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「何かを忘れた気がするけれど Twitter

2016-02-14

 お世話になった皆様へ

 ここ数年、励ましてくれたり心配してくれたりした皆様へ、まずはご報告です。

 先日、父が亡くなりました。

 

 これからまた色々と気ぜわしい……はずなのですが、さしあたってあまり何もないんですよね。

 手続き関連は今までその辺をやってた母が引き継いでいるし、葬儀関連は知り合いに既に手配済みだった伯父がやっているし。

 「俺がやれることは俺に任せてくれ」と言ってはいるものの、みんな俺よりそのジャンルでずっと有能なものだから、足手まといなので割りと家にいます。

 

 というか、目下のもう一つの問題は、家をあけるときにねこをどうするかという問題なので、俺はその点に集中して腐心している感じ。

 快方に向かっている気がします。これからねこも留守番が増えるかもなので、一緒にいれるときはなるべく一緒にいて、かわいがってる。

 あと俺が出来ることといえば、母へのケアぐらい。父が亡くなったことについてはお互いあまり悲壮感もないのだけど、母はこういう時に割りとアワアワしちゃう人なので、適当に冗談を飛ばしたり前向きなことを言って、元気づけるのが俺の役目。

 ねこといい母といい、家族元気づけ係か俺は。そういうの末っ子とかがやるやつだろ。長男一人っ子なのに。

 

 昼前に病院から「そろそろ危険なので来ていただけますか」と呼びだされ、ねこの相手を最低限して、家を出て。

 到着したのが昼の1時で、そこから5時まで徐々に体調が悪く→一旦持ち直すという流れになり、「また持ち直してるのこの人!??」と母と笑い合い。

 看護師さんなどと相談したら、多少は離席しても大丈夫そうとのことなので、「一度帰ってねこのトイレだけ掃除して戻ってくるわ。二時間待ってて」とその場を離れて駅に向かう。

 ところが途中で電話がかかってきて、「やっぱり戻ってきたほうが良いみたい」と。連絡があと数分遅かったら電車に乗っているところだった。

 で、戻ってみたらそこからものの数分で、心拍が止まり始めた。

 

 今の病院に転院してからは、ほとんど寝てるだけで意識があるのかないのかもわからず、しゃべることも出来ず、酸素吸入器で呼吸だけをしている様子だった父。

 この日も一切反応なしだったんですが、心拍が止まりだしたので家族で囲んで「よく頑張ったな父ちゃん。もう休もうぜ。辛かっただろ」と話しかけたら、こっちを見てゆっくりと口を開け閉めした。

 「もう心拍止まってるのにこの状態で意識が戻ったのか。本当にそんなことあるもんなんだな……」と驚いている俺の前で、ゆっくり目を閉じ、永眠しました。

 

 しばらくは母と手分けして色々と手続きなどをして、それから仕事とかもやっていこうと思います。

 何年も家族みんな大変だったので、今は悲壮感よりも、ホッとした気持ちが強いですね。

 でも、こういうふうにホッとして家で日記などを書いていられる余裕が有るのは、冒頭でも書いた「励ましてくれたり心配してくれたりしたみんな」のおかげなので、みんなには感謝しています。

 みなさんありがとう。おかげでなんとかやっていけそうです。

 

 ご報告をすでにしておいた親しい人からは、「これからまたお忙しいでしょうが」と気遣いの言葉をもらったのですが、うちの親族の知恵袋であるところの超有能な伯父さんがいまして、この人が葬儀関連を一手に引き受けてくれまして。

 知り合いの葬儀屋さんを紹介してくれて、あっという間に通夜も葬儀も火葬も終えました。

 しかもこの伯父さん、読経もできるものだから、各所で何度もお坊さんの代役を務めていまして。お骨を持って帰った実家で伯父さんに経を上げてもらい、「最近は初七日四十九日も親族が集まった時にまとめて繰り上げでやっちゃうことが多いんだよ」と、そちらもいっぺんにやってもらってしまった。

 父は交友関係もほぼ全く無い人で、親族も俺と母以外は殆ど残ってないから、これから先連絡する宛も全然ない。役所での手続きを進めていく以外に、やることだいたいなくなりました。墓所とかは探さないとダメですけどね。

 

 葬儀屋さんから斎場で、「故人が亡くなる前にお互いに心残りがあったかないか、どう言う過ごし方をしたかで、家族の受け止め方は変わってきますよね。皆さんそうです」という話を聞きました。

 家族に残されたやることとしては、故人を偲ぶことがまだ残っているような気もしますが、本当にこの数年たっぷりと別れは済ませたので、そういう意味でのやることもあまり無い感じです。

 結局、家族に囲まれて苦しまずに大往生だったしね。

 

 とはいえあまりの悲壮感の無さから、隣で火葬をしている人たちの嗚咽や号泣も漏れ聞こえている斎場で、うっかり大笑いをしたのは良くなかったと思います。

 喪服のコートのポケットに手を入れたら、全く記憶に無いポケットティッシュが出てきて、それがよりによって『笑笑』だったんですよ。

 「このタイミングで『笑笑』って!!」とツッコミを入れながら思わず吹いた俺の声が斎場に響き渡って、恥ずかしかった。

 というかその後も集まった親族同士で、故人エピソード(父や祖父やその他諸々)で笑ってばかりで、うちはどうもこういう傾向なので、斎場でも場違い感ありましたね。

 伯父さんにも「うちの親族の葬儀はだいたいこうだから覚えとけよ」って言われた。知ってる。不謹慎とかの前にまず笑うんだよな、うちの人ら。

2015-09-11

 人の心配をした後、ご心配をお掛けしました

 「なんでこんなに立て続けに大変な上に貯金もなくなるような生活になってんだよ、割にあわないだろ!」という辛い日々から、ようやく脱出しました。

 正確には後半部分は全く脱出していなくて、ただ単に辛かったあれこれが落ち着いただけなので、これから沢山働かないといけません。

 少し休んでからね。俺もねこも、まだ本調子じゃない。

 

 「辛そうな知人を見かけると心配して声をかけちゃうのは、いつか俺が辛くなった時に同じように声をかけてほしいからだぞ。利己的だぞ!」という姿勢で、日々生きています。

 なので大変に辛かった一週間ぐらいは、「おかしいぞ、俺が優しく声をかけていた連中の一部からしか声がかからない。もっと全員、いっぱい俺に優しくしろ!」と思いながら暮らしていました。

 そうしたらね。

 一月ほど前、それはもうすごく大変そうだったので俺が心配してメールを送った人から、「今は多少落ち着きました、その節はありがとうございました。それより一石さん大変そう! 大丈夫ですか!」ってメールが届いて。

 ほっとした。少しは辛さから逃れられたんだなって思って。俺の心配をしてくれるぐらいには、余裕が出来たのかもしれない、とも思った。

 俺も今さえやり過ごせば、同じようにまた他人の心配が出来るぐらいになるかなーって。

 

 おかげでラストスパートうまく行きました。その感謝を書き残したかった。

 もちろん、あれです。そういうイレギュラーでピンポイントな励ましだけじゃなく、いつも皆さんに支えられてるその一言も、本当に救いになりました。

 死ぬかと思った。あぶないあぶない。

 

月は照らすよ 僕らはそっと寄り添ってるよ

それしか出来ないみたいに

君を抱きしめると 僕のほうが君に

抱きしめられているような そんな逆さまの気持ち

かなわなかった夢の跡にも かなえた夢の跡にも

同じしるし 何かが折れた跡

折れた後だよ

滝本晃司/月虹』

 

 折り目がついた紙はその折り目にそって重ねやすくなることもある。

 何かを掴んだり、掴み損なったりしながら、この手には細かいシワが刻まれていく。

 シワが刻まれた指を折り、せめてお互いの手を掴んで、過ごしましょう。

 願わくば憂いが少ない人生を、我々、共に送れるといいですね。

2015-08-24

 ねこ病気

 父の件と仕事の件で振り回されて、連日ろくに眠れないままに迎えた8月18日。

 自分の具合も悪くなってきて、日常のこともうまく出来なくなってきました。

 ごみの日に猫砂を丸々捨ててトイレをきれいにする予定が、土日月と父の入院騒動で消し飛んだので、それも出来なかった。それについて気にしてはいたんですよ。

 うちのおーど・りーさんが夜中にスプレー行為の真似事をし始めて、あっちこっちでおしりを上げて何かぶっかけようとしている。でも出ないみたい。トイレは使ってくれない。

 トイレは一応片付けてるけど全体的に砂が古くなってて臭いんですよ。俺も臭い。

 気にはなるものの対処する気力もなかったのでそのまま寝て、翌日に元気のないねこがふらふら歩いてきたと思ったら、おしりが血でびっちゃびちゃ。卒倒するかと思った。

 

 行きつけの獣医さんに電話をしてから家の中の見えない場所をチェックすると、ベッドの下に無数の血だまり。事件現場みたいになってる。

 急いで動物病院に運び、レントゲンなどのチェックをして、「おそらく結石では無いと思います。九分九厘ね」とお墨付きをもらって一安心。

 病院代が16000円かかったので、「しまった足りない」ってねこを病院に預けたままお金をおろしに行き、そのついでに掃除道具も買って血と尿にまみれた部屋を片っ端から清掃し、もちろんトイレの砂も取り替えて、ねこを引き取って帰宅。

 この時点で既に遅れに遅れている仕事がいくつもあったので、仕事に戻らないといけない。でもねこが全然落ち着かずにあっちこっちにスプレーを繰り返してるし辛そうだしそこら中に血が点々と広がるしで、気になって仕事が手につかない。

 というか、見つけ次第に掃除しとかないと更にそこにおしっこをして事態が悪化するので、常に掃除道具片手に待機。10分おきぐらいにねこの後を追って掃除して手を洗ってPCの前に戻るというのを繰り返してる状態。

 仕事出来ないぞー!! 俺は今日一日で何回手を洗えばいいんだ! ミューズがマッハでなくなった。

 

 もちろん辛そうなねこや尿の匂いでストレスもマッハ。仕事終わんないしクライアントさんに「すみませんまた遅れます」の連絡で更にマッハ。

 丸三日ほど振り回されて、ねこは血尿は収まったものの、何度もトイレに行っては何も出ないのを繰り返してる。何故かトイレに顔を突っ込んだ状態でおしりだけ外に出して用をたすので、トイレの外がちょっとずつおしっこまみれ。拭いて消臭して手を洗って戻ってくるとまたやってるので繰り返し。出血も再開し始めた。

 心配してもう一度病院に連れて行ったところ、「膀胱にはおしっこ入ってないから、膀胱炎でトイレを往復しているだけですね。血もまだ少しぐらいは出るはずです、大丈夫ですよ!」と言われて安心。

 「変なところにおしっこしちゃうなら、ペットシーツを敷けばいいんですよ。普段使ってないでしょ? あげますよ、うちにあるの10枚ぐらい」と手渡され、「この程度のことしかしてないので今日の診察料は結構です!」と、無料にしてくれた。ペットシーツ代すら払ってない。

 ここ一週間ほどの辛さの中で受けた多大な優しさに、帰り道で号泣するかと思った。道端でのおっさんの号泣は事件性があるのでなんとか我慢。

 先生本当にありがとうございました。俺の心が一番救われた。

 

 ほとんど病気らしい病気をしたことのないうちのねこだったので、今回の騒動はかなりびっくりしました。獣医さんも「おーど・りーが血だらけになったの!?」と驚くほど。

 病院でおとなしく初エリザベスカラーを付けられて少し得意気に見える様子とか、病気になると途端に噛まなくなることとか、薬をうまく飲ませられるようになったのにエサに混ぜたら普通に食ってくれたりとか。大変な中にも少し面白イベントもありましたが。

 8月24日現在、おーど・りーはすっかり元気そうです。かまってあげなかったのと、トイレが汚いストレスのせいだったんじゃないかな。

 そういうわけで良かれと思って新しい猫砂にまた変えてあげたところ、全くトイレを使わなくなって、昨夜から今朝はまた眠れない夜を過ごして朝イチでペットショップに砂を買い直しに行く。なんてことも起きています。これ完全に俺のせい。

 そしてすっかり手足に噛み付いてくるようになった。それは健康な体と不可分なのか、りーさん。

 

 なおこの騒動の間に、エアコンのリモコンがぶっ壊れるという事件も発生。

 先週金曜の時点で管理会社に連絡して「入荷次第にすぐ連絡します」と言われたまま、まだ連絡なし。

 メーカー取り寄せの上に郵送になるので、一週間から10日はかかるんだってさ。何故このタイミングでストレス案件が更に重なるんですか、どういうこと?

 幸いというか、エアコンをつけていた最中にリモコンが壊れたので、つけっぱなしで3日過ごしました。暑い日も涼しい日も。

 今日からしばらく涼しくなるらしいので久しぶりに消した。次に暑くなる前にリモコンが届くのが理想です。緊急操作ボタンを押すと何度の風が出るのかわかんないらしくてですね……あんまり寒いと俺もねこも凍えちゃうからね……。

2015-08-17

 お盆に危うくご先祖様のところに帰りそうになった日記

 特別養護老人ホームに入っている父が、肺炎にかかって入院すると、早朝に電話があって叩き起こされました。

 クライアントお盆休みの間に片付けておきたい仕事が、いくつかありまして……。ぐっすり寝て起きて、いざ終わらせようとしていたところだったんですよ。

 ましてや、母は熊本に里帰りしていて、ちょうどこっちにいない。

 あれこれとうまくいかずに俺が精神的に参ってるところだったってのもまた、困った話で。

 

 ついでに言うと、ライブを観に行くことへのトラウマを払拭して何とか予約したライブの、ちょうど前日でもあるんですよ。

 このライブハウスで二年ほど前、同じバンドのライブを思い切って予約した時、父が倒れて家族がバタバタして予約をキャンセルすることになって、「キャンセルは当店では基本的に認めていないので絶対にやめて下さい」って言われたんですよ。でも頭を下げてキャンセルした。

 なんで同じことが起きてるんだ。もうキャンセルしたくないぞ。

 「またこういうタイミングかー」とうんざりしながら、病院に行ったわけです。

 

 早朝に起こされて家を飛び出て診断を聞いて入院の手続きをして、一旦家に戻って仮眠取ってねこの餌を一日分あげてトイレをかたして仕事の連絡をして、もちろん熊本の母にも連絡をしつつ、またもや病院に戻る。

 「とにかく今夜は家族が付き添っててください」と、当直医にきつく言われる。

 「容態は落ち着いてるし誰かがついてなくても大丈夫ですよね」とか、「今は精神安定剤も飲んでるしあんな体調だから夜中に暴れることもないって聞きましたけど」とか、「仕事がいくつかあってやらないといけないんですが」とか、「眠い」とか、「俺ストレスと疲労で倒れそうなんです」とか言ったけど、ダメ。

 がっかり感と疲れで入院書類の前に突っ伏してる俺に対して「こういう時は家族皆さんにお願いしてます。ついてて下さい」って淡々と告げる女医。

 受け持ちの患者以外は倒れてもいいと申すか。お前のおかげでこの後大変なことになったんだからな。

 

 その後、とんぼ返りで熊本から帰ってきた母に現状報告をして、「旅行で疲れてるだろうし今夜は俺が付き添うことにするよ。もう帰っても仕事もできないだろうし」って言って、一人で病院に残った。

 もう父も寝ちゃってるし、簡易ベッド借りて一晩横で寝るだけだから大丈夫だろうと思ったら、ここからが第二ステージだった。

 

 俺が寝入ろうとした辺りから、30分おきぐらいにどうでもいいことをわめいては、こちらの眠りを邪魔する父。

 看護婦に対しては「ご主人様の言うことも聞けないのか!」って当たるし。相手が女だから強気。何がご主人様だよ。

 俺が叱りつけるとしおらしくなって、「◯◯君もいたんですか」とか言う。相手が男だから卑屈。 名前に君付けなんてあんたにそんな呼ばれ方したことねーよ。

 「こんなクズに成り果てた父は見たくなかったなー……。こんな人じゃなかったんだけどな……」っていう思いと、ぐるぐるまわる今までの挫折とこれからの生活のことで、一晩中軽く地獄。

 

 月曜の朝になったら、昨日の当直医じゃなくて担当の主治医さんが来てくれたので、改めてこちらの事情なども話して母と交代。家に戻ってぐっすり寝直した。

 悪夢は見た。