イメージを育てることで脳と身体がつながっていく

** 脳のなかの身体 認知運動療法の挑戦 宮本省三 **

認知運動療法は、イタリアで発案されたリハビリテーションの方法です。脳卒中の半身麻痺や高次脳機能障害などに効果が認められ、日本でも普及がはかられています。

脳科学、哲学、発達心理学などを総合して生み出された新しい理論は、リハビリテーションに新しい風を吹き込んでいるだけでなく、私たちの<脳>と<身体>についての考え方をがらりと変えるだけの力をもっていました。

脳のなかの身体―認知運動療法の挑戦 (講談社現代新書 1929)

脳のなかの身体―認知運動療法の挑戦 (講談社現代新書 1929)

そもそも、脳卒中で身体が動かなくなるというのはどういうことなんでしょう。身体には全く傷はなくもとのままであったにもかかわらず、脳の血管に障害が起こることで、身体の一部が麻痺して機能しなくなるという現象に私たちは出会っているわけですよね。

この現象に対して、これまでのリハビリは、身体に直接アプローチしていたと書かれています。固く硬直する筋肉をマッサージしたり関節を外から動かしたり、動く方の手足を鍛えて日常生活能力を身につけたりするのが、これまでのリハビリだったということのようです。

認知運動療法というリハビリの方法は、これとは全く違っていて、脳に直接働きかけるやりかたをとります。脳が身体をイメージする力を使って、身体を動かすやり方をもう一度「学習」させるのです。

脳が身体をイメージするって。どういうことでしょうか。

どうも、脳卒中で麻痺になった人のなかでは、身体そのものや身体の動きをイメージすることができなくなっていて、それが問題だということなんですよね。

健康な人が、たとえば長い間正座して足がしびれたりすると、足が<思うように動かない>経験をしますが、頭の中では一生懸命<思って>いますよね。こういう風に足を動かしたいというイメージがある。でも、その<思い>の部分が、脳卒中の人では、消失している。

片麻痺の人に自分の身体を絵に描いてもらうと、片方しか描かない、などの例が示されています(p.58)。そもそも、その部分が生きている自分の身体であるという感じがなくなっているんですよね。

人間の感覚には嗅覚や触覚、視覚、聴覚、味覚などがありますが、ここでは、体性感覚という言葉がでてきます。

身体の皮膚、関節、靭帯、筋などには多数の感覚受容器が存在し、各種の感覚情報を脳に伝えている。こうした身体に起源を持つ感覚を医学の世界では「体性感覚(ソーマト・センセーション)」と呼ぶ。(p.34)

体性感覚には表在感覚と深部感覚があります。表在感覚というのは、触感や圧力、温度、痛みなどを感じる皮膚の感覚で、深部感覚の方はさらに二つにわかれ、関節の位置や角度、速度感などを感じる運動覚と、筋肉の収縮感と重さを感じる筋感覚があると書いてあります(p.34)。

私たちは、関節や筋肉の動きを<感じて>いて、それを脳でイメージしながらコントロールしているんだということです。

認知運動療法の話に戻ります。この新しいリハビリテーションの方法では、この「脳でイメージする」やり方を、「学習」するといいます。脳の損傷した部分以外の、残った別の領域をつかって、失った機能と同様のものが「機能的再編成」されることを目指します(p.177)

あらゆる行為には運動イメージが先行する(p.120)

具体的な方法が本の中に説明されていますが、目的の動きのためにはどういう身体の動きが必要か、そのとき関節や筋肉がどのような感じで動くのか、ということに意識を置いてセラピストに援助してもらい動きを体験するというようなやり方です。そうやって「学習」することで脳のなかの身体イメージや運動イメージが回復し、少しずつ身体のコントロールができるようになっていくといいます。
 
この本には、脳卒中高次脳機能障害のことが中心に述べてありますが、認知運動療法発達障害にも応用されているようです。

また、発達障害児では、視覚が正常であっても体性感覚空間の発達が遅れる(p.215)

ここでは発達障害といっても、脳性まひなど、広い意味での発達障害を指していると考えられますが、狭い意味での発達障害、いわゆる軽度発達障害の人たちにも、一風変わった身体感覚があることは知られていますよね。コタツに足が入ってしまうと足がないような感覚であるとか、背中が感じられないとか、そういうことを言ったり書いたりしているものに良く出会います。

実は、定型発達と見られる普通の人たちも、決して自分の身体を外から見たような姿に感じているのではなくて、視覚や聴覚、体性感覚などから入ってくるばらばらの情報をモザイクのように集めて脳のなかで総合して自分の身体として感じているのだといいます。

これが、「脳のなかの身体」です。

発達障害があるとされる人も、そうでない人も、自分の体性感覚を研ぎ澄ましイメージをすることで「脳の中の身体」をより精緻なものに育てることが可能だと考えられます。

私が解説すると、とても大づかみで感覚的な物言いになってしまいましたが、実際は格調高く、科学史をひもとき哲学者の言葉を引用しながら語りかけるような文体の本です。読みすすめながら、ちょっとした感動を味わっていました。脳と身体は深く繋がっているし、そのつながりを自分の力で育てていくことができるということ。その具体的な方法がはっきりと私の前で示されたという思いがあります。乖離などの精神症状、感情の障害、難治性の疼痛なとの治療や一般的な教育や学習にも応用範囲がひろがる可能性を感じました。このブログでも紹介してきた、アレキサンダーテクニーク、フェルデンクライスなどのボディワークの思想にもつながるものも感じます。

今日から、身体をなんとなく動かすのではなく、体性感覚をイメージしながら動いてみようと思います。
 
 
( 『脳のなかの身体 認知運動療法の挑戦』 宮本省三/著  2008年2月 講談社現代新書 



ブログランキング・にほんブログ村へ