忘れもしないあの名前:第6章・第7章
6:3年ぶりの火星
「ふぅ〜、着いたぁ」
秋水さんが深呼吸をしてから言った。
「ええと、ここから隣の3番線の3時半の列車に乗ればいいはずだから、秋水さん、ついてきて下さい。」
「はい。」
そうして乗り換え通路を上り、階段を下りると、
懐かしい顔が。
「おおっ、春瀬じゃねえか。軍の休暇だろ?久しぶりだなぁ」
「川岡!元気にしてたか?その通り、軍の長期休暇だよ。」
「ん?春瀬、その人は?」
「ああ、彼女はね、秋水さん。私の上司の、娘さん。」
「秋水です。どうぞよろしく。」
「そういや春瀬、お前顔がやつれたんじゃないか?どうしたんだ?」
「あ、いや、まぁ・・」
体調は元に戻ったものの、川岡に最後に会ったのは5年前の話だ。
その頃に比べて少しやせていた上に、この前の入院で少し病弱に見えたのだろう。
「話したくないみたいだな、まぁ、そんなこともあるさ」
その後軽く話をした後、また会おうと約束して、私たちは列車に乗った。
「ええと、3つめの駅ですからそんなにかからないと思います。」
秋水さんは窓の外を見ながら「はい」と答えた。
天王星出身で冥王星に住んでいた秋水さんにとって、人工でない太陽や畑、旧型の色を残している住居、何もかもが新鮮に見えるのだろう。
そうこうしているうちに列車はメイジャートン駅に停車し、私たちは列車を降りた。
駅を出て少し坂道を上ったところにある、標準的な火星建築様式の建物が見える。
そこが私の家だ。
「着きましたよ。」
「ここですか・・・広いですねぇ・・・」
「いやいや、大したことないですよ、ここら辺は植民計画開始から住んでいる人が多くて、ただ単に土地が余ってただけですよ。」
そう言いながら私はドアチャイムを押した。
「ピ〜ンポ〜ン」
どうでもいい話だが、ドアチャイムの音は何千年も前からほとんど変化がないそうだ。
チャイムの残響が消えるか消えないか位のタイミングで母親が出てきた。
「あ、いらっしゃい。どうぞお入り下さい。」
秋水さんは私の母に軽くお辞儀をしてから、私の家に入った。
「まあとりあえず荷物置いてそこに座って。」
私の母がリビングに入ってきた私たちに言う。
少し落ち着いた頃に母はイスから立ち上がって秋水さんの方へ近寄り、
「あなたのお父さんの話、聞きましたよ。うちの息子が本当に申し訳ないことをいたしました。ほんとに、なんとおわびしたらいいか・・・」と土下座した。
すると秋水さんは飲んでいた紅茶を置いて、
「いや、あれは私の父が自ら選んだ道ですから。道隆さんは悪くないですから。そんなに頭を下げないでください」
秋水さんがそういうと母は顔を上げた。
そのあと少しお互い話をした後に、秋水さんの部屋を教え、私は3年ぶりに自分の部屋で眠りについた。
7:父と母の過去
「ジリリリリリリィン」部屋に目覚まし時計の音が響く。
「ふぁ〜っ、朝か・・・」そういいながら私は目覚まし時計のベルを止めた。
居間へ行くと、父親がテレビスコープでテレビを見ていた。
まだ秋水さんは起きてきていないようだ。
「父さん、ただいま」昨日父が帰ってくる前に寝てしまったので、一応ただいまと言った。
「ああ、道隆」そういいながら父はテレビスコープを外し、こちらを向いた。
「おかえり。そういえば秋水さんが来ているそうじゃないか、玄一郎さんは元気なのか?
私も2年ほどだが一緒に仕事をしていたことがあってね。」
父も昔は軍のプロジェクトに協力していた研究者の一人だった。秋水中尉と元同僚であってもおかしくない。
「あ、いや、その・・・」
「なんだ、どうしたんだ?」
その後、私は父に事の経緯を話した。
当然怒るだろうと思っていたが、父は怒らなかった。
「そうか。それでお前はどうなんだ?悲しいか?」
そう言うだけだった。
戸惑いながらも私は
「まぁ、自分が止めていればとも思うし、悲しかったさ・・・」
「彼女はどういっているんだ?」
「秋水さんはあなたのせいじゃない、父が選んだ道だって言ってるけど、心の底では悲しんでいるのじゃないかとは思う・・・」
「そうか、でも秋水中尉も軍人だ、危険は承知の上で行ったのだろう。私も似たような経験がある。」
「え?」
「27年前、つまり宇宙暦なら7015年の話だ・・・」
父はそういいながら遠い昔を思い出す顔をしていた。
「私は軍の星間パトロール隊で機関士をしていたのだが、ある時単純な私の操作ミスで外部の冷却ブロックに損傷を作ってしまった。
艦長が状況を船外に見に行った。だがその頃近くの惑星トーファンスで起こっていた軍事クーデターで暴走したトーファンス国立軍の奴がこちらに向かって銃撃してきた。
数回攻撃してきたのだが、そのうちの何弾かは艦長に命中した。
急いで私は艦長を助けに行こうとした。しかし艦長は通信で発進を命令した。
「今私が死ぬだけならば艦を失うのに比べれば損害は軽い」と。
私たち艦のクルーは何度も拒否したが、最後は発進した。本当に辛かった。
その艦長にも娘がいたのだけど、その人は決して泣かずに気丈に振る舞っていた。でも私が謝りに行ったときに私はその娘さんのさらに不幸な境遇を知ったのだ。
彼女の母もまた、内戦中の凶弾に倒れていたのだ。
彼女はその話を私にするときに泣いていた。
それで私は決意したのだ、「一生をかけてこの人を幸せにしよう」と。」
そういうと父はまたいつもの顔に戻り、コップにお茶を注いで飲み始めた。
「え?「一生をかけてこの人を幸せにしよう」って事は母さんって事?」
「ああ、そうだ。お前にいつか話そうとは思っていたのだがね・・」
「意外だなぁ・・・」
父さんと母さんの間にそんなドラマがあったとは・・・
そうこうしていると、
「おはようございます」といいながら秋水さんがやってきた。
父は柄にもないにこやかな顔で、
「どうぞ、よく来てくれました。ごゆっくり。」
と言う。
秋水さんは「ありがとうございます」といい、
席に着いた。
しばらく話しながら朝食を食べた後、私と秋水さんは火星観光に出掛けた。
あら探し等、どんどんお願いします。
11章で完結したので明日(水曜日)8/9章をUPして、
10/11章をあさって(木曜日)にUPします。
どうかよろしくお願いします・・・
忘れもしないあの名前:第8章・第9章
どうも、
水曜日分です。
いよいよ明日完結!
・・と言ってみたり。
8:火星観光
とりあえず私たちはメイジャートン駅までやってきた。
「秋水さん、どんなところに行きたいですか?」
「どこでもいいですけど、春瀬さんのお気に入りの場所とか、行ってみたいです・・・」
「わかりました。ちょっと遠いですけど、時間もあることですし、ゆっくり行きましょう。」
「はい」
そういうと、私は券売機で切符を買い、彼女に手渡した。
「"サミルト行き"・・・サミルトってどんなところですか?」
切符の表示を見たようだ。
「まぁ、いいところですよ」
そんなことを言っているうちにホームに列車が進入してくるのが見えた。
「あ、秋水さん、列車来ちゃいましたから急ぎましょう」
といって急いで列車に乗った。
「本日は火星急行線をご利用頂きありがとうございます・・この列車はコレイス、ラミルオ、ラトゥール、シアミリ、サミルトに停車いたします・・・」
「サミルトって終点なんですか?」
「ああ、そうです。海の近くなんですよ。」
「海ですか。久しぶりに見ます・・・最後に見たのは15歳の時だったかな・・・」
「冥王星の海よりも綺麗ですよ。大昔の未熟なテラフォーミングで作った物で、半分くらいは地球の水を持ってきた物らしいですから、より地球に近いそうです」
「へぇ〜。本物の夕焼けも見られるって事ですね?」
「ええ、もちろん。ここに住んでたときは当たり前の事だと思っていましたけど、いざ夕焼けのない星へ行くことになった時は、なんだか寂しかったですね・・本物を知っていると、人工のは何か違う気がして・・・」
そうして、私たちは列車に揺られながら時を過ごした。
「まもなく〜終点〜サミルト駅に到着いたします〜忘れ物ございませんようご注意下さい〜」
車内アナウンスが流れる。
「秋水さん、行きましょう」
そういって私たちは列車を降りると駅から続く一本道を歩いた。
しばらくして海が見えた。
「あ〜、これが火星の海かぁ、綺麗ねぇ」
そういうと秋水さんは砂浜に座った。
「昔は父がここまでよく連れてきてくれたんですよ。泳ぎもここで教わったし、
父も宇宙軍勤務だったので、ここで父に宇宙にはまだ分からないことがたくさんあると聞かされて、連合宇宙軍に入ろうと決めたんですよ。」
「ふ〜ん、ってことは夢を決めた海岸って事ですか。」
「まぁ、そういうことですね。」
そんなこんなで海岸を歩き回った後、近くの水族館を回り、
最後に小高い丘に私たちは行った。
私たちが丘を登り切った頃、ちょうど日は海へ落ち始めていた。
秋水さんは声も出さずに海に見とれていた。
私が秋水さんの顔をさっとのぞくと、秋水さんははっと我に返ったようにして
「これが本物の夕焼け・・・すばらしいですね・・・」
そうこうしてから私たちは家へ戻った。
しばしの歓談の後、私たちは眠りについた。
9:帰り道で・・・
しばしの火星での休暇も終わり、私と秋水さんはマーズエクスプレスで冥王星への帰路についていた。
そんなとき、秋水さんが私に話しかけてきた。
「あの・・・実を言うと、私、あなたのこと憎んでいたの・・・」
「えっ・・そうですよね・・私はひどいことをした人ですからね・・」
すっかり心を許していたが、私は憎まれても仕方ないのだ、
彼女の父を見殺しにした悪人なのだ。
「でも今は違います。あなたが倒れていたのを助けたとき、早川先生からあなたが父の事で悩んでいたのを聞きました。それを聞いたら、もうあなたのことが憎くなくなったわ。
自分の気持ちも落ち着いたの。人を憎まないと落ち着けないなんて、弱い女ね、私・・」
それを聞いて、私も何か落ち着いた気がした。
そのあと、私は秋水さんに父と母の話をした。
「そう・・・じゃぁ、運命なのかな。」
「え?」
「私も母を小さいときに亡くしているの。母も研究者で、父が言うには核融合の実験をしていたらしいのだけど、そのとき炉が暴走して、炉の近くにいた母は即死だったらしいわ。」
「そうですか・・・」
「もう私は失う物もないわ・・・」
秋水さんがマーズエクスプレスの高い天井を見上げながら言う。
私は決意した。
秋水さんの「失えない失う物」になろうと。
「私で、よければ、その、失う物・・失えない、失う物に、なってもいいのですが・・」
秋水さんははっとしながら、
「私はあなたを憎んでいた女よ?それでもいいの?」
「私は憎まれても仕方ない事をしたのです。せめて、償わせて下さい・・・
それに、あなたの、ことを、守ってあげたいな、と、思って・・・」
秋水さんはマーズエクスプレスの窓の方を向きながら、
「あなたって、悪い男ね・・人がプロポーズしようと思っていたら先にプロポーズしてくるなんて・・・」
私は秋水さんの目から何かがこぼれるのを
見逃さなかった。