 実はわたしは最近、右の奥の歯の周辺とリンパ腺が痛み、言葉をまともに話せないくらい辛かった。口をきくのもままならない状態だと脳の方もどんよりしてくる。わたしの労働ができない状況に陥る。が、相手あらば、わたしは語り、思う事、浮かぶ事を声にし、それを聴く者があると思えば歌うように話しかけ、それらを、書くだろう。

 そんな人形を手に入れることができたら、<わたし>、は、彼女に、<名>を与えるだろう。

 彼女の名は、もうひとりの<李早>かもしれないし、それとも、花の名、かもしれない。

 それはわたしが外的な物事に飽いた証拠かもしれない。

 今年の夏は、久しぶりに、わたしをまた少し変えた。


 

 9月に入ったにもかかわらず、厳しい暑さの6日夕刻、漸く言葉を話す気力が出てきた。

 先月いただいた明治41年創業の麦茶、これは「小川の麦茶 つぶまる」というのだが、これはお茶として飲むだけでなくその大麦をそのまま食べても香ばしさを楽しめるほどの麦茶なのだが、この麦茶を薬缶で煮出した後の出がらしを捨ててしまうのが勿体なくて、何とかできないものかと思い作ったのが、出がらしの麦を大蒜と生姜、玉葱と人参で炒め、酒と出し醤油で味付けをした常備食、ご飯などの友/共となりそうな一品である。


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 それを、今夕は、先月、伊豆高原でN夫人(小川のつぶまるをくださったのも彼女である)にごちそうになったガパオライスを再現しつつ、それに混ぜ、わたし流にアレンジしてみた。このガパオライスには、茗荷を入れた。ナンプラーやオイスターソースの味付けは勿論だが、食べる時、カボスを絞っていただいた。

 家人は目玉焼きを乗せて。

 よく仕上がった。


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 先週末から今朝までほとんど噛めず、話そうとしても舌足らずのような物言いしかできなかったわたしだが、これをいただいた後、元気が出てきた。


 後は、わが<式>と恋したくなるような、奇妙で美しく、闇の中で沈黙する人形に出会うことができたらば…。


 だが、わたしは、その人形を抱いて寝たりはしない。


 人形、その彼女は、わたしとは別の人格を持って、わたしの夢に語りかける存在だからだ。



 桜井李早




August 31(Wed), 2016

8月に感謝をこめて


 7時起床、洗濯掃除を終え冷蔵庫を開ければ昨夜遅く家人が残したとおぼしき気の抜けたビールとご挨拶。

 従ってその残りビールを無駄にしない責任感を背負い、イワシのパテ&ハム&レタスのサンドウィッチを詩的労働者としてビートルズを聴きながらいただくHump Day。

 悪く思わないでね。


 

 人生を十分に生きようと願い、できればそれを楽しみ、現われては過ぎていくことを自分の感覚を交えて留めておくために、わたしは時に、無頼であらなければならない。

 そしてわたしがチョーカーやネックレスを首にするのは、わたしを虜にするものに支配される必要があるからかもしれない、その役割は首輪だ。

「そういう生き方をしていると、あなたが願うものに行き届かなかった時、絶望し、死んでしまうかもしれませんよ」と言う人もあるだろう。


 

 だが、どのように生きようとも、人生においては安全なドライヴが保証されているとは限らない。

 特に、今のような時代になってみると…



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 台風の通り過ぎた8月31日、晩餐はオリーヴオイルでカリッと仕上がった焼きカツ、ペンネを添えて。カニワと共に炊いたご飯、パプリカとクミンを効かせた野菜とキヌアのスープ。

 そういえば、家人が仕事でスペインに出かけたのは11年前の8月の終わりの頃だった。

 荷が重くなるのを好まない人なので、瓶のものなど滅多に土産にしないのだが、マヨルカ島で土地のオリーヴオイルを購入して帰ってきたことを思い出した。

 あのマヨルカ島のオリーヴオイルは素晴らしかった。


 今年もまた、夏の思い出が増えた。


 8月に感謝をこめて 



 桜井李早 




August 22(Mon), 2016

晩夏の候


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 晩夏の候 

 家を離れ海の近くにて、録音のお供をいたしながら過ごしております。

 戻ったら 

 わたくし自身の姿勢にて、変わりなく表すものがまた在ると正したく。

 何故かふと 

 方丈記など読みたい、などと。

 それは潮風の恵みにありましょうか。


 夏の小噺が雲と雲の間から始まりそうな 

 台風が通り過ぎた後の海の近くの空。

 高くもない私の鼻 

 その頭が昨日より紅く火照り、少しヒリヒリしている。

 夕刻の高原の道を 

 自転車をこいで買い物と称して散策する人の後ろ姿は少年のように。

 地獄か天国か 

 その行き着く所まで一緒でよろし。

 行きつけのラーメン屋、そろそろ恋しくなり、下界に戻る明日。



 李早 




July 23(Sat), 2016

- 戦略、或いはゲームという麻酔薬/麻酔役 -


 1935年、不況下のもと人々が熱中したゲームがあった。「モノポリー」だ。

 自らの資産を増やし相手を破滅させるゲームだが、この2016年、同じく不況の時代に「ポケモンGO」がヒットし始めたようだがどうだろう…

 たかがゲーム、が、この現象に先の戦争前夜に似た空気を感じるのは私だけか。

 <GO>のサインが恐い。

 80年以上前と今日ではゲームの方法こそ異なるが、それを"PLAY"する者は始まったら最後、<GO>という指示があるかぎり、続ける。

 これらのゲームと同じように、戦争もゲームのように行われていく。

 多く指示されるものに人々が興じるようになる時、残念ながらそれは洗脳される時であり、それは弱い者たちが破滅させられる時でもある。

 ここで言う弱い者とは、単に金銭的弱者とは限らない。

 正しく生活していると信じている人たち、或いは生きることに対しておっとりしていたり、社会の動きに楽観して過ごす人たち、人生の裡に愉しみがあると実感し恐れない人たち、日本が再び戦争に巻き込まれるとは信じ難いと思う人たち…皆、それに該当してしまう。

 そういうわたし自身もその弱き者なのだろうと思う。

 では誰によって破滅させられるのか?

 それは大衆を巻き込み、操り、痛みを感じさせないためにゲームに熱中する人々を増やすことにより、自分たちの利益を欲しようとする輩によってなのだろう。

 麻酔のようなものだ。

「今、注射しますから一瞬、痛みますよ。でも、すぐに楽になります」

 そうやって緩和され治療された気になり、<GO>のサインでゲームが動きだし、弄ばれる戦略だ。

 人間の命は玩具ではない。


 


 李早



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July 21(Thu), 2016

- 偶像崇拝、新発売 -


 ポケモンという偶像との旅が始まった人類なのか。

 皆、スマートフォンを見て歩き暮らし、前や後ろ横も気にせず、雨にも負けず、風にも負けず、夏の暑さにも負けぬ丈夫な身体を持ち、欲はなく、決して怒らずいつも静かに笑っている...  


 宮沢賢治がこの21世紀を天国から眺めたらどう思うだろう。



 ***


 雨にも負けず 

 風にも負けず 

 雪にも夏の暑さにも負けぬ 

 丈夫なからだをもち 

 慾はなく 

 決して怒らず 

 いつも静かに笑っている 

 一日に玄米四合と 

 味噌と少しの野菜を食べ 

 あらゆることを 

 自分を勘定に入れずに 

 よく見聞きし分かり 

 そして忘れず 

 野原の松の林の陰の 

 小さな萱ぶきの小屋にいて 

 東に病気の子供あれば 

 行って看病してやり 

 西に疲れた母あれば 

 行ってその稲の束を負い 

 南に死にそうな人あれば 

 行ってこわがらなくてもいいといい 

 北に喧嘩や訴訟があれば 

 つまらないからやめろといい 

 日照りの時は涙を流し 

 寒さの夏はおろおろ歩き 

 みんなにでくのぼーと呼ばれ 

 褒められもせず 

 苦にもされず 

 そういうものに 

 わたしはなりたい 



 ~宮沢賢治 



 *** 


 麻生太郎財務相が、「引きこもりが外に出る」などと発言したとか聞いたが、そんなことでどうする。

 それが日本の体制側の発言として、あまりに愚か過ぎるだろう。

 麻生氏の縁者には吉田健一があったが、健一ならこの太郎の言葉に辛口な皮肉を含みながら一笑に付しただろうと私は思いたいが…。

 それはともかく、宮沢賢治の夢見た世界とこれは、異なる。

 そうでなければ、いけない。



 李早 



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July 13(Wed), 2016

- # 天皇というカード -


 参議院選が終了した後、7月13日の夜を騒がせたかもしれない報道は幾つかあったかと存じます––ひとつには東京都民にとっては特に都知事選についての宇都宮さんの件、そしてもうひとつ、天皇陛下の「生前退位」についての報道。

 天皇陛下のご意向が事実であれば、憲法改憲の前に皇室典範改正が先にこなければならず、自民党による憲法改正案は先延ばしにされます。これはスクープですが、慎重に扱わなければならない事柄です。

 ただ、今、天皇陛下のご意向が記事となったことには何か興味深いものがあります...(陛下は歴史修正に反対のご意向をお持ちと聞きます)...皇室への賛否はともかく、明仁天皇は人間的にあろうとされている意思をうかがうこともできます。



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 このような時期です。情報を提供する側も受け止める側もフライングせず、観ていく必要がありますね。

 SNSに執心する人々の中には自分の求める記事に敏感に向かう傾向にあるようです。

 冷静に世界を観ていきたいものです。

 情報に振り回されてばかりいると、人間として、考える時間がなくなってまいりますからして...。



 李早



 

 http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujisiro/20160714-00059955/




July 07(Thu), 2016

- 私たちの基本的人権が奪われない為に、或いは民主主義はこの国/世界にそもそも存在したのか -


 参院選まで今夜と明日があります。

 以下にリンクさせていただく記事は、改憲がどれほど恐ろしい事態を日本国民に招くのか、その意味を理解されていない人々がもしもあなたの身近にあられると感じるならば、このたびの選挙の齎すものがどれほどのことかをお知らせする、とても解りやすいものと存じます。


http://iwj.co.jp/wj/open/archives/314618


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 わたくし、の周囲の方々は皆、このようなことはとっくにご存知であろうはずとお察ししておりますが、災害時の緊急事態や、中国が攻めてくるなどという例を持ってして国民を駆り立てる現政権演出を真に受けて、改憲もあり、などとうっすら考えている人が仮にあなたの隣人にあったとしたら、この記事は役に立つことでしょう。


 ここで国民主権が疎かになる結果が起ったとしたら、民主主義は幻想だった、と、あっさり証されます。


 今、日本に民主主義がある/あった、のかどうか、問われている最中ですが、この流れは日本のみならず、世界の民主主義の危うさをも表していますね。



 李早




July 05(Tue), 2016

ベビーコーン/若き命に感謝


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 今が旬のベビーコーン、生のものが5本、手に入った。

 だが、彼らは大きなコーンを育て商品化するために間引かれてしまった若い命たちだ。

 青いヒゲも茹でて添えて...このトウモロコシのヒゲは代謝を促しむくみ解消にもよいと言われている、捨てるのは勿体ないですね。

 3本はさっと2分ほど塩茹でして。

 2本は皮付きのまま10分グリルして。

 どちらの調理法でも甘く柔らかく。

 自然の恵み、命、無駄にせず有り難く、感謝。



 李早 




June 30(Thu), 2016

一千一夜物語


 ポークの塊をコトコト煮込みつづけて今、白ワイン...ほっ。


 わたしの、あくまでわたし個人の自由に乾杯。


 –––少し眠りましょうか。


 –––いや、もったいないほどのよい香りが、わたしを寝かせたくないようだ。


 –––よしなに。


 –––たしかに。



 手をいれて、しかし、手かげんしないこと。

 そういう気でいると、何もかも踏みこえていけると思うが、これは10代の頃のわたしの気構え、それはだいぶ抜けてきたが、時々現われるとそれは、今も<儘>...。



 桜井李早



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 pic: 「一千一夜物語」~ Leonor Fini




June 21(Tue), 2016

夏至は過ぎたが選挙はこれからよ!


 午後の鐘はどこまでも、遠く 

 雨の橋は空の上、高く 

 夏至の日には、ゲリラたちも鎧脱いで羽ばたく 

 ミネルヴァの森を照らす星のロンド 

 ここに来れば汚れさえも消えてしまう 

 伝説は塵になり、輝く水に戻る 


  "Minerva/ミネルヴァ"~桜井李早©より抜粋



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  pic Minerva/Athana ~Gustav.Klimt




June 17(Fri), 2016

<意識の流れ> - V.モリソン『Astral Weeks』そしてJ.ジョイス『Ulysses/ユリシーズ』とわたし


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 一昨日前、Van Morrison/"Astral Weeks"を聴いていて、これは改めて凄いアルバムと思った。"Them"解散後のソロアルバムだが(実際にはこの前もある)、このレコードは1968年発表、The Beatlesの"Magical…"と同じ頃だが、ミステリーツアーに連れていかれるどころではないなぁ、とゾクゾクしながら改めて鑑賞した。

 その晩は『The Last Waltz』も久しぶりに観たのだが、ここで歌う彼/北アイルランドはベルファスト生まれのV・モリソンはやはり米国人より大人だったんだ...なんて思いながら…アメリカは若い国、ディランがこのコンサートで歌う"forever young"、それは素敵だ…が、モリソンの表現はというと(彼の歌い方/言葉の発音と言おうか…には時々でまるで役者のような変貌があるゆえ…遊び心でジャガー風に歌うこともあれば、トラッドを見事に民謡として表す妙が、それである)、あたかも<乗り込んだ人>という形容をしたくなるような闊達なやり口を感じるのだ。

 ベトナム戦争が終演となった1976年の頃を振り返りながらの晩であった。


 

 その一昨日前とは6月16日で、その晩、「今日はブルームズ・デイですね」という声をかけてくださった佳き隣人があった。

 "ブルームズ・デイ"とは、J.ジョイスの作品『ユリシーズ』の一日を言うのだが、そのような粋なことをおっしゃってくださる方があることに、救いを感じた、ありがとう。


 "わたしが何をしていようとも、他者にはどうということでもない"、くらいの気持ちで、J.ジョイスはあの大作『ユリシーズ』を書いたのではないだろうか、さもなくば、たった一日があれほど長いはずはない。

 V.モリソンの『Astral Weeks』も同様、あのとてつもなく濃く、果てしない、と感嘆するくらいに広がる歌の世界は、個人にしか解らない確実な時間の経過、<意識の流れ>あっての表現なのだと思う。


 個人にとっての人生の一日、週、一生とは、どの瞬間も、かけがえのない、世界であり宇宙、それが誰にも知られずとも、であろう。

 それはまさに、ここ数日いきなり暑くなったとたんに思い立って訪れる避暑地の休暇の如く。

 そうよ、隠された処に、真実はある。


 このようなカレーが食べたくなる陽気です。

 マトン入りほうれん草のカレーとダール豆のカレー、サラダにはほんのり甘いヨーグルトソース。

 顔が隠れてしまいそうなくらい大きなナンは焼きたて、香ばしく。



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 桜井李早




June 08(Wed), 2016

銀杯


 今宵はひとりで過ごしているが、今日は銀の祝日なのだ。

 百年に一度、生まれかわるとも、これでいい。

 だからこの生をとっとと生きていきたいとも思う。


 仁丹の数分の一ほどの"半田カス"が家の中の所々に落ちているのを目撃した今日、それは最近、楽器その他を修正している家人の仕業でおそらくはスリッパの裏にくっ付いたものが散在したのだろう。

 肋骨痛むが掃除しておいた。

 銀色に光るそれら"半田カス"を眺めながら思うは、我も宇宙の微塵かな。

 だが、その微塵は、いつもあなたを見ている。

 あなた、とは、私の宇宙、だ。 


 "Frailty, thy name is woman"とは、『ハムレット』での科白だが、何が弱く、何が強いかは、人、それぞれ。



 李早



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 pic: コンスタン・モンタルド/Constant Montald


 

June 04(Sat), 2016

ワンピースの日々、肋骨にヒビ


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 一昨日の晩からひどく左脇腹が痛むので昨日はシブシブ病院に行ったら、肋骨にヒビが入っていて、全治3週間と言われた。

 原因は5~6日前、問題の部分を椅子にぶつけたことが原因で、痣もなく気にしないでいたのだが、それは遅れて症状を表した。

 笑っても呼吸するだけでも痛みが走るが、歩ける。

「ポキンと折れてはいませんね」と医師が言う。

「そうですよね、折れていたら動けませんよね」と私が言う。

 すると医師は「いやいや、肋骨が折れていても人は動けますよ」と悪戯に笑った。

 そうか…そういえば、以前肋骨が折れているのに普通に暮らしていた人があったっけ…


 ところで診察を待つ間、ひとりの杖を持つ老婆が受付をしていた。老婆は保険証か何かをバッグから取り出そうとしたのだがその瞬間、彼女の杖が私の方へ倒れ、見事に私の左足の甲に落下した。私は受付の前の椅子に座り、渡された用紙に必要事項を記入している最中だったのだが、重い杖の柄はジーンと私の足を襲った。身体が痛くて病院を訪れたはずが、そこで新たな痛みを被るなど運が悪い、と思いながらも、病院とはそういう場所かもしれないと気を持ち直した。

 整形外科なのでお年寄りが多いのだが、どなたも二~三百円程度、中には百数十円という方もあり、皆せいぜい千円以下の治療費。が、x-rayを撮りはしたが私だけ二千円近く+ 湿布代。

 この、骨にヒビが入った感触というものをよく記憶し、これからは同様の症状に遭遇した際は湿布をして3週間待つことにし、病院には行かないようにしようと思った、何、自分を信じるのである。


 そんなわけでしばらく重い物を持たない、痛いことはしない事という忠告と数週間分の貼り薬を医師からいただいてきたわけだが、痛み止めの薬は飲んでいない。

 だが人間の身体とは案外うまくできているようで、この肋骨のヒビのおかげで、この数年日々痛んでいる別の部分の痛みが今、やや緩和されている。


 ジーンズでいることが日常、好きな私だが、暫くの間、貼り薬にコルセット、ワンピースかスカート姿で過ごすべし、かな。


 追記:

 一昨日前、金曜の晩は阿佐ヶ谷Soul玉Tokyoにて、カルメン・マキさんの歌とピアノの清水一登さん、ギター桜井芳樹の演奏を愉しんだ。

 そのライヴことは、改めて綴ろうと思っている。


 

 桜井李早



 pic: "画家の妻の肖像" ~ジーン・エティエン・リオタール(1708~1789)




May 29(Sun), 2016

「母の腹で生きのびた私は、何ものも恐れない」~『ダディー・ノスタルジー』


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 朝から寒気と頭痛。5月末にもかかわらずホカロンを背中(天使の羽の辺り)に貼って午後中横たわっていた。

 晩餐はソパ・デ・ケソ、大蒜と唐辛子、チーズのスープ、今宵はパプリカとシナモン入りで。

 本当はライヴに出かけたかったのだが、今夜は食事をしながら家で映画を観て早めに休むことに…



「母の腹で生きのびた私は、何ものも恐れない」、と、J・バーキンは映画『ダディ・ノスタルジー』で母親に言う。

 父親役はダーク・ボガード。

 この映画を観るたびに私は母と私、父と私を想う。

 生真面目な母親、どこか放蕩なところある父親、母娘の、時に喧嘩に近いやり取りとお互いの理解、父娘の悪戯にして内緒のような親密な会話(この映画では父娘は英語で話す場面が多く、それは母親を交えた時とは異なる描写として際立つ)、その家族模様が私の持つ両親との思い出と重なり合うのかもしれない。

 それは親子と個の関係ばかりでなく、若さと老いを私に感受させるからだろう。



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 寒暖の差が身体に障ります。

 晴れ間が有り難い季節に突入します。

 皆さま、佳い週を過ごされますよう。


 明日は元気になりたいぞ。



 李早 




オバマ米大統領のスピーチに思う


 このオバマ大統領の言葉が心からのものであるならば、米国政府はもはや戦争=軍需産業で金儲けなどしないはずだが、現実はどうだろう? 


 http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to-hiroshima_n_10160172.html


 オバマ氏がひとりの人間として発言しているのであればそれは最もな声と思いたいが、氏は米国の大統領として広島を、日本を訪問しスピーチしているということを考慮して彼の言葉をよく読むことが大事だと私は言いたい。

 翻訳文ではあるが、氏のスピーチの内容にはどこかうまく言いくるめようとしているフシが見えはしないか?

 まして、この米国の大統領が、そして米国政府が、本当に「戦争を望んでいない」のであれば、このたび、オバマ氏が自らの黒いブリーフケースの中に忍ばせて持ち歩いていたものなど、必要があるだろうか?


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 核保有国は、恐怖の論理から逃れるべきだ」とおっしゃる人自らが来日の際、それを持ち込んでいるということは、米大統領のスピーチは<建て前>ということだろう。


 日本人はもっと慎重になるべきだと思う。



 李早 




May 27(Fri), 2016

5月はマリアの月、そして6月になると


 しばし眠りたい。

 それが醒めたら、洗濯と料理と自分の作業しかできない5月最後の土曜を愉しむのだ。

 5月は青い衣を身に纏ったマリアのような月だ。

 もうすぐロックの日、今年の6月9日は、銀婚の祝いを。


 天井に"YES"



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 pic: バルトロメ・エステバン・ムリーリョ/Bartolomé Esteban Perez Murillo



 桜井李早




May 23(Mon), 2016

- Atomic Bomb Dome/The Hiroshima Peace Memorial -


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 およそ民主主義といわれている国において、民衆に憎まれたリーダーほど哀れな者はない。

 この21世紀、ひとりの悪質なデマゴーグ(民衆の指導者/リーダー)によって、日本が恐怖政治さながらの環境に向かうとは、嘆かわしく、それを企てたリーダーの責任は重いと誰もが思うだろう。

 民主主義の根本は民衆の存在により成立するが、それを遂行するためには、民衆ひとりひとりが個としての孤立自覚せずに叶えられはしない。

 そして<体制>に愚衆と見なされないために、民衆は算術的な群集心理とは一線を引く冷静な<姿勢>が必要だ。

 <あなた>と<わたし>の違いを愉しむことを知らずして、個の自由も、平和も、平等も存在しないというしごく当然のことを、このような時代の巡り合わせにより、より多くの人々が知ることができるはずだ。

 今は、日本人が試されている時と思い、乗り越えたい。

 その先に、光明あると信じて。


 伊勢志摩サミット、オバマ大統領の来日、そして広島への発言も気になる今日この頃。



 pic: 原爆ドーム/広島平和記念公園 - Atomic Bomb Dome/The Hiroshima Peace Memorial



 李早 




May 11(Wed), 2016

押し花


 歴史についてそれは個人の生についてもいえることだが「あの時こうしていたら」という発想で振り返るより「何故あのようだったのか」という問題が大事なのは言うまでもない。

 そこで頭を少し切り替えて、巷で最近云々されている歴史の<嘘>とやらを<想像>と置き換えればそれ全て足跡として寛大になれる。

 今の日本は、世界はリアリズムに向かって過ぎる。

 未踏の情報過多により人々が右往左往してしまう、これは"右や左の旦那様"情態に似ている。

 現状において、私はそれを必ずしも否定はしないが、それが横行する時代とは人々の意図とは逆に平和から遠ざかる。

 人は悪い結果/失敗を招いたことを認めることでその経緯を悔いるが成功/勝利/勝者の路を辿っている自負があるうちにそのような反省はない。

 自負と偏見は肩を寄せ合っているようなもの。

 真実を探求する人あってもユニセフに協力しようとも世界の貧困と病は消えない。

 もはや真実を知ることが解決とは限らず。


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 押し花...視線が合うように、それを認めた私はそれを留めておきたいのだ。

 私はそれらを愛で、書物やノートのページに忍ばせやがて、或る物は栞に、或る物は壁に飾る。

 私の家にはその土地で摘んだ幾つもの植物のミイラがいる。

 日本のものも、西洋のものも、それらはこの家を守っている。

 写真は南仏にて繰り返し読んだ我が古書に挿んだ、一輪。



  

 桜井李早




May 03(Tue), 2016

憲法記念日に思う


 <決闘>、とか、<果たし合い>、がやがて再び合法となる時代が訪れてもおかしくないような気配のする今この世界...。

 などと、ふと思ってしまいそうになる憲法記念日の夕べ。

 鯉のぼりなど、この強風でどこかへ飛んでいってしまうのではないか、と、恐れながら...。



 ところで、雨降り前は麻婆豆腐が食べたくなることがある。

 私は甜麺醤の代わりに赤味噌を使用、そして少しの粗目、鶏ガラスープと豆板醤、醤油。胡麻油、葱、大蒜、生姜で香り出し。

 家にある調味料で十分に仕上がります。

 お豆腐の形を崩してしまうのは私の好みかな。



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 李早 




April 14(Thu), 2016

- 中世はメランコリーの時代だった、が近世以降、世界は霧に包まれメランコリーさえ柩に入れてしまった -


 日付が変わる前、それは14日の20時あたりのことだったが、たまたま、「大山鳴動して鼠一匹、を、くり返さない為には、夜打ち朝駆け...か」などと思っていたら...起った。

 これ以上、日本の惨事(否、悲劇と言うべきか)をくり返したら、国民の体力が限界となってしまうだろう。

 仮に、権力側がそれを企て、格差社会を招き、一部の富裕層による世界を夢見ようとも、民なくしてひとつの国家が立っていられるわけはないだろう。

 富さえあれば国家などよろしいと言わんばかりに魂を売り、傀儡となりながらこの晩もどこかでメシなど喰らっていたどこかの国の首相の鈍い頭に何ができるか...。

 私の頭も悪いが、この国の船頭の頭も悪い。

 どうか、九州を守ってほしい。


 国境など無いと思ってみろよ、と歌ったのはLennonだったが、彼は"夜打ち朝駆け"に遭遇した。

 私は心のどこかでDavidも同じ思いで今年の1月、この世から消えたのではないかと思っている...それが消えた、ので、あれば、だが…。


 すべては堂々巡り。


 それをくり返す"大山鳴動して鼠一匹"、がいるはずだが、いくら世間がおしゃべり好きとなっても、その正体はなかなか表に出ない。

 <出ない>のだ、それは<立つ>こととは違う。

 何故なら、その正体は、表に<立つ>ことを避けながら、これまで蠢いてきた<者たち>であり、最も<たちが悪い>輩だからだ。



 李早



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 pic: "Melencolia" ~Albrecht Dürer




April 03(Sun), 2016

- 聞き込み調査 / プロの仕事 -


 個人的に昨年からずっと愉しみとしていたドラマ『刑事フォイル/Foyle's War』が終ってしまい、つまらない日曜である。

 ところで夕刻、仕事をしていたらチャイムが鳴り、インターフォンで応対したら「警察のものです」と声がした。「何ですと!」と内心ソワソワしながら玄関のドアを開けると門の前にスーツ姿の人が立っている。

「どんな御用でしょう?」と尋ねれば、この界隈で事件がありそのための聞き込み調査だった。

 最近のニュースでも中学生の少女が監禁されていた事件があったが、誘拐監禁ではないがそれに似た事件が宅の界隈で何度もあったらしい。警官はお巡りさんではなく、泣く子も黙ると言われている部署からの人だった。

 警察手帳も見せられ、話し方や体格、表情からして警官は本物らしいと私も認めた。犯人と思われる男性の似顔絵を見せられ、このような人を見かけませんでしたか? と問われても応えようがない。似顔絵は少女の発言をもとに描かれていて20~40歳とされている。

「何分、子供の目ですから」と警官も当然、困り顔である。似顔絵は私には若い人に見えるが、少女は「おじさん」と語ったということだ。

 よくよく警官に話を訊くと、その事件は我が家のすぐ近くでほんの数日前に起ったのだという。だが地域では少し前から多発していてそれらはどうも同一人物の犯行と看做されているらしい。しかも町の交番巡査ではない警官が調べにくるとは用心が必要だと思いながらも、私はつい、その警官と長く話し込んでしまった…「私も夜、車に付け回されたことがあるんです」。

 それはもう十年以上前のことだが、遅い時刻に駅から歩いて帰宅する途中、私の横をゆっくり一台の車が沿って走っていた。私が角を曲がった瞬間、運転者は私の脇にピタリと車を停め、「どこかへ行きませんか」と言った。傘を持っていた私はそれを翳し走り去ったが流石に恐かった。

 この話をしたら警官は、こう教えてくれた。

「携帯電話をお持ちなら、夜、危ないなと感じた時は"110"を押して歩いてください、発信ボタンは押さず、でも何かあったらすぐに発信できますからね。もしも何もなかったのに発信してしまったなら、"間違えました"、とでも言ってください。それでいいのです。ですがくれぐれも無言で電話を切らないように。無言で電話を切られてしまうと、こちらもどこから発信されたか調べる必要があります。無事なら、それでいいのですから」警官はそう言って微笑んだ。

 佳い警官だと思った。

 私と話している間にも警官が腰に下げている無線機には様々な音声が入ってくる。

 だが彼は私との会話を中断しはしない。

 それも聞き込み調査の術なのだ。

 要するに話をしながら相手(ここでは私)が何らかの手がかりになるような事を言いはしないか、思い出しはしないか、ということを常に念頭に置いているのだろう。

 情報とは、それほど細かく追わなければ辿れないものなのだ。

 私は自分の家族構成や私たちの職業についても簡潔に警官に話しておいた。だが、私が「家には子供がおりませんが、心配ですね」と、まず最初に話したにも関わらず、警官は後に「お子さんはいらっしゃいますか?」と私に尋ねた。

 その時、私は何となく、これは直感だが、この警官の「お子さん」という響きに「息子さん」というニュアンスを感じた。

 それは、この警官が私の年齢を想定し、私に成人した息子、もしくはその年齢に近い子供があってもおかしくはないと考えたかもしれない、と咄嗟に私は思ったのだ。そこで、私が仮に"嘘をついていた"としたら–––つまり、息子があることを隠し、息子を庇っていたとしたら–––女=私は「家には子供はおりません」と言いはしたが、改めて質問された時、別の返事をするかもしれない、と、まあ、これは私の勝手な想像だが、そんなことをふと察したのだ。

 相手はプロだ。いかにもしぜんを装い、気さくにしていようとも、その目と耳が真実を探ろうとしているのだから、何を話したかこちらもその内容を細かく記憶しておく必要がある、別に疑われることなどしていなくても、だ。

「子供はおりません」と私は笑って再び彼に言った。そして「これから道を歩く時は気をつけてみますね、はやく犯人が見つかるといいですね」と言った。

 すると警官は、「ご近所を歩く時には人に会ったら挨拶をしてください。こちらがしても相手がしない場合、気をつけてください、というのも犯罪者は顔を見られることが一番困るわけですから」。

 そして警官は、「お話をうかがった方のお名前と電話番号を控える必要がありますのでお教え願えますか」と私に言ったので私はそれに応じた。

 その後すかさず私の方も、「ところで、ごめんなさい、本当に警察の方ですよね」と問うた。彼は私がよく見えるように警察バッチをこちらに向けながらそれが偽物ではない説明をしてくれた。

「そういう質問はよく受けます。こちらも疑うことが仕事なわけですが、近頃は皆さんも慎重ですからね」と、笑いながら、何だか昔の人のように頭に手を乗せた。

「ごくろうさまでした」と、私は挨拶をしてドアを閉めた。

 それから少し経って夕食の買い物に近所のお肉屋へ向かったところ、道の途中で今度は別の警官に出会った。緑色の腕章をして立っていた。

「警察の方ですよね」と私は声をかけた。「はい」とその警官は応えた。

「さっき、家に○○さんっていう警察の方がいらしたんですが」と私が尋ねたら、「はい、今、事件のことで一軒一軒うかがっているところです」とおっしゃった。私は、ああ、あの人は確かに警察官だったんだ…と、あれだけ話しても相手を100%信じていなかった自分を恥じた。

 日曜日、お肉屋さんは混んでいた。近くに桜の美しい場所があるせいか、お花見の家族連れが揚げ物や焼き鳥を買っていた。

 お肉屋から帰る時もさっきの警官は同じ場所に立っていた。

 が、横にもうひとり別の警官の姿もあった。少なくともこの一画を3人がかりで調査と警備に当っているということは、その件はこの辺りで問題となっているのだろう。

 気づかぬうちに犯罪は身近でも起る。だから社会の目は大事だ。

 我が家を訪問した警官のおっしゃたことには、人々が挨拶をすることで或る地域の犯罪が減ったらしい。

 挨拶、人々が声をかけ合うことは平和な生活と環境を守るために最も容易いことながら、気持ちのよい方法。



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 追記として『刑事フォイル/Foyle's War』で少々…


 ––– 舞台は第二次大戦中の英国はヘイスティングスにおける数々の事件、フォイル警視正の"もうひとつの戦争"という視点での良いドラマだった。

 このドラマは日本語吹き替えだったが俳優の唇の動きを見れば英語表現がよく解るこれは(私にとって、だが)英国ドラマの素敵なところだ。

 唇の動きとは大事なのだ、それは歌うことにも同様に言える。唇の動きとは人間の目が信号/暗号を察知する行為に等しいからね。



 李早




March 31(Thu), 2016

ピーマンのドルマ〜ノーテンキ


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 慌ただしく過ごした3月31日、仮眠して今、大夜更かし。

 晩餐はピーマンのドルマ、叩いたイベリコ豚、米、セロリ(葉も)、玉葱、カニワ(Kaniwa/ペルー産穀物)、残っていたエノキを詰めて今日はクミン、ディル、自家製塩レモンを効かせて。


 T.S.エリオットの言う残酷な4月への準備。



 明けて4月1日、今日は、自分のこと以外やらない、と決めてかかっても、生活とは、それを許そうとはしない。

 そこで思うのは、生活とは天気のようなもの。

 計画や配置を想定しながらも、突然のように起る気圧の変化に影響される。

 いつもこのように生きていられたらいいのに、と感じながら人生、それは日替わりだ。

 だが天気も脳次第であれば、その雲は見えないと私が言えば晴れとなり、それがノーテンキだろう。

 そうありたい。 



 李早




March 29(Tue), 2016

-フランシーヌの場合、或いは、わたしの場合 -


 "フランシーヌの場合はあまりにもお馬鹿さん、フランシーヌの場合はあまりにも悲しい、3月30日の日曜日、晴れた朝に燃えた命ひとつ…" ~『フランシーヌの場合』


 1969年の3月30日、反戦活動をしていたフランシーヌ・ルコントはパリで焼身自殺した。

 その頃少女だった私は燃える西日に包まれた部屋の中で『フランダースの犬』を読んでいた。


 それは私がもうすぐ小学校に入学する頃だった。



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 その3月が終わり、そうして、また、残酷な4月がやってくる。

 4月は残酷な月…と、この時期、私がひとり言を言うのは、T.S.エリオットの『荒地』からの詩による。



 

   - 死者をほうむる -


  四月は残酷きわまる月で、

  死んだ土地からライラックをそだて、

  記憶と欲望をまぜあわせ、

  鈍重な根を春雨で刺激する。


  

                   訳: 上田保, 鍵谷幸信



 この詩を最初に読んだのは大学に入った頃だった。


 4月は残酷な月…このように感じるのは、"わたしの場合"、にすぎないが。



 李早 




March 28(Mon), 2016

- さらわれてほしい世界のロクデナシ共へ -


 この夕べ、さしずめ世間は春の嵐というところ。

 遅い夜のパブ・ロック。

 春は入れ替わりのシーズン。

 だが大丈夫、春の風に、人はさらわれることはない。

 だがしかし、fxxkな輩はプリマベッラの怒りに触れるだろう。

 飛んでいけよ、大地を腐らせるロクデナシ共。

 背中に電気の羽、携えて。


 ところでダ・ヴィンチの描いたこのヨハネの指は、何を示しているのか。

 上に向けられた指先は、フュッ!と首を切る(切られたのはヨセフだが)ような素振りに感じるのは私の印象だが、これもダ・ヴィンチ独特の皮肉なサインと想像するが、後世への謎かけをも見越して仕事をする強かさ、気味がよい。


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 李早



 pic: "洗礼者ヨハネ/John the Baptist" ~レオナルド・ダ・ヴィンチ/Leonardo da Vinci




March 22(Tue), 2016

フラニー病に最適な季節


 今日はほっとできたことがひとつあった。

 ああ、よかった、ありがとう。


 現実的な私の身体の右側についての症状には気をつけていなければならないようだが...そんなこと忘れて、私が大昔に名付けた愛すべき"フラニー病"を患う方がずっと希望的だ。


 よい夜明けを待つのは皆、同じなのだ。



 ところで、ベルギーでテロがあったと聞いたが、危機とは何かが然るべき手段をし、考慮し、乗り込んでくるものだ。

 ベルギーは、EUの要ですから。

 そして以前から移民も多い。

 中世には貿易や工業でも栄えたこの小さな国が結果、置かれた立場は、言ってみれば、西欧にとっての、"いざ鎌倉"、のような。


 それでも、春の月は美しく空にあがった今宵。



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 おやすみなさい。



 李早 



 pic ~Frances MacDonald