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2007-12-12

ニコニコ動画が言い続けた「アンチ集合知」とは何だったのか

ニコニコ動画はおもしろい。

たぶん、Webサービスにおける2007年最大の革命だと思う。

ただ、ニコニコ動画のおもしろさや技術的な側面については多くの場所で語られているけれど、

どうも今ひとつ表層的な部分で終わってしまって、本質にたどり着いていないような気がするんです。


例えばちょっと前の記事、

Second Lifeとニコニコ動画の同期性、“後の祭り”と“いつでも祭り”

でも、「コメントが積み重なって、あたかも擬似的に同期しているからいいんだ!」と言われてますが、

それはそうなんだけど、そうだと何がいいのかがよくわからない。

コミュニケーションが取れる」イコール「楽しい」みたいな図式が自動的にできあがっているようで、

なんとなく釈然としなかったのです。


ニコニコ動画に学ぶ、人気サービス開発の極意:スペシャルレポート - CNET Japan

こちらも、記事の内容は素晴らしく、なるほどなーと思うんですが、

手法はそうかもしれないけど、だからといって人気サイトにならなかったところはたくさんあるわけで、

その違いはなんなんだと、やっぱり釈然としないのです。


そして、これらとは別に自分の中で1つだけ答えが出なかったことがありました。

夏頃に発表された「ニコニコ宣言」では、

無機的な集合知ではなく人間のような感情を備えた集合知を目指します

とあります。WikipediaAmazonなどがポピュラーになってきて、「集合知こそWeb 2.0」だと言われてた頃です。

このとき言っていた「感情を備えた集合知」とは何だったのでしょうか。

ひろゆきも「集合知なんてつまんねー、感情がある方がおもしろくね?」って言ってた程度だし、

たぶん、言っている運営の人達も「こんなんじゃないかな〜」ぐらいの漠然とした感覚で言ってたんだと思いますが、

その辺を軸に「Webサービスニコニコ動画」を考えてみました。

アジェンダ

ニコニコ動画を「オモシロイ」と感じるのはなぜですのん?

基本的な前提

自分はニコニコ動画の機能は以下の2つだけだと思っています。

  • 「動画」共有サイトである
  • 動画にコメントをつけられる(動画上を流せるという意味で)

よく「ニコニコ動画のすごさって何?」というと、

「動画職人が集まる」「初音ミクの作品が次から次へと出てくる」てなことがあげられたりします。

しかし、これは上記2つの機能の上で成り立った、ただの文化であってニコニコ動画の機能ではありません。

著作権アニメの未来うんぬんの話も同じです。

なので、その辺の副次的な面白さは考えないことにします。

CGMに必要なこと

さらにニコニコ的なサービス、ユーザー参加型というかCGMを実現するには以下の要素が必要です。

  • 消費者(受け手)にとって、メリットがあること
  • 制作者(作り手)にとってもメリットがあること

多くのサービスがこの両方を見通さず、バランスを欠いてしまうために立ちゆかなくなってしまっています。

何よりもいい例がニコニコブックマークで、一般ユーザーである消費者には好き放題書けるメリットがありましたが、

Webサイト運営者側にしてみればメリットはありませんでした。

結果的におもしろいコンテンツが提供されることがなく、そのまま終了となっています。

rerofumiのつぶやき:勉強になるのはニコニコブックマークの方とする説参照)


ユーザー参加型の場合、ユーザーが次から次へとコンテンツを提供してくれるかどうかがカギです。

情報発信者の姿を見て「自分もやってみたい」と消費者から制作者に移る人が出てくるぐらいの魅力作りが必要です。

ニコニコ動画がこの魅力作りに成功したのは言うまでもないところですが、

では、その魅力とはなんなのでしょうか。

ニコニコ動画は「私を肯定してくれる場所」

結論から言うと、ニコニコ動画は「私を肯定してくれるWebサービス」なのではないでしょうか。

しかも、その「私」が消費者、制作者ともに当てはまるのが、このサービス最大の特徴です。


消費者の場合

コメント機能が「ライブ会場や友達の家でテレビを見ているような一体感を生み出す」という話は方々で語られてきました。

しかし、単にコメントや弾幕が流れるだけでは一体感を生むことはできません。

重要なのは「質」だと思うんです。


例えば好きなアーティストのライブに行った。当然、自分は盛り上がる気満々だった。

ところが、なぜか周りの人たちがみんな「なんだ、歌ヘタだな」「こんなの好きなやつはおかしいんじゃん?」と言い出した。

これでは楽しい気持ちも台無しです。きっとケンカが起きるに違いない。

つまり、ライブが楽しいのはお目当てのアーティストに会えると同時に、

「好きな人たちが集まった空間」を味わえるからだとも思うのです。


ニコニコ動画のコメントを見てみると、基本的に好意的なものが多く流れていきます。

これにはいくつか要因があると思いますが、

  • そもそも、ユーザーは好きなジャンルの動画しか見ない(から、好きな人が集まりやすい)
  • 2ちゃんねると違い、動画内コメントに「話題の流れ」がないため、荒らしどころが難しい。加えて、
    • コメントでやれることの限界があって荒らしづらい
    • 荒らしからすれば動画を最後まで見て荒らすのも面倒なので、せいぜい最初の数秒しか荒らせない

     (だから、目立たない。掲示板だと最終レスを全員が見るため「荒らされた」という印象が強い)

    • コメントが多すぎて荒らしが目立たない。しかも流れていく

などが考えられます。

つまるところ、好意的なユーザーが自分たちの好きな動画に集まるので、好意的なコメントが増え、

荒そうと思うユーザーからすると労力がかかりすぎるため、荒らしも増えない、

という仕組みができあがっているんだと思うのです。(まあ「エレクトーンで演奏してみた」系は荒れてますが)


すると、

f:id:guri_2:20100103105411g:image


  1. 自分が好きな動画にアクセス、自分が気に入る動画を見ることができる(個人的満足)
  2. 同じものを同じように好きな人がいると、感じることができる(共感)
  3. 自分の気持ちが肯定される(強化)

という流れが生まれます。

自分が見ている動画、ひいては見ている自分を否定する人がいない。

誰だって、自分が好きな物を好きだと言われれば嬉しいし、

同じ物を好きだという人が、あたかもそばにいるように感じられれば嬉しい。


これが消費者にとってのメリット「自分を肯定してくれるWebサービス」だと思います。

ここで重要なのは「否定的なコメントが集まりにくい」「ぬくもりを感じられる」サービスになるよう、

「動画」や「コメント」の特性が活かされ、システマティックに構築されていることです。

自動的にそういった空気が生み出されるようになっている。

これは賢いなぁ、と。

CGMWebサービスはこういったガイドラインを自動的に作れるかどうかが大事で、

個人的にはこれを手動でやろうというのは、CGMという観点から見たら間違っていると思ってるんです。

やぁ、そうなんだ。間違ってると思うんだよ、goo。ていうか、404 - gooニュース



●制作者の場合

一方、制作者、つまりコンテンツ提供者側ですが、

こちらの自己肯定は「自分を見てくれる、興味を持ってくれる」だと言えます。

誰にでも「私のことを見て欲しい」という思いはあると思うんです。

さらに言えば「すげー」って言われたい。そんな思いをニコニコ動画は満たしてくれているんじゃないかと考えます。


例えば、ブログ経験者であれば一度は自分のブログアクセス数を気にしたことがあるはずです。

カウンターが増えればたくさんの人に読んでもらえていることがわかり、嬉しくなります。

すると今度は、感想を聞きたくなります。

みんなどう思っているんだろう? アクセスしてくれているけど、楽しんでくれているんだろうか、というように。

ブログのコメントやトラックバックシステムは、この部分を実現し、発信者と受信者の距離を縮めました。


しかし、ブログにされるコメントは「日記全部の総評」です。

起承転結を考えて書いても「結」の部分しかコメントがもらえなかったり、

一番言いたかったことではなく、違う部分ばかり言及されてしまったりすることがあります。

また、トラックバックしてくれた人も、自分の日記について書くわけではなく、

「この記事読んでて思い出したんだけど…」と違う話題だったりします。

(ていうか、自分もそういうコメントしかできないです)


最初は単に「感想が欲しい」というだけだったのに、

どこかで「一文一文をちゃんと読んでもらって、反応してもらいたい」と思うようになっていたりします。



ニコニコ動画の場合、「動画」というメリットがここで出てきます。

秒単位で動画中のあらゆる場所にコメントができる。

ジャブのようなギャグも、まさかのどんでん返しも、ポイントポイントで反応してもらえる。

しかも自分の動画だけに集中してもらえる。「そういや思い出したんだけど」なんてない。

f:id:guri_2:20100103105412g:image


そして自分の期待した流れにそって、楽しんでもらえた反応を、

それこそ視聴者の息づかいが聞こえてきそうなくらいに感じることができる。

ブログだと自分の言いたかったことが半分も伝わらない気がしますが、

ニコニコ動画の場合、「ああ、自分を見てもらえた」という気になるんじゃないでしょうか。


ここでもまた動画が持っている「作品性」(=「自分なりのテクニック」を出せるアイテム)という特性が生きてきます。

作品の評価が、イコール自分自身に対する評価に感じられ、良い意味で錯覚しやすいからです。


つまり、人は「自分のことをちゃんと見て欲しい、そして評価して欲しい」という欲望があって、

ホームページアクセスカウンター

ブログのコメント」という進化で、Web上での他人との距離感を縮めてきたのだけど、

「動画上にコメント」というシステムがさらにその距離感を縮め、

「100%私を見てもらえる」「喜んでもらえてる」という実感や満足度を生むのだと思うんです。



まとめてみるとニコニコ動画は、

消費者にとっては「自分の好みを肯定してくれる」場所であり、

制作者にとっては「自分の存在を肯定してくれる」場所になっているんじゃないかと思うのです。

このアプローチで、CGMにとって重要な両者のメリットをきっちりと実現できたんじゃないかと。

感情の集合知の正体

ニコニコ宣言で述べられている「感情の備わった集合知」とは、このことなんじゃないでしょうか。

極論かもしれませんが、「楽しい」「嬉しい」を突き詰めていくと、

「他人から自分を肯定してもらえる」というところに行きつくのだと考えています。

この場合、自分が世の中的に正しいかどうかなんて関係なくって、認めてもらえればそれだけで嬉しい。

だから感情の集合知とは、

「ユーザーが、あたかも他者から受け入れられているように感じられるための集積体」だと思うのです。


そして繰り返しになるけど、

ニコニコ動画がすごいのは(ちょっとは偶然もあるんだろうけど、運営者の抜群のバランス感覚が良かった)

この雰囲気を自動的に生み出せる仕組みを作ったということ。

mixiにもこういった要素はありますが、ユーザーのモラルに頼る部分があります。

ニコニコ動画の場合、動画という特性に助けられた部分や、コメントの長さの制限などが手伝って、

知らず知らずのうちに実現するシステムになっているのが、すごいなと思うし、

Webサービスはこうでなくっちゃと思うんです。

「便利なサービス」を作る時代は終わった

ホントはこっから本題を書きたかったんだけど長くなったんでやめます。

簡単に言うと、

 使い手が「便利だなー」と感じるサービスに、もううまみはないよ。アメリカ人が作っちゃうよ。

 使い手が「あそこのサイトに行くと気持ちいいから、またアクセスしよう」と思うサービスがおいしいよ。

てなことを考えてました。


いずれ、別の機会にでも。

y_arimy_arim 2007/12/13 11:04 ほぼ同意いたしますが、コメントが一丸となって動画の内容を否定しているような
ものについてはどう思われますか?

# 同じものを同じように嫌いな人がいると、感じることができる(共感)
# 自分の気持ちが肯定される(強化)

という好ましからざる事態がそこでは生じているとぼくは考えます。
主に中韓叩き動画の話です。これはトップページの、直近でコメントがついた動画一覧に
いつ見ても一つは上がっているくらいには「人気」コンテンツのひとつになっています。

もちろんこの点をとっても、ニコニコ動画が優れたCGMであると言うことはできますが。

ottyankoottyanko 2007/12/13 11:08 面白い日記ですね。ちまたのニュースサイトの記事より面白かったです。
私も数日前の日記に、ちょっと違った視点でニコニコ動画のすごさを書いてみました。
コメントをXMLで出力出来た場合の未来予想なのですが・・・・(つまり今後の拡張性)

guri_2guri_2 2007/12/13 11:50 > id:y_arim
もちろん、悪意なものも含まれると思いますよ。
世間的に正しいかどうかなんて問題じゃなく、一体感が感じられればよいのわけで。
(何かをたたくのが好きだという人もいるだろうし、その人にとっても心地いい場所になりうる)
それもCGMの1つの形だと思ったりもします。

ただ、ニコニコ動画は2ちゃんのようなコメントサイトとは違い、
あくまで動画サイトなので、おのずと「自分が見たい(好きな)動画」にユーザーは集まると思うんです。
なので、どちらかというとポジティブな流れが生まれやすいのかと。
加えてテキストは5秒で読めますが、動画は数分見ないといけないので、
「通りすがりの荒らし」みたいなものには敷居が高いような気がします。
という、特性がありそうだぞ、という話です。

また、ニコニコ動画の参加者は数百万を超えているわけで、
するといろんな人が現れるのは当然と言えば、当然なんだとも思います。

はてブから来ましたはてブから来ました 2007/12/13 12:20 「自分を肯定してくれる場」というのは,非常に納得できる話です。
それは別に「好意」である必要は無くて,
嫌悪など負の感情も含めた価値観が肯定されているのだと思います。
だから,「居場所がある」と感じる人が集まってくるのではないでしょうか。

妙訝妙訝 2007/12/13 13:01 >y_arim
うp主が非難を集める事を目的に載せる場合を除いて、
非難が集中したら投稿者が自らそんな非難多き画像は下げてしまう…荒れた証拠が残らない…ということはあるでしょうよ。

であるから、好意/悪意に依らず「投稿者の意図と、発言者の意図が一致する」という部分では双方のメリットが重複する…その面では当論は揺るぎないわけですよ。
あえて好意と限定せずに総論としてそう言えば良かったんじゃないかな…。

妙訝妙訝 2007/12/13 13:05 加えて、私がニコニコで重要だと思うのは、
ブログと違って、投稿者が判り難い作りにある。

投稿者が自らコメントでマイリストを公表している場合は別ですが、
わざわざ動画を止め、動画情報(削除依頼の画面)を開かなければ投稿者IDが確認できない仕組みになっている。私はこれを重視します。

自己矛盾する自らの異なる趣向を分けた、別のコミュニティを作り易い。ある意味無責任に動画投稿できる。…自分の「キャラ」の自己矛盾調整をしなくて良い。空気を読むとか自己キャラを演じる責任を必要以上に感じなくて良い。演じる場合は率先してできるし。

カチコチカチコチ 2007/12/13 13:46 すごく勉強になる話でした。ただ、私的には、この記事とおなじくらい「・ニコニコ動画に学ぶ、人気サービス開発の極意:スペシャルレポート - CNET Japan」が参考になりましたけどね。

mama 2007/12/13 13:49 個人的には、最近あまりコメント書き込みはしなくなっているし、コメント量が多くてウザイ場合はコメントすら非表示にしてしまってます。それじゃあ、ニコニコの意味無いだろ?! と言われそうですが、意外とそうでもありません。
システム云々以前に、「(結果的に)面白いネタが集まってくる」というのが重要ではないでしょうか。なぜ、面白ネタが集まるかといえば、コメント機能も含めてその雰囲気があるから。
自分のユーモアを理解してくれそうな人たちがたくさん集まっていると思うから、職人達は一生懸命動画作ってアップしているのだと思います。

y_arimy_arim 2007/12/13 14:18 #お返事をいただいた各位
ありがとうございます。結局、良きにつけ悪しにつけ、ニコニコ動画はユーザを肯定してくれる場であると理解しております。ぼくは性悪説の信奉者なので、「悪し」の面ばかりが目に付き、そんなにメイっぱいいいものでもないなあと思ってしまうのですが。ただ、システムそのものと善悪は関係ないですね。
なお、guri_2さんの考察自体にはほぼ賛同するところであります。(承認欲求自体が後ろ向きなものだ、という話を拙ブログに記しました)

#maさん
それも重要だと思います。動画共有サイトとしては有数の、ネタのクオリティの高さ。ここで指摘されたようなコメントシステムがネタの質を保証し、それによってまた面白いコメントが集まり、それを見た人がいいネタを投下し……というサイクルがうまく回っています。おかげで、実はコメントを非表示にしてもけっこう楽しめるのですね。ぼくなどは、初見では必ずコメントを非表示にしています。バイアスがかかることを避けるために。

leepzleepz 2007/12/13 14:36 制作者って、自分の動画見ますかね?私はそこまで承認欲求はないです。どんなのだったか忘れたアニメや映画をアップロードしてるからかもしれませんけど。
ニコニコ動画は制作者より消費者に優しいサービスだと思います。

I11I11 2007/12/13 16:58 id:guri_2さんの分析には、疑問を感じる部分があります。id:guri_2さんはニコ動を過大評価しすぎていませんか?
個人的にはニコ動はつまらないしノイズが多いので利用していません。ニコ動のコメントで肯定されても嬉しくないですし。見たいのは良い映像であってコメントではないです。良い映像は大抵YouTubeなどの動画共有サイトに転載されますので、わざわざニコ動に見にいく必然性がありません。
ニコ動は自己肯定感を得られる場だとの分析ですが、逆に言うと、承認欲求が強い人、肯定感を得られにくい傾向の人(オタク、喪男、ネットウヨク、マイノリティなど)が自己肯定感を得るためにニコ動に長くいる傾向がある、ということも言えるのでは? 全員がそうだとまでは思いませんが、利用者傾向としてはそういう傾向があるのではないでしょうか。
参加者・利用者の国際的広がりで客観的に比較するなら、YouYubeなどのサービスと比べればニコ動画はまだまだ日本という地方ローカルのサービスにすぎません。広告業界から見れば、ニコ動よりも魅力的な広告媒体はいくらでもあります。
自己不全感・承認欲求のある人が自己肯定感を得られるサービスはニコ動だけではありません。自己不全感のある人が承認欲求を満足されるサービスは今後増えていくでしょう。たとえば「はてなスター」も自己肯定感を得られるサービスの一つですが、当初は否定派が少なくありませんでしたが、今の利用している人が増えています。
今後、自己不全感のある人が自己肯定感を得られるサービスがニコ動以外で増えれば、ノイズの多いニコ動からノイズの少ない自己肯定感を得られる新サービスに移動して、ニコ動の成長は止まり、いずれ衰退していくことになるのではないでしょうか。

ああああああ 2007/12/13 17:48 騒ぐだけのアニメ(ハルヒらきすた)とユーザーに作らせるゲーム(アイマスミク)しか売れてないし
業界全体としては悪い方向に進んでいくだけだね
さっさと潰すべき

bmketbmket 2007/12/13 17:49 id:I11さんの分析には、疑問を感じる部分があります。id:I11さんはニコ動を過大評価しすぎていませんか?
個人的につまらないから利用していない。でもみんな盛り上がっててあちこちでニコニコ動画
の話題ばっかりでむかつく。ここは一つ否定してやらないと、という結論が最初にありきで
議論をふっかけていませんか?
また、あなた自身が侮蔑している存在(オタク、喪男、ネットウヨク、マイノリティなど)が
盛り上がっているのが超気に喰わないだけではないでしょうか?
平たく言うと、小心者というか心が狭いというかここはお前の脳内妄想の吐き出し場じゃない
だろう常識的に考えて……ではないでしょうか。

AGE EXPRIRAGE EXPRIR 2007/12/13 18:19 アマゾンの評価欄なんかもこれと同じですよね
その商品を買おうかどうかと手にとるような人は大体その商品が好き
中には2chの抗争に巻き込まれた商品とかもありますけど(PS3信者に叩かれるXBOXとか)

妙訝妙訝 2007/12/13 18:19 >id:I11
記事タイトルにあるように、アンチ集合知の価値をどのように評価し得るか…という論を展開してるんですよ?ここでは。
それに対して、国際的うんぬんを取り出しても否定になりません。
日本人は国際標準じゃないから絶滅してよし…と言うのと同じ論理なんですが…。

珍奉珍奉 2007/12/13 18:31 ニコ動って著作権侵害してるから盛り上がってるんじゃないですかね。
果たして素人の作品だけであんな風になるのかどうか。

著作権侵害コンテンツをみるのが主目的のユーザが大多数で、局所的にコメントで馴れ合ってる現象があるだけじゃないのかな。
コメントカット利用率とか、全体のUUに占めるコメントで盛り上がっているコンテンツの割合とか知りたい。

妙訝妙訝 2007/12/13 18:33 ニコニコの仕組みとしての利点について…追記

ニコニコでは多くの場合、視聴者の側で付けた「あだ名」で通っている。
投稿者IDが通称となっていることはマレですよね。

「投稿者の虚栄心につけ込む」…という観点からすると
「IDが見える所に乗ってない」ところは一見矛盾する。
当初、私もそこに疑問を持ったものです。しかし、直ぐにそれこそが良いのだ…と理解した。

一つの炎上が他の投稿動画へと波及し難い。ブログでは簡単に閉鎖〜ID廃止に出ざるを得ないこともあるが。

IDが先走ると、捨てハンが横行することにもなるだろうし、それだと管理の側もアクセス量のコントロールに不確実性が高くなる。当初からIDを先着順にして、新参者にアクセス制限を掛けていたことも、捨てIDを「もったいない」と躊躇わせる者を高めたことだろうことも、ニコニコの戦略が成功した要因だろうと考える。


タグ等の仕組みもそう。
投稿者の自己主張として自動的・強制的に繋がってゆくのではなく、視聴者の側の趣向・支援によって、ネットワークが構築されて行く。

歌詞職人などの存在が示すものもそう。投稿者の演じる舞台を視聴者の側が構築してゆく。それによって作者が安心して表現を演じる素地が涵養されて行く仕組みになっている。

これなどは、荒らしが気まぐれの八つ当たりで炎上する導火線を繋いで行く手間が手間でそれを躊躇わせる。その意味でニコニコはポジティブなネットワークに優位性があると言えるかも知れませんよ。

あ 2007/12/13 19:18 面白い記事だと思うけど、もうちょっと短い説明にしてくれ・・・

通りすがり通りすがり 2007/12/13 21:37 大変賛同できる記事で、楽しく読ませてもらいました。長文乙です。

>妙訝さん
IDの仕組みは秀逸ですよね。ハードの制限で承認制だっただけなのかもしれませんが、結果的にアウアウな動画はアップされにくく、秩序を保てているように感じます。
ネットワークについて、なるほどなあ、と読ませていただきました。
>珍奉さん
>著作権侵害してるから
そういう側面はなくもないとは思いますが、そんなこといったらYOUTUBEと何も変わらないし、例えば初音ミク関係の盛り上がりっぷりは説明できないと思いますな。単純に動画数が多いから著作権侵害しているのも多い、だけなのかもしれません。しかし、データがないとはっきり言えませんねー。
>I11さん
荒らし、お疲れ様です。あ、でもニコ動よりも良いとされる広告媒体、教えてもらえないですが?興味あります。そもそもニコ動は広告媒体を目的として作られたコンテンツではないとも思いますけどね。
>leepzさん
私は、製作者にも優しいと思いますよ。じゃないとあれだけの動画がアップされないと思うので。

個人的には、文章でコメント、っていうのも良かったと思うんですよね。もちろんそれ以外の選択肢はほとんどなかったんでしょうが、効果音でコメント、くらいは現時点でもできるはずです(将来的には、恐らく音でのインタラクションも視野に入れているのだと思います)。文字って、嘘をつけない。文字数の制限で行間を読ませることもできない。素直な感想しか言えないから、共感が加速するような気がするんですよ。だからと言って、記号的なYesかNoみたいな効果音でもできるような単純な情報でもない。
そんなことを考えてみました。

夜叉夜叉 2007/12/13 21:47 ほとんど全部の動画にアンチが付くPS3みたいな存在もありますけど、全体的に見ればポジティブな連鎖が生まれやすいですよね。コメントが一定数で流れるというのが大きいんでしょうね。
制作者の場合についてですが、その通りだと思います。ピンポイントで評価を付けてもらえるというのは大きいです。どこを直すといいのかわかりますから。
あと、「投稿者の虚栄心につけ込む」ですが、これは匿名の虚栄心でいいんだと思います。文章だといくらでも演じられますが、動画作品では自分の出自が自然に出てしまいますから。投稿動画全部を関連付けられるとちょっと…。

no nameno name 2007/12/13 21:48 >id:珍奉さん
今では動画共有サイトのほとんどが著作権に違反しています。
特にニコニコは著作権に違反している動画が多い。ですが、他のサイトにも一つは著作権違反の動画があります。一つでもあれば、それは違反なんです。ニコニコだけが違反している訳ではありません。

元より、ここは批判する場所ではありません。
id:あああさんの様に一方的な意見を言う場所でもありません。
自重してください。

namaenamae 2007/12/13 22:15 >I11さん
「魅力的な広告媒体」として他の動画共有サイトを挙げているが、有料会員の数で黒転できそうなのはニコニコくらいでは?
もちろん高額なクローズサイトは別で。ニコニコはエコノミーでも見れる。
広告媒体とは違う、本体としての魅力。これはYouTubeその他ではとても追いつけないよ。

ごますりごますり 2007/12/13 22:39 >通りすがり さん
>文字数の制限で行間を読ませることもできない。素直な感想しか言えないから、共感が加速するような気がするんですよ。
同意ですね
私も同意しかねる意見が数多く寄せられている動画を見る事があるのですが、文字数が限られているために彼らの意見に反論することがとても難しい。たとえ論理をもって反論したとしても、感情的な反論との区別がつかない。完全な多数決。
私はすぐにあそこは論じる場ではないと理解しました。しかし、論じる場ではないにもかかわらず、意見形成がされる場ではある。もしかしてプロパガンダにもってこいなのでは??
少しばかり危険な香りがします。

nanashinanashi 2007/12/13 23:40 >y_arimy_arim 2007/12/13 11:04

>という好ましからざる事態がそこでは生じているとぼくは考えます。

大変好ましいじゃないですか。
韓国のohmynewsがノムヒョン政権誕生に貢献した時
ネットの既存メディアへの優位性について「アメリカへの怒りを共有できる」と分析し
それを日本のマスコミも好意的に報じていましたよ。

それとも怒りの対象はアメリカ以外だと好ましくないんですか?(笑)

テラKYテラKY 2007/12/13 23:40 >I11
自分の好み言ってるだけじゃねーかwww盛大にフイタwwてか釣りだろw
>珍奉
ねーよ・・・常考 人間に絶望しすぎwww
>記事内容
把握した
結局システムを解説してなぜそのシステムが面白いかを言葉にしただけのような気がしないでもない。
つまりほかの記事と大差ないかと。書いてることは正しいと思った。
それも確かに面白い理由の一つ。でもほかにも面白い理由はあるよ。
仮にそれが面白い理由のなかの最大のものであるとしてもほかの小さな面白い理由を無視していいわけはないからね。
最初から面白い理由の一つを書きますとあればいいけど、他の記事を表層的で終わってると言っちゃってるから指摘してみた。

で、面白い理由は色々あちこちで言われてるけど面白さが続く理由も出るべきだと思う。よし私が言おう。
言うまでもなく当たり前のことだったらすまんけど、それは“一つの世界”が出来ているからだね。
デザイン、システム、運営、ユーザーetcが一つにまとまって出来た“世界”。
2ちゃんと同じ。ニコ動は動画サイトで“世界”を成り立たせたから革命的といえる。
システムがよかろうがデザインがよかろうがそれらがまとまらないとダメ。
システムだけはよかった、デザインだけはよかったと言われるのがオチ。
逆に言えば一つ一つのクオリティが低くてもまとまってりゃ“世界”が構築される。

“世界”が出来れば感情が芽生え、歴史が積まれ、文化が形成される。結果続く。
“世界”があまりに半端だったり、崩壊したりすると面白さが分からなくなる。結果続かない。
その“世界”が自分にとって受け入れられるなら、そして個人の好みや価値観、面白いと感じる物事の差違を利便性やジャンルの多様さなどが受け止めてくれるなら、ハマッて当たり前。

と、俺は思うんですよ、どうでしょう。
勢いで書いたんで長いくせに言葉が足らないところあったらサーセンwwwww

230230 2007/12/13 23:44 I11氏の考察『承認欲求が強い人、肯定感を得られにくい傾向の人がニコニコにがなくいる傾向がある』はけっこう新鮮だと思いました。逆もまた真なりというか確かに納得かも。
頭ごなしに否定するほど陳腐な反論じゃないと思いますよ。

582582 2007/12/14 05:32 AMVやアート系の動画が好きでニコニコを利用していたのですが、正直先月のあたりから一気ににこの手の動画がなくなりました
削除された、ということもあるんですが、それ以上に誰も何もあげてない傾向になっているんですね。
TV番組とかの動画には基本的に興味がないんで、ネット上の話しか知りませんがそれも何でかんでも削除して、もうこの系統の動画をあげる人もいなくなったようです。

実際、あるジャンルのタグで検索を書けてみたら、著作権動画とは言い難いジャンルであるにもかかわらず削除の嵐で片っ端から消されて
先月の終わりくらいからほとんど誰もあげない、まるで廃墟のような状態になってました。
もうアップ主はここにはこないな、というのが一目でわかる光景でしたよ。

最初から人のふんどしで金を儲けるビジネススタイルであった以上、アップ主の反感を買いやすい動画であったことに違いはないと思うんですが、だからこそ、どこを削除してどこを削除しないか、著作権動画でないものまで、何の基準であるかも示さずに恣意的に消していったのはまずかったのではないかと考えてます。

実際、ミクとアイマスという著作権侵害二次創作動画で支えられているニコニコは、その意味極めて運がよいと同時に脆弱なのかもしれません。
しかし面白いもんです。2chでニコニコの反感が強まり、ニコニコから人が急激に離れていったのと同時に、Blogではニコニコの応援的記事が多数書かれて、ニコニコから見る動画サイトの将来、というのがかなり楽観的に語られるようになったんですから。

ニコニコ的には一度ついた有料会員を話さなければ、それでオッケーと考えているのかもしれませんけどね。

最近のあの動画は、アイマスもミクにもTV動画にも興味の無い人間にとっては、極めてつまらない環境に成り下がりました。

higekuma3higekuma3 2007/12/14 08:22 動画にコメントがうてるってのは、初見は、おもしろいけど、
ゴミがというか、コバエがたかってる様子は、むしろ、うんことゲロと猫の死体を
一度に見たような感じ。

きっと本来的には、動画に、インデックスや、tagを埋め込む技術だろうね。

動画の一部からの、リンケージの展開を
はやくして欲しい感じは、あるね。

いつも、コメント消して見てる。

コンテンツ自身も、たくさん、なんでもあがってくると、
見てもらえるコンテンツと、見てもらえないコンテンツと、
削除されるコンテンツに、分類されてるな。

jabberjabber 2007/12/14 11:15 この考察、読んでいて面白かったです。
ニコニコ動画で「自分を肯定してくる楽しさ」を感じている人は多いでしょうが、それを言葉にし、論理的にまとめてあるのは素晴らしいと思います。
また「動画」であることのメリットについての着目点も面白く、参考になります。

ですが、私は一人のニコニコユーザーとして、たとえごく少数派の意見になるとしても、この記事の結論に異を唱えさせてもらいます。
確かに他者から認めてもらえる場所としてニコニコ動画を楽しんでいる人は多いでしょう。また、自分を認めてもらえることで快楽を得るのは私も同じです。
ですが「自分を認めてもらえる場所」というのは、ニコニコ動画の一つの面でしかなく、ニコニコ動画の楽しみ方の一つでしかありません。

私はニコニコ動画に投稿をしたことはなく、もっぱら消費者としての立場として言わせてもらいますが、ニコニコ動画において私がコメントを書くのは他者に同意してもらいたいからでも認めてもらいたいからでもなく、その作品を評価するから、良い作品を見たときには強い感情が生まれてしまうから、書いてしまうのです。
それは例えば素晴らしい景色に出会ったとき、一人きりで周りに誰もいないのに、つい「きれい」と呟いてしまうのと似ています。誰に聞かせるわけではないのに、つい言葉として出てしまう。そしてニコニコでは口の代わりに手が動くのです。だって書ける欄があるのだからw
これはまた、逆に製作者(up主)を「認めてあげる」ためにコメントを書いていると言えるのかもしれません。そしてまた、本当に呟くだけでなく、手を動かしキーボードを叩いてしまうというのは、どこかに見てもらいたいという気持ちがあるとも言えるのでしょう。

くどいようですがもう一つ、製作者側(ニコニコ以外では製作もやってます)からの意見として、「私」を見てもらいたいのと「作品」を見てもらいたいというのは違います。少なくとも私は、作品を通じて「私」を見て(認めて)ほしいから製作をしているわけではありません。作品がほめられる=私を認めてもらえる という図式は多くの場合成り立つのでしょうが、成り立たない人もいるということです。これは些細な違いかもしれませんが、訂正させていただきます。


結論を言うと、ニコニコでの全ての楽しさは、突き詰めてしまえば自分を認めてもらえることにつながる、というのは早計ではありませんか。

自分でも軸がぶれてる反論だとわかってるのにこんな長々と書いてしまいましたが、こんな風に思ってるひともいるよーってことで足跡を残させていただきます。失礼しました。

RORO 2007/12/14 14:56 ニコニコが「人に認められやすい」という環境に着目したコンテンツだ、っていうのは、確かになるほど、と思いました。

>jabberさん
自分を認めてもらいたくて創作している、っていう人は確かに少数・・・というか、それが第一動機な人なんてほとんどいないと思います。
特にニコニコに投稿される作品なんかは、完全に趣味の作品なのだから、「あ、思いついた。このネタうけるかな?」みたいな気持ちが大半でしょうね。

ただ、そうやって創り出した作品をいざ発表する時に、じゃあどこで発表するか、その最後の一押しに「ここなら認められやすいかも」という感情が(意識的にも無意識的にも)働いているのでは?
そして、ニコニコ動画はその部分を実にさりげなく機能させている、と。
webサービスなんて無数にあるわけで、その中で成功するか否かは、そういったちょっとの一押しが大事、ってブログ主さんは仰っているのでは?
「それがニコニコ動画の本質であり全てだ」とかではなく、あくまで「それが他の動画投稿サイトになかった、ニコニコ動画ならではの面白さだった」という主張をされていると、自分は思いました。

にゃーにゃー 2007/12/15 13:19 なんだか難しく考えすぎる人が多いような気が・・・w

この記事面白かったですよ。
でも僕は「共感」する事より「評価」することに楽しみを感じます。
能動的にね。
理由については自分でも説明不可ですが。

笑い人笑い人 2008/01/17 02:19 コメントを非表示ってことはコミュニケーションをとりたくない、いらないってことでしょ?
それでもニコ動にアクセスするってのは、何しにきてるんだろうなぁと思う。
人それぞれと言われればそれまでだけど。

通りすがり通りすがり 2008/01/27 21:42 こんにちは。
コメント=自分の気持ちの肯定、という意見には同意ですが、
では果たして、自分の気持ちを肯定、とは何を意味するのでしょうか?

それが
「自分はこの動画が好き」→「他人もこの動画を好き」→気持ちの肯定
なら健全だと思うのですが、ニコニコの場合
「他人はこの(人気)動画が好き」→「自分もこの動画を好き(になろう)」→気持ちの肯定
になっているように思えてならないのです。
(もっとも、それが日本人のメンタリティーと言えば確かにそうですが・・・)

分かりやすい例が、組曲ニコニコ動画。
ウン百万ビューを叩き出しているあの動画において、初見の段階で
原曲をほぼ知っていた(理解していた)という層は、果たしてどれだけいたんだろね、と
思ってしまうわけです。

ろばろば 2008/03/22 23:00 こんにちは。
 とても面白い記事でした。
私は、「人に認めてもらいたい」という気持ちよりも、
「自己表現」の側面が強いように感じます。
自分のした行動(コメント・動画制作)に、他者の視線が加われば、
基本的に少なくとも”私”にとっては表現になります。
自分の気持ちを肯定してくれるのは、自分と同じ動画を見ている人が
以前に自分と同じ気持ちを持ってコメントなどをした場合であって、
「肯定されたい!」という気持ちからニコニコを見る人はあまりいないのではないでしょうか。
コメントも、「あるあるww」ばかりではなく、「ねーよww」が、”私”の「面白いよ!」の
表現になっていたりもします。

通りすがりさんの、ニコニコ組曲の例ですが、これは、「表現したい」「肯定してあげたい」
という気持ちから、原曲を知ろうとして、好きになっていったとは考えられないですかねー?
そもそも、「原曲を知っている」→「好き」、という図式はあまり成り立たないのでは・・・

 「面白い」だから「好き」

そして、それを他ユーザの視線に晒される形(=表現)でコメントする。
それがニコニコの価値観の一番基本にあるように思うのですがどうでしょ?

なんだか筋の通ってない意見でゴメンナサイ(^^;)

pict3pict3 2008/04/12 12:38 興味深く読ませていただきました。
私も最初はニコニコ動画の1視聴者でしたが、色んな動画を見ているうちに
「自分でも作ってみたい」と思うようになり、制作者側に回りました。
あまり「肯定されたい」と意識したことはありませんが、指摘されると
確かにそうかもしれません。自分の作品を公開するということは、
やはり「コメント(評価)が聞きたい」という気持ちがあってこそですから。

えrgえrg 2008/11/20 09:35 秩序が保たれるとこれで終わり感がでるんだよな

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