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  □これまでの日記一覧

2007-03-31

[][] ハッピーフィート

ichinics2007-03-30

監督:ジョージ・ミラー

かわいいペンギンにときめく映画なのかと思っていたら、冒頭から様子がおかしい。人間的な動きや仕草と、よちよち左右に揺れながら歩くペンギンの姿が見事に配合され、歌いながらのやり取りはまるでミュージカル。思わず体を乗り出してしまうようなアゲアゲの展開に興奮しつつ大笑いしました。

この「おかしさ」は「声をあてる」ということの違和感にあるんじゃないか、と思います。つまり、実写のペンギンに人間が声をあててるみたいなおかしみがある。もちろん、ペンギンの演技はアニメーションによるフィクションなのだけど、その描写は極力デフォルメを控えたものになっていて、その描写の精密さがときどき、声との間にちょっとしたズレを感じさせる。そして、その違和感こそが、この映画に今まで体験したことのないような面白さを感じた一因なのだと思います。

そして、使用されている楽曲が、これまたすばらしい。すばらしく子供向けじゃない。アメリカのキッズが普段どんな音楽聞いてるのかは知らないですけど。特に印象に残ったのは「somebody to love」。クィーンていいなぁと久々に再確認した。これを歌うブリタニー・マーフィーのハスキーボイスもたまんないです。あと、複数の曲を織りまぜて展開していくドラマチックな歌の構成に「ムーランルージュ」を思い出したのは、最初に歌っていたお母さんペンギンの声がニコール・キッドマンだったからかもしれません。楽しい。ペンギンがセクシーで、でもよちよち歩く。そのギャップが楽しい。

ミュージカル場面だけでなく、アクション描写の映像もすごかったです。特に氷の上を滑ったり、海の中を泳ぐ場面はものすごいスピード感で、その見せ方もかっこよかった。

物語は、皇帝ペンギンの国に主人公、マンブルが生まれるところからはじまります。彼らのコミュニティでは、歌をうまく歌うことで評価される。しかし主人公のマンブルには歌の才能がなかった。そのことでからかわれたり学校を落第したりするマンブル。しかし、彼にはリズムを刻む足、ハッピーフィートがあった。

マイノリティが状況を切り開いていく過程を描く、という物語は非常にシンプルで力強く、主人公が落ち込んでいても卑屈にならないとこが安心して見てられる。たぶんそのあたりがこの映画に込められたメッセージでもあるんだと思いますが、それを支える音楽の選び方もセンスがいい。各キャラクターの魅力も際立っており、ミュージカル仕立てに音楽を中心とした構成で、見ていて飽きないゴージャスなエンタテインメント作品になっていました。制作側が見せたい、と思っていることが明確に打ち出されていてブレないからか、後半の面倒な問題はスルー、というご都合主義展開もむしろすがすがしかったな。

この映画の面白さは、何か新しいジャンルだと思った。

参考

この映画、予告見た段階では見にいくつもりなかったのですが、Dirk_Digglerさんのこちらのエントリを読んで、行きたくなりました。特に劇中で使用される楽曲について、興味深い考察をされてます。

S-killz to pay the ¥. - ビート/メロディ 「ハッピーフィート」「ドリームガールズ」

音楽については、実際見てみると、確かに、って思うんだけど、上に書いた全体的な映像の作り方とかについては、意図的なんだか自分の受け取り方がひねくれてるのか、正直わかんないです。不思議なバランスの映画だったなぁ。

[] 花見初め

会社帰りにお花見。噂には聞いていたけど、ほんとに咲いてるの見ると、びっくりするなぁ。見なれた景色が浮き足立つ感じ。缶ビール飲みながら屋台で焼き鳥とか食べて、でもやっぱりさむいね、なんて言ってもつ鍋屋さん*1へ移動。白みそベースのスープがあっさりしてるんだけどじんわりおいしくて、やわらかいもつにたっぷりキャベツ、ゴボウがおいしかったです。特にシメのおじやが絶品でした。満腹ー。

明日は昼の桜を見にいこうと思います。

[] Sugarless GiRL/capsule

Sugarless GiRL

Sugarless GiRL

「FRUITS CLiPPER」の路線のまま、もうちょっと泥臭い方向へ行った感じのアルバム。かなりギリギリのラインにある曲もあるけど、惜し気もなくフックをちりばめたリズムに振り回される感じはcapsuleならではの楽しさ。

もろにダフトパンクだったり、ディスコというかニューウェーヴにも目配せしつつオリジナルな音色が際立つとこが、面白い。それにしても、どこを切り取っても日本の音だなーって思うのはなんでだろう。ゲームっぽいからかな。むしろお菓子っぽい。シュガーレスだけに。だけに?

そして不思議で仕方ないのは、この中田ヤスタカさんてひとは、そのギリギリさをはたして狙ってやってるのだろうか…ってところだ。

個人的には、エレクトロ・ポップ路線の曲が減ったのはすごく残念です。

今日の帰り道には、

なんにもかんじなーい

っていう「spider」を10回くらい繰り返してきいた。でもこの路線の曲が少ないのがものたりない。もっとコナミっぽく、豪華な作り込んだコナミサウンドっぽくなってほしいのになぁ。と思ったけど、その希望はむしろperfumeにだった。

2007-03-30

[][] ラララ劇場いましろたかし

ラララ劇場 (ビームコミックス)

ラララ劇場 (ビームコミックス)

主人公を中心としたクロニクルだったりパラレルワールドだったり、なのはいつもの通りで、今回の中心人物は盆堀さん。ロマンスグレーでも中高年でも青年でも、面倒くさがりな十代ぽい雰囲気をたんたんと描いているのが、例えば柳沢きみお作品とかの生々しさとは、かけ離れてるなぁと思う。ぱっと見、週刊現代とかにのっててもおかしくない感じなんだけどね。年とったらみんなが週刊現代になるわけでもないわけで。コドモでいることのダメさと魅力が共存してるのが、いましろたかし漫画なんじゃないかと思う。

特に、ラストの「アテもなくハムトースト」がすごいすきです。エンドロールに流れるのはtheピーズだなぁとか思いながら読んだ。「あしたありゃいいさ〜」で閉じて、くよくよしたり笑ったり腹減ったなーとか言いながら今日になってる。

[] うきうきする春

お昼休みに社外へ出ると、シャツで歩いてるサラリーマンの人たちがたくさんいて、春だなぁ、と思った。せっかくあたたかくなったんだから、もっとうきうきしてもいいはずなのに、顔の前にぼんやりがあってとれない感じなのは、もしかしたら風邪かもしれないなぁ、と思う。そしてGW休みの日程が発表されて、思ったよりも長期休暇になりそうで、やったー、なのにいまいちもりあがれないのは、連休あけに締め切りがたくさんあるから。

まあそんなものですよ、なんて思考停止して、いつものサブウェイで「ラララ劇場」を読み、盆堀マスターのいる飲み屋にいきたいと考える。場違いかな。そして「一から出直し、やり直し」でいきいきしてる盆堀さんのこと考える。笑いそうになるのを何度か堪えつつ、昼休みを終えると、なんだかちょっとうきうきしていた。

[][] 愛がなくても喰ってゆけます/よしながふみ

愛がなくても喰ってゆけます。

愛がなくても喰ってゆけます。

よしながふみの食い倒れエッセイ(?)漫画。紹介されてるお店にはあちこち連れていってもらったにもかかわらず、やっと読みました。

最初に掲載店でごはん食べたときに、ちらっと読ませてもらったので、YながFみという、作者と思われる人物が主人公の話なのは知ってたんだけど、いざ読んでみると「物語」の部分にちょっと胸焼けした。

まあ、もちろん「全てフィクション」と書いてあるし、実際とは違うのだろうけど(そりゃそうですよね)、作者自身をイメージさせる作りではあるので、その辺の意図がつかみづらいと思った。

それと個人的に、女性の漫画家さんエッセイで、オンオフ落差の描写がはげしいのがちょっと苦手なんだと思う。というかエッセイ全般苦手ジャンルではあるんだけど、この作品を読んでいて、エッセイが苦手なのは、各作品に込められているであろう、作者自身の言葉を、ひとりの人物という形に集約させてしまうのがつまらないからなのかもしれないと思った。でも逆に、それが可能であると信じているからこそ、物語を楽しめる/信じることができるってとこもあるんだろうけど。ここはちょっと保留して後で考えてみる。

ともかく、作者が登場する漫画というと、例えば、やまだないとさんとかはその辺完全に架空で読んでて楽と思う。

ともかく! 登場する食べ物はどれもおいしそうです。

そして、今日は最後のお話に登場する「鶏丸」*1に行ってきました。気軽に入れる感じの居酒屋で、水餃子と焼き鳥レバーがおいしかったなぁ。あと肉みそのサラダ。お酒メニューも豊富でした。また行こう。ベーグルとフレンチも行きたいなぁー。

ほか、食べにいったことある掲載店

あまりメニューについて書いてないですが一応。

あと、日記に書かなかったみたいだけどボラーチョと希須林もおいしかったです。あと唯一知ってた店が中目黒にあるもつ鍋屋「鳥小屋」。何度かいったことありますが、いついっても満足。明日も、べつのとこでもつの予定。

[] 夏フェス

今年のフェスはフジと朝霧って決めてるのに、行きたいのたくさんでこまる。

サマソニは、まあ、たしかに毎年欠かさず行ってたんだけど、ラインナップはもう半分以上ついていけない感じであり、そもそもメッセが好きでないのであり、マリンスタジアムは好きだけども、見たいのはたいていメッセでせつないし、お客さん入れすぎによる混乱(去年のダフトパンクのとことか)もつらい、ので今年はサマソニ行かない(予算が無い)と思ってたんですが、新しい発表見たら、BRIGHT EYES がくるんですね……ブロックパーティもあるしなぁ……。ブライトアイズみたいなぁ。みたい。ああ、でも出来ればO-westとかクアトロとかせめてリキッドとか小さいとこで見たいなぁ。というわけで保留。あと、CIRCLE'07 のすごい面子にも参ってます。うーむー。

loomerloomer 2007/03/30 14:51 CIRCLE’07の面子すごいですよねー。わたしはRoRの参加ついでに旅行を決めてしまったので、どうにも福岡までは首が回らないのですが、それでも未練たらしく旅割で料金検索をしたりしています。夏フェスというかフェスがぐっと充実して来ましたね。
あと阿佐ヶ谷ベーグルはおいしいですよ!鬼のようにチーズがつまってるパンがあって、それがすごくおいしかったです。

ichinicsichinics 2007/03/31 02:16 すごいですよね。最初知ったときはどこでやるのか知らないで、行く気満々だってたんですが、福岡はやっぱり遠い…というか私も既に首がまわらないです。向井秀徳情報でしったんですが、これがザゼンだったら行ってたかもしれません…。うう。けどものすごい魅力的な面子ですよねー。行きたいなぁ。
あと阿佐ヶ谷ベーグル情報ありがとうございます。行ったらチーズの買います! チーズだいすき!

2007-03-29

[][] 「泣いたり笑ったりできなくしてやる!」- フルメタルジャケット

フルメタル・ジャケット [DVD]

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監督:スタンリー・キューブリック

ベトナム戦争を題材にした作品は数多くあるけれど、最も強烈な印象を残したのはこの作品だ、と、思う人は多いんじゃないだろうか。私もそう思ってた。けど、それはたぶん自分の感想ではなかった。久々に見てみたら、後半部分はほとんどはじめて見る映画みたいに感じて、あー、これは戦争映画だったのだな、と改めて思ったりしたからだ。まあ、実際に前半と後半で全く別の映画に見えるような作品で、後半を新鮮に感じたのは、前半が強烈すぎるせいもあるけれど。

たまってたIKKIで「ディエンビエンフー」読んだり、誰かのちょっとした引用が重なったりで最近、この映画を思い出すことが多かった。でも、そんなのはほんとうにごく一部で、最後にこの映画を見てから数年の間に見聞きしたものだけでも、その中のどれほどが、この作品の影響を受けてるんだかわからない。スタンダードになるとはそういうことなんだ、って思う。もちろん、ハートマン軍曹も大人気だけど、それだけでなく、これはやっぱり戦争の「感覚」を描いた映画としても、スタンダードであるよな、とりあえず私の中では…と思った。

ベトナム戦争を描いた作品に共通するのは、身体感覚と意志と倫理と、って、属性が統合され切り捨てられていくような「感覚」が、強調されている部分だと思う。それに抗って個を保とうとするか、それとも『論理的思考を卒業するか』。なんてイメージしてみると、感覚とは感情のことではないんだな、と思う。

自我(といわれてるようなもの)が私なのか、感覚が私なのか。それを対立させるなら、自我はフィードバックみたいなものなのか。泣いたり笑ったりできなくなるということは、泣いたり笑ったりすることの意味を忘れるってことなのかもしれない。

ほか感想

ディエンビエンフー」1巻/西島大介

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20060726/p1

「僕が戦場で死んだら」/ディム・オブライエン

http://d.hatena.ne.jp/ichinics/20050706/p3

[] 世界樹の迷宮

未だ25階です。うーきつい。

まず第5層で苦戦したのは、花とアルマジロの団体。花は眠り攻撃してくるうえに行動も早いので、全員眠ってしまって大変ということによくなる。眠らない防具とかないのかと思ったけどなさそう。ちょっと苦戦してたアルマジロ団体は、火炎とチェイスファイアで一掃できることを発見したので、花さえ1ターン目で倒せれば楽勝。

でも、第五層のボス戦(というか…)まできて、バードがいないことにとてもとても困る状況に陥ってしまった。でもやっぱ苦戦しなきゃ楽しくないし、この全く歯が立たない感じがうれしくもあります。というわけで、今バードのレベル上げ中。とりあえずレベル40のバード、ファマドールがいるので、1階から徒歩で第5層に向かうという荒行中。ついでに何か育てようかと思ったんだけど、アルケミスト、メディックは外せないし、その二人をいれると前衛に頼れるソードマンおいとかなきゃだし、あとはアザーステップ使えるレンジャー、で、またパラディンのキャンベルさんが外されてしまった。

あと今クエストが何もないのでさみしい。ぜんぶやっちゃったのかなぁ。

toukatouka 2007/03/29 17:08 後半はイギリスでロケが行われていたらしくって、「こんな曇り空のベトナムなんかあるわけないじゃない」が世間のコンセンサスになっているようですけれど、私は後半のほうが好きです。
戦争の狂気の描写がなるべく抑えられていて、映画全体が狂気に包まれていない。それでも噴出してくるものを「戦場における特殊な事例」として個別に受け止め考えることができる。レジャーのように戦争に参加して、ぼんやりとしたまま死んでしまうってところが、ほかの戦争映画よりも格段に自分のこととして考えることができるってところとか。あとまあやっぱ「ファミコンウォーズがでーるぞー!」
ティエンビエンフーを読んだときに私が思ったのは「ああ、やっぱファイブスターがやりたいんだよね、みんな」でした。

ichinicsichinics 2007/03/30 01:34 toukaさんこんばんは。ああ、ベトナムじゃないよなーと思ったらイギリスなんですね。でもあの後半を「ベトナム行って撮る」ということをしたら、逆にあの、戦争の違和感みたいなものが画面に映りにくくなったんじゃないかなーとか、思いますね。どうしてこんなところにいるんだろうなぁっていう漠然とした違和感みたいなものを、うっすら感じられるところが、個人的にぐっとくる点です。
しかしあのスナイパーが振り返るときの衝撃、みたいなのが「ディエンビエンフー」見て思い出したことだったんですけど、ファイブスターかぁ。なつかしすぎる。ファミコンウォーズもなつかしい。むかしのことってなんでこんなに鮮明に覚えてるんでしょうね。

2007-03-28

[][] どうにかなる、というきぼう

志村貴子さんの「どうにかなる日々」2巻を読んだら、いてもたってもいられない気分になった。これこれ、こういう話が読みたかったんだずっと、って、ほっとする。うれしくなって、今日は1巻を読み直した。

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「どうにかなる日々」は、1話完結の読み切りシリーズ。エロティクスFに掲載されたものが中心ですが、1巻にはそうでないのも収録されています。違和感はない。1巻から2巻にかけて、ゆっくりと絵柄が変化してくのも面白いし、それと同時に、変化しない、穏やかさや性への好奇心や感情のすくい方が、とても好きだなと思う。

前に1巻を読んだ時には、エロティクスFの雰囲気も今とは違ったことから、なんかアンバランスな印象があったのだけど、2巻を読んでから振り返ると、やはりぐっとくるところがある。

でも中には、第3話(1巻)と第7話(2巻)のようにひとつづきになっているお話もあるので、読むのなら順をおって、が良いと思います。

そしてこの短編集には、同性のカップルが数組でてくるのだけど、中でも第9話にでてきたこの台詞にぐっときた。

そしたらあたし

あの子のことギュッと抱きしめてやるんだわ

頭もなでるわ

守る側とか守られる側とかでなくて、やさしくしたい、やさしくさせてほしい、と思うときの感じと、でももう傷付くの嫌なんですよ面倒なんですよいいところで終わらせて下さいよ、っていうあきらめとが、ほんと絶妙なバランスで描かれていて、ちょっと「犬猫」みたいだなと思う。

続く10話、11話、12話の、終わり方がぜんぶすばらしくてたまらない。

「どうにかなる」ならいいなと思う。そしてそれは、気付いたらなってるものなんだと思う。

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[] どうにかなる日々

最近ミスドにはまっている。ドーナツプラントのもクリスピー・クリーム・ドーナツのもおいしいけど、ミスドの新しいハニーディップもおいしい。あれを食べるために、帰り道にはミスドで読書が最近の楽しみ。おーおおっきみとだけドーナッツ。というわけで今日も行って、「どうにかなる日々」の2巻を買って読んだ。1巻読んだのはずいぶん前なんだけど、2巻があるの気付いてなくって、で、今、私が読みたかったのはこういう話だったんだって、うれしさのあまり涙腺がゆるみそうになる。1巻も読み直す。あした。それから「空中スキップ」も読んでいる。こちらもすばらしい。すでに大好きな本になってる。

[]

芸能人とかテレビにうつる人の発言に、カチンときたりむかついたり、頭にきたりしても、相手があまりにも遠いせいか、自分の感情が理不尽なものに思えたりするし、実際すぐに忘れる。テレビにうつる人は公に向かってパフォーマンスをしているのであって、ほんとは違うかもしれないし、実際がどうかとか、考えるのも不毛な気がする。けど、政治家は違うだろう。そもそも自分(達)の代表として選ぶ、というのが前提なのだから、って考えると、個人レベルの反感も、なかなか手放せないわけですよ。やっぱ、ある程度の信頼のようなものは必要で、でもそれをどうやって見分けるのか。選挙公報を見て、途方に暮れる。政治も遠い(私にとって)。

2007-03-27

[][] 超劇場版ケロロ軍曹

超劇場版ケロロ軍曹 通常版 [DVD]

超劇場版ケロロ軍曹 通常版 [DVD]

なぜか今まで手に取ることがなかった「ケロロ軍曹」を、無性に見たくなったのはid:Shipbuildingさんの日記の影響です。ツタヤに走り、ずらりと並んでいた中から、とりあえずはと劇場版を借りてみる。ほとんど見たことなくても、なぜかとりあえずの予備知識はあるし、大丈夫かなと思って、で、すごく面白かった…!!

びっくりです。なんだこの感じ。ガンダムやらエヴァやらマクロスやら特撮やら、のパロディも楽しいけど、とにかくキャラクターがたっていて、動きがよくて、画面から気をそらす隙もなく展開するマシンガントークに笑いっぱなしだった。友情と信頼を軸にしつつ、きちんとキャラクターを活かした展開は気持ちが良い。特に巨大化したウルトラ軍曹のおなかが揺れる場面のたぷたぷさったら!

ジム・スナイパーカスタムがこっち向いてドーンからはじまって、うきうきしてる描写があまりにもかわいくて、なので、後のあのガンプラ部屋が破壊された場面では、ううっときてしまいました。しかもジム・スナイパーカスタムってのがまた。

あ、あとタママが予想以上に気持ち悪くてだいすきです。

[][] シグルイ8巻

シグルイ 8 (チャンピオンREDコミックス)

シグルイ 8 (チャンピオンREDコミックス)

TAFにてまさかのアニメ化情報(制作はマッドハウス)を知り、妄想がふくらむ第8巻。引き続き御前試合の死闘が描かれてます。もう、いっそこのまま終わらないでくれと思ってしまうくらいの緊迫感。次巻にて決着とか書いてあったけど、知りたいような知りたくないような複雑な気分です。こわいよ!

追記

こわいので私もつい虎眼流秘剣流れ星対処法をつい妄想してしまうのですが、私は何故かいつも自爆テロ案に落ち着きます。

「ドロップキックアウト」さんの「虎眼流シューティングスター」に紹介されてる策(策…?)でいうならば、スウェイバックしてデス、を何度か繰り返した後、おもむろに抱きつく!という感じです。結末はもちろんデスなんですが虎眼先生の腕の中なら…本望で、ありま…す。とか上半身だけで言うの。

[] 麻酔

銀歯が外れたので歯医者に行った。

診察台にのせられるのは恥ずかしい。話しかけたりしないで、モノとして修理してほしいのに、そろそろ桜の季節ですね、なんて話しかけるから、私は口ぽかーんとあけた間抜け面のまま頷く、歯医者さんの顔は見ない。かちゃん、かちゃん、と金属が口の中かき回す。観察されるのって不快だ、けどでもそうか桜か、なんてぼんやりしてるうちに、お大事にまた来週、という言葉に見送られる。

麻酔をかけられた口がはんぶん膨張している。自分の中に自分じゃない部分があるみたいで、気持ち悪くて楽しい。顔を振ったら分離できそう、ってそういえば「BRUTAL MAN」を聴いているときによく思う。ガムすら噛めない私のだらしない口。足はちゃんと動く。

風景に違和感がある、と思ったら半袖で歩いてる人がいた。ちらちらと視界を過る半袖。彼の背中だけ夏みたいで、つい目で追いかけてしまう。電車に乗る。本を開く。閉じる。夕ご飯はおかゆ。病人気分を味わいたくなるのは、たぶん健康な証拠。でもこんな日に限ってケーキをもらう。モンブラーン。麻酔が切れたら食べようと思ったけどまだ口元だるいまんま、もう寝る時間だ。

2007-03-26

ichinics2007-03-26

[] STUDIO4℃新作映画「genius-party」

昨年(id:ichinics:20060326:p1)に引き続き、この週末は TAF に行ってきました。まあ、最近は全然アニメみれてないんですけど、新作情報は知りたいミーハーなので、とても楽しかったです。

去年は鉄コンに盛り上がりましたが、今年は4℃の「Genius Party」です!

「GENIUS PARTY」/福島敦子

「上海大竜」/河森正治

「デスティック・フォー」/木村真二

「ドアチャイム」/福山庸治

「LIMIT CYCLE」/二村秀樹

「夢みるキカイ」/湯浅政明

「BABY BLUE」/渡辺信一郎

「ガラ」/前田真宏

「陶人キット」/田中達之

「わんわ」大平晋也

「Untitled」/ヒロ・ヤマガタ

「MOONDRIVE」/中澤一登

「Le manchot melomane」/ニコラ・ド・クレイシー

「次元爆弾」/森本晃司

http://www.genius-party.jp/

このすごいラインナップ。

予告は一部(福島さん〜渡辺信一郎さんまででひとグループみたい)しか見れなかったんですが、サイトに7月7日第一弾ロードショーて書いてあるので、その7作品が「第一弾」なんだと思います。前売り買ったけど書いてないのね。

で、予告みた限りでは、渡辺信一郎さんのが相当良さそうだった。あと福山庸治さんのアニメってのも楽しみだしなー。ほんとわくわくするなー。そして第二弾では、とうとう待ちに待った田中達之さんの「陶人キット」。予告見てから何年経ったんだろうなあ、もう。

ことしのTAFはこれだけで大満足でした(というか夕方行ったのでほとんど見れなかった)。

[] 見なかったことにしてください

「genius-party」にうきうきしつつも、今日はとてもショックな出来事があった。

まだ4℃にたどり着く前、目当てのブースはどこだーって浮き足立っている時に、肩を叩かれて振り返ると、元同僚がコンパニオンさんしてました。

コンパニオンさんと、私(と妹)。

猛烈に気まずかったなぁ。彼女とはよくお昼を食べてたけど、ファッション(彼女がそういう仕事だった)と恋愛(普遍的な)の話くらいしかしたことがない間柄だったので、お互いに若干目が泳ぎ気味で、じゃあねーなんて手を振って別れる。

動揺しすぎて、その後二度とそのブースには近付かずに帰ったんだけど、今思えばもっとちゃんと話してみればよかったと思った。まあ、あそこでやってたからってTAFに興味があるわけじゃないと思うけど。

それにしても、ああいうとこで焦ってしまう自分ていうのにも、ちょっとがっかりだ。

2007-03-25

[][] 絶対の愛

ichinics2007-03-25

監督:キム・ギドク

主人公、セヒは付き合いはじめて2年経つ恋人、ジウに飽きられてしまうのではないかという不安に苛まれている。「毎日同じ顔でごめんね」と呟きシーツで顔を隠すセヒ。そして彼女は姿を消し、別人「スェヒ」となってジウの元へ戻ってくる。

この映画はその視点の変化から、第一部と第二部に分けられる*1。恋人に「飽きられたくない」という一心でセヒはもともと美しい姿を整形し別人となる。そして元恋人ジウはまんまと新しいセヒ「スェヒ」の策略にはまり、彼女と恋仲になるのだけれど、彼は姿を消したセヒのことも忘れられないでいる。セヒにとっては、それもこれも「自分」であり、自分ではない。ここまでが第一部。そして第二部では、ジウに愛されたい、ジウを繋ぎ止めたい、という気持ちの暴走ゆえに、自らを見失い、ついには愛していたはずのジウすら見失うセヒの姿が描かれる。

ここで浮かび上がるのは、セヒの、そしてジウの愛していた相手は「誰」なのかということ。そして「愛している」ということ、つまり誰かを、自分を、その他の人々と「区別する」とはどういうことなのかという疑問だ。

人が「飽きる」生き物であるという前提では、「飽きられたくない」という欲望と、「(他と)区別してほしい」という欲望は同時にかなえられないのかもしれない。ちなみに、この問題をイーガン流に試してみたものが「ひとりっ子」(id:ichinics:20070220:p2)に収録されている『真心』もしくは『ふたりの距離』ではないかと思う。「飽きる」をクリアしても、「区別する(互いを理解する)」ということをクリアしても、永遠の愛なんてないし、あったとしても、それはまた別の苦悩に変化するだけだ。

そして映画は無限地獄の輪が重なったところで終わる。

ホラー少女漫画のような、無気味さを煮詰めてファンタジーになったようなキム・ギドク流の恋愛映画。その濃厚さに膨満感を感じつつも堪能しました。

以下に続きます。

[] 私が「あなた」を好きな理由

よく「人は外見じゃない」なんて言ったりするけれど、それが真実であるなら、外見以外で、人をどう識別するのだろうか。

映画「絶対の愛」を見て感じたのは、人は見た目/表層によってしか、相手を識別できないのかもしれないということだ。ほんともう絶望的なまでに手がかりなんてない。映画の中には、「記憶」や「手を繋いだ感じ」で判断しようとする場面が出てくるけれど、それだって、相手の協力がなければ、例えば相手が識別されたくないと思っている場合なんかには、不可能になってしまう。ましてや…、という場面が映画のラストに出てくるのだけど、そこはぜひ映画を見てみてほしいです。ともかく。

顔や姿形は分かりやすい「外見」だけれど、表に現れる人柄や癖、マナーや言葉遣い、すべて「外見」に過ぎないのだと思う。そして、表層はすべて、失う可能性のあるもので、永遠じゃない。どんなにコミュニケーションを重ねても、言葉だって、それは共通のルールではあれど、それぞれの理解は異なっているものだし、それを完全に重ねあわせて理解することなんてできない。例えば「彼女の考え方が好きだ」なんていうのも、それは彼女をほかの人と、区別できているからこそのもので、識別できる他の手がかりがなくなってしまえば(それは実際、移ろいやすいものだ)、見つけることはほとんど不可能なんじゃないか? 私には自信がない。「100パーセントの女の子」だって、一度離れてしまったら、もう見つけられないんだきっと。

でも、それは、そのときあった気持ちを嘘にするものではない。識別することが不可能であっても、人は人を区別するし、そこには何かがあるのだと思う。

属性のひとつひとつは他と区別できないものであったとしても、その奇跡的な配合、とか、その瞬間にただ「会えた」ということとか。本当に頼りないようだけど、確実な「何か」が、あるんだと思う。

ぼくは人を好きになるとき、まず見た目や性格などの「属性」で好きになる。「中の人」が誰かということは関係ない。しかし、そこから付き合っていくのなら、「ただ、会えたこと」も、好きな理由のひとつに付け加えていきたい。そう思っているのです。

「で、みちアキはどうするの?」 − 無色透明な魂

それでは、区別されたい、愛されたい、という欲望についてはどうだろう。

「絶対の愛」では、無限地獄の輪は閉じている。昨日感想を書いた、「洗礼」では、その輪は他者によって断ち切られ、その後どうなったのかはわからない。しかし「ヘルタースケルター」には、その後の可能性が示されている。

ぼんやりと彼女たちのことを考える。そして、私は何か、ということの由来を表層に求めることこそが、その移ろいやすさゆえに、人を苦しめるのかもしれないと思った。

映画の中に、第三者の女性が「仮面」をつける場面がある。「どんな気分?」と聞かれ、「いい気分です」と答えるのが、非常に印象的だった。

その「気持ち良さ」とはつまり、区別されたいという欲望から逃れることではないだろうか。見られるということ、評価されることは、区別され、切り捨てられる方に入れられることの繰り返しだ。そして、仮面をつけることは、自分以外になることで、見られるというストレスから解放されることでもある。それと同時に、それは自分として存在できない、ということでもある。たぶん。

しかし、「りりこ」が選択したのは、もうひとつの物語だ。それがどんな物語かは、具体的に描かれていないけれど、想像することはできるような気がする。

*1:そういえば「サマリア」(id:ichinics:20050424:p3)もそうだった

2007-03-24

[][] 「洗礼」それから「ヘルタースケルター

【結末に触れています】

楳図かずおの『洗礼』をはじめて読んだのは、たしか中学生の頃だった。すごく面白くて一気に読んだ。でも、どうしても納得のいかない部分があり、ずっとひっかかっていたもいた。

そのひっかかりは、今回再読してみても消えなかったのだけど、そのうちのひとつは、「これは、さくらの物語ではなく、やはりいずみの物語なのではないか」ということだった。以下の感想はこれを前提に書いてます。

洗礼 (4) (小学館文庫)

洗礼 (4) (小学館文庫)

楳図かずお作品の面白さは、「恐怖」を人間の内側にあるものとして描いたことにあると思う。自分の中に、自分の知らないものが存在する。恐怖と憧れがないまぜになった感覚。

『洗礼』で描かれるのは、かつて「永遠の聖少女」とうたわれた女優、若草いずみが、その美に執着するあまり、自らの娘、さくらの身体に自分の脳を移植する、という計画を実行する狂気の物語だ。その手術は1巻の冒頭で繰り広げられるんだけど、ほんとーに恐ろしい。計画を察知し、正しいことを訴えても狂人とみなされてしまう歯痒さは、後に「いずみ」によって夫を奪われそうになる和代が体験する恐怖でもある。

脳を移植されれば「さくら」は「いずみ」なのか? という点は、この作品最大の焦点でもあるし、人がその人である由来は「脳」にあるのか、という問題もとても興味深い。けれどこの作品の中で、強烈な印象を残すのは、やはり「いずみ」の美への執着だ。自分が脳だけになってもかまわないから、美しい「体」に入りたいという執着はすでに狂気だ、と感じるけれど、娘とはいえ、他人は他人なのだから、それは自分という存在を外見以外にあると見なしていることにならないだろうか?

わたし あなたのためにうんときれいになるわ!

あなたに恥ずかしいおもいをさせない人になるわ!

そしてうそをつかないすなおなやさしい人になります!

『洗礼』3巻p23

想いを寄せる谷川先生を夫にするために、その妻を陥れ、クラスメイト殺害を企てた末に言う、この台詞! この場面であさっての方向を向いている「さくら」の奇妙さが恐ろしい。

岡崎京子ヘルタースケルター』は、「みじめで貧しくみにくかった」娘が、ママによって見いだされ、全身整形をして美しいモデル「りりこ」となる、という設定からしても、『洗礼』をモチーフに描かれた作品だったのではないかと思う。あざの現れる位置も同じだ。

そう つまり りりこはママの「反復」もしくは

レプリカントだったのである。

ヘルタースケルター』p146

ヘルタースケルター』は、移ろいやすい消費社会に消費されないために、りりこがその保ちがたい美しさを抱えながら、それを唯一の武器と信じてサバイブしようと試みるお話だ。岡崎京子作品の中では、混沌としてまとまりのないものだと感じるけれど、「りりこ」はりりことして必要とされるために、自らの美しさを必要としている、という点の描き方は一貫している。しかし、「いずみ」はどうだろう?

ここが私の『洗礼』に対するもうひとつの「ひっかかり」だった。

「美」への執着ゆえに、娘を犠牲にまでしたのに「あなたのためにきれいになるわ!」と、あっさりその価値の由来を他者にゆだね、最終的には谷川先生の妻と脳を交換しようとするその行き当たりばったりな感覚に、私は混乱してしまう。

いずみは「美しさ」を「私にとって一番大切なもの」といっていることから、脳の入れ替えを計画する動機の時点では、何より自分自身であるために、美しさを保とうとしていたのだと思う。それが谷川先生のためになってしまうということは、やはりいずみはいずみではなかったのだろうか。それとも、理由がないからこそ、狂気であるということなのか。やっぱりわからない。

ただ、これは単に時代背景が異なることによるのかもしれない、とも思う。『ヘルタースケルター』は明らかに90年代の「消費社会」を描いたもので、「りりこ」は社会に忘れられることを恐れていた。しかし、「洗礼」が描かれた70年代にリアルだったのはむしろ「特定の他者」を繋ぎとめるための美だったのかもしれない。

しかしその美を保つために他者を陥れていくという点で彼女たちの行動には共通するものがある。そこまで人を狂気に走らせる「美」とは何なのか。

みんな何でもどんどん忘れてゆき

ただ欲望だけがかわらずあり そこを通りすぎる

名前だけが変わっていった

ヘルタースケルター』p309

ヘルタースケルター (Feelコミックス)

ヘルタースケルター (Feelコミックス)

[] ZAZEN BOYS新体制

ベーシストとして吉田一郎さんが加入されたそうです!

☆ベーシストとして吉田一郎が加入しました。

吉田一郎・・・1982年生。長野県出身。「12939db」、「ナインデイズワンダー」でのサポート・ベーシストなどの活動を経て、MATSURI STUDIOの門(インターホン)を叩き、入門。MATSURI SESSIONを重ね、ZAZEN BOYSに加入。

http://www.mukaishutoku.com/main.html

そして6月16日(土)日比谷野音ライブが決定したそうです! やった!!!!

前のめりで楽しみにしてます!!

めでたい!

2007-03-23

[][] 「イキガミ」 1巻〜3巻/間瀬元朗

イキガミ―魂揺さぶる究極極限ドラマ (1) (ヤングサンデーコミックス)

イキガミ―魂揺さぶる究極極限ドラマ (1) (ヤングサンデーコミックス)

「もし、あと一日しか生きられないとしたら」――

それを国民に考えさせることで「生命の価値」を再認識させる――

それがこの国の法律・「国家繁栄維持法」の目的である。

全国民が小学校入学時に受ける「国繁予防接種」…

その注射器に混入したナノカプセルにより、100人に1人の若者が18歳から24歳までのあらかじめ設定された日時に命を奪われる。

だが、その若者が自分の運命を知らされるのは、死のわずか24時間前。

死を告げる紙・「逝紙」を受け取った若者の多くは、絶望してもなお最後の一日を懸命に生きようとする。(三巻冒頭より)

設定が面白そうだ、と思って読んだのですが、なんだかちょっと曖昧な印象の作品でした。

「逝紙」の配達人を主人公に、彼が死を告げた人々の最後の24時間の物語が描かれていくのですが、読んでいると、結局、国家繁栄維持法は大して役立ってないように感じます。彼等は皆、「逝紙」が来るそのときまで、まさか自分が死ぬなんて思わずに生きていて、その最後の24時間のみ「死んだつもりで生きる」。そして死ぬ。

その法律が何か効力を発揮しているとしたら、「退廃思想を持つものはどうやら排除されるらしい」という風説(ほんとっぽい)という一点における恐怖政治です。だから、この作品は管理社会ものではあるけど、管理されてるのは「ナノカプセル」によってではない、ことによって、物語の印象が曖昧になるんじゃないだろうか。

第三巻では、主人公がこのように自問する。

こんな社会だから国繁が必要なのか、国繁があるからこんな社会になったのか――

その答えはわからない。

ただ、家族が殺しあうことすら珍しくなくなった今の社会において、命の主さを実感させる法的システムは、やはり必要なのかもしれない。

だか、そのシステムが現行の「国繁」だとはどうしても思えないのだが――

第3巻/p107

しかし、物語を読んでいて、「国繁」が何か社会に作用しているようには感じられない。それは今、私がいるここと何もかわらない。誰だって、ナノカプセルなんてなくたっていつ死ぬかわからないのだから。

物語で語られる「国家繁栄維持法」によって「死ぬ気で生きる」ことができた人々は、今のところ「逝紙」を手渡された人だけで、それはつまり、死の間際でなければ人は本気になれない、ということを物語っているようでもある。むしろ、死ぬことのヒロイズムを奉っている傾向は第二巻の「出征前夜」に顕著だ。

「自信を持って…胸を張って逝けよ」

第2巻/p177

冗談じゃないですよ! と思ってようやく、これは死を自らのものとして取り戻す物語になるのかもしれないと思った。というか、そうなってほしい。三巻の段階では、まだ主人公はどっちつかずの、むしろ死にたいして無頓着になりつつある立場なのでわからないけど。

でも、自殺願望のある若者が「生きたい」と言いながら「逝く」とかいうお話が描かれたらもう戻れないかもしれない…。

イキガミ 3 (ヤングサンデーコミックス)

イキガミ 3 (ヤングサンデーコミックス)

参考

紙屋研究所」さんの感想→(http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/ikigami.html)でも触れられているように、星新一さんの『生活維持省』と設定が似てる。こういう設定ってほかにもあったような気がするので、ちょっと意識して探してみたい。

[] パスモ

PASMOはじまったらPASMO定期にしよう、と思って待ってたくせに、「普通の定期でいいですか?」「はい」で、何故か手もとには今まで通りの磁気定期がありました。これはあれです。「PASMOでお願いします」という「PASMO」の単語がまだ気恥ずかしいからなんじゃないかなーと思います。無駄羞恥心。次の定期更新日目指して、明日からは「パスモ」という単語を積極的に口にしてゆきたいと思った。パスモ

2007-03-22

[] 日常

私がこよなく愛しているものといえば、ポテトチップスと韓国海苔(もちろん他多数)な訳ですが、昨日も海苔を一畳ほどいただきまして(週に1袋までにすること>自分)、正直食べ過ぎたなぁ、なんて思ったような思わないようなで、今朝、駅から会社までの道を「月曜ってだるい…ああ、木曜か、てことはもしかして明日で終わりかっ!」なんて具合に、俯き→スキップに以降しつつ歩いていましたら、道に、点々と海苔が散らばっていて、海苔の祟りかと思いました。謎だった。

すぐ祟りとかいうのはひぐらしのせいです。祭はシナリオ選択じゃなくて分岐するんだな。なんかみんなどんどん声が嗄れてくような気がするのは気のせいですか。

ところで今食べてる韓国海苔はグローブ座行ったときに買いだめしたものなんですが、黒ごま付きの、やつが、超絶おいしいです。韓国海苔は今後これ一筋でいいです。でも新大久保の店でしか見たこと無い。

今日のお昼はベーコンオムレツサンドをハニーオーツでピーマン抜きピクルスオリーブ多めでお願いしました。サブウェイのピクルス好き。ちゃんと冷たくて。

[] 住める町

loomerさんの日記に『初めて「あ、ここ住める」と思ったのが博多でした』と書かれているのを読んで、私が「住める」と思ったとこ、どこかなぁということを、ぼんやり考えていた。

そういえば、旅行をするときって、いつも「ここに住めるかどうか」ということを考えているような気がする。幼稚園以降は東京から出たことがないのだけど、ここ以外の場所に住んでみたい気持ちはずっとあって、ここは好きだけど、ここを外から見てみたいとも思うし、「移動」に慣れている人へのあこがれみたいなものもある。

海外だったら、インドネシアはかなり良かった。親戚が住んでいたし(安心)、気候も、人も、違和感がない。でも言葉が難しいし、どうやって食っていくのかというとこが問題。

国内だと、去年の夏に行った京都は、自分でもびっくりするくらいグっときた。あの、道の先に山が見える感じには、その風景を思い描くだけでそわそわする、衝動、みたいなものがある。すごく好きだ。けど、京都出身の友達に「ぜったいなじめないって」みたいなことを言われ、日和った。憧れの沖縄は、島も含め、行くたびに住みたい! と思うけど、手に職がない自分は食べるのに困りそうだ。し、地域コミュニティというものに慣れていないのできっとやっていけない。

土地と人との結びつきや距離感は、たぶん育った環境に大きく左右される。そして、やっていけない、と思ってしまうのは、きっと自分が既に左右されちゃってるからなのだろう。

ほんとに幼い頃、外国に住んでたときの(でも日本語しか話せません)、あの心細い感じを思い出す。幾日も続く曇天と、頭上で交わされる馴染みのない言葉、手を繋いでいる親の言葉すら理解できない、すれ違う人にまじまじと顔を見られる毎日。ふてくされてた私にとって、あの頃は家族だけが「社会」だった。なーんて、実はほとんど覚えてないんだけど、それでも、遠くなればなるほどに、記憶の中のあの町は、とても魅力的だったりするから不思議。

話がそれた。

それにしても、いつか住みたい町のことを考えるのは、楽しくて、それは確実に、旅行にいく楽しみのひとつだよねぇ、と思います。ぜったい住みたくないけど好きな場所、というのもあるんだけど(香港とか)。

[][] かみちゅ!1〜6話

かみちゅ! 1 [DVD]

かみちゅ! 1 [DVD]

ある日神様になってしまった女子中学生、ゆりえの日常を描いたアニメ。

神様になってしまった、という設定からして、なぜ神様になったのか、というところに焦点があたりそうな気はするんですが、そこはあくまでもゆるがない設定であって(とりあえず現時点では)、基本的なあらすじは、おわらない夏休みのような閉じた時間の中で、あらかじめ回避されることが約束された困難に立ち向かっていく、というもの。

瀬戸内海のどこか(尾道だったかな)を舞台にした、美術や八百万の神々の設定や今となってはハルヒみたい、と思ってしまう祀ちゃんや「苺ましまろ」の桜木茉莉に似てる(顔が)みつえちゃんのキャラクターとか、好みのアニメではあるんだけど、未だになんかしっくりこない。理由はたぶん、主人公のゆりえにある。

ゆりえは、神様になってしまう云々を抜きにしてもファンタジーだ。動きの描写がいちいち「かわいい」で、かわいいは正義なのかもしれませんが、「かわいいでしょう?」といわれているようでなんとなく反発したくなる。ドジっ子で天然で恋する乙女なゆりえ自身は自分で「かわいいでしょう?」というようなキャラじゃないので、これは制作側の「ゆりえをかわいく」というこだわりゆえのかわいさ、なんだろうけど、そこになんか、物語以外の要素を感じてしまうってことかな。

うーん。

キャラクターの魅力を楽しむ物語、というのもあると思うけど、なんかずっと「この子いちおしです!』といわれてるような気分だ。全体的に、雰囲気が好みのアニメだけに、もう少し、盛り上がりたいんだけど、かわいいと思えない者はお呼びでない感じ。とか思うと萎えるなぁ。

…というのはすべて、ただの妄想かもしれませんが。

ちなみに一緒に見ていた妹はずっと「カーキャプに似てるのに主人公が成長しないのが嫌だ」といってましたが私はカーキャプをみたことがないのでその喩えがわからない。

[] 5月病にはまだ早い

わかりたいことが、わかった、と思えるようになるまでの道のりというのは近道のできないものだ、というのは、よくわかっているんだけど、入り口すら見つからないといらいらする。反射的に時間が欲しい、と思うけど、時間があったって寄り道ばかりして結局たどり着かないんじゃないの。なんて後ろ向きなことを考えだしてしまうのは、頭の半分くらいを仕事にとられているからで、頭の切り替えがうまくできないと、こんな風になるんだなぁ、と自分について発見する。ああ、仕事って面倒だ。

ichinicsichinics 2007/03/22 22:00 かしわざきさんこんばんは。
>恐らくかなり後半までしっくり来ないのではないかと思います。
あらら‥。なんかちょっとくじけてしまいそうです。ところで、私の行ってるツタヤには確か8巻までしかなかったんですが、25、26というのは15,16話のことでしょうか?それとももっと続きがあるのかな? ともかく、かしわざきさんが「高く評価している」とおっしゃるなら、最終2話まではなんとしても見てみたいとこですが。うーん、好みは好みなだけに、このしっくりこなさは残念です、ほんと。

reo_kashiwazakireo_kashiwazaki 2007/03/22 22:25 あ、26話構成だと勘違いしていました。DVD 8巻に収録されている「第12回」と「第16話」 (「〜回」と「〜話」がややこしいな……話数と内容の対照は公式サイト参照のこと) の間違いです。
オーディオ・コメンタリのお話を聞いた後だと第12回の内容もすごく納得するものがあります。もし最終二話まで到達する事が出来ましたら、僕の「かみちゅ!」かんそうぶんでもお読みになってみて下さい。http://genki01.cc.hokudai.ac.jp/reo/diary/?date=20060405
で、アニメ版「苺ましまろ」も (未鑑賞であれば) 是非見てみて論評して頂きたいところです :-)

ichinicsichinics 2007/03/23 00:44 よかった(笑)16話ならなんとか見れそうなので、感想拝見するのはそのときまでとっておきますね。「苺ましまろ」は、放送時に断片的に見たっきりなのですが、弟が持ってるので、見るつもりです。そしたら論評というかですが感想書きますね。

loomerloomer 2007/03/24 17:42 こんにちは。インスパイアしちゃって光栄です。住める町かどうかを考えながら旅行するっていいですよねー。京都、いつも観光の街と思いながら訪れているので、次に行く時はもっと住人目線で歩いてみたいと思います。

ichinicsichinics 2007/03/25 02:46 loomerさん、こんにちは!京都は私もずっと観光の町って思ってたんですけど、前回行った時は、友達の家にとまったので、余計に住むことを意識したんだと思います。一乗寺のほうだったんですけど、ほんと雰囲気が良くて…楽しかったなぁ。loomerさんが書かれてた博多は、実はあんまり良い思い出がなかったのですけど(福岡は悪くない)、もう一回行ってみたくなりました。

2007-03-20

[] 会社飲み

定年退職する人の送別会で、会社飲み。

普段丸い人たちだけど、酒が入れば下世話になるのは、どこの会社も、さして変わらず、なのだなと思う。場の空気をパスしあう、いつまでたっても終わらないフルーツバスケットみたい。なんて思いながら、食べ物の好みについて話し、上司の酒乱話を聞き、ひたすらビールを飲み続けて一次会で退散。ああいう大人数で混乱した場にいるときって、みんな何を考えてるんだろうな。

帰り道、群青色の空を見て、今日がとても良い天気だったことを思い出す。会話をしながら、お酒が飲みたい。

[] 「TEXT」@グローブ座

ちょっと前ですが行ってきました。間にいろいろあったけど、本当にひさしぶりのラーメンズ本公演。面白かったです。ポツネン2作品でやったことをきちんと消化吸収した舞台になっていて、やっぱすごいなぁ、と感服できて嬉しい。

自分の日記のRahmensカテゴリを見ると、2005年には嵐が吹き荒れてたことが一目瞭然なんですが(カテゴリ作るくらいですよ)、次第に落ち着き今に至る。でもやっぱり本公演は特別だなと思った。

あ、あと毎日のように目にするmacのCMについては、あれなんかちょっと狙いがはずれてるよねといつも思う。むしろ今使ってるマックからパソコンさんに鞍替えして苦楽を共にしたい。これは判官びいきというやつかしら。

今回の公演のテーマは「言葉」。自分にとっても興味のある題材だけに、とても楽しんでみることができました。特に「悪魔の証明」をネタにしたコントと、そこから派生した5ケースのコミュニケーションが面白かった。こう、ぎゅーっと頭を使わせて、わっと解放する感じ。

【以下覚え書きメモ。ほんとただのメモですが、畳みます。】

続きを読む

2007-03-19

[][] めぐりあう時間たち

監督:スティーヴン・ダルドリー

小説を読み、これをどうやって映像化しているのだろう、風景 だけでなく、人物の纏う空気のようなものを、具現化することはできるのだろうかと興味を覚え、DVDを借りてみた。

めぐりあう時間たち [DVD]

めぐりあう時間たち [DVD]

私の感じた結論から言うと、この映画は、とても丁寧に小説を映像化した作品では あったけれど、小説にしかできないこと、映画にしかできないこと、ということを思う作品でもあった。

この物語のように、一人称で語られる物語は、映像化によって客観性を持つことで、観客と主人公との間に壁を作る。言葉をなぞり、主人公と声を重ね、その思考を追う楽しみは、言葉のみでつながるからこそ得られるカタルシスなのだろう。同一化とは少し違うけれど、そこには共有される言葉がある。なぜなら、私は私の言葉としてそれを読むからだ。とりあえずのスタンスだとしても。

しかし映画は開かれている。それは捕らえどころがなく、だからこそ自由に、より多くを見ることができる。女優たちの表情の中に、かつて読んだ言葉を見ることもできるのだけど(そして、それはとても説得力がある)この物語を読んだ時に、確かに私の一部であったはずの女性たちは、それぞれ他者として「外側」にいて、それが私には少しばかり悲しかった。でもそれもどうでもいいことだ。

美しい人たちだった。

ただ、ラストシーンをクラリッサではなくヴァージニアで終わらせたは、物語としてではなく、映像として(美しく)終わらせることを監督が選んだからなのではないかと思い、少し納得がいかなかった。

本の感想

「めぐりあう時間たち」/マイケル・カニンガム

[] 「WELCOME TOURIST」/B. Fleischmann

ドイツのエレクトロニカ・レーベルmorr musicの人気アーティスト、B. Fleischmann。これは何枚目なのかなぁ。オリジナルアルバムとしては3枚目か4枚目か。もうこのへんの情報を仕入れる能力がないのが悲しい脱力感ですが、近頃とても好きなアーティストです。最近知ったんだけどね。ネットラジオでかかってて。詳細知らなくても名前さえ分かればかえてしまうんだから便利だ。

Welcome Tourist

Welcome Tourist

最近、アコースティックな手触りのあるエレクトロニカ、というのを聴きたい気分で、これもその流れに入ります。洗練されているのだけど、気取ったところのない、ひなたの音。繰り返し聴いても色あせないしなやかさがあるのは、生音とエレクトロニクスとのバランスが良いからなのだろう、とか思う。水辺を思わせる曲がいくつかあって、Mice Parade のアダム・ピアースが言っていた「シューゲイザーの浜辺を行くトロピカリアの列車」という言葉を思い出す。スパイシーなメランコリック。

素朴なボーカル入りのトラックも味わい深く、特にラストの「Sleep」は久々に出会ったエンドロール・ソング(エンドロールで流れるような曲の意)でした。

ちなみにこのアルバムは二枚組で、Disc2には1曲45分にもおよぶトラックが収録されています。遠くまで行く。

[] 「言葉」のお店

緩い言葉と、タイトな言葉があります、という漠然とした感覚がある。

「緩い言葉」とは、例えば「ゆるい」という言葉のもつイメージが、どのように受け取られるかある程度予測できて、なあなあで、それほどの齟齬も起きないだろうと感じているような状態のことだ。そして「タイトな言葉」とは、専門用語や記号、ルールのようなもののこと。それを知っている人にとっては、ラベルとして役立つ言葉であるけれど、「+」という記号の意味を知らない人にとって、それはただの交差した線であり、交差した繊以上の意味を持てなかったりする。

なんてことを考えていたところに出くわした、troubleさんのエントリに引用されていた穂村弘さんの言葉が新鮮だった。以下孫引きですが。

「言葉」のお店の「常連さん」にならないとは、何度通っても「一見さん」であり続けること、「言葉」を既知の道具とみなすことなく、そのなかに未知の怖れと眩しさを感受し続けること。

そしてtroubleさんはこの文についてこう書かれている。

その時にきっと大事になるのは、「あら、これは他人の言葉だね」と思いながら、「よく分かんないなあ、何言ってるのか」と、「自分の口から出た言葉」に対して思っておくことなのだろう。

http://d.hatena.ne.jp/./trouble/20070319#p1

一度身に付けた言葉は、それを道具として使いこなす中で、いつしか手になじみ、まるで自分の一部であるかのように、意識されなくなっていく。

私のイメージでは「ゆるい言葉」は多くの人にとっての生活必需品であり、「タイトな言葉」は、特定の人のための近道のようなもの…、という分け方をなんとなくしていんだけど、しかしどちらの言葉も、私の一部ではなく、あくまでも外側とつながるための道具なんだ。それはいつも、はじめて使われる。

そして、そのことに気づき続けるということが「一見さん」であり続けるということなのだと思う。

ひとつひとつの語に込められた、私の与り知らぬ意味、歴史、地図のようなものを思うとき、私の言葉は「他人の言葉」になるのかもしれない。

頭が混乱すると、もっとタイトな言葉を身に付けたい、と思ったりするけれど、その言葉にたどり着くまでの道のりを、何度も繰り返すということを忘れないでいたいなと思った。10年経った、といったからって10年は一瞬に集約されるのではなくて、そのとき見えない、あれやこれやそれがうようよとただよっている感じ。1と2の間にある距離みたいなもの。空中に描いた○の中にあるもの。私がこの言葉を覚えるまでのこと。

もうちょっと、考えたい。

ShipbuildingShipbuilding 2007/03/20 10:28 「めぐりあう時間たち」をわたしは、映画から見て、小説を読んだので。マイケル・カニンガム。おそるべし。と思ったのですが。やはり彼自信が同性愛であることや。同性愛の作家の多くが同性愛を描き続けることに惹かれます。あるいは、同性愛である人に嫉妬しているのかも。と、誰かとごはんを食べながら話をすると1/3くらいは同性愛のことを話しているような気がします。

ichinicsichinics 2007/03/21 00:08 Shipbuildingさんこんばんは。小説は本当におそるべし、でした。映画が先だったらもうちょっと印象が違ったかもしれないですが。で、カニンガムさんは同性愛の人なのですね。いわれてみればなるほどですが、私にとっては、同性にしろ異性にしろ、他者への感情というものは、すごく不思議で、不思議だ、ということしかわからないような状況なので、ローラのキスシーンが、とても印象に残りました。それにしてもShipbuildingさんがごはんを食べながら話す同性愛のこと、聞いてみたいなと思います。

2007-03-17

[][] フィッシュストーリー/伊坂幸太郎

短・中編4作品をおさめた最新刊。

伊坂さんの作品を読んできた人なら、表紙を見てピンとくる系統の作品で過去の作品群ともリンクしている。サイドストーリー集といった印象でした。だから、もしもこれから伊坂幸太郎作品を読もうとしている人がいるならば、とりあえずこれを最初に読むのはもったいない。せめて「ラッシュライフ」は読んでからの方が楽しめる、と思います。

サクリファイス

地方の小さな村を舞台にしたミステリー。主人公は、あの黒澤です。方言の表記が独特で、巻末をみたら「別冊 東北学」が初出とのこと。おおー。この話にでてくる村長の陽一郎は、「魔王」のあの政治家に少し似ている。

フィッシュストーリー

『僕の孤独が魚だとしたら、そのあまりの巨大さと獰猛さに、鯨でさえ逃げ出すに違いない』という昔の小説の一文を軸に、複数の時間が共鳴するお話。一本の連なりではなく、ある一瞬に重なりあう「時間」というものの捉え方がすきです。そして、「意味」というのはこのように、主体たちの与り知らぬところで生まれる物語のことだと思う。

ポテチ

ラッシュライフ』に登場した今村(タダシ)の物語。伊坂さんはほんとうに、魅力的な「人物」を描くのがうまいなぁと思います。個人的には、とにかくタイトルからして好きな作品です。「間食のない人生なんて/p227」という台詞に大きく頷く。

ところで、巻末に「ある場面についてはMO'SOME TONEBENDERの名曲(曲名を知っている方には、小説の展開を予測させてしまうかもしれませんので、曲名は伏せます)から触発されていることを、記しておきます」と書いてあった。でも私が聞いたことあるのの中にはピンとくるのないなぁと思って検索してみたら、こちら(http://d.hatena.ne.jp/./ascent027/20070210/p1)で紹介されてました。感謝。私も買ってきてかけながら再読してみたいと思います。

フィッシュストーリー

フィッシュストーリー

読み終えた後、なんとなく過去の作品群を見返してみると、伊坂さんは出版社ごとに色合いの異なる作品を描きわけてるのかもしれないなと思った(担当編集者の色もあるのかもしれない)。そして、この新潮社のシリーズ(ではないけど)が最も「伊坂幸太郎作品」のイメージ、なのだとは思う。

ただ、個人的には「魔王」「砂漠」「終末のフール」と続いたここ最近の勢いがとても印象深かっただけに、「陽気なギャングの日常と襲撃」とこの「フィッシュストーリー」にはいまひとつ乗り切れなかった。

どちらの作品も、もちろん楽しんだのだけど、ほんとうに、読者の勝手とごう慢を承知で言えば、今、伊坂幸太郎に期待してるのは、過去の作品を振り返ることではなくて、次の一手なんだ。

[] 私に関係のない前世

少し前、大学時代の友人たちと飲んでいた時に、今をときめくあの(あの人はなんなのだろうか、カテゴリはわからないけれど)スピリチャルでふくよかなおじさんのことになった。

ここで言うスピリチャルとは、鏡の法則id:ichinics:20060705:p1)みたいなものだ。そして私は、それを法則とか呼んで「あるもの」として共有できない、と感じている。だからその話も、話半分に聞いていたのだけど、信頼する友人たちが彼のことをあまりに絶賛するので、少々面食らって少し反論した。本気じゃないよね? という感じで。

しかし、本気のようだった。そして「あの人はそんなのとは違う」と口を揃えて言う。

私はその人が出てる番組を見たことはないので詳しいことはわからないけれど(そしてこの先も見ないと思うので設定は又聞きで間違った部分があるかもしれません)、彼は前世が見える人らしい。うーん。まずその設定がファンタジーだと思うけど、仮に前世というものがあるとして、それが見える人がいる、というのは別にあってもいい(私が信じるかどうかは別の話)。それでも私は、前世が何かとかに興味をもつことがあっても、その人に何か言われたくないと思う。何か問題を抱えていても、そんな初対面の人にあれこれ言われて、前世がこうだからどうだ、と言われて、今の自分の何かが解決するとは思えない。そう言ったら「赦されたいんだよ」と返された。誰に? 何かにか。

ともかく「赦す」という言葉を聞いて、彼女たちの彼に対する信頼は、宗教と似たものなのかもしれない、と思った。

しかし、私がその人を(知りもしないのに)信じる人たちが本気であることに驚くのは、それが宗教的だからではないと思う。やはり、ファンタジーを根拠に「私」の今についてあれこれ解明できるということが、あってほしくないという感じ、だろうか。それは「自由意志」がないのであなたの人生はすべて計算できます。結果を見ますか? と言われて、見たからって、今の私が何をどう感じるか体験できないという感じに近いかもしれない。

例えば、外の人からみたら「ただの石ころ」に過ぎないものを大切にしているとしたら、それはその「ただの石ころ」が特別であるとした私の物語があるはずだ。「あなたに大切なのはこれです」と与えられて本気でありがたがるなんてできない。

生きてれば、不思議なこと、説明のつかないことはいろいろあると思う。そしてそれを解明していくことは楽しい、と私は思うし、それでも説明のつかないこと、というのに出会うのは、わくわくすることだとも思う。ただ、そこに理由を見つけるのは、私の物語だ。

私を知らない人に、説明されることで「赦された」と思える感覚がわかんない。そう言ったら今度は「脳が男なんだよ」と返された。脳が、男。それってどういう…とか突っ込むといい加減におこられそうなのでやめた。

それでも、スピリチャルとかファンタジーとかに対抗するのって、本当に難しいなと思った。あってもいいと思うし、そういう「お話」は嫌いじゃない。ただ、何かを根拠にするときは、それが根拠として信頼できるものかどうか、という視点は持っているべきだと思うし、そこんとこ手放しではいられない。それが、なぜかって聞かれても、うまく説明できないんだけど。

関連?

「神」を信じることは、その実在や宗教を信じることとは違うのかもしれない

[] コメンタリーではじける

いま近所のツタヤが半額セールなので、前々から見たいと思ってた「かみちゅ!」を見ています。okamaさんつながり。で、とりあえず1、2話見て、好きな雰囲気なんだけど、何か…こう…(悪い意味ではない)と思ってコメンタリー(舛成孝二監督と脚本の倉田英之さんの)再生したら、その会話のあまりの暴走加減というか何と言うかに笑った。例えばちょっと雰囲気がジブリっぽいとこがあるんですが、と思った瞬間に

ジブリジブリ言われてるが! まぁ「猫の恩返し」好きだが! 「ラピュタ」好きだが! ふははははは」

ときて、あっ、ごめんなさい、ちょっと、落ち着いて! と焦る。なんか、変なスイッチ押しちゃったみたいな会話がずっと続くのがすごい。こんなしゃべりとおすコメンタリーってはじめてかも。そんで今気付いたけど、最初に「猫の恩返し」挙げるってきっとよっぽど好きなんだろう。

とりあえず、最後までみたら感想を書く。

ascent027ascent027 2007/03/25 14:43 はじめまして。ウチダと申します。今更ながら、伊坂・モーサム関連の参考にして下さったようで、ありがとうございます!稚拙な文でとてもお恥ずかしいのですが…例の曲、素敵なので、よかったら本とリンクさせて聴いてみてくださいませ。

>過去の作品を振り返ることではなくて、次の一手なんだ。
この一文、随分と頷いてしまいました。最近の流れもファンとしては嬉しいのですが、想像のつかない次の一手を見せてくれるのが何よりの楽しみですね。
ちなみに、今月の「papyrus」という雑誌に書き下ろしが掲載されているのですが、短いながらも伊坂節が溢れていてにやりとしてしまいました。

ichinicsichinics 2007/03/26 23:33 ウチダさま、コメントありがとうございます! 勝手に紹介してごめんなさい。あとがき読んで、思わず家にあったモーサムさんの歌詞カードかき集めて(というほどないですが)見ても全然わかんない、と思っていたところだったので、ウチダさんの文と出会えて、うれしかったです。例の曲、絶対聞いてみたいと思ってます。
伊坂さんの書き下ろしが「papyrus」という雑誌に掲載されてるというのははじめて知りました。情報ありがとうございます!こちらもぜひ読んでみたいと思います。

2007-03-16

[][] ドラえもんのび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜

監督:寺本幸代

映画ドラえもんリメイクシリーズ第二弾。見てきました。面白かった1

「魔界大冒険」は、私にとって最も印象に残っているドラえもん映画であり、見た回数も最も多いと思う、思い入れのある作品です。

現実世界で、例によっていろいろうまくいかないのび太は、もしもボックスで「もしも魔法が使える世界だったら」と願う。そして魔法世界で出会った少女から地球を征服しようとしている魔界星の存在をきかされ、様々なトラブルに巻き込まれながらも、のび太たちが地球を守るために戦うことになるというお話。

「魔界大冒険」とは設定の異なる部分もいろいろあったけれど、設定のアレンジについては基本的に「ディテールのわかりやすさ」を目指したものであると感じたし、効果を発揮していたと思う。ただ、「魔界大冒険」がどちらかというと「友情」をメインに描かれていて全員に見せ場があったのに対し、「新魔界大冒険」は、美夜子さんに主題を据えていた。

これはいいなと思う部分もあれど、残念に思った部分も大きい。特に私にとって最も思い入れのある場面(ネタばれ注意/ジャイアンが銀の矢を打つ場面)が、まったくの別ものになっていたのは悲しかった。なんでだろう。リメイクシリーズ(といってもまだ2作品だけど)は、なんだかスネオとジャイアンの扱いがぞんざいな気がする…。

監督は「のび太の恐竜2006」での渡辺歩さんから寺本幸代さんに、作画監督が小西賢一さんから、金子志津枝さんにバトンタッチしているけれど、基本的な方向性はかわっていなくて、はあの太い手書きの線を生かした絵柄がやはりいい。ドラえもんのやわらかさ、しずかちゃんのスカート、などやわらかい動きの表現も気持ち良いです。

あとキャラクターの性格が、子供の頃に私が見ていたドラえもんシリーズとはずいぶんかわっている感じがして、そのへんは「のび太の恐竜2006」より際立って感じられた。のび太は要領は悪いがわがままではなく、ドラえもんも世話焼きというよりは、のび太の友情に基づいて行動している感じ。しずかちゃんはすました感じがなく、やさしい女の子。特に美夜子さんと2人で会話する2つの場面は丁寧に描かれていてよかったです。そういうキャラクター設定は映画版だからなのかもしれないけど、微妙な会話の描き方が、21世紀でも違和感のないものになっていると思った。

そういえば、これは私が初めて体験した「パラレルワールド」ものでもあったわけだけど、ひとつの世界に同一人物が二人、もしかすると三人いる状況があって、あのとき「もしもボックス」を使ったらどうなるのかはやっぱり気になる。あとドラえもんの使う道具はどれも「科学」ということになってるけど、魔法世界でできることのほとんどはドラえもんの道具でできてしまうので、もうちょっと突飛な魔法が登場してもいいんじゃないかとも思いました。

ともかく面白かった。最終回で見たので、子どもの反応を見る(聞く)ことができなかったのは残念だけど。

来年の春も楽しみにしてます。次回は新作という噂だけどどうなのかなー。

[][] マンガっち西島大介

ALL ABOUT マンガっち

ALL ABOUT マンガっち

読んだことあるのも多いのでなんとなく買うのを躊躇していたのだけど、やっぱ読みたくなって買った。西島大介さんのエッセイ漫画(?)をまとめた一冊。

カテゴライズ→再構築を繰り返してどんどんわけがわからなくなるようで、いろんなものがアクロバットでつながってくようすが面白い。わかんない部分も多いけど、守備範囲以外を切り捨てていくよりはとりあえず吸収してみる方が楽しいよねーと思って読みました。

はてなに「マンガっち2.0」て日記もできてた。(http://d.hatena.ne.jp/./mangacchi/

 Go Go Round This World !

ずっと自分のものだと思っていた、過ぎてった時間ぜんぶ、いつの間にか少しずつ、その形が変わっていって、好きだったもの、興味がなくなったもの、連絡とってない友達、今どこにいるのかわからない人、

 ―

あの頃、通ってた飲み屋で、はじめてセロリをおいしいと思ったの思い出す。あれを作ってくれた奥さんが妊婦さんになって、店たたんで地元に帰るといっていた。あの時おなかにいた子は、来年あたり小学生だろうか。唐揚げのにおいを背中に、夕方のアニメを見たりしているのだろうか。奥さんは今も、あの頃のメニュー作っているだろうか。

私はもう二度と、あの人の料理を食べられないんだろうか。

 ―

手の届かない時間に、おいてかれてるような気がする。

ぐるっとみわたせば、なんにもない

あの頃が、昨日よりも鮮明に思いだせるのは、きっともう更新された風景だからで、それなのに、好きなもの今も好きでいられることは、ほんとうに嬉しい。

いまは遠い、過ぎてったものぜんぶ、すっかりその形がかわってもやっぱり私のものだ。

2007-03-15

[] メタリカ感想つっこまれた

昨年のサマソニ感想にリンクもらってたのが面白かった。気付くのが遅すぎですみません。

すげぇ。あの燃えカスのようなリフをバカの一つ覚えみたいに繰り返してスピードでごまかすやつなんていうのかな。スラッシュ?ねえ、老いぼれているよメタリカ! アルバム捨ててみるか。

http://www.arcryte.org/column/column082006-yakuza-mokuranosonic2006.html

そんで私の書いた感想がこれ。

  • あのベースと一緒に基本音と対になる音階をあがっていくやつなんていうのかな。スラッシュ? あれ楽しい。かっこいい。あとボーカルの人が、歌い終わった後に顔をクッと背けるのがいい。ねえ、かっこいいよメタリカ! アルバム買ってみるか。(id:ichinics:20060813

うーん、我ながらバカっぽい。自分の文章の打たれ弱さを実感できました。基本ポエムだしなー。

まあ、思いっきり突っ込まれてるんですが、初めてメタリカ聴いたのがあそこで、しかも最後まで聴かないでリップス移動した軟弱者なので悔しいけど言い返せません。でも、その後ちゃんとアルバム買ったよ! かっこよかったです。まあ一枚だけですけど。

リンク先はこれ書いてる方のサイトではないので、憶測だけど、メタリカの感想を読む限りでは、メタリカ好きなんですねという感じがする(他は本気なのかわかんないけど)。だからメタリカに思い入れがある人にとっては、そういうライブだったのかなぁってのは少し気になった。

でも、なんとなく、メタルに後から入れない感じってこういうことかなぁとも思う。歴史踏まえろ感? や、でも歴史を共有してるからこその期待や失望っていうのはメタルじゃなくてもあるか。

とりあえず、今後はうたれづよいポエムを模索していきたいです。ポエムは恥ずかしがったら書けなくなるからね。(ちなみに、ここでのポエムとは、詩ではなく、エモい文のことです)

ところで、あれはスラッシュであってるのかな?

[][] 少女ファイト2巻/日本橋ヨヲコ

少女ファイト(2) (KCデラックス イブニング)

少女ファイト(2) (KCデラックス イブニング)

相変わらず熱いです。線が太くなるごとに熱さを増してゆくような気がします。

スポ根で、初心者がいて、自己嫌悪する狂犬がいて、紅白戦なんて、なんて燃える展開なんだ。しかも主人公が爆弾持ちの天才で、相棒はポップキャラでもある。

日本橋ヨヲコさんの漫画は、正直にいえば好みではないんだけど、でも読めば素直に面白いなぁと思う。とくにこの「少女ファイト」とG戦場は、幅広い対象に向けて書かれているメジャーな感じが良いです。

[] 

15時の電車。つま先をかすめる光の帯にじっと目を凝らす。なにかを考えたいのに、触れない。ぎっしりとした空白にべたべたと手形をつけてまわり、飽きて、窓の向こうを流れる外の世界を眺める。そこには10年前の通学路があって、作りごとみたいに見える遠い場所にも、ちゃんと世界はあるのだということを思う。だからなんだ、と少しだけつま先をずらし、日陰にもぐりこむと、向かいの席のおばあさんがおもむろにブラインドをおろし、車内にしんとした暗がりが広がる。じじじ、と誰かの携帯が鳴る。外はあきれるほどの晴天だというのに、開いたドアから流れ込む外気は身をすくめるほどにつめたい。

2007-03-14

[] RF/Views Of Distant Towns

RFことRyan Francesconiの3rdアルバム。

村上春樹ねじまき鳥クロニクル」にインスパイアされた作品、という話を聞いて興味をもったのだけど、ずっとアマゾンカートに入れっぱなしだったもの。

Views of Distant Towns

Views of Distant Towns

やっと買って、聴いてみて驚いた。酔いざめの水のように、身体にしみわたる心地の良い音。生楽器によるオーケストラを主軸に描かれる静謐なエレクトロニカは、イーノの「Discreet Music」を彷佛とさせる。しかし、このアルバムの音楽は、もっと明確に、聴く者のおかれた環境に色を添えようとしている。空気に溶け、振るわせ、肌に触れる。どこかで聴いたことがある音のような気がする。白い壁、漆喰の、ガラス張りの天井、そこに移る緑色、日差し、丘の上からみる街、しんとして、目を開くたびに異なる景色の中に降り立つような。

ねじまき鳥クロニクル」という物語と、イメージを重ねた理由はほとんど感じられなかったのだけど、きっと聴く人それぞれに、物語を重ねることができる音楽なのだと思う。懐かしい、きれいな。

 フジ

今年はフジロックに行きます。という前提で日々を過ごしています。何もきまってないけど行くことだけ決めてれば行けるような気がする。

それにしても、CURE、って!

loomerloomer 2007/03/15 11:41 わたしも今年フジに行きます!そう、行こうと思ってれば行けるものです。今から楽しみですよーーー。ぜひ苗場にてご挨拶したいです。

ichinicsichinics 2007/03/16 00:41 わーい、ぜひ苗場で! 私はまだ予定がたたず、なんも決めてないのですが、路線とかだけ調べて今から浮き足だってます。…最悪、1日だけでも行くつもりで。苗場は初です。楽しみ!!!

2007-03-13

[][] かっこわるい

今日は仕事中にanutpannaさんのエントリ(http://d.hatena.ne.jp/./anutpanna/20070313#p1)読んで、それ以降、加瀬さんがどんな映画好きだったらかっこわるいかなーと考えながら1日を過ごしたのですが、反射的に「ベティ・ブルー」を思い付いたのは私自身がそれでかっこわるかったからです。

まだ私が中学生の頃のこと、はじめて隣の席になって、映画の話とかして仲良くなった子がいました。その子が私に貸してくれたビデオが、先日見た「プルートで朝食を」のニール・ジョーダン監督「クライング・ゲーム」だったのですが、うわーなんか大人っぽい、と思ったわたしはお返しに、ちょっと背伸びして?「ベディ・ブルー」を貸したのでした。ほんとに好きな映画は「帝都物語」だったのに! もしくは「グーニーズ」なのに! というかむしろパトレイバー劇場版なのに…。たぶんオリーブかなんかでオススメされてたんだと思うよ。女子校だったし、おしゃれぶらないといけない気がしてたのね。(かっこわるー!)けどまあ若気の至りです。あの子覚えてるかな。

それから数年後、大学生の頃、好きだった人に「理想のタイプってどんな?」みたいなことを尋ねる乙女な日が私にもあったのですが、そんとき彼が答えたのが「ナチュラルボーンキラーズのジュリエット・ルイスで、とても真似できない…と思いながらも繰り返し見たり小説版まで読んだりしたことがありました。真面目。でも後に「強い女目指すってどうかと思う」みたいなこといわれ、男心ってわかんないなぁ、と思ったりしたこともあった

で、映画じゃないんですが、その時の彼が「好きな小説家はポール・オースターとか言ってるのださい」みたいなことを好きなくせにいっていて(というかいわれてムカっときたのだけど)、それが逆にダサいと思ったのは加瀬さんにもあてはまると思った。でもたぶんいわないので、結果かっこいいんだなー。いや、よく知らないのですが。

なんか自分がかっこわるい話になった。

[] ひぐらしのなく頃に祭

ひぐらしのなく頃に祭(通常版)

ひぐらしのなく頃に祭(通常版)

ひぐらしのなく頃に」コンシューマー版。やっとはじめました。アニメほとんど見てないからフルボイス新鮮。絵柄も新鮮。トミーがかなり修正されてるのに胸だけやっぱり強調されててうけた。あ、あと魅音の私服がちょっとかわいくなってた。あの拳銃(?)もなくなってた。

コンシューマー版で追加されてる「選択肢」については、いまのとこ原作どおりに進むよう選んでしまってるのでどうなるのかよくわからない、が、大筋かわらないくらいの選択なんじゃないかって気がします。

まだまだ楽しい雛見沢。レナの「知らない」で、にやーっ、と笑ってしまうところが私もずいぶんひぐらし慣れしたなと思う。続き楽しみ。

[] 世界樹の迷宮にやっときた

苦戦しまくった二十階を終えて、二十一階、第五層に降りた。

おおおおこれか! と思わず唸る。

【以下いちおう畳みます】

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toukatouka 2007/03/14 01:24 ははは、いまだにwiiもDSもお店に売っていませんよ。
既に手に入らない状況を楽しむ、みたいなことになってますね。うちは無線RANなんですけど、ようやく買ってきてみたらwi-fiの接続がうまくいかなくてがっかり、とかそんなことばっか頭に浮かんできます。
「鏖」を読んで、ああペットが懐かしいと思いました。あのギリギリまでの愛憎劇、ギリギリまで行っちゃうと他にヴァリエーションを展開することができなくって、原作付きを求めてしまうんでしょうかね。新撰組も含めてそんな気がします。

ichinicsichinics 2007/03/14 01:37 toukaさんこんばんは。Wiiは…まだいいかもなと思います。それより今は360かもしれません。DSは未だに品薄なんですね…、アマゾンアラートっていうのがいいらしいときいたんですが(入荷したらメールでお知らせ、みたいな)、どうでしょう。うちは無線じゃないのでWi-Fiまだです。いい加減使ってみたい。
「鏖」読むと「ペット」が恋しくなりますね。あれは面白かったなぁ。オリジナルといえば「大漁!まちこ船」もけっこう好きなんですけど。

2007-03-12

[][] 松ヶ根乱射事件

ichinics2007-03-12

監督山下敦弘

どこかにありそうな田舎町に、「災厄」たちがやってきたのをきっかけに、それまでもあり続けた、いらいらさせるものたちが後から後から湧いてきて、ふたをしても溢れ出て消えたかと思えば向こう側から顔をだしへらへら笑っていたりするこのエンドレスもぐら叩き……悔しい、でもどうやって怒ればいいのかわかんないんだよ、ちくしょう! っていう行き止まりの村のお話。

主人公は「とりあえずそいつ殴ろうよ!」と叫びたくなるような場面でも殴ってくれないので、感情のはけ口もなく、かといってその追いつめられ方も絶妙にてきとうな生殺し状態で、いつの間にか、自分があそこに飲み込まれたら生きてかえってこれるのかね、とか考え出していて、でもどう考えても乗り切る自信が全くないことを確認し気分は曇天。この「ありそう」な嫌さの描き方がすごい。物語だけでなく、画面に映るもの全てに、くたびれた重さや生活感のようなものが染み付いている。

閉鎖的な田舎の村で起こる狂気、といえば本谷有希子さんの「腑抜けども悲しみの愛を見せろ」とか、山本直樹の何かとか柏木ハルコの何かとか思い出しますが、あれらがきちんと狂気の発露まで描いてくれるのに対し、この「松ヶ根乱射事件」は、うん、こういう絶望もあるよなと思わせる出口なしだった。

でも私が何よりもイメージを重ねていたのは、すぎむらしんいちさんの「スノウブラインド」で、それは画像↑の場面の、雪景色、女、小学生、というキーワードだけなんだけど、川越美和さん演じる女性は、すぎむらさんの描く女性がそのまんまスクリーンに映し出されているかのようだった。川越さん主演ですぎむら作品映画化してほしい。ぜひ。

 おすすめ

この映画はsamurai_kung_fuさんのこの

ゾンビ、カンフー、ロックンロール − エキセントリックは免罪符じゃない! 「松ヶ根乱射事件」

エントリの冒頭だけ読み、面白そうだと思って見に行きました。

で、続きは帰ってきてから読もうと思ってブクマしてて、ついさっき読んだのですが、あー、まさにそういう映画だったって思いました。かっこいい感想。

[] 質問すること、されること

ある質問を向けられた時に、「それを疑問に思うこと」自体を問題視するのはおかしいと思う、というか私は好きじゃないのだけれど、「なぜそれを疑問に思うのか」が、解決につながることはある。そのふたつを混同しちゃいけないなと思った。

質問に対する答えにはならなくても、そもそもの質問のたて方について、再考してみることは無駄ではないだろうし、と考えてて、

私には私の答えは出せるけれど、質問する人にとっての答えはだせない。

という当たり前のことに気が付いた。というか、たぶん気が付いていたけど、「問い」をとおして向かいあったときに、そのことを共有していないと、いくら答えを探しても、不毛なすれ違いになりそうだということに気が付いた。

特に「意味」とか「理由」とかいう言葉がでてきたときに、どんな意味も理由も、自分のものだと思えないのはそういうことだ、と、思う。

[] やっとこんないいとこまでたどりついてしまった

f:id:ichinics:20070313011304j:image:h150

いい天気が続いている。霜のおりた畑がきらきらして、あたたかい日差したっぷりと降り注ぐ、朝。遠くの町で過ごした、あの1日の所在ない感じは遠く薄れ、あれがどんな季節だったのかももう思い出せないよー。なんて鼻歌混じりで、足どりも軽くビル街の横断歩道をわたる。とつぜん、遠くに行きたくなる。行きたいところなら、たくさんあるんだまだ。

2007-03-11

[][] プルートで朝食を

プルートで朝食を [DVD]

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監督:ニール・ジョーダン

70年代アイルランドの情勢を背景に、主人公パトリック/キトゥンがロンドンへと母を探しに行き、そこで出会う人々との関わりをスケッチ風に描いたクロニクル。

パトリックは子供の頃から女装を好み、自らをキトゥンと呼ぶように良い、やがて男性を愛するようになる。その過程についての葛藤のようなものはほとんど描かれず、パトリックはキトゥンとして、あるいは後に名乗るパトリシアとして、生きることが自然であると、自覚している。その強さがとても印象に残る映画だった。

愛されたいという欲求を隠さず、しかし媚びるわけでもなく、ただ「家に帰って私が倒れてたら、病院につれていってくれる?」と尋ねる。そして、たいていの男は安請け合いするんだけど、それが安請け合いであるとわかっていても、うれしそうな顔をするかわいらしさ。自分が女であることにはこだわるが、どこか自分を投げ出しているかのようなたたずまいに、はっとさせられる。

見ながら思い出していたのは「バッド・エデュケーション」で交わされる濡れた目のことだったんだけど、あの視線にあった体温とか生々しさ、のようなものはこの主人公を演じたキリアン・マーフィーにはなく、ひたすら乙女であるように見えるのは、その女であることが欲望によるものではない(と描かれている)からなのだろう。この映画のメインは恋愛ではないし、母親探しでもない。この主人公の人となりを追っていくような構成なのに、内面をあらわにするような場面があまり描かれないことを少し不思議に感じたのだけど、パトリック・マッケーブという人の同名小説の映画化ということで納得した。

辛いことがたくさんおこっても、ドロドロした部分は極力描かないとこがちょっとおとぎ話っぽいのだけど、この物語は「人生は物語だと思ってなきゃ、辛くてやってられないわ」というような台詞にあらわれている、主人公の立ち方を描いた物語なのだと思う。次のページこそ幸運が訪れるはず、と信じてページをめくっていくこと。そのような世界の捉え方、なんてまじめな顔して言ったら、シリアスなのは嫌い、とかいわれてしまいそうだ。

この映画の、結末で提示される幸せの形がとても気に入った。

それから、このすてきなタイトルはドン・パートリッジという人の曲タイトルからつけられたのだそう。

[] 春の花

目の具合が良くなってきた。自然治癒力さいこう! とか調子にのっていたらつい目をこすってしまい、またひとしきり泣く(顔の半分だけ)。というわけで土曜は一日家にこもりました。でもおかげで順調に回復。日曜になった今ではこすってもいたくない!と思うけどこわいのでこすりません。目は大事だねー。

そんで今日は買い出しに近所のデパートへ。コーヒーとか、文具とか、本。本屋に行くと読みたい本がたくさんあって、うううう、という気分になる。村上春樹訳のチャンドラーは、分厚くて持ち歩き辛そうなのでちょっと考えることに。いや、買うけど、今日は荷物が多かったしな。

f:id:ichinics:20070313011301j:image:h150

その後喫茶店で読書。窓の外は川岸を縁取るように連なる雲が赤くなっていく夕暮れ。その少し上に、小さなはぐれ雲が泡みたいに浮かんでる。いい日だ、と思う。その後、ツタヤでビデオ返して借りて、スーパーで食品を買う。菜の花見てnekoprotocolさんの日記(http://chaosroute.g.hatena.ne.jp/./nekoprotocol/20070307/1173266861)を思い出し、携帯でブクマからエントリ確認したりして、なんか「ブックマークを活用した!」という満足感に浸りつつ、菜の花+豚バラ+アンチョビパスタを作りました。ちょうおいしかった! やー、今まで菜の花ってお浸しにするくらいしか思い付かなかったんだけど、豚バラと菜の花っておいしいんだなぁ。見た目もきれいで春気分。

そしてご飯食べてる最中にアマゾンさんから「よつばと!ひめくり」が届きました。やった! 四月から一年、よろしくおねがいします。

よつばとひめくり 2007 ([カレンダー])

よつばとひめくり 2007 ([カレンダー])

[] 大神、ガンダム、世界樹など

大神

大神 PlayStation 2 the Best

大神 PlayStation 2 the Best

ゲームショウでさわったっきりだったんだけど、実際やってみたら、思ってた以上に面白い。そしてきれいなゲーム。動く絵本のような画面がなめらかに動くのがすごい。処理落ちとかないのね。アクション苦手な私でも、ストレス感じない程度の親切設計でありながら、アクション中心にやりこんでてる弟も(解説多すぎるとはいってたけど)絶賛してたってことは、受ける幅も広いんだろう。名作だ。とはいえ私は、まだツタ巻き遺跡で苦戦してます。

画面上に現れる筆で図形を描いて攻撃するというのがまず面白いし気もちいい。なかなかうまく丸かけないんだけど、枯れ木に花が咲くと、うわーと思います。DSでも出たらタッチペンでできていいのにな。

ガンダム無双

ガンダム無双

ガンダム無双

弟が買ってきましたのでちょっとやりました。んー。微妙。史実に忠実じゃないとか弟は文句いってましたが(そのへんは、むしろスパロボ無双だったらよかったのかもしれない…)、そういうこと以前になんかこう、微妙だ。なんだろな。ターゲットインサイトやった後だからか、いろいろチープに思える。とかそういうこともまあよくて、無双のあの爽快感みたいなものが、ガンダムに向いてないのでは、とか。それをいったらおしまいですけど。

その他

世界樹20階がどうしてもクリアできない。TPがもたなくて、全滅しまくる。ここにきて私のギルド編成の弱点があらわになってしまった感じだ。攻撃力にものをいわせた短期決戦型戦闘ばかりしてたので、封じやらステータス異常やらを食らいまくると一気に全滅する。メディックのリフレッシュはまだ混乱くらいしか解除できないし。金に糸目をつけないでちゃんと薬品を買うべきなのかしら。

そして、今頃クリアしてるはずの「祭」が、どこ行っても売り切れで、また世界樹と同じ状況か…と思ってたんだけど、アマゾンみたら普通に在庫あったので届くのまってます。私が行くとこ間違えたんだな。

2007-03-10

[][] 『叫』

監督:黒沢清

この監督の映画は映画館で見たほうが面白いんだろうなと思った。

私は、黒沢監督作品は今まで役所さんが出ているものしか見たことなくて(というのは「ユリイカ」で役所さんブームが来た時に出演作を見まくったからで)、前回の「LOFT*1でようやく初めて黒沢清という監督のことを意識しながら劇場で見たのだけど、あれを見たときにあの作品の特徴だと思ったものは、ほとんどこの監督の特徴であったのかもしれない、と思って、今までのも見返したくなった。

そして、それは例えば、ほとんどの画面の中には、2つの世界があるということだ。演技する主人公の世界/視線と、主人公の背景、画面の端に映る鏡、窓、カーテンの隙間を見る私の世界/視線。一人称で描かれる物語というもののほとんどは、主人公の視線を借りることと似ているけれど、この監督の映す映像の中で、主人公と私は重ならない。それが、物語としてではなく、この現実の世界の続きとして映画があるということでもあるように感じる。

そして、常に主人公の視線が見つける何かを探す、客観としての視線の想像力というものが、恐怖やおかしみを生むのだ、と思った。

だから、やはり大きなスクリーンで見た方がいい。見れるだけ見よう、と思う。監督の言葉とか読んだことないけど、そう思わせる魅力は確実にあって、その魅力の質が、私の中では新鮮。だって恐い映画苦手だったのにな。とりあえず『叫』はこわくなかったけど。

映画の中に「壊したり作ったり、大変ね」という台詞があった。そして映画は全編にわたって、東京湾岸を*2陰鬱なものとして映し出している。

しかし、黒沢監督の作品には、単純な解釈をすることを保留したくなる雰囲気がある。私が見ている物語とは別の、何かがあるんじゃないかと思ってしまう。

だから「壊したり作ったり、大変ね」という台詞を昨日考えてたこと(id:ichinics:20070309:p2)とつい重ねてしまうことで、イメージが鮮明になり、もしかしたらそれが今の空気なのか、この映画のテーマなのか、と勢いで理解してしまいたくなったのをつい堪えて、結局はメタファーとかあまり意識せずに、起こることを単純に楽しんで見てしまったのだけど、

帰り道、毎年今頃の時期に整備し、梅雨の時期には必ず決壊する近所の河原を通り、砂利の山の前にとまったトラックの運転席に、何かを見てしまうような気がして、視線のもつ意識、というものがあるのかもしれない、などと考えた。

[] 目はすごく、大切だ

起きてまばたきすると、目が痛い。そして急速に堪え難い痛みへとかわり、涙がとまらないので、出社前に眼科へ行った。女医さんがグイグイとまぶたをこじ開けるので思わず身をよじってしまい、助手の人に後頭部を押さえつけられる始末。その間も片目だけ泣きっぱなし。情けない。

結果は、白目の部分に小さな傷ができているとのこと。

前日に、風で目に砂粒が入る、というようなことがあった気がするけど、でもそんなので傷がつくだろうか? 原因がよくわからないけれど、とりあえず涙だけでもとまる方法ないですか、といったら眼球に軟膏のようなものを塗ってくれた。視界がぼやけるが、涙が出ているよりは歩きやすい。

昼前に出社、今日締め切りの仕事を始末して急いで打ち合わせに出かける。電車で1時間近くかかるところだったのだけど、視界が悪いので本も読めない。目を閉じたまま、私の好きなこと、大切なもののほとんどは、目に依存しているのだなぁ、と改めて思う。かなしい。涙が出ると軟膏が落ちてべたべたする。

しかし取材を終えてみると、適度に緊張したせいか目の痛みはだいぶ引いた(軟膏のおかげかもしれない)。帰社してまとめて、まだ7時すぎ。「松ヶ根」は間に合わないけど『叫』はいける、と思って見にいく。面白かった。

けど、調子にのって目を使ったせいか、また片目が見えなくなってきたので今日はこのへんにしておきます。明日はドラえもん見たいのでなおってたい。

*1id:ichinics:20060914:p1

*2:ということはあれ、湾岸署?

2007-03-09

[][] 皇国の守護者

探して買って読んだ。

[rakuten:book:11918050:detail]

………昨日の感想であれだけ思い入れてたものがこうなるのか、と冒頭からショックを受け、呆然とする。ここまで追い込まれるとはという予想以上に追い込まれ、読んでいて息がつまる。それがぞくぞくするほど面白い。先の展開を予想する間もなく、いまこの戦い、に釘付けになります。

それで、いつのまにか世界樹が、頭の中で第十一大隊の面々に置き換わってしまった。猪口曹長がパラディンです。ゲーム脳だ。

[] 東京

新しい建物が建つって、昔はとても、わくわくすることだった。

隣の家、川向こうにできる団地、電車に乗らないと行けないところにできる、新しいデパート。

新社屋には屋上庭園を備えており、晴れた日には市民に解放。

この町でいちばんおおきい、何か。

新しい建物がたちますよーって、それだけで、新たな町が生まれるみたいな期待があった。

でも、いつからか、新しい建物ができるってことは、そこにある建物がなくなることでもあるようになった。毎日歩くあの道沿いだけで、取り壊され、作られる過程を何度見てきたことか。

いつもガチャガチャやった肉屋は動物病院後今更地で、ジャンプの早売りしてた本屋はマンション、畑もマンション、あの高架下の文房具屋は、どうしたんだっけと思ったら道が広くなってた。

そうやって、私の見てきた東京だけでも、もうずいぶん形がかわったし、その過程でいなくなった建物の残滓が折り重なって、町に対する(主観的な)印象が濁ってしまったと思うこともある。

私が年をとったのか、東京が年をとったのか。

たぶんその両方で、それは悪いことではないんだけど。

オリンピックをやりたい知事は、新陳代謝がうまくいかないなら、一度リセットしようぜ、と言ってきたひと、という印象なんだけど、東京でオリンピックやるって、いったいどんだけの建物をつぶす予定なんだろうか。それは、建設作業だけでなくて、波及効果も含めて、で。

目的はオリンピックというよりは、再開発なんだろう。

だって、いま、東京に住んでいる人の中で、「東京でオリンピックやってほしい!」って思ってる人、あまりいないような気がする。し、個人的にも、オリンピックは、遠くにありて思うもの、でいいやと思う。想像しただけで、たぶん絶対、めんどう。

でも一方で、この、補填に補填を重ねてきたような街は、もろいだろうという危機感も理解できて、なんともなぁ、という気分だ。

人柄としての好き嫌いは、ハッキリしてるけど。

2007-03-08

[][] 皇国の守護者

原作:佐藤大輔

漫画:伊藤悠

「さよならテリー・ザ・キッド」のhurricanemixerさんのところで紹介されていたのを読んでおもしろそうと思ってて、「文化庁メディア芸術祭」でちょっと手にとり、昨日やっと1巻を買ったのですが、これはすごい。熱いです。今日続き買いに行くとき、ちょっと小走りになっちゃったくらい夢中でむさぼり読んでいます(でも四巻売り切れてた…!)1冊読み終わるのに結構時間がかかるんだけど、それがすごく嬉しいくらいの読みごたえ。

シミュレーションゲーム好きなひとや、組織ものとしての攻殻機動隊SACパトレイバー好きな人にはたまらない漫画だと思います。あと台詞にときめくという意味では「ヘルシング」とかも思い出した。惣領冬実ゆうきまさみの良いとこあわせたような絵柄(どんなだ)も好きだ。

感想は、hurricanemixerさんの書かれてること(http://d.hatena.ne.jp/./hurricanemixer/20070221/1171991012)に全面的に同意です。なのでだいぶかぶってしまうと思いますが、一応自分の感想も書いておく。

皇国の守護者 (1) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

皇国の守護者 (1) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

まず、物語の舞台は「人と龍の間に結ばれたとされる〈大協約〉が世界秩序の根幹を成す世界」。新興国「皇国」にある日突然、世界の土地の大半を支配下におく超大国「帝国」が攻め込んでくるところから物語がはじまる。

主人公は「皇国」の中尉、新城直衛。サーベルタイガーを率いて戦う「剣虎兵」だ。この漫画にはサーベルタイガーだけでなく翼龍や導術という念力を使う者がでてきたりするんだけど、それがまったくファンタジーではなく、ひたすらリアルに傍らにある感じなのが独特。

例えば導術を扱う者たちは、超能力者ではあれど、兵の一人というよりは通信機のような扱いをされている。しかし主人公によって有機的に働かされることで、ひとりの導術兵に忠誠心というか、活かされることの喜びみたいなものが芽生える場面がある。ここでは、例えば異なる階級、民族、機械と人間、動物と人、などの間に横たわる断絶を超える場面に似た興奮を味わうと同時に、その能力の全てをあかされていないキャラクターへの期待が、まるでシミレーションゲームに登場する新キャラを育てるときのような、興奮にかわる感じがした。サーベルタイガーしかり、天龍もまた。

しかし、そのほのかな希望も、今のところずっと続いている勝ち目のない戦いの中ではすぐにかききえてしまう。

その絶望的な状況の中で、主人公、新城のキャラクターが圧倒的な存在感を持って輝くところが、この漫画の最大の魅力だと思います。戦略を練る。自分の卑怯さ、臆病さを嫌悪し、思いやりをかいま見せる自分を恥じる。幾度となく、これが戦争である、ということを確認する。サーベルタイガーと共にいるときの信頼関係と、残酷さが共存する感じ。常に自分を客観視するからこその冷静さと葛藤。この弱くて強い主人公の泥臭いスタンドアローンさがたまりません。こんなに魅力的、というか自分にとってのど真ん中な主人公はあんまないかもしれない…ってくらい新城がすきです。

うー、かっこいい…!!!

原作も読もうかなぁ。

皇国の守護者 (2) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

皇国の守護者 (2) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

皇国の守護者 (3) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

皇国の守護者 (3) (ヤングジャンプ・コミックス・ウルトラ)

 公式サイトも豪華

http://annex.s-manga.net/koukoku/

[] そして映画には行けなかった。

4月からの人事異動にまつわる云々で残業が続いていて、今日もやっぱりなんだかんだで9時。映画館が遠い。

そして引き継ぎながら、ほんとにこの仕事を私が一人でやるわけ? というのに相当ぐったりきていて、気が重い。仕事は好きだけど、仕事に振り回されるのは嫌だ、ってたしか「海の仙人」にでてくる片桐もいってたけど、だからこそ好きな仕事で、適度な距離感のある題材を選んだのになー、なんていっても仕方ないし、死ぬまでは仕事して食べてくつもりなのでがんばります。できるだけ残業しないですむように計画たてて、それに慣れなきゃ。

なーんて言いながら実は新城のことばっかり考えています。漫画のキャラクターにときめくのひさしぶりだなぁ。「HELLSING」のベンウッド卿と少佐を足して割った感じか。そして後藤警部補の若い頃みたいな…。

[] Teddy bears/Soft Machine

Soft Machine

Soft Machine

タワーで面だしプッシュされてたので手に取った。スウェーデンのエレクトロポップユニットTeddy bearsの1st(かな?)

Iggy PopやNeneh Cherryなど大物をゲストボーカルに据えた曲が多数収録されており、ジャンル違いのUNKLEみたいだなーとか思う。

どの曲もキャッチーで盛り上がる感じが、1stの頃のPhoenixぽいかもと思って買ったんだけど、パーティアルバムとしての楽しさはあれど、アルバム全体を通してみると、あまり色が感じられず、ちょっと散漫な印象。

でもそれは、このひとたちの懐の深さでもあるんだろうし、インストトラックはどれも共通のイメージがあるので今後の出方に期待したいです。

2007-03-07

[][] ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島

ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島 [DVD]

ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島 [DVD]

監督:細田守

ワンピースの映画見るのはこれが初めてです。漫画はわりと最近まで読んでたけど(続きも読むつもりはある)TVアニメもほとんど見たことないってくらいの予備知識でしたが、面白かったです!

キャラクターがメインの作品だけに、メインはわりとオリジナルに忠実だけど、表情が豊かでよく動くところが細田監督作品らしい。とくにルフィは、漫画版でもあまり見ないくらいに柔らかくて、アニメは動いている、ということを改めて思う。

物語のあらすじは、ある挑戦状(?)に誘われ、オマツリ島へとやってきたルフィたちが「仲間との絆」を試されることになるお話。複数の海賊の物語が絡み合ってラストへと繋がっていくところが、あついな! と思いました。序盤、若干テンポが緩いかなぁと思ったとこもあったけど、後半の盛り上がりへとつながる伏線がうまい具合に配分されていて、ラストにはかなりのカタルシスを感じることができる。凝ってるなぁ。

でもいちばんぐっときたのはやっぱりチョッパー!!!なんてかわいいんだ・・・。私はホントに大谷育江さんの声がすきです。

ところで、作品中にでてくる「花」は村上隆デザインじゃないんだろうか? クレジットが見当たらなかった気がする。ルイヴィトンで一緒にやった流れなのかなぁと思ったんだけど。

[] 塩キャラメル

ロッテ、クランキーチョコの「塩キャラメル味」がおいしいです。

甘いんだけど、パフとほんのり塩でさっぱりしてる。ちょっとミルクケーキ(北海道土産とか牧場で売ってるかたいやつ)っぽい懐かしいあまさもウマいです。おすすめ。

限定とかじゃないと思うけど、とりあえず私はセブンイレブンで買いました。

[] 正直日記書き過ぎだ。

ブログ論的なものを読んでも、これはブログじゃないし、日記だし…というのを理由に(なってるかどうかは別として)気にしないでいたんですが(なまけているともいう)、今日、私よりずいぶん前からはてなダイアリーを使ってるであろう方が、今まで書いた日数、とかって書いてたその数字にびっくりした。思わず確認しちゃったんだけど、書きはじめた日は私のが一年くらい後なのに、書いた日数が200日近くオーバーしてしまってるってどういうことだ…。(恥ずかしいので確認しないでください…)

いやいや、どういうことだもなにも、書き過ぎです。あれー? と思ったけどほとんど毎日書いてるんだから当然かもしれない。

ただ、できるだけ毎日書こう、という意識があるのは、あきらかにある(尊敬する)サイトの影響です。が、そのスタイルのごく一部にすぎないものを取り出して、目的を理解してもいないくせに影響だと書くのは、単純に意味のないことだなと思う。

ともかく、更新しすぎが照れくさいのは、 かといって、私には毎日更新目標にするのは無理だと思うからだ。だって実際は毎日書いてるわけじゃなくて、書き過ぎた日の感想を(いちおう一日みっつまで、のつもりでいる)ばらして更新してたりもする。この中途半端さ。

というとこでもやもやしなくてすむように、ここを書くにも何か掲げる目標があればいいのにね。ってのは、もう何度か考えたし、これからも定期的に思ってみたりするだろう。ても、結局決めないまま2年経っちゃった。というか、そもそも、目的のない目標って成り立たない気がするし、じゃあ目的って? というところは、まあ、自分次第だから、これでいいんじゃないのかと思う。……と、まあ考えても詮無い感じなので保留。

あ、でも読む方としては、好きな日記やサイトがたくさん更新してくれるととても嬉しいので、よろしくお願いします!

ちなみに今週の目標は、明日映画見にいくことです。残業しなくてすみますように!!!

【追記】なんかちょっと書き方が悪かった気がするので、修正しました。

meltylovemeltylove 2007/03/07 03:37 読む方なのでたくさん更新してくれたほうがうれしいです。楽しく読ませていただいてます。

killhiguchikillhiguchi 2007/03/07 06:39 初めまして。私も更新を楽しみにしているので、書き過ぎるくらい書いて下さると嬉しいです。

ogawamaogawama 2007/03/07 21:49 いつもRSSで拝見してます。
一日に複数のエントリがあると読み切れないこともありますが、基本的に毎日。文章巧いなあと思っています。
なので更新セーブしないで頂けるとうれしいです。

ichinicsichinics 2007/03/08 00:17 恐縮です。
>>meltyloveさん
そしておひさしぶりです。今年は、お忙しいのでしょうか…とかこっそり思っていたので、いらっしゃることがわかって安心(というのもすこしへんですが)しました。わたしも楽しみにしてます。
>>killhiguchiさん
はじめまして。そしてありがとうございます。これからもよろしくお願いします…!

ichinicsichinics 2007/03/08 00:19 >>ogawamaさん
もうほんと、すごくありがたいです。なんかへんなこと書いてごめんなさい…。でも読んでいただけるのはうれしいです! 今のところは今後も通常更新の予定です。

基本的に、書いてることバラバラですし、興味あることだけでも拾い読みしてもらえればなぁ、と思ってぜんぶタグつけるようにしてるので、よければ使って下さい。

2007-03-06

[][] 海の仙人絲山秋子

いろんなところで感想は読んでいたくせに、まだ読んでなかったこの「海の仙人」で、今のところ刊行されている絲山秋子さんの小説は、全部読んだ、はずだけど、やっぱりどれを読んでも、好きだなぁと思う。お話の題材はどれも近いのに(「袋小路の男」だけはちょっと異色にも感じるけど)、それぞれの手触りがあって、中でもこの小説の質感は、やさしい。

海の仙人 (新潮文庫)

海の仙人 (新潮文庫)

二作目ということもあって、現在と比べるとまだ語り口が固まっていない印象を受けるけれど、あくまでも平易な言葉繋ぎながら、色があり光があり、人の体温というか、気配みたいなものを感じさせる文章を描いていく腕前が存分に楽しめる作品だった。

孤独ってえのがそもそも、心の輪郭なんじゃないか? 外との関係じゃなくて自分のあり方だよ。背負っていかなくちゃいけない最低限の荷物だよ。例えばあたしだ。あたしは一人だ、それに気がついてるだけマシだ。」/p96

例えばこの台詞は、話の流れからすると、いきなり核心をつく直接的なものにも感じられるし、この台詞を書きたい、と思って作者はこの場面を描いたのだろうなと思ってしまう時っていうのは、時として少しこそばゆかったりもする。けれどこの小説では、読者としての私が感じている動揺までもが、キャラクターに光をあて立体感を描くものとして生きているように感じられてしまう。人物の存在が急に近くなったような気がして、どきっとする感じ。しかも、さらっと物語の主題を語っている台詞だったりもする。

そして何より、私はこの物語にでてくる人々、とくに主人公、河野のことがとても好きだ。

河野はあるきっかけで会社員を辞め、田舎に一人で「海の仙人」みたいに暮らしている。釣りをして泳いで砂を運び、天気図を書きながらヤドカリと過ごす日々(なんてすばらしい)。そんな河野のもとに、ある日ファンタジーがやってくるところから小説は描かれている。けれど、物語がどこからはじまって、どこで終わるのかはよくわからない。

ニート』の中の「へたれ」に引用されていた「ごびらっふの独白」にあった

みんなの孤独が通じあふたしかな存在をほのぼの意識し、

うつらうつらの日を過ごすことは幸福である。

この、ほのぼの意識されている存在こそが、「ファンタジー」だったのかもしれない。

 これまでの感想

『エスケイプ/アブセント』

『沖で待つ』

『ニート』

『逃亡くそたわけ』

『袋小路の男』

[] Hot Chio/Colours (Australian Tour EP

Colours

Colours

ちょっと気になってたイギリスエレクトロロックというかディスコというか、なバンド Hot Chip

アルバム「The Warning」を買うつもりでCD屋に行ったんだけど、なかったのでこのEPを買ってみた。

Hot Chipを最初に聞いたのはDFAリミックス集だったんですが、これにもDFAリミックスタイトル曲)が入っています。なんかもうこの周辺はよくわからないし、それほどど真ん中に好みなわけでもないんですが、このHot Chipは最初見たビジュアルで、なんとなく面白い感じなのかと思ってたら(下のyoutube画像を見ると感じが伝わるかと)、わりとウェットな声で繊細な音色が気に入りました。この「Colours」もとても好き。

 参考

「Over and Over」(youtube)

「Over and Over」のメイキング

[] グリフォン

リボルテックヤマグチ No.20 グリフォン

リボルテックヤマグチ No.20 グリフォン

買いました。

発売前の展示見て、やたらかっこよくて楽しみにしてたやつ。

ちょうかっこいい!!

いろんなポーズつけて遊んでたら腕とれてあせった(すぐなおる)。

2007-03-04

[][] めぐりあう時間たちマイケル・カニンガム

ヴァージニア・ウルフの代表作『ダロウェイ夫人』をモチーフに、物語が繋ぐ三人の女性 ―― ヴァージニア・ウルフその人と、ダロウェイ夫人と同じ名前を持つクラリッサ、それからダロウェイ夫人を読むローラ ―― の異なる時代の、ある1日を描いた作品。

小説家であるヴァージニアが行う『ダロウェイ夫人』についての自問自答は、とても興味深い。それは彼女の内面と強く堅く結びついていて、まるで祈りのようだと思う。(そして、このように自分を物語の中に置こうとするのは、意図的であれ無意識であれ、誰もが試みることなのではないか、と思う)しかし結ばれた両の手は、いつか開かれてしまう。読者の多くはそのことを知っているし、この物語も、ヴァージニア・ウルフの最期から描かれている。

クラリッサ・ダロウェイは、と彼女は考える、表面上まったく取るに足りないと思えることで自殺するだろう。彼女のパーティは失敗に終わる、それとも、彼女の夫は彼女が自分自身と家庭について払ったいくばくかの努力をまたしても認めようとしないということになるだろうか。秘訣はクラリッサの些細な、しかしきわめて切実な絶望がいかに重大であるかを完璧に描き出すこと、彼女は家庭で味わう挫折によって、将軍にとっての敗戦と同じくらい心が打ちのめされてしまうのだと読者を十分に納得させること。/p105

そしてミセス・ブラウン。本を読み、良き妻、良き母であろうとする女性。彼女は『ダロウェイ夫人』を読んでいて、そして徐々に、物語に、もしくはヴァージニアの自問自答に、引きずられていく、ような気がする。彼女の感じやすさ、神経質さ、小女性、云々は、読んでいて切なくなる(それは悲しい、とは少し違う)。生きにくさ、ということを考える。

それでも分かったことが嬉しい(というのも、なぜかしら、不意に分かったのだ)、生きるのを止めることは可能なのだと。あらゆる選択の幅に正面から向かい合い、自分に与えられた選択権について恐れることなく誠実に考えてみると、心が慰められる。想像するのは、処女性を保ちながら、精神のバランスを欠き、生活と芸術の耐えがたい要求に打ち負かされたヴァージニア・ウルフ。彼女がポケットの石を詰めて、川に足を踏み入れる姿を思い描く。ローラはお腹をさすり続ける。それは簡単なことなのだろう、と彼女は思う、ホテルにチェックインするのと同じくらいに、それくらい簡単なこと。/p187

それは例えば、いつか王子様が、などという少女の夢や憧れ、自分を物語にしてしまうことに、似ているように感じる。しかし、そこにあるのはやはり「些細な、しかしきわめて切実な絶望」なのだろう。

このローラに対するほのかな共感と、そしてその共感から距離をおきたいと思う反発のようなものは、「バナナブレッドのプディング」*1を読んだときの感じに似ている、し、実際に根元はつながっているのだろうと思う。しかし「バナナブレッドのプディング」の結末に描かれていた、生まれてくる子供に対して語られる言葉が、ふわふわと甘く感じられるのに対して(しかしそれはとても魅力的なのだけど)、この物語の結末となるクラリッサの章は、物語でありながら、現実の手触りがあり、力強い。

もちろんどちらが良いということではないし、いまこうして比べて考えること自体が不毛なことなのかもしれないけれど、そこにある大きな違いは、物語のテーマのひとつに「老いること」が語られているかどうかだと思う。そして、もしかしたら私は、大島弓子を卒業してしまったのかもなぁということを、この作品を読みながら考えていた。もちろん今も大好きな漫画であることにかわりはないけれど、でも、ミセス・ブラウンがそうしたように、その作品の中に入ることで「自分を保持」することはもうできないし、しようとも思わないだろうなと思う。

きょうは明日の前日だから……だからこわくてしかたないんですわ

「バナナブレッドのプディング」

「でもやっぱり時間はやってくるだろう。一時間、また一時間と。それをなんとかやり過ごす。するとなんてことだ、次の時間がやってくるじゃないか。吐き気がしそうだよ」p241

このふたつの台詞の向いている方向、解消のされかたの対称のことを考える。そして、このような言葉を自分の外に与えられることで、クラリッサは、ありふれた人間として生きることになるのだけれど、それはもしかしたら、偶然によるものなのかもしれない、と思う。

その切実な絶望は、いつまでもそこにある。けれどちょっとした瞬間、例えば「思いもかけず、あらゆる予想を裏切って、わたしたちの人生がはじけるように開かれ、それまで心に思い描いていたことすべてをわたしたちに与えてくれると思われる一時間/p270」が、また彼女を救うのだと思う。その繰り返し。いつも何かのしっぽを、見失わないように。

最後まで読んでしまってやっと、記憶の彼方にあった『ダロウェイ夫人』の結末を、なんとなく思い出すことができた。

そして、私はこの小説がとても気に入った。読みながら、たぶん二年近く、積んだままにしていたのを悔やんでいたのだけど、読み終えてみると、今読んでよかったのかもなと思った。いつもそういうこと思って、納得してる気がする。

[] ちょっとしたことで楽しくなったり悲しくなったりする

わりと近所に駅ビルができて、当初はそのきらびやかさに8割の期待と2割の反感、みたいなものが町に溢れていたように思うのだけど、それから数カ月もたった今では、すっかり日常の風景に埋没し、そこにあるのに存在を忘れられていたり(ただの待ち合わせ場所になっている)、物足りなく思われたり(あれがないのは不便だ、云々)している。その様子はまるで、ぐったりと疲れて寝そべった血統書つきの犬みたいだ、というのは駅前のオープンカフェに犬を侍らせた人々が溢れていることによって引き起こされた連想なのだけど、ともかくその半端な豪華さがかなしい、とか思いながら通り過ぎ、電車に乗る。乗る時に、いしはらゆうじろうのような格好をしたお兄さんがいて、そのストローハット、が格好良いなと思ってすこし楽しくなる。今日の風はやわらかくて、花粉症には縁がなかった私も、少しだけ、のどがかゆい。友達に会う。坂道をのぼり、靴を予約する。そして手作りの、上等な家具を眺めに行く。こんな机で本を読みたかった、と展示されていた机にしがみつきたい気分になるも、そもそも自分には置く場所がないことを思い出し、肩を落とし、値札も見ずに店を出る。帰りにまた(例に寄って/いつものように)喫茶店で読書。隣の席の人が、次から次へと、電話をかけまくっている。ひとつの電話でした話を次の電話で報告。私はいま、誰かに電話をかけたいだろうか、なんてことは考えもしなかったけれど、そういえばもう、電話って、あまりしなくなった。メールばっかりじゃなくて、たまには電話したり、手紙かいたり、したいなとか思う。漠然と、相手も想像せずに。22時頃、帰宅してパソコンをつける。そして、この、私の机だって、悪くないじゃないかと思う。パソコンを置いただけで、いっぱいになってしまっているけれど。

[] GIGAZINEポテトチップ

ポテトチップスからみのエントリでしか読んだことないので、GIGAZINEがどういうブログ(?)なのかよく知らないのですが、GIGAZINEポテトチップス記事はいつもなんか曖昧に褒めて終わりな気がする。これとか。「これはいいかもしれません」て。でもそういうとこが雑誌っぽいよね、あっ、だからオンラインマガジンなのかーって納得もできるんだけど、この

「ポテトチップス磯のり味」は「のりしお」を超えた

ってタイトルは、ちょっとなーと思う。だって、「のりしお」はカルビーだけのブランドじゃないし、むしろのりしおイチオシなのは湖池屋のイメージだもんなとか考えながら、自分のポテトチップス偏愛ぶりをちょっと反省した。

ともかくカルビー「磯のり味」は、同じくカルビーの「こんぶしょうゆ」をベースに、「のりしお」で使用している「青のり」っぽいのりではなく、「焼きのりパウダー」をトッピングした味。おいしいですが、私は「のりしお」のが好きです。というのは「塩味」がすきだからで、昆布だし系の「うまみ味」が好きなひとは「磯のり」好きかもなーと思う。

ところで、だし系といえば、ヤマヨシのかつおだし味が好きだったのですが、最近の「旨味」系ってこんぶだしばっかりな気がする。

2007-03-03

[][][] 「鏖 みなごろし」/阿部和重三宅乱丈

原作:阿部和重 漫画:三宅乱丈による書き下ろしコミック「鏖 みなごろし」と、さらにそのアンサー小説として書かれた阿部和重さんの「くるみ割り人形」という短編小説が、これまた書き下ろしで収録されている豪華な新刊。これ見た瞬間、すごいな! と思った。面白い企画だなぁ。やーほんと、三宅さんにはもっと売れてほしい、と常々思ってるし(今もちゃんと人気あると思うけど、もっと)、そして阿部さんの小説、久々に読んだけど面白かったし、意外な組み合わせに思えたけどしっくりきている。

鏖―みなごろし (IKKI COMICS)

鏖―みなごろし (IKKI COMICS)

「鏖 みなごろし」は、収録されている短編集のタイトルである『無情の世界』という語感がしっくりくるような短編だった。読んだの、というか私が阿部和重さんの小説をよく読んでいたのは、ずいぶん昔で、その当時知り合いだった某文芸誌の編集者に、鼻で笑われたの覚えてる。ということはきっとムカっときたんだろうけど、でもきっと今読んだ方が面白いだろうなとも思うし、阿部さんの立ち位置もかなりかわったように思う。描いてることはきっとそれほどかわってないんだと思うけど。

ともかく。この「鏖」を読んだときの、オンオフの唐突さというか、視界の色が反転するような感触が、三宅さんの絵柄、力強くてコミカルなんだけど、どこか生々しい絵柄に、よく似合っているなと思いました。「闇金ウシジマくん」の軽薄さと暗黒さの入り交じる感じと、三宅さんの「ペット」のサイケデリック感が一体になったようなお話。

せっかくなので読み返そうと思ったけど、ちょっと見当たらないのでまた後日。

 ――

そして「くるみ割り人形」。読みはじめてすぐは、ちょっと読みにくいなぁと思いながらめくってたんだけど、「姫百合物語」という言葉がでてきたくらいでもう一度最初から読むことにしたら、リズムに乗れて最後まで一気に読んでしまった。たぶん、最初の違和感は、漢字だけゴシックになっているという凝ったレイアウトによるものだと思う。しかし、そのちょっとした違和感が、こう、この話の気味の悪さに彩りを添えているような気がする。

この短編小説は、「姫百合物語」を物語る物語だ。冒頭にはたくさんの登場人物が出てくるが、最後は物語の中に吸収される。アンバランスな構成だけど、これが「鏖」のアンサーであるということを思い出すと、これ以上ないと思うような終わり方だった。浮き世から最悪へドミノのように倒れてゆく物語が「鏖」だとしたら、見渡す限り最悪な場所にいてもユウコを支え、信じるものがあるユリはやはり姫で輝いていて(WIMのマリアのようだ、と少し思う/壊れなかったマリア)、でも記述する文体にはどこか、悪態めいて辛辣だ。そんで、もしかしてユイは、ユリなのだろうかと思うがそんなことは明かされない。でもいいんだ。あのラストは、よかった。

[] 微妙

今週のはじめに上司から呼び出しの予告があり、移動か? 移動なのか? それともクビ?? 転勤はいやだ! 言うなら早く、はっきりいって下さい!

なんてちょっとは動揺していたんですが、今日話を聞いてみたら、微妙な話だった。というか、そんなん私に任せていいんですか? という話なうえに、私が一番仲良くしている人の仕事ですよねそれ…というところが微妙です。まあ、見てるといつもいっぱいいっぱいだったので、はずれられてラッキー。かもしれないけど、どうなんだろうなぁ。分かんないなぁ。というか上司は私のことを誤解している。「見てればわかる」みたいなことをいっていたけどそれは偽物です。まあ、この上司のことはわりと好きだし、むしろ誤解してくれてていいのかもだけど、でもいつか、やれん、というときがくるかもしれないけど、まあいいか。いま考えても仕方ないし。

夜は、神保町のらんちょんでご飯。うまかったです。今度はステーキ食べよう。

2007-03-02

[] 断絶

「おっしょあー! おっしょあー!」「ぐうぇえええ!」と叫びながら1人の男子高校生がもう1人を背負い、2人がかけ声担当で、もう1人リーゼントが竹刀を持って走っている、という光景に出くわし、しかも私は急な階段のをのぼりながら下から見上げておったので、背中の彼が落ちたら、死ぬなぁ、死ぬんだわ、なんて思いながら脇があいた際に追い越させてもらって、振り返ったときの、彼(背負っている方)のまっかっか、な顔が目に残像のように焼き付いてはなれない昼下がり、そのまま打ち合わせに出向き、して、帰り道、まだ彼らはおんぶトレーニングをしており、すげえなぁ、熱意だなぁ、と思っていたら、女子高生が「はやく!はやく!」「見てあれアタマオカシイ!」というようなことを叫んだので、カチンと来た。なぜかはわかりません。そして後から来た、その彼氏らしき男の子が「応援団だよバカ」と彼女を小突いたのを見て、少しすっきりしたんですが「応援団」だから何だ、というのがきっと彼女の論理だろうし、実際その子は、ノリ悪いなーつまんない、というような表情をしていたようにも見えた。

これがもしも、

「なに漫画なんて読んでるのー?」

スラムダンクだよバカ」

だったとしたらどうだろう。「あっスラムダンクいいよねー」になるはず……。でも、現実のスポ根はだめなのか……。というか漫画読んじゃだめなのか……。

とかいろいろ考えてたら、QJにのってたパフュームインタビューで

「youtubeとかですごい人気ですよね」

「youtubeって何ですか?」

という会話があったのを思い出した。全然関係ない。話が飛び過ぎた。けどあのインタビューのラストに「心地よい疲労感」と書いてあったのがすごく、印象的でした。

ともかく、あのつらそうな特訓をやろうと思える気持ちってのは尊敬してしまうし、でもあの急な坂を、おんぶで走るのは、あぶないと思う。

[] 喫茶店にいった。コーヒー頼んだのに紅茶が出てきた。

[1] 「喫茶店でコーヒーを頼んだら紅茶が出てきたので替えてもらった」というあらすじの、小説風の単文を書いてください。

そして

[2] どのような細かいテクニックを使っているのか、1行ずつのレベルで解説してください。

みなさんはどんな点に気をつけて小説風の文章を書いているのか、聞きたいのです。

長さや描写の細かさは、普段の自分通りのスタイルでOKです。

またテクニックの説明に必要なのでしたら、話の筋をかえたり、延長してもかまいません。

例はコメント欄に示します。よろしくお願いいたします。

【小説の書き方を教えてください】 [1] 「喫茶店でコーヒーを頼… - 人力検索はてな

はてブで知った人力質問。回答者みんなすごいけど、特に8番目のkab_studioさん、9番目のhonehonerockさんのがおもしろい!と思った。

「ブログ文章術」、とかのときもそうだったけどこういうお題がでて何か書く、というのがとても好きなので…好きなので私も書いてみました…。

解説書きながら読み返したらうんざりしたけど、普段からエモ恥ずかしい文章書いてるからだいじょうぶ(じゃない)。

【なので畳みます】

続きを読む

[] こりない

午前中に上のエントリを書いてから、なんかしっくりこないなぁ、と思っていたのだけど直す暇も消す暇もないままに帰宅するはめになった。というのも今日は午後から仕事で、半日ずれているために夜までスケジュールはびっちり埋まっていたからだ。

そして数本の打ち合わせに赴き、うまくいったりそれなりだったりした後、ビールを飲みながら食事をし、一人になって最寄り駅に着く。歩いても帰れるけれど、閉店間際の書店で買い込んだ漫画本を、早く読みたいという誘惑に勝てず、バスで帰ることにする。既に通常運行は終了しているが、23時すぎの最終バスがあるはずだ。

時刻表を見ると、最終バスがやってくるのは、あと30分後だった。それなら、と思い24時間営業の喫茶店に入る。ソファに腰掛けコーヒーを注文し、紙袋から本を取り出してぱらぱらとめくる。私はこの瞬間が最高に好きだ。読むべき本がいくつも手もとにあり、どれから読むか、思案している。もちろん、どれも真っ先に読みたくて買ったのだ。でも一度に何冊も読めない。だから思案する。

「お待たせしました」と机の上にティーポットとあたためたカップアンドソーサーがおかれる。あれれ、と思う。まさか、こんなことって? と顔を見上げてみるが、ウェイトレスさんの顔には動揺の欠片もない。

私は瞬間躊躇し、まあいいか、と思う。

今はどの本を読むか、それが問題だ。だから私は紅茶を飲む。

そして終バスを逃して歩いて帰るはめになる。

おしまい。

2007-03-01

[][] デジモンアドベンチャー/ぼくらのウォーゲーム

監督:細田守

デジモンについては、なんか、男の子版たまごっちみたいなやつ? というくらいのイメージしかなかったのですが、細田守監督作品ということで借りてきました。

面白かった…!

子ども向けだけに、とてもシンプルな脚本で、笑いどころ、泣きどころがきちんと強調されたつくりなのだけど、単純は味気なさではないし、細かい描写やビジュアルのセンスのよさがアクセントになってもいる。きっと繰り返し見ても楽しめる作品だし、子ども向けのすごいとこって、ほんとそこの強度だよねと思う。

それから、私はデジモン知識ゼロなのだけど、いまいちどういうことかわかんなくても、キャラクターの関係を知らなくても、把握できてしまうところもストレスフリーだった。

見ていると、どうやらデジモンというのは主人公たちの持っているデジバイスという端末をネットにつなぐことで、自分のデジモンとやりとりしたり、ネット内戦闘に参戦することができる、という設定らしい。

「ぼくらのウォーゲーム」では、ネット内のデータを喰う新種のデジモンを倒すべく、主人公たちは仲間に連絡をとろうと苦心する。しかしパソコンがなかったり、電話が通じなかったりトイレに行きたくなったり、というきわめてアナログな理由で「現実」の問題が起こり、ネット内にいる自分のデジモンが危機に陥ることになる。

このへんの、オンライン/オフラインの描き分けがとても面白かった。

特に、主人公たちが切迫した戦いを繰り広げている背景で、お母さんがケーキを焼いている、というザッピングが秀逸。この緊張と弛緩の描き方は、すごいセンス良いし、好みだ。

細田監督ならではの、動きの面白さや、ネット内の描写は「SUPERFLAT MONOGRAM」(id:ichinics:20060715:p1)に近い、サイケデリック。それだけでなく、イントロおよび劇中でうつる、主人公たちのくらす新興住宅地の風景も良かった。そしてタケルとひかるがかわいい。

しかしこの映画を見て、最も印象的だったのは、この映画のあちこちで、世界各地でパソコンを覗き込む、様々な人種の少年少女が描かれていることだった。彼らディスプレイをとおして、同じものを見ている。そのつながってる感が、なんというか、この映画がつくられた当時のインターネットに対する期待感だったのかなぁと思うと感慨深い。今のインターネットはどうなってるんだろう? 今もまだ、あの風景はインターネットの理想として通用するのかな?

というわけで、次は「ONE PIECE ワンピース THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島」を見ようと思います。

[] 世界樹@17階

流砂をなんとかクリアしたはいいけど、なんかもう、終わりが見えません。

流砂マッピングめんどくさかった…。フロア塗る色が、もう一種類くらいあるといいんだけどな、と思いました。

戦闘もワンパターンになってきたので、新しい人入れたいなと思ってカースメーカー作ったけどどうだろな…。

今はパラディンが強いです。シールドスマイトいい。

[][] 読書、とか

あり得ることではないだろうか(あり得ないことではないように思う)、自分が感じたいと思っていた感覚から、自分がそうありたいと思っていた人間から、いつも自分を隔てていた境界を、いつの間にか渡っていたということは。あり得ないことではないような気はする、このキッチンで、またとないほどありきたりのこの瞬間に、はっきりとは捉えがたいけれどもしかし根本的な変身をわたしが経験したということが。わたしは自分自身に追いついたのだ。

めぐりあう時間たち」p101

自分自身、って何だろ、と二の足を踏んでしまう私でも、舞台に上がればつい演技をしてしまう。些細なものであれ、これはわたしの本当の気持ちではない、と思いながら、何かを、わかったような顔して話しているこれは誰だろう。

この良い天気、沈丁花のにおい、ご飯を食べる約束、充実した読書。これがすてきでなくて、ほかに何がある? と思った次の瞬間には、たとえこれがすてきでも、最高ではないことを思い出す。

自分がそうありたいと思っていた人間/感覚と、自分を隔てている境界を渡る、ということは、つまり、すべてを忘れるということなのかもしれない。

でも、きっと最高である必要はない。ただ、常に今目の前にあるものだけを、受け取れればいいのにと思う。追い付いたら、きっと終わる。ということはつまり、自分自身に追い付くということは、自分の意味を、知ってしまうということなのだろうか。とか。

めぐりあう時間たち」はとても面白い本です。映画見てないんだけど、どうなのかなぁ。とか。

仕事が忙しくなってきて、なかなか映画見にいけないのはくやしいなぁ、とか。

今日は考えてた。