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■「この戦争がいかように終わろうとも、おまえたちとの戦いは我々の勝利だ。(略)なぜなら我々はおまえたちとともに、証拠を抹消するからだ。そして何らかの証拠が残り、誰かが生き延びたとしても、おまえらのいうことはあまりに非道で信じられない、と人々は言うだろう。それは連合国側の大げさなプロパガンダだと言い、おまえのことは信じずに、我々を信ずるだろう。ラーゲルの歴史は我々の手で書かれるのだ。」(ナチスSS隊員談)─ジーモン・ヴィーゼンタール

2016-05-27

オバマ大統領広島訪問演説、偉大な成果とはなんだろう?

今日はさすがに昼からテレビに釘付けだった。期待に胸を躍らせていた。それにしてもセキュリティの凄まじい厳重なことよ。さすが銃社会、暴力的な社会だけある。

まずオバマ大統領の広島訪問は、任期切れの直前とはいえ、評価したい。そのうえでそれ以上のものではなく、落胆も激しい。

オバマの資料館は13分、資料などろくに視てもいないだろう。儀礼的すぎる。
平和公園での演説は予定を上回り17分ほど。文章はなかなかのものだ。演説のすばらしさで大統領になっただけのスピーチではある。
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文章は否定しないし、むしろ文面には感動させられた面もある。
しかし、謝罪要求しないほど、つまり政治主義を超越した広島被爆者の思想をしれば、その本当の深い意味を知らなくてはならない。
なまじの政治効果のやりとりよりも、人類の科学と倫理の問題として克服する必要を訴えてきたのだ。だから国家主義としての謝罪を要求しないといってるのだと筆者は理解している。

しかしながら、そうだとすれば、オバマは「軍事的な理由があったとしても、米国自身として非戦闘員への初めての虐殺兵器原爆を使用したことは、反省する」ということは言ってもらわなければ、すべて政治的効果へ矮小化されてしまうのだ。

国家と国家の関係として、外交のなかで訪問や演説があったとしても、被爆者は取り返しのつかない一回性の生を犠牲にしているわけで、国家元首の発言ですべてが終わるものでもないはずではないか。

自国の過ちに「反省」もなく、未来志向で核廃絶などいえる神経が筆者はおかしいと思う。原爆、劣化ウラン弾を撃ち、無反省に戦争をし続けているのが米国ではないか。
核を射ち、反省もなく未来志向、また核を射ち、反省もなく未来志向、愚かな話ではないか。
いったい良心のある人間なら、この矛盾を感じないものはいないのではないか。

さらにいうなら、オバマが大統領になってから、どれだけ核拡散への取り組みをしたのか?
核兵器禁止条約国連作業部会を欠席し、新型小型核兵器開発を進めているのが米国、方や核兵器禁止条約への動きを妨害し、国内的に核兵器使用は憲法違反ではないとついこの間言い切った安倍日本政府
この二枚舌の両人が「美しい映像」を演出し、核持ち込みの密約も、地位協定の見直しも埒外に置いて、マスコミに盛り上げさせる、この欺瞞は戦後70年反核運動空洞化し、世界は言葉を失ったということを鮮明に浮き出したと認識できる。

筆者は、いたずらに批判のための批判をしたり、悲観的観測をしようとしているわけではない。
オバマが物見遊山で広島訪問をしたとは思いたくないから、事実として進行している政治を確認しておきたいだけである。

これによって、安倍政権プルトニュウムの過剰な蓄積をやめるだろうか。
核使用も憲法違反でないという言説を、撤回するだろうか。
自民党から核武装論を一掃し、主張する政治家安倍総理はバッテンをつけて公認取り消しをするのだろうか。
マスコミはこの安倍政権と自民党の二枚舌を指弾し、安倍政権との接待宴会を核問題への本気の取り組みがないとして、辞退するだろうか。

謝罪ではない、それぞれの過去と進行中の核政策を「反省」がなくして、未来志向などと美しく謳い上げるマスコミを信じるわけにはいかない。

わたしたちは、被爆者が祈るような気持ちで推進した「核の平和利用」という美しい政策の果てに原発事故を招いた。
核は、日本の詐術で原爆と原発に分離した。しかし核はNewclerでひとつのことだ。
被爆者は核爆弾の悲惨な体験から、せめて平和に利用されてほしいと願った。その深淵な願いは踏みにじられた。ことばを事実の根から切り離し空虚なものに変換することでは、希望など語る意味はないのである。
ことばの力を取り戻さなければならない。

なお、オバマ大統領は、自分で折った和紙の折り鶴を、資料館の御芳名帳の横に置いてきたとのこと。

被爆者の政治と国家主義を超越した思想。
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(写真は毎日新聞報道写真部)
オバマとハグした森川重昭氏の捕虜米兵被爆者追悼のドキュメンタリー映画
「原爆の悲しみ、国境超えて/犠牲米兵と被爆者描く映画」
http://d.hatena.ne.jp/ksen/20160417/1460848199



オバマ大統領広島演説全文

71年前、よく晴れた朝、空から死が降ってきて世界は変わりました。閃光が広がり、火の玉がこの町を破壊しました。
これは我々人類が、自分たち自身を破壊する手段を手に入れたということを意味します。

なぜ私たちはここにいるのでしょうか?なぜ広島に来たのでしょうか?

私たちは、亡くなった方々を悼み、恐ろしい力がそれほど遠くない過去に解き放たれたことを深く考えるためにここにやって来ました。

10万人を超える日本の国民の方と、そして何千人もの朝鮮の人々が命を落としました。

その魂が、私たちに語りかけています。もっと内側を見て、私たちが一体何者なのかを振り返るように。そして、どのようになろうとしているのか語りかけています。

広島だけが特別なのではありません。暴力的な争いは古くから行われています。石や槍などが扱われました。これはただ狩りをするためだけではなく、人間同士の争いにもこのような武器が使われてきました。どの大陸においても、どの歴史においても、あらゆる文明は争いの歴史に満ちています。
富をもとめ、また民族や宗教的な理由からもこうした争いが起こってきました。帝国が台頭し、また衰退しました。そして人々が同じ人間に支配され、また解放の道もたどってきました。それぞれの歴史の転換点において、罪のない人たちが苦しみました。多くの人たちが犠牲になりました。その犠牲となった人たちの名前は、時が経つと忘れ去られました。それが人類の歴史であります。

第二次大戦は、広島と長崎で、とても残虐的な終わりを迎えました。これまで人類の文明は、素晴らしい芸術を生み出しました。そして偉大な思想や、正義、調和、真実の考えを生み出してきました。しかし、同じところから争いは出てきました。征服をしたいという思いも出てきました。古いパターンが新しい能力によってさらに増幅されてきました。そして、そこには制約が働きませんでした。

ほんの数年の間に6000万人ものたちが亡くなりました。男性、女性、子供達。私たちと全く変わらない人たちです。撃たれ、殴られ、あるいは行進させられ、飢えさせられ、拘束され、またはガス室に送られ亡くなりました。

世界中にはこの争いを物語るところが沢山あります。慰霊碑が、英雄的な行いなども含めて、様々なことを示しています。空っぽな収容所などが、そういうことを物語っています。

しかし、空に上がったキノコ雲の中で、私たちは人類の非常に大きな矛盾を強く突きつけられます。私たちの考えや想像、言語、道具など、私たちが自然とは違うということを示す能力、そのものが大きな破壊の力を生み出しました。

いかにして物質的な進歩が、こういったことから目をくらませるのでしょうか。どれだけたやすく私たちの暴力を、より高邁な理由のために正当化してきたでしょうか。

私たちの偉大な宗教は、愛や慈しみを説いていますが、それが決して人と争う理由になってはいけません。国が台頭し、色々な犠牲が生まれます。様々な偉業が行われましたが、そういったことが人類を抑圧する理由に使われてきました。

科学によって私たちは海を超えてコミュニケーションをします。また空を飛び、病気を治し、科学によって宇宙を理解しようとします。そのような科学が、効率的な争いの道具となってしまうこともあります。

しかし現代の社会は、私たちに真理を教えています。広島は、私たちにこの真理を伝えています。
技術の進歩が、人類の制度と一緒に発展しなければならないということ。原子力が破裂することによって、色々な文明が生まれて、そして消えてゆきました。

だからこそいま私たちはここに立っているのです。

私たちは今、この広島の真ん中に立ち、当時に思いを馳せています。子供たちの苦しみを思い起こします。子供たちが目にしたこと、そして声なき叫び声に耳を傾けます。

私たちたちは罪のない人々が、むごい争いによって亡くなったことを記憶します。これまでの争い、そしてこれからの争いの犠牲者に思いを馳せます。

言葉だけで、そのような苦しみに声を与えるものではありません。しかし私たちには共有の責任がります。私たちは、歴史を真っ向から見据えなけれなりません。そして、尋ねるのです。我々は、一体これから何を変えなければならないのか。そのような苦しみを繰り返さないためにはどうしたらいいのかを自問しなくてはなりません。

いつの日か、当時を経験された人たちの声も消えていくことになるでしょう。しかし、「1945年8月6日の苦しみ」というものは、決して消えるものではありません。その記憶に拠って、私たちは慢心と戦わなければなりません。私たちの道徳的な想像力をかきたてるものとなるでしょう。そして、私たちに変化を促すものとなります。

あの運命の日以来、私たちは希望を与える選択をしてきました。

アメリカ合衆国そして日本は、同盟を作っただけではなく友情も育んできました。欧州では連合(EU)ができました。国々は、商業や民主主義で結ばれています。

国、または国民が解放を求めています。そして争いを避けるための様々な制度や条約もできました。

制約をかけ、交代させ、ひいては核廃絶へと導くためのものであります。それにもかかわらず、世界中で目にする国家間の攻撃的な行動、腐敗、残虐行為、抑圧は、「私たちのやることに終わりはないのだ」ということを示しています。

私たちは、人類が悪事をおこなう能力を廃絶することはできないかもしれません。私たちは、自分自身を守るための道具を持たなければならないからです。しかし我が国を含む保有国は、他国から攻撃を受けるから持たなければいけないという「恐怖の論理」から逃れる勇気を持つべきです。

私が生きている間にこの目的は達成できないかもしれません。しかし、その可能性を追い求めていきたいと思います。

このような破壊をもたらすような核保有を減らし、この「道具」が狂信的な人たちに渡らないようにしなくてはなりません。

それだけでは十分ではありません。世界には、原始的な道具であっても、非常に大きな破壊をもたらすことがあります。私たちの心を変えなくてはなりません。争いに対する考え方を変える必要があります。それを外交手段で解決することが必要です。争いを終わらせる努力をしなければなりません。

平和的な協力をしていくことが重要です。暴力的な競争をするべきではありません。私たちは、築きあげていかなければなりません。破壊をしてはならないのです。なによりも、私たちは互いのつながりを再び認識する必要があります。同じ人類の一員としての繋がりを再び確認する必要があります。つながりこそが人類を独自のものにしています。

私たち人類は、過去で過ちを犯しましたが、その過去から学ぶことができます。選択をすることができます。子供達に対して、別の道もあるのだと語ることができます。

人類の共通性、争いが起こらない世界を作っていくことができます。物語は当時を経験された方たちが語ってくださっています。当時のパイロットに会った女性がいました。そのアメリカ人の家族に会った人たちもいました。アメリカの犠牲も、日本の犠牲も、同じ意味を持っています。

アメリカという国の物語は、簡単な言葉で始まります。すべての人類は平等である。そして、生まれもった権利がある。生命の自由、幸福を希求する権利です。しかし、それを現実のものとするのは決してアメリカ国内であっても、アメリカ人であっても決して簡単ではありません。

しかしその物語は、真実であるということが非常に重要です。努力を怠ってはならない理想であり、すべての国に必要なものです。すべての人がやっていくべきことです。すべての人命は、かけがえのないものです。私たちは「一つの家族の一部である」という考え方です。これこそが、私たちが伝えていかなくてはならない物語です。

だからこそ私たちは、広島に来たのです。そして、私たちが愛している人たちのことを考えます。例えば、朝起きてすぐの子供達の笑顔、愛する人とのキッチンテーブルを挟んだ優しい触れ合い、両親からの優しい抱擁、そういった素晴らしい瞬間が71年前のこの場所にもあったのだということを考えることができます。

亡くなった方々は、私たちとの全く変わらない人たちです。多くの人々がそういったことが理解できると思います。もはやこれ以上、私たちは争いは望んでいません。科学をもっと、人生を充実させることに使ってほしいと考えています。

国家や国家のリーダーが選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島から得られるでしょう。

世界はこの広島によって一変しました。しかし今日、広島の子供達は平和な日々を生きています。なんと貴重なことでしょうか。この生活は、守る価値があります。それを全ての子供達に広げていく必要があります。この未来こそ、私たちが選択する未来です。この未来こそ、最悪の未来の夜明けではないということを、そして私たちの道義的な目覚めであることを、広島と長崎が教えてくれたのです。

オバマ大統領のスピーチ英語原文

Seventy-one years ago on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city, and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not-so-distant past. We come to mourn the dead, including over a hundred thousand Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us, they ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint, and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain, or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered — a countless toll, their names forgotten by time.

The world war that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities, and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes — an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die. Men, women, children, no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

There are many sites around the world that chronicle this war, memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies we are most starkly reminded of humanity’s core contradiction; how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will — those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness, and yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith is a license to kill.

Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.

The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well. That is why we come to this place.

We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow. Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.

Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of Aug. 6, 1945, must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war.

The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war, and aspired to restrict, and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done.

We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.

We must change our mindset about war itself. To prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they’ve begun. To see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation, and not violent competition. To define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build. And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race.

For this, too, is what makes our species unique. We’re not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

We see these stories in the hibakusha: the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

My own nation’s story began with simple words: “All men are created equal and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty, and the pursuit of happiness.” Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: That is the story that we all must tell.

That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago. Those who died, they are like us.

Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child.

That is the future we can choose; a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.
(by ラビル)

http://rabiru.com/10080

2016-05-25

STAP細胞問題の闇─小保方への過剰なバッシングへの疑義

二年ぶりに『婦人公論』で瀬戸内寂聴小保方晴子が対談をしているーということが話題になっている。

再び、小保方に対する理系研究者からの厳しいバッシングの波がたった。
かねてより、このメディアスクラムによる小保方叩きはおかしくないかと偉い研究者に糺すのだが腑に落ちる回答がない。
昨日初めて筆者の見解とほぼ一致する研究者の解説に出会い、腑に落ちるものがあった。
それを踏まえて小保方擁護論を述べる。

そもそも研究者の論文とは何か?
学問の論文は、正/不正でとらえられない。
ある論文が、永劫に正しいなどということはまずありえない。絶対的に正しいものがあれば、そもそも研究を競い、新たな知見を得ようとする研究行為と矛盾する。

論考は、そのつどそのときに妥当性があるかないかの問題で、その時点で妥当であれば論文は認知され流通する。
正/不正という神の視座からの判断は学問にはなじまない。

小保方論文は、追試ができなかったことで不正だと認定されたわけだが、それは"NATURE"が判断し、論文却下をした。
研究者の責任とは、この自分の論文が却下され、世界の認知(合意)を得られなかったという段階ですでに責任はとっているのである。それだけで科学者としての失点である。そういう厳しいものだ。
それは"NATURE"と小保方との間の問題で、それだけの話である。
それをさも"NATURE"の採用担当者よろしく、メディアやネットの偉い研究者が叩きまくる権限があるのだろうか?
やるべきことは、自分には一点の曇りもなく剽窃もなく「正しい論文」を書いているか、教え子にも厳密にオリジナルな論文を指導したか、ということだろう。

技術や自然科学の開発は多くが失敗であり試行錯誤の連続だ。それをいちいち正/不正でとらえ、メディアに吊るされ、博士号まで剥奪した理研早稲田大学の対処はどう考えても理解できない。

まず、追試ができないことが指摘された段階で、普通なら理研と共同研究者若山教授と小保方の三者で論文取り下げるかどうか調整すればいい話ではないか。

メディアにリークしたのは誰か?何を目的にリークしたのか?
理研在職中に若山は小保方の共同研究者であり、STAP細胞には共同の責任を負っており、自分だけ正しいとして論文取り下げをリークするのもまともな対処ではないだろう。
まず小保方と詰めて、判断の発表は共同でしなければ筋が通るまい。

若山については、小保方を散々褒めちぎり、山梨大学へ赴任するにあたって、小保方に一緒に行って欲しいと依頼があり、彼女は断った。
ここは推測だが、若山に小保方への秘かな恋情があり、断られたことで憎しみへ変わったストーカー心理があったのではないか。

さらに、マスメディアへのリークに始まり、小保方ヨイショからバッシングまでの記者会見の設定は誰がしたのか?
小保方にはそんな権限はなかったはずだ。理研自体であろう。
"NATURE"の論文取り下げですべては終わったはずにのに、研究費の不正利用だとか、細胞の窃盗だとか、小保方を抹殺する尾ひれがなぜ付きまとったのか?

そもそも凡ての開発研究が成功して、「利益」を出しているわけではないだろう。だとすれば、小保方のSTAP細胞にのみ研究費の不正をなぜいいつのったのか?
理研も文科省も一件一件精査し、成功しなかった開発の研究費を当の研究者に不正だとして返還要求してはいないだろう。

自分の責任は棚上げして、小保方だけが貶められるリークをしまくった若山が自己申告したというだけで誠実な研究者だと称えられるのもおかしくないか?
結果責任として、若山も責任の一端はあるだろう。
本当の誠実な研究者は、このプロジェクトを監督し、論文取り下げただけの問題を政治問題にまで拡大してしまった過ちに自裁した笹井教授に決まっていだろう。
若山は責任のひとつもとっていない。

早稲田はどうか。
コピペや不正があったなら、それを指導した担当教授にどう責任をとったのか?
パソコンで論文を書くようになって、コピペは当たり前、文献引用はなければ論文は一行もかけないのが現在だ。出典の引用を明記すればいいということになっている。だから担当教授も見過ごすか見逃すかしたのではないか?
小保方以外の過去の博士号についてすべて精査したともきかない。

もし責任が問われるとしても、論文の妥当性がないとされたつまり研究者としての責任は、小保方がユニットリーダー(常勤講師相当)としての理研内部のそれ相当の責任だけではないか?

以上のような筆者の見解に、同意する研究者が少なからずいることが解り、意を強くしたのだが、少数派のようである。

筆者も長年哲学現象学をかじってきたが、少なくとも最近の学問において正/不正などという善悪判断をもちこむ異常さは何度でも指摘しておきたい。
それは自然科学でも人文科学でも同じである。
「妥当性」の有無を日々確証を得ようと努力するものなのだ。

さて、なぜSTAP細胞問題を取り上げたかというと、ハーバード大学がこの特許米国のみならず欧州各国で取りまくっている、近く日本でも申請するという情報が駆け巡っているからだ。

どういうことだ?
ますます闇は深くなる。

最後に、小保方は対談で「男の上司たちが豹変して、その圧力で殺されるかと思った」と述べていることが印象的であった。
研究や開発に失敗はつきもの、あるいは適当な論証で通るほど世の中は甘くないよということを知ったはずだ。今後の生き方のなかで、男の圧力と戦って新しい天地を開拓してほしいものだ。

【参考資料】
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