ハテヘイ6の日記

ハテヘイは日常の出来事を聖書と関連付けて、それを伝えたいと願っています。

麻生氏が真に悔い改めないのは東大話法が染みついているせい?

 「ところが、あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに、御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現れる日の御怒りを自分のために積み上げているのです」(ローマ2:5)。

 ナチスがワイマール憲法を骨抜きにして独裁政権を作り上げた手口に学べ!という麻生太郎副総理兼財務相の失言は、8月1日の朝日新聞でやっと取り上げ、わあわあ騒いでいますが、「盗人たけだけしい」というのはこの事ではないですか?
 米国ユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」の副代表エイブラハム・クーパー氏は、「私はこれをメディアからではなく、様々な日本の民間人から知らされた」と語り、大手マスコミが真っ先に報じなかった事を暗に批判し、「21世紀の民主主義にナチスの手口をもたらし、憧れを呼び起こそうというのは全く理解できなかった。ナチスがいかに民主主義のプロセスを巧みに繰ってきたかについても読み誤った」と、激しく非難しました。実は私も7月28日のブログのコメント欄でnarumasa_2929さんが教えて下さったので、いち早く知る事が出来たのです。
 それはとにかく麻生氏はこのニュースがネットを介して広く拡散し、大騒ぎになるような事がなければ、平然と居直っていた事でしょう。その舌禍となった発言を見て行きます。
 「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって。ナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わった。あの手口に学んだらどうかね」。事の真意は明かです。麻生氏に弁解の余地はありません。ワイマール憲法については、まだまだ学びが足りませんが、それが人手を経ずしてナチス憲法に変わっていたなんて事はあり得ません。そこには、現代日本の閉塞状況のように、不満を抱いていた多くの人々が、ヒットラーに賛同していたに違いありません。安倍政権を支持して投票した多くの人々もその仲間です!
 「…私のナチス政権に関する発言が、私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾である」。この末尾に「遺憾」という言葉が出て来ます。これほど曖昧な言葉はありません。ウイキペデイアはずばり「『思い通りに事が運ばなくて残念だ』という意味で、期待したようにならずに、心残りに思うこと。残念に思うこと…謝罪をしたことではない」とその意味を解き明かしています。それは古くから政治家や外交官が使っていた言葉で、「劇的な対処を行わず事態を収拾せんとする意向を暗示するものであることが多い」(同)とあります。それこそ安富歩東大教授の指摘する「東大話法」そのものではありませんか?だいたい歴代の政治家や外交官は東大出身者が多く、その失言は巧みにかわされて来ました。安富教授はその著書で「常に自らを傍観者の立場に置き、自分の論理の欠点は巧みにごまかしつつ、論争相手の弱点を徹底的に攻撃することで、明らかに間違った主張や学説をあたかも正しいものであるかのように装い、さらにその主張を通すことを可能にしてしまう」という主旨の事を述べています。それは麻生氏の発言とその真意にぴったりの言葉ではないですか?
 聖書の「悔い改める」(メタノエオー)は、「不信仰や罪に対して心底からの悲しみを抱いて、それから離れ神の方向へ向く」という意味です。180度の心の変換です。「謝罪」ということばの意味を遥かに越えたものです。それに対して「変装する」(メタスケーマチゾー=うわべの形を変える)という対照的な言葉があります。後者こそ麻生氏の巧みな変身、ごまかしに適用出来ます。「ナチス政権を例示としてあげた事は撤回したい」。謝罪ではなく、ただ失言を引っ込めただけの事です。真意は上記安富氏の「間違った主張や学説をあたかも正しいものであるかのに装」う事です。今はそれに固執するとまずいから、一時的に引っ込めようという事だけです。ほとぼりが冷めてから、また主張しようという事です。
 麻生氏のコメント全文から見て取れるのは、取り返しのつかない発言をしてしまった、と心底世界に向かって悔い改めるのではなく、頭を下げるのでもなく、傲慢不遜な態度だけです。安倍氏が更迭しないのも、同罪だと言えるでしょう。