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☆ 句 の 無 限 遠 点 ☆ このページをアンテナに追加 RSSフィード

■民主主義と自由とを同一視することは、避けるべきだろう。なぜなら、民主主義とは、支配を行うためのある特定の形態であって、自由にとって好都合な形態ではあるが、自由そのものではないのだから。 国としての自主独立と、民主主義的な自由の権利と、自由との関連を見過ごすことなく、わたしたちは、自由ということを(話がすれ違わないために)つねに〈個人の自由〉、一人の人間(パーソナリティ)の自由として理解すべきだろう。 自由であるとは、自由な状態のなかで決断するということなのだ。──エルンスト・フィッシャー

2016-12-18

第二句集『俳句のアジール』上梓


『俳句のアジール』

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発行元 現代企画室

発売日 2017年正月

定価 2000円+消費税

帯文
 鈴木六林男を師とする至高の第二句集。
 派遣労働者累累と卯の花腐しかな
 地震(ない)のあと子らは笑うよ春泥に
 2007年以降、現在までの<時代をうたう>全282句を  収録。
 他に、大道寺将司句評、吉本隆明追悼、唐牛健太郎の  想い出、戦死した叔父の追想など、筆者の精神世界の  拡がりを明かす文章6篇も収録。

目次
 第一章 俳句
        義
        災
        情
        悼
 第二章 大道寺将司全句集『棺一基』の「存在倫理
     大道寺将司一句鑑賞
     六林男没後十周年によせて
     吉本隆明の訃報に接して
     擦過のひとり─唐牛健太郎
     七〇年目の追悼

(註) 誤植訂正 P39 誤word→正world
        P165 誤19→正18
         P179 7行目 誤19→正18
        帯文 誤282句→正324句

     

 

2016-12-05

韓国民衆のデモは日本の60年代後半の学生運動の影響による

日本の国民は、本当に井の中の蛙
韓国の今の反朴政府デモに驚いて、日本の民主主義もそうあって欲しいと、国民の右傾化を嘆いている自称リベラル派は、日本の学生運動には声高に「暴力はいけない」と行儀のいいお掃除をして帰るデモ隊を讃えている人たちだ。

韓国の今のデモの高揚は、日本の学生運動が多分に影響を与えていることをしらない。
70年から80年代にかけて、日本の新左翼全共闘運動の情報がまとまってはいっていった。
80年代に、革マル派の理論的バックの黒田寛一の私家版を持っていて反共法にふれて逮捕された青年がいた、それはニュース報道で流れたことがある。

アングラで、全共闘の情報が学生たちに共有されていたことは間違いない。

韓国では、李承晩政権を倒した暴力的抵抗の学生運動は、「革命」といわれている。

以降のデモはデモだ。

つまり反政府運動は、敵の出方次第で暴力革命にも、非暴力にもなる。
それは、一概に暴力がいけない、非暴力が絶対正義だなどという根拠はない。

それを日本の自称リベラル派は、最初から「非暴力」が絶対正義だという。
大衆のエトスに依拠する限り、反政府運動は自在にあることを承知しておくべきだろう。
民主主義の強度を上げるには、国民の「暴力」「非暴力」を適宜選択する訓練が必要なのである。

蛇足だが、「暴力」はMachtではない、Gewaltの意であることはいうまでもない。

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