杉野昭博『障害学――理論形成と射程』

日本でも、「障害学」と呼ばれる領域が精力的に研究されつつある。本書は、いま絶好のタイミングで出版されたと言って差し支えないだろう。

障害学―理論形成と射程

障害学―理論形成と射程

障害学の理論的な枠組みは、英国のカルチュラル・スタディーズである。それまで医学や福祉の対象のみとして研究されてきた障害について、社会の側の問題点を指摘する。フェミニズムが「Personal is Political」と主張してきたのと同様に、である。その点は評価されすぎることはない。
そのうえで、カルチュラル・スタディーズが基盤となっていることに関して、その可能性と同時に限界もまたあるはずである。杉野はあとがきでこのように述べている。

本書の執筆にあたっては、障害学を研究しようとする人にとって理論的な案内書となることを主眼においた。また、障害学になじみのない研究者にとっても、それぞれの専攻領域と障害学との接点を理解できるように工夫した。たとえば、法学や政治学の研究者ならば本書の5章を、経済学や社会学を専攻する方ならば4章を、フェミニズムやマイノリティ研究などを専攻する方は3章を、リハビリテーション学や障害者福祉や特別支援教育の研究者ならば2章と5章を読んでいただければ、障害学を研究したいという大学院生にどのように指導すればよいのか大まかなイメージはつかんでもらえるのではないだろうか。(pp.285-286)

私の不満は、なぜここに「哲学・倫理学」が入っていないのか、ということである。「(障害dis-abilityの対概念としての)能力とは何か」ということを考えるのは哲学的営為であるし、また、社会政策の哲学としての分配論や、出生前診断をめぐる生命倫理学も、障害研究とは切っても切れないだろう。哲学・倫理学方面から障害に切り込むこともまた、必要なことなのである。
ともあれ、そのような不満は本書の価値を落とすものではない。この本の内容を咀嚼したうえで、どう考えるのかが重要なのである。ぜひ手に取って読んでいただきたい一冊である。