ドイツ敗北 : カロリーヌ(モナコ) vs ドイツ

Euro2004ポルトガル vs イングランドの長試合のために一日遅れになったが、昨日のニュースとしてアップしたかったのは モナコ王女 vs ドイツ。

モナコ・カロリーヌ王女の私生活写真でドイツ敗訴。


Photos de la vie privée de Caroline de Monaco: l'Allemagne condamnée

AFP | 24.06.04 | 10h10

欧州人権裁判所は、カロリーヌ王女が有名人であるという事実によりその私生活に関係する写真を新聞・雑誌に掲載することは正当化できないとして、ドイツがプライバシー権の侵害を行っているという判決を下した。この判決の中で裁判所は「すべての人はたとえ公衆に知られていようともプライバシー権の尊重と保護を正当に期待し得るべきである」とした上で、この点において「ドイツの裁判は対立する利害関係の間に公正な均衡のとれた判断を下さなかった」と認定した。王女は、1999年12月にドイツの憲法裁判所が下した判決を不服として欧州人権裁判所に上訴していた。問題の判決は、王女は「絶対的に現代史上の人物である限り」公の場に現れたところで写された写真の公表は、たとえそれが私生活に関するものであっても容認しなければならないと判断していた。王女の弁護士は11月6日の法廷の弁論で、ドイツの裁判所の判決は、自らの知らない間に撮られた写真の公表を差し止めるために必要な保護を王女に与えていないと主張していた。


いわゆるパパラッツィの撮った私生活写真の雑誌掲載をめぐる争いで、ドイツでの裁判の判決を不服として、今度は判決を下したドイツを相手どり欧州人権裁判所に訴えた案件だが、大もとのドイツで具体的にどんな出版社とのどんな案件かについての言及がない。この裁判で敗訴したドイツ国が被告として出ているだけで、もともとのドイツの裁判での被告がわからない。気になってドイツの報道をみてみた。


驚いたことにドイツのメディアの報道もほぼ上のと同じ。それもそのはずすべて通信社からの記事で、フランクフルター・アルゲマイネ(F.A.Z)には、上のAP配信の記事をアレンジしてドイツ語版にしたようなのがのっている。第一報レベルといはいえ、ドイツを代表する新聞までが膝元で起きている事件についてさえ、自らの情報を付け加えずに通信社の情報をほとんど右から左に流しているのかと思うと、つくづくAP、AFP、ロイターという通信社の力の大きさを思い知った。*1


結局Googleのニュースサーチで出てきた中で、この判決についてのドイツで大もとの裁判について具体的に触れていたのは、法律専門のニュースを扱うサイト(www.123recht.net)の記事 Menschenrechtsgericht entscheidet über Klage Carolines von Monaco。これもAFPによる記事としているが、それにさらに、90年代の初めにBunte、 Neue Post、 Freizeitrevueといった写真雑誌*2に、スキーや海水浴へ家族とプライベートで行った際の写真が掲載された件をめぐるものとの解説がついている。


もう少し調べたところ一番確実で豊富な情報はドイツの憲法裁判所の問題の99年12月の判決文。(ドイツの憲法裁判所のウェッブサイトの判決集ページのデザイン、ブログ風でなかなかおかしい。はてなでもこんなスタイルにできる)。


そして、欧州人権裁判所の判決も同裁判所のホームページで読め、概略をまとめたプレスリリースもある(Von HannoverはCaroline de Monacoの再婚後の現在の姓):

Communiqué du Greffier
ARRÊT DE CHAMBRE DANS L’AFFAIRE VON HANNOVER c. ALLEMAGNE (仏語版)
CHAMBER JUDGMENT IN THE CASE OF VON HANNOVER v. GERMANY (英語版)


粗雑に割り切ると、判決は有名人、公人の場合でもプライバシーの保護にかなりあついフランスの現在の慣行、判例に近いものとなっている。フランス的かどうかは別として、とにかくドイツはこの判決に従わざるを得ず、欧州人権規約を批准し、この裁判所の決定を自国の裁判所の上位に置くことを約束している欧州の他の44か国もこうした判例を気にしないわけにはいかなくなる。6月17、18日のインターネットでの人種差別的発言規制問題でも出てきたが、ときにはメディアにおける言論の自由を制限してまで他の種の人権的価値の保護を厭わない欧州大陸の姿勢と、前者にはるかに重きを置く北米、あるいはアングロ・サクソン文化圏の慣行の間の乖離が具体的な法制のレベルでどんどん明確になるような気がする。そのとき、一方の陣営に属するアメリカや日本はいいとして、その間にあるイギリスはどうなるのだろうと気になる。王室をものともしないあのタブロイド紙の伝統は。しかし伝統・慣行はどうあれ、イギリスでも人権に関する案件は欧州人権裁判所が最後の審級になるはず。


メディアで論争となる案件か有名人がかかわる事件でもない限り注目を浴びることはないが、このような「某々対某国」をタイトルとする判決が平均して日に複数欧州人権裁判所から出される。別に王女や有名人だから訴えることができるわけではなく、誰でもやむにやまれぬ事情、閑、情熱、熱心な支持者、金のうちのいずれかがあれば訴えることができる。それぞれの国の判決がときにはひっくりかえる。自国の憲法裁判所の判決がこんなふうに覆る以上、ドイツ人(欧州の何国人でも)にしてみれば、自国の憲法がどうとか、違憲かどうかとかいうな話は、とくにテクニカルなそれは今や二次的な意味しかもたず、人権規約を土台にした理念的な議論のほうがむしろ人の思考の舞台となってくる。ちなみに上の判決を全員一致で下した7人の判事の国籍は、ポルトガル(裁判長)、ドイツ、スイス、トルコ、スロヴェニアアイルランドアルバニア。判決文の原文はフランス語で英語版は翻訳。

*1:「〜新聞によると」として、新聞記事が引用されていても、その実は通信社配信の記事でしかなく、その新聞社のカラーとは関係がないのをよく目にする。このケースでも「6月24日付けのフランクフルター・アルゲマイネによると」として引用するのは決して間違いではないが、滑稽だ。ましてや記事中に「ドイツの代表的新聞」 F.A.Zの姿勢を読み込むのは愚の骨頂となる。自分でも今まで、AP、AFP配信の無署名記事を「ル・モンドによれば」、「フランクフルター・アルゲマイネによれば」、「タイムズによれば」などとその権威づけを利用しながら紹介していたのではないかと反省してみる。

*2:いずれもブルダグループ(カタログ通販で有名)の雑誌。たとえばBunteは→だいたいこんな感じ。Bunteのホームページのニュース検索欄はGoogle Newsサーチエンジンで皮肉なことに、上のwww.123recht.netの記事がばっちりと出てくる。まだブルダグループの一番まともな総合時事雑誌 Focus(かつて日本にあった「フォーカス」とは違いどちらかというとニューズウィーク的な趣)のサイトのニュース速報欄はドイツの通信社dpaのものを流しているが昼前のニュースでドイツ敗訴の短報が流れている。紙のメディアで行われる自主規制による配慮がネット版ではまったく通じない。