スペル



★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

銀行のローン担当クリスティン(アリソン・ローマン)は、次長への昇進候補だった。彼女は昇進の為に「厳しい決断」が必要だと、住宅ローン延長を懇願する老婆の願いを拒否してしまう。激高した老婆はクリスティンの深夜の退社を待ち伏せ、呪いの言葉を吐きかける。それから彼女の周りでは怪現象が頻繁に起きるようになった。クリスティンは3日後には地獄に墜ち、永遠に焼かれながら苦しむという呪いを掛けられたのだ。何とか状況を打開しようと、クリスティンの悪戦苦闘が始まる。


サム・ライミ久々のホラー映画は、原題が『私を地獄に連れてって』なのに、半ば意味不明の「呪文」という邦題に変えられています。原題に近いものだと女性観客の動員を見込めないと、配給会社GAGAが判断したからだとか。その甲斐あってなのか、劇場内は女性客も半分近く入り、明らかにホラー慣れしていない女子高生と思われる数人連れが、キャーキャー言いながら怖がって楽しんでいました。


ライミのスーパーナチュラル・ホラー映画となると、2000年の『ギフト』以来になります。しかしあれも含めて、この頃のライミは落ち着いたスリラー『シンプル・プラン』(1998)、恋愛野球もの『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』(1999)、それに『ギフト』と、いわゆる「お行儀の良い」映画を続けて発表していました。ですから初期の『死霊のはらわた』(1983)や『死霊のはらわたII』(1987)を思い出させる本作のハチャメチャな作風は、観ていてニヤニヤさせられるものでした。ライミ自身も原点回帰との意識があったのでしょう。ユニバーサル映画のロゴは、ライミがデヴューした1980年代前半当時のものを使用しています。


この映画はホラーの体裁を持っていますが、ホラーでありながらもいちいち可笑しい。その可笑しさは、全てが徹底的にやり過ぎなところに起因しています。と言っても『死霊のはらわた』のような人体破壊描写は殆ど無く、唯一の出血場面もヒロインの鼻血が「それはないだろう」というくらいに吹き出るところだけ。あとは老婆の目玉がすぽーんと飛び出たり、老婆の口から蛆虫がやたら大量に飛び出したりたり、といったもの。どれも残酷ではなく、思わず笑ってしまうブラックユーモア的扱いです。だからこそ、この映画が誰もが見られる「映倫:G」扱いなのは疑問ですが。


過剰さは脚本においても徹底されています。


プロットだけ取り出すと、リチャード・バックマンことスティーヴン・キングの『痩せゆく男』の同工異曲。要は理不尽な災厄を振り払うべく、徹底して好戦的なまでに戦う主人公を描いています。人物像は、ヒロインも含めて明らかにほぼ全員がステレオタイプばかりなのが面白い。主人公は、農家の娘でかつて太っていた野暮ったい娘。如何にも田舎臭いという設定です。呪いをかけるのはロマ(ジプシー)の老婆。ヒロインの理想的ボーイフレンドはもちろん知的白人で、切り札はアメックスのカードなのが笑えます。ヒロインにとり付いた悪霊と因縁浅からぬ関係の霊媒はヒスパニック系。ヒロインの同僚はアジア系(恐らく中国系)で、出世の虫で胡麻スリ、且つ金の亡者でいけ好かない奴。プロットは単純、且つ意図的にステレオタイプな人物像を描き出しています。


興味深いのは、ヒロインは自分の良心に従えば老婆のローン返済延長を認められたのに、目の前の出世に目がくらみ、支店長の前で「Tough Decision(厳しい決断)」を下すこと。その相手が2度もローン返済が滞っていたのに加え、汚い爪でヒロインの机をカタカタ鳴らし、誰も観ていないと思って机上のキャンディを全て盗み、汚い鼻汁やら口から緑色の汁を出し、汚い総入れ歯をハンカチに包んで机上に置き、と観客の嫌悪感を逆撫でする存在として描かれます。一方、ヒロインの描き方は丁寧で、地方出身のコンプレックスから都会で必死になって働き、上昇志向を持っている様子が伝わって来ます。その結果の住宅ローン延長に対する決断も、観ていて自然に思えるのです。全編出ずっぱりのアリソン・ローマンは、かなり小柄なので頑張り屋の役にぴったり。蛆虫だらけになったり、泥水の中で死体に襲われたりで、身体も張って大熱演です。要はビジネスとしてやむを得ないし、生理的にも受け付けられない相手だから、というという言い訳も成り立ち、観客の同情を引くのは明らかに老婆ではなくヒロインである点です。しかしその決断は、人道的にはどうなのかという非常に道徳的問題をはらんでいます。考えようによっては観客もヒロインの共犯者でもあるのです。ヒロインと観客を同化させる為に、分かりやすくステレオタイプで徹底して埋めていったのででしょう。


ステレオタイプなのは人物像だけではなく、数々のショック場面もそう。観客をとにかくびっくりさせてやろうとする意図が見え見えで、ホラー慣れしていればそう怖くもなく、むしろ笑ってしまうくらいなのですが、それでも驚かせ方のタイミングが上手い。ポルターガイスト、悪霊の不気味な影、クライマクスの降霊会でのカーテンのざわめきなど、使い古された現象でありながら見せ方も雰囲気があります。ホラー慣れしていないと結構怖いかも知れません。それでも呪い系ホラー映画にありがちな陰鬱さと縁遠いのは、次第に追い詰められていく境遇でありながら、主人公が自らの運命及び悪霊と徹底して戦う姿勢を貫く為です。戦うのは文字通り身体を張って。深夜の地下駐車場で老婆に襲われたら、殴る蹴るだけではなく、ホチキスや定規といった文房具を使って大反撃。泥水プールで死体に取り付かれたら、腕力で振りほどく。CGを多用しているのに、同時に特殊メイクも多用した映像のお陰もあって、呪いを題材にしていても実在感があるのがライミらしい。『THE JUON/呪怨』を製作したライミの、これはJホラーを自分なりに消化した結果と言えます。思えば『死霊のはらわた』も悪霊と戦うのに、悪霊にとり付かれた者たちとの肉体アクションばかりでした。ライミが『スパイダーマン』シリーズを撮るのは必然だったという考え方も出来そうです。


そんな訳で新鮮な驚きは展開も含めて殆ど無いものの、全編スラプスティックなまでの肉弾戦アクションとハイペースな語り口のお陰で、如何にも規模の小さいホラー映画ではあっても楽しめます。


追加音楽を担当した『スパイダーマン2』以降、ライミと組み続けているクリストファー・ヤングの音楽は、メロディラインもはっきりして、大袈裟でハッタリが効いたもの。ヴァイオリン・ソロも雰囲気を高めます。作品に合った的確かつ楽しい音楽だったと付け加えておきましょう。


スペル
Drag Me to Hell

  • 2009年 / アメリカ / カラー / 99分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for sequences of horror violence, terror, disturbing images and language.
  • 劇場公開日:2009.11.6.
  • 鑑賞日:2009.11.8.
  • 劇場:ワーナーマイカル・シネマズ港北7/ドルビーデジタルでの上映。公開3日目の日曜12時15分からの回、187席の劇場は4割程の入り。
  • 公式サイト:http://spell.gaga.ne.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノート、予告編、各界著名人からのコメントなど。