ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

富柏村日剰 香港日記 Twitter

2012-02-06 まだ目覚めていない、頭の悪い連中……。

fookpaktsuen2012-02-06

農暦正月十五日。春節十五夜は愛でるも能はぬ雨模様。帰りがけにジム。トレッドミルで三十分ほど走る。走つてゐる間に悪寒ありサウナに入つても肌寒く「こりゃいかんな」でGastro-enteritisにかかつたやう。帰宅して梅の炊込みご飯と汁物。早々に寝台に臥せる。湯湯婆いれマフラーして寒さ凌ぐ。情けない体調。ロジェ=マルタン=デュ=ガール(以下、RMDG)の『アンドレ・ジイド 一九一三年より一九五一年に至る覚え書』読む。『チボー家の人々』の著者であるRMDGが交友のあつたアンドレ=ジイドについてジイドの死後にRMDGが自らの日記からジイドについての記述をば抜粋したものジイドについて、そして「知的女性を愛するのは男色家快楽である」なんてボードレール言葉などが処々に挿まれてゐる。しかも和譯は福永武彦から好事家にはたまらない。f:id:fookpaktsuen:20120207195207j:image:w240:leftこの本、昭和28年文藝春秋新社*1から出版初版本。武彦の検印あり。一九一三年に二人は出会ふが三十二歳のRMDGがまだほとんど認められる新人作家なのに対して十二歳年長のジイドはすでに『背徳者』や『狭き門』、ドストエフスキー論など発表し当代一の人気作家。その個性的で気難しいジイドがRMDGには心を開きジイドが亡くなるまでのながき交友関係が続くことになる。ジイドが『コリドン』上梓することへのRMDGの不安ジイドの天性の放漫さから距離を置かざるを得ぬRMDG、その関係。それはやはり『チボー家』でいへばジャックとアントワーヌであり、一九一三年にパリの新フランス評論社での出会からRMDGらしい観察が武彦の和訳でじつに素敵。RMDGがジイドから聞いたラテナウ(Walther Rathenau 1867-1922、独逸の政治家工業家)の話が興味深い。1922年、まさにラテナウが亡くなる年だが

ジイドさん、世の中の移り變りは早いから、ごく不吉な豫想が、考えているよりもよつぽど早く、當つてしまうかもしれませんよ。今日、どんな詰まらない事件が、ポーランドだろうと、ユーゴスラヴィアだろうと、とにかく何處で起ろうとも、我々はそれに首の根つこを抑えつけられてしまうのでしようからね……。

ヨーロッパ墓場へ驅足です。決してとめられないわけじやありません。しかしたとえそれが出來たところでですね、ジイドさん、ひよつとしてとめない方がいいのかも分かりませんね。何しろ傷口が化膿しているんだから、もう一度、切開しなければならないでしようよ。

これから先、世界を動かす最大の力は、あの無數のアメリカ人たちですよ、まだ目覺めていない、頭の惡い連中……。きつと連中が、眼をつぶつたまま、彼等のきめた通りを舊世界に押しつけてくるのでしような……。

と老ラテナウの言葉1922年に「頭の悪いアメリカ人傲慢」をこゝまで言当てゝゐるとは。この名著、岐阜恵那の古書肆ことば屋から網上で購つたものだが状態良く読者カードまでついてゐたので(さすがに西銀座の文藝春秋新社には送れず)紀尾井町に送る。

これが武吉、伴睦が妾のことでも追求されたときの言い訳なら「さすが」と笑えるのだが……。

*1:一九四六年三月「戦争協力」を理由に文藝春秋社は解散させられたが社員有志により同年六月、株式会社文藝春秋新社が設立された。一九六六年現在株式会社文藝春秋に改められる。

常無常人常無常人 2012/02/07 10:08 春節休暇が終わっても未だ終わらないあまり次元が高いとも思えない本地内地罵り合い。この人達から見るとどう見えるか分からないのですが、香港では大阪大百貨店テナントの期限切れ材料寿司販売に日本高品質神話崩壊とかガラス片混入疑いのエノキ茸回収のニュースがめぐっています。現政権やら東京大阪がこういった何とも情けないことをする人達によって支えられているのかと日本人の勘ぐりで見るにつけ天下国家なんか論ずる資格があるんだろうか、と。まあそんなこと言えば石原父や橋下が俺の出番と言い出しかねない恐れもあるんですが。我が国は何だか情けないことになっていますね。