大杉栄 自由への疾走  鎌田慧

大杉栄は明治の終わりから大正期に日本で暴れまわった社会主義者、もしくはアナーキストとして有名な人物です。大杉は1885年(明治18年)に生まれ1923年(大正12年)に38歳で殺されるまで、その人生はまさしくどこまでも己の自由を求めて奔走し、また「紊乱(びんらん)」を主義として体制にどこまでも反抗しました。

現代では彼の存在は一部の人以外には忘れられていて、体制に対する抵抗ということもただ形骸化した市民団体や左派と言われる人達が騒ぐだけのイベントに成り下がってしまいました。たしかに私たちは現在単純なサンディカリズムも単純なコミュニズムもまったく通用しないことが明らかになった世界に住んでいます。反抗ということに理論的な価値もなく、さらにどのようにすれば政府や官僚など権力にある人々を動かせる運動もできていないのが実情でしょう。
こんな状況の中で、政治に不満があるけれど実際にどうすればわからない人には大杉栄が実行した「紊乱」を知ることは決して損になることはないでしょう。


彼の書く文章は私たちの生と魂に揺さぶりをかけ、遺伝子や意識の底に眠る根本的な自由を呼び起こします。以下に大杉の書いた文章を掲載します。彼の生に対するただならぬ激しさ、観念の自由をどこまでも追求する熱量をぜひ味わって欲しいと思います。

美はただ乱調にある。諧調(かいちょう)は偽りである。真はただ乱調にある。 今や生の拡充はただ反逆によってのみ達せられる。新世界の創造、新社会の創造はただ反逆によるのみである。(「性の拡充」)  p.169

生には広義と狭義とがある。僕は今その最も狭い個人の生の義をとる。この生の神髄はすなわち自我である。そして自我とは要するに一種の力である。力学上の力の法則に従う一種の力である・・・・・・・・・けれども生の拡張には、また生の充実を伴わねばならなぬ。むしろその充実が拡張を余儀なくせしめるのである。従って充実と拡張とは同一物であらねばならぬ。 かくして生の拡充はわれわれの唯一の真の義務となる。われわれの生の執念深い要請を満足さするものは、ただ最も有効なる活動のみとなる。また生の必然の論理は、生の拡充を障礙(しょうがい)せんとする一切の事物を除去し破壊すべく、われわれに命ずる。そしてこの命令に背く時、われわれの生は、われわれの自我は、停滞し、腐敗し、破壊する。(「生の拡充」)  p.174-175

社会主義はこのいわゆる物質的史観説に立脚して、社会進化の要素として経済的行程、工業技術的行程を過大視するの結果、彼(か)の必然から自由への飛躍を、外的強迫から内的発意への創造を、単に到着点としてのみ強調して、等しくまたこれを出発点としなければならぬ事を忘れてしまった。(「生の創造」)  p.175

彼等略奪階級が製造して、吾々非略奪階級に無理強いする、一切の社会的政治的道徳的の理論と感情とを放擲(ほうてき)して、人間本来の本能に従って、吾々自身の気質に従って、吾々自身の自覚的経験に従って、吾々自身の個人的世界を建設すると共に、又其の社会的実現を謀らねばならぬ。 本誌の目的は、此の確固たる自覚を吾々の仲間の労働者の間に喚起(よびおこ)す手引きとなり、又此の自覚によって欲求する吾々の奴隷的地位の改善と、及び此の改善を礙(さまた)げる一切の社会的制度に対する階級戦争的反逆との、不撓(ふとう)の機関たらんとするに在る。(おそらく大杉による論文「労働者の自覚」)  p.191-192


いかがだったでしょうか。大杉がいかに「紊乱」という言葉に美意識を感じ、さらにそれを徹底的に実行しようとしたかがわかる文章です。もちろんしようとしたのではなく、彼は自分自身の感じるままに己の人生を疾走しきったのです。それと彼の自由を求める果てしない精神は現在だとリバータリアニズムとの関連性もある気がしますが、大杉が生きていればそれは否定していたでしょう。それは大杉の過酷な立場にある労働者への思いが、リバータリアニズムと決定的に違うからです。

大杉の死後アナーキストサンディカリズム社会主義運動や共産主義運動などに吸収されていってしまい、その思想も行動も衰退の一途をたどって行きました。しかし彼の求めた自由は一部の人に受け継がれて今に至っています。


最後ですが著者の鎌田慧氏はリベラリストというより左派・反体制に近い人物で、本書の伝記もその立場から書かれています。もし本書に興味を持たれた方はいったい自分は何に対する反抗がしたいか、どのように反抗すればいいか、そしてそれは反抗しなければならないかなどを考えてみるのがいいと思います。育った環境にもよりますが、現在は単純に反抗できる大きな存在がないので大杉が生きた時代よりかはいくぶんか反抗しなくても生きることができます。というより社会が反抗をしない人物を求めてる一方で、企業などはその体制に不満をもっていたりして、言われたことしかしない後輩がどうのと言ったりします。本当にねじまがった時代ですが、本書が多少なりともこんな時代の助けになることを期待します。


大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)

大杉榮 自由への疾走 (岩波現代文庫)


大杉榮―自由への疾走

大杉榮―自由への疾走