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「何かを忘れた気がするけれど Twitter

2017-11-08

 ねこ血尿再発

 うちのねこはかなり健康体で過ごしていたのに、すっかり病気のねこになってしまったのが約二年前だったかな。

 血尿が止まらなくなって、トイレ清掃で目を離せなくなり、基本的には俺はつきっきり。家で仕事はなんとか出来ても、遠出や一日お出かけはできなくなった。

 それがすっかり完治したのは約一年前。「健康ねこに戻ったのかな?」と思っていたけれど、最近またもや再発してしまった。

 ねこの尿周りの病気は、一生付き合う可能性のあるものなので、後々のために記録を残しておこう。前回の闘病は長々とまる一年以上かかったのに、その記録をほとんど残していなかったので。今回からでも書ける分は書く。

 

 10月の一気に寒くなった日、10月13日。ねこが血尿を一滴ずつ出し始めた。何度もトイレに行っては出ないのを繰り返している。

 その前症状として、部屋の中のいつも落ち着いていた場所を使わなくなり、ベッドの下のダンボールの上で一日の大半を過ごすようになっていた。原因は不明。

 「あそこは寒いだろう」と思っていたら、一気に寒くなったこの日に具合を悪くしてしまった。とは言え、体調不良との因果関係はわからない。

 血尿を出す前から何日間か、お腹の具合が悪いのも気になっていた。そのわりにはやたらと食べる。食べ過ぎの可能性も視野に入れる。

 一日様子を見て翌14日、かかりつけの動物病院に連れていき、抗生物質と痛み止めの注射を打つ。膀胱炎腎臓病、結石、ストレス、軟便を無理にいきんで出していることによって尿道にも傷が……など様々な原因が考えられるが、まずは対症療法

 

 薬で一時的に良くなるも、16日にまた微量な血尿を出す。

 仕事の量やプライベート用事や家事などを大幅に減らし、治療に専念。

 その甲斐あってみるみるねこは回復した。

 以前の病気のときには、「まあこの程度治ったなら平気だろ」という姿勢で出かけると更に悪化して逆戻り……というケースがあったので、今回は一週間みっちりつきっきりで対応。むしろ俺が一緒にいることでストレスがたまる側面もありそうだったので、適度に距離をおいたり、数時間留守番させてみるなどして治り具合を確認。

 どうやら今回は対応が早かったこともあって、悪化するよりも早く即座に完治したようだ。10月22日、「これは本当に治ったらしい」と判断して、台風の中出かけて半日留守番をさせる。これも問題なくクリア。ほっとする。

 

 それから数日後、10月28日朝に、血尿が再発。

 いまいち理由を覚えていないが、寝ている間にトイレを片付けそびれ、またもや軟便でトイレ内がかなり汚れており、そのストレスから何度もトイレに行って再発させたのではないかと思われる。

 軟便→トイレ回数が増える→トイレ自体も汚れる→ストレス蓄積→血尿という流れは、推測でしか無いが、おそらく原因の一部にはなっていると思われる。今回は何度かこのパターンで治癒と悪化を繰り返しているので。

 10月23日に締め切りを一本上げて、その前後に俺自身が体調を崩しもしたので、それも良くなかった。

 とにかく、ここからまた一気にねこの病状が悪くなった。この頃は週末になるたびに台風本土上陸していて、どうも気圧や気温の変化にねこも弱いらしく、飼い主ともどもダメージを受けていた。28〜29日にかけてねこは具合をどんどん悪くしていたようなので、そういうのも関係しているのかもしれない。

 

 台風一過の週明け30日、血尿再発から二週間取り替えたり掃除したりを繰り返していたトイレの猫砂を、改めて全とっかえ(これより前にも取り替えていると思われるが記載が見つからず)。

 その足で病院で相談、前回の注射から二週間過ぎているので、もう一度同じ注射を打つ。おそらく抗生物質のみだったはず。

 またもやねこは腹を下し気味で、ビオフェルミンを飲ませ始めた。数日はエサと一緒に気にせず食っていた。効果はあったような気がする。

 31日深夜、血尿がだいぶ悪くなる。見ている眼の前で延々20回ぐらいトイレに行き続けて無理やり一滴ずつ血尿出しているような状態。俺はそのたびに掃除している状態。

 全く目を離せなくなってしまった11月1日、なんとかねこを寝かしつけて無理やり俺も寝て、その後もねこが落ち着いたタイミングを狙って病院で相談。鎮痛剤を飲ませることに決まる。

 

 それから一週間、鎮痛剤が効き始めた1〜2時間ぐらいしか連続して眠ってくれず、あとは常にトイレを5往復ほどしている。10分寝て20分トイレのルーチンを24時間繰り返しているような形。痛みのストレスで猫砂を大きくかき回すので、騒音も大きく無視して眠ることも出来ないし、そもそも常にトイレを清潔にしたいので寝ずに片付けに回る。トイレの前を中心に、猫砂がずっと部屋中に散らばっているので、この掃除もする。粗相をしたら拭き掃除もする。掃除するたびに手も洗う。疲労がたまる。

 トイレの外に大幅に血尿粗相をする瞬間を寝起きに目撃。目の前での粗相を止めることも出来ずに「辛そうでかわいそう……」と眺めていた。以前の病気のときに貰った採尿キットが家にあったので、これで尿を取って病院に行って検査。尿の成分が結石よりなので、療法食を食べてみるのがいいと言われる。ねこのスキを見て買いに行って療法食に切り替え。

 そんなこんなで、俺もねこもかなりまいったが、なんとか乗り切って本日、11月8日未明。だいぶ落ち着いている。血尿は薄まったし、痛みも減ったのかちょこちょこぐっすり寝ている。鎮痛剤もなくなったので、薬無しで落ち着いている。

 寝ている時間のうちの結構な時間が、俺の腕枕か膝枕というのもあって、こちらは全く休まらずにとても困った。なんとか無理に食事や家事などをした。読むのも書くのもほぼ何も出来ない一週間を過ごした。

 

 今日寝て起きたら獣医さんに今後について再度相談しよう。一旦様子見でいいと思われるけれど、便秘を起こして無駄にトイレでいきんで血尿を出すターンに今度は入り始めたので、これも心配だ。「便秘薬の残りが家にあるけど飲ませていいの?」とかを相談してくる。

 なお、血尿から便秘の流れは、以前の病気のときにもあったので覚悟はしていた。その時は便秘薬で対処し、エサを療法食からもとのソリッドゴールドに戻したら治ったので、今回はどうしたものか。

2017-03-10

 なんだかんだでハッピーエンドで終わればいいと思っている

 久しぶりすぎてカテゴリの選び方などという基本的な書き方すらも忘れてしまった。

 最後の更新が昨年で終わっている。正確には一年と一ヶ月ほど前が最後の更新で、「父が亡くなった」という報告でした。

 あれからたくさんの辛いことがあり、しかし良いこともあり、「辛いことだけで終わってはいませんよ」という報告のためにこうして久々のブログ日記を書いている。

 一年間で納骨を済ませ、かつてなかったほどの経済的ピンチを乗り越え、カクヨムに投稿して少し有名になり、仕事の修羅場をくぐり抜けて、ねこは全快し。とにかく色々なことがあった。

 なんだかんだでハッピーエンドで終わればいいと思っている。様々な人と関わって応援されてきた人というのは、人生において期待をたくさん受けている。一緒に何かを成したいなあという人もいる。ただ単に会って飯でも食いたいなあという人もいるし、この人を愛したいなあということもある。

 応援を受けてそれにかなうことができなかった場合の失望感というのは凄まじいもので、あれほど皆から声援を受けたのにうまくいかなかったこと、そのあと再起して「もう一度でも二度でも俺はやるんだ」と更に勝負に挑んだこと、そちらは見向きもされなかったこと、いずれも大変でした。

 だけど俺はまだやります。それが応援を受けたものがやったらいいことで、誰かが諦めかけたバトンを受けていくということでもあるし、俺が次のバトンを渡すためにも、たまには走らないといけない。急に走ると転ぶぞ。

 先日、数年ぶりに会った知人に「久しぶりに会ったけど、自分が紹介した先で一石さんが順調になっててよかった」と笑われた。

 俺はこの人と「ひとつラノベでも書いてみましょう」と企画をこねあってこねあって、でも忙しいしまあいっか的にそれらはストップし、俺の創作意欲に火だけはついたのであれこれ書いていたら剣脚商売というよくわからないものが俺のオリジナルとして生まれた。

 なんかそういうことだ。俺は皆さんより少し長めに生きているので、少し多めに期待を受けてバトンを渡されている。ゲームだったり音楽だったりラノベだったりのそういうやつだ。ここにたくさんある。

 いつの間にかつながって今なんとかなっている。今後どうなるかは、もちろんわからない。

 そしてハッピーエンドの定義の話なんだが、全部うまくつながって全員うまくいってわーいわーいというのだけがハッピーエンドではないと俺は思っている。

2016-02-14

 お世話になった皆様へ

 ここ数年、励ましてくれたり心配してくれたりした皆様へ、まずはご報告です。

 先日、父が亡くなりました。

 

 これからまた色々と気ぜわしい……はずなのですが、さしあたってあまり何もないんですよね。

 手続き関連は今までその辺をやってた母が引き継いでいるし、葬儀関連は知り合いに既に手配済みだった伯父がやっているし。

 「俺がやれることは俺に任せてくれ」と言ってはいるものの、みんな俺よりそのジャンルでずっと有能なものだから、足手まといなので割りと家にいます。

 

 というか、目下のもう一つの問題は、家をあけるときにねこをどうするかという問題なので、俺はその点に集中して腐心している感じ。

 快方に向かっている気がします。これからねこも留守番が増えるかもなので、一緒にいれるときはなるべく一緒にいて、かわいがってる。

 あと俺が出来ることといえば、母へのケアぐらい。父が亡くなったことについてはお互いあまり悲壮感もないのだけど、母はこういう時に割りとアワアワしちゃう人なので、適当に冗談を飛ばしたり前向きなことを言って、元気づけるのが俺の役目。

 ねこといい母といい、家族元気づけ係か俺は。そういうの末っ子とかがやるやつだろ。長男一人っ子なのに。

 

 昼前に病院から「そろそろ危険なので来ていただけますか」と呼びだされ、ねこの相手を最低限して、家を出て。

 到着したのが昼の1時で、そこから5時まで徐々に体調が悪く→一旦持ち直すという流れになり、「また持ち直してるのこの人!??」と母と笑い合い。

 看護師さんなどと相談したら、多少は離席しても大丈夫そうとのことなので、「一度帰ってねこのトイレだけ掃除して戻ってくるわ。二時間待ってて」とその場を離れて駅に向かう。

 ところが途中で電話がかかってきて、「やっぱり戻ってきたほうが良いみたい」と。連絡があと数分遅かったら電車に乗っているところだった。

 で、戻ってみたらそこからものの数分で、心拍が止まり始めた。

 

 今の病院に転院してからは、ほとんど寝てるだけで意識があるのかないのかもわからず、しゃべることも出来ず、酸素吸入器で呼吸だけをしている様子だった父。

 この日も一切反応なしだったんですが、心拍が止まりだしたので家族で囲んで「よく頑張ったな父ちゃん。もう休もうぜ。辛かっただろ」と話しかけたら、こっちを見てゆっくりと口を開け閉めした。

 「もう心拍止まってるのにこの状態で意識が戻ったのか。本当にそんなことあるもんなんだな……」と驚いている俺の前で、ゆっくり目を閉じ、永眠しました。

 

 しばらくは母と手分けして色々と手続きなどをして、それから仕事とかもやっていこうと思います。

 何年も家族みんな大変だったので、今は悲壮感よりも、ホッとした気持ちが強いですね。

 でも、こういうふうにホッとして家で日記などを書いていられる余裕が有るのは、冒頭でも書いた「励ましてくれたり心配してくれたりしたみんな」のおかげなので、みんなには感謝しています。

 みなさんありがとう。おかげでなんとかやっていけそうです。

 

 ご報告をすでにしておいた親しい人からは、「これからまたお忙しいでしょうが」と気遣いの言葉をもらったのですが、うちの親族の知恵袋であるところの超有能な伯父さんがいまして、この人が葬儀関連を一手に引き受けてくれまして。

 知り合いの葬儀屋さんを紹介してくれて、あっという間に通夜も葬儀も火葬も終えました。

 しかもこの伯父さん、読経もできるものだから、各所で何度もお坊さんの代役を務めていまして。お骨を持って帰った実家で伯父さんに経を上げてもらい、「最近は初七日四十九日も親族が集まった時にまとめて繰り上げでやっちゃうことが多いんだよ」と、そちらもいっぺんにやってもらってしまった。

 父は交友関係もほぼ全く無い人で、親族も俺と母以外は殆ど残ってないから、これから先連絡する宛も全然ない。役所での手続きを進めていく以外に、やることだいたいなくなりました。墓所とかは探さないとダメですけどね。

 

 葬儀屋さんから斎場で、「故人が亡くなる前にお互いに心残りがあったかないか、どう言う過ごし方をしたかで、家族の受け止め方は変わってきますよね。皆さんそうです」という話を聞きました。

 家族に残されたやることとしては、故人を偲ぶことがまだ残っているような気もしますが、本当にこの数年たっぷりと別れは済ませたので、そういう意味でのやることもあまり無い感じです。

 結局、家族に囲まれて苦しまずに大往生だったしね。

 

 とはいえあまりの悲壮感の無さから、隣で火葬をしている人たちの嗚咽や号泣も漏れ聞こえている斎場で、うっかり大笑いをしたのは良くなかったと思います。

 喪服のコートのポケットに手を入れたら、全く記憶に無いポケットティッシュが出てきて、それがよりによって『笑笑』だったんですよ。

 「このタイミングで『笑笑』って!!」とツッコミを入れながら思わず吹いた俺の声が斎場に響き渡って、恥ずかしかった。

 というかその後も集まった親族同士で、故人エピソード(父や祖父やその他諸々)で笑ってばかりで、うちはどうもこういう傾向なので、斎場でも場違い感ありましたね。

 伯父さんにも「うちの親族の葬儀はだいたいこうだから覚えとけよ」って言われた。知ってる。不謹慎とかの前にまず笑うんだよな、うちの人ら。

2015-09-11

 人の心配をした後、ご心配をお掛けしました

 「なんでこんなに立て続けに大変な上に貯金もなくなるような生活になってんだよ、割にあわないだろ!」という辛い日々から、ようやく脱出しました。

 正確には後半部分は全く脱出していなくて、ただ単に辛かったあれこれが落ち着いただけなので、これから沢山働かないといけません。

 少し休んでからね。俺もねこも、まだ本調子じゃない。

 

 「辛そうな知人を見かけると心配して声をかけちゃうのは、いつか俺が辛くなった時に同じように声をかけてほしいからだぞ。利己的だぞ!」という姿勢で、日々生きています。

 なので大変に辛かった一週間ぐらいは、「おかしいぞ、俺が優しく声をかけていた連中の一部からしか声がかからない。もっと全員、いっぱい俺に優しくしろ!」と思いながら暮らしていました。

 そうしたらね。

 一月ほど前、それはもうすごく大変そうだったので俺が心配してメールを送った人から、「今は多少落ち着きました、その節はありがとうございました。それより一石さん大変そう! 大丈夫ですか!」ってメールが届いて。

 ほっとした。少しは辛さから逃れられたんだなって思って。俺の心配をしてくれるぐらいには、余裕が出来たのかもしれない、とも思った。

 俺も今さえやり過ごせば、同じようにまた他人の心配が出来るぐらいになるかなーって。

 

 おかげでラストスパートうまく行きました。その感謝を書き残したかった。

 もちろん、あれです。そういうイレギュラーでピンポイントな励ましだけじゃなく、いつも皆さんに支えられてるその一言も、本当に救いになりました。

 死ぬかと思った。あぶないあぶない。

 

月は照らすよ 僕らはそっと寄り添ってるよ

それしか出来ないみたいに

君を抱きしめると 僕のほうが君に

抱きしめられているような そんな逆さまの気持ち

かなわなかった夢の跡にも かなえた夢の跡にも

同じしるし 何かが折れた跡

折れた後だよ

滝本晃司/月虹』

 

 折り目がついた紙はその折り目にそって重ねやすくなることもある。

 何かを掴んだり、掴み損なったりしながら、この手には細かいシワが刻まれていく。

 シワが刻まれた指を折り、せめてお互いの手を掴んで、過ごしましょう。

 願わくば憂いが少ない人生を、我々、共に送れるといいですね。