オマル・ハイヤーム 黒川恒男訳『ルバイヤート』

ルバイヤート
オマル・ハイヤーム 黒川恒男

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 14、5年前に岩波文庫版(amazon)で読み、当時妙に面白かったという記憶だけが残っていたので、もう一度読みたいなと部屋を探してみたが出てこない。本屋に行って、平凡社ライブラリー版(amazon)を検討したけど、どうもピンと来なかった。岩波文庫2冊目買って、あとから1冊目が出てきても厳しい、ということで、amazonで検索して出てきたのがこのバージョン。価格は300円。前述の岩波文庫版が青空文庫に入っているのは、つい数分まえに知った。キンドルにもなっていて無料本である。先に知っていたらどっちを取ったかは定かではないけれど、詩の翻訳はほかのジャンル以上に訳者が違えば別物になるであろうと考えれば、後悔はない。
 岩波文庫版の記憶はほとんどなく、ただ寂しい感じと無力感、それに虚しい空騒ぎのシンボルとしての酒、という印象が残っているばかりだった。今回読んだバージョンでは、もちろんそうしたものはあるのだけども、それ以上に、諸行無常を詠っているような印象が強く残った。いくつか引いてみる。

一四 運る天輪の悪業を視よ、世の友もすべていまはいない。できるだけひとりでいるがよい、あすを求めず、きのうを視ずに今を見よ。
三一 いつまで眉をひそめて悲しむのか、嘆いたとて、旅人は帰らない。われらのことは手にあまる、運命に従え、それが賢明。
三七 つかの間の命だ、楽しみを追うな、一粒の土もケイコバード〔『王書』に現われるイランの伝説的な王者の名〕やジャム〔ジャムシードを縮めた名〕だ。世の様子も、いやこの宇宙でさえも、夢だ、幻だ、妄想だ、一瞬だ。
九八 さあ、今できうるかぎり、愛する人の心から重荷を取り去れ。このうるわしい王国も永遠に続かず、いつかは手から離れ去る。
一〇五 昨夜壺作りの仕事場に行った、二千の壺が喋ったり、黙ったり。突然一つの壺がこう叫んだ、壺作り、買う人、売る人今いずこ。
一四七 天女がいる天国は楽しいと人は言う、わたしには葡萄の液こそ実に楽しい。この現金を受け取って、あの手形に手を出すな、太鼓の音、遠くで聞いてこそ楽しい。
一四八 愉しめよ、悲哀は限りなく続き、大空には無数の星がきらめこう。おまえの土で焼かれる煉瓦は、いつか他人の館の塀になろう。
一六二 われらの清い魂が身を離れると、われらの墓は他人の土でつくられる。われらの骨が土と化すころ、それで他人の墓の煉瓦がつくられる。
一七九 われらの前にも昼と夜はあった、九重の大空も運っていた。心して地にそっと足をおけ、その土もかつては乙女の瞳だった。
二〇〇 過ぎし日を想い起こすな、まだ来ぬあすを思い煩うな。未来や過去に基礎おかず、今を愉しみ、人生を無にするな。
二五三 あすの保証をだれもしてくれぬなら、今楽しまそう、哀れなこの心。この月の光で酒を飲もう、月はいくたびも輝くが、われらはいない。
二六五 知の天幕を縫ってたハイヤーム、悲哀の竈に落ちて焼けたよ、突然に。死の大鎌は生命の綱を断ち切り、希望の仲買人はただで彼を売り渡した。
二六八 いつまで理性のとりこになろう、世にいるのが百年でも一日でも同じこと。さあ、壺作りの仕事場で壷にならぬうち。
二七三 魂奪われて去り行くこの身、虚無の神秘な幕に消え去るこの身、酒を飲め、どこから来たのかわからない。楽しめよ、どこに去るのかもわからない。二九二 酒を飲め、永久に魂を慰めるもの、傷ついた心を癒すもの。悲哀の洪水にかこまれたなら、酒に逃がれよ、ノアの方舟はそれ。
二九四 世の中で何を見ようと無だ、何を言おうと、聞こうと無だ、地平の果てまで駆けようと無だ、家で横になろうと無だ。

 特に148がいいなと思った。ちなみに今青空文庫版で「壺」を検索してみたけれど、これに対応しそうなものは見つからなかった。これは元本の岩波文庫版が昭和20年代のもので、収録数が143首であるのに対し、2004年に出た黒川訳は296首を訳しているという違いのためで、小川訳にない(多分)ものが気に入ったのだから、このバージョンを買ってよかったんだなと思った。
 それはそれとして、十数年ぶりに訳者を変えて読んでみて思ったのは、やっぱりこの作品が好きだということだ。人によっては酒、酒、酒なのが微妙かも知れないし、知人は大意で「とりあえず飲もうぜ、いえー!って作品」と読んでいたので、そういう読み方もあるはずではあるけれども、自分が読み取るのは、莫大な時間の拡がりをまえにした人間のおののきみたいなものだ。小川訳だとそこが苦い諦念として表現されていた気がするんだけど、黒川訳の描き出すハイヤームはもう少し諦めきれない嘆きが滲んでいるような気がする。今読んだばかりのバージョンとほとんど記憶に残ってないバージョンを比較する無茶をあえてすれば、黒川訳のほうが知と情のバランスが情に傾いているんじゃないかと。おそらくは平凡社ライブラリー版も違った色があるんだろうと思う。どれがいちばんかは人によるだろう。個人的には黒川訳も捨てがたい。ので、出版元のグーテンベルク21さん*1は、表紙に訳者名が出るようにしていただきたい。
 またそのうち再読したい。今度は平凡社ライブラリー版でもいいな。

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追記2015/06/02 上記で言及しなかったバージョンの存在を知った。
ルバイヤート―中世ペルシアで生まれた四行詩集
オマル ハイヤーム ロナルド バルフォア

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 いちばん雰囲気があるかも。

*1:ところでここのラインナップって、かなりそうそうたるものだけど、全部版権取れているんだろうか。いや、amazonが扱ってるんだから、取れてるんだよな、きっと。