猫を償うに猫をもってせよ

2014-02-18

[] 23:47 2014-02-18 - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

 「グローヴァル」などと題名に書いてしまった清水義和という人は愛知学院大学教授、東海大学卒、立正大学大学院というあれな学歴の人だが、「日本英語音声学会賞」というのを受賞している。で、この学会がどういう学会かというと、

http://www.cc.kochi-u.ac.jp/~tamasaki/EPSJ.htm

 これなんだが、とにかく会長とか役員とかを記したページがなく、2008年の全国大会のプログラムのPDFしかない。2008年ってあんた。オリンピックでも次の大会は済んでるぞ。しかもこれ、高知大学のサーバ。

 で、プログラムを手がかりに役員などを調べてみると、

会長 都築正喜(1949− 愛知学院大学教授。関西外大出身

  畑中孝実(1931− 東北学院大学教授、同大出身

  御園和夫(1942− 関東学院大学教授、明治学院大出身

  谷口雅基(1957? 高知大学教授、西南学院大学出身

  鈴木薫 名古屋学芸大学短大准教授 金城学院大卒

といったあれな学歴のあれな現職(ないし元職)の人ばかりだし、だいたい清水義和って会長の同僚ではないか。

 日本学術会議認可とかあるが、学術会議だって、大学教授数名を揃えられたら認可断れないのである。実はまともな学会としては「日本音声学会」というのがある。

http://www.psj.gr.jp/jpn/organization

 こちらは、窪薗晴夫とか上野善道とか清水あつ子とか、私も知っている人がいる。まあ、だから「英語音声学会」は、そういうところで出世できないあれな学者が集まって作った二流学会なのである。私の後輩でも、なんか頼まれて二流学会の設立に手を貸して理事をしているのがいるが、だから学会もいろいろなのである。

2009-11-28 『今昔物語』を全部読むか

[]  21:18   - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

 『源氏物語』を全部読むかどうか、というのと、『今昔物語』を全部読むかどうか、というのは別の問題である。とにかく、天竺・震旦・本朝部とあって、仏法部・世俗部に分かれていて、岩波古典文学大系では全五巻、「長い」というより「多い」し、岩波文庫でも本朝部と、天竺・震旦の一部しか入っていない。かつて講談社学術文庫で全訳注の刊行が始まったが当初の予定は全26冊、私は天竺部を三冊まで読んであとは投げ、確か角川文庫の本朝世俗部二冊を読んだだけである。

 その類の、「多い」説話集といえば『アラビアン・ナイト』『カンタベリー物語』『デカメロン』『聊斎志異』などあるが、全部読んだというものはない。もうこういうものは、説話研究に生涯を賭けるとか説話が好きでたまらないというような人以外は、面白いものだけ集めたもので済ませればいいだろうと思うようになった。もっとも『カンタベリー物語』は昔角川文庫の一冊本でそういうのを読んだが、面白くないので驚いた。

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私立を含めてすべての大学が定年を65歳にすれば、オーバードクター問題は解決するのだ。

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金素雲賞なんか貰って韓国へ帰った人はその経歴を隠しているのではないだろうか。

2009-11-05 アバンタイトルの謎

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 アバンタイトルというものがある。あるのは知っていても名称を知らない人が多いようで、私も最近まで知らなかった。

 しかし見ての通り、英仏混成の和製西洋語である。しかし検索しても、フランスで使われている様子もない。外国では何と言っているのだろう。

 あるいは、いつから使われるようになった手法か。少なくとも70年代前半の『男はつらいよ』の夢のシーンで使われていたのは確かで、『男たちの旅路』になるとはっきり使われていた。しかしまさか日本が最初ということはあるまいが…。ウィキペディアの説明ははなはだ不十分である。

 あ、そうか『奥さまは魔女』の「奥様は、魔女だったのです」というのがそれか。『マグマ大使』とか『仮面の忍者赤影』にもあったな。じゃあテレビのほうが映画より先か。

http://www.youtube.com/watch?v=_qxyz5smHo0

 『十二人の怒れる男』(1957)で確認。

 英語ではcold openということが分かった。

http://en.wikipedia.org/wiki/Cold_open

 いったいこの「アバンタイトル」という、フランスにも英語圏にもない言葉を発明したのは誰であるか…。

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『正論』で小堀先生が小林よしのりに、所功・田中卓を信用するな、新田均、松浦光修、渡部昇一、八木秀次に依拠せよ、と書いている。あれ? 高森明勅は?

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『週刊文春』の宮崎哲弥氏の文章で「脳は10%くらいしか使われていない」というのが間違いであることを知った。じゃあ、潜在能力の開発とかいうこともないわけだな。

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橘木俊詔の『東京大学-エリート育成校の盛衰』を立ち読み。巻末に東大総長濱田純一との対談が載っているのを見て、ああこれじゃ本当のことは書かれていないなと思ったら案の定だった。90年代の大学改革が大失敗で、博士号をとっても定職のない東大出身者が大勢いることなど触れられていないし、濱田との対談で「最近は東大出身の作家があまりいない」と村上春樹が早大であることに触れつつ、松浦寿輝も堀江敏幸も野田秀樹も橋本治も小林恭二も三浦俊彦も小野正嗣も知らないらしく、「柴田翔は芥川賞をとったのにドイツ文学の先生になってしまったのはなぜでしょう」(大意)ってそんなこと文学の素人の濱田に訊いて分かるはずがなくて全然答えになっていない。本当に橘木がそれを知りたいなら柴田に直接訊けばよい。

 さらに冒頭で、東大生の学力低下を否定するのだが、立花隆が言い出したことで、立花は東大以外の大学を知らないから期待水準が高かったと言うのは意味不明で、東大卒だから「俺のころに比べて教養がなくなった」と分かるのであって、小樽商科大学から阪大院の著者こそ、東大卒じゃないし東大で教えてもいないから分からないのだと言うべきだろう。

 全体として、東大のお墨付き、東大の葬儀の時に配るまんじゅう本みたいなものだ。

2009-01-08 コップの中の嵐的話題

[] 15:55 コップの中の嵐的話題 - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

 ポーランド文学者・工藤幸雄(1925−2008)の『ぼくの翻訳人生』(中公新書)を読んでいたら、不思議でおもしろい一節に出くわした。工藤は1967年、ユーゴスラヴィア(セルビア)のイヴォ・アンドリッチの『呪われた庭』を重訳した。すると1972年の『ノーベル文学賞全集』に同じ作品がK.Sの訳で出て、似ているから「盗訳」ではないかと思い、K.Sに会ったら殴ってやろうと思っていたが、あとでよくよく見たらそんなに似てはいない。それでK.Sに会った時、殴るのはやめたが、K.Sは、「参考にさせてもらいました」と言ったという。これは東大教授だというから、文学部露文科の栗原成郎であろう。

 しかし工藤の怒りは、既訳があるのに新しい訳を載せた編集責任者の東大教授Kに向かい、1975年Kを自宅に招いた際問い詰めたら、「既訳があるのを知らなかった」としらばっくれた、という。これは木村彰一であろう。しかしさらに話はおかしくなり、その時、KとYも工藤宅へ来ていて、工藤は一番若手のKの顔にグラスのウィスキーをぶっかけ、しかしKは怒りもしなかった、とあって、どういうわけかというと工藤は1967年に共同通信社を辞めてワルシャワ大学の日本語講師になり、7年ワルシャワにいたのだが(その時のことを『ワルシャワ貧乏物語』『ワルシャワ猫物語』に描いたのが夫人の工藤久代)、74年になって事実上解雇されて帰国した。というのは、東大とワルシャワ大の間に交換制度ができて、代わりに東大から講師が来ることになったとかで、その制度を作ったのが木村、Y,Kだったらしい。Yはワルシャワでたびたび工藤に会ったがそれを言い出せず、木村に擦り寄って東大教授になったという。のち事故死したというから、これは教養学部教授だった吉上昭三だろう。吉上は自宅の火事で焼死している。さてもう一人のKは、木村の退官記念論集に、木村の弟子でもないのに寄稿していて、実はさして悪くないのに、吉上の「裏切り」への怒りから、いちばん若いので側杖を食った、と工藤は書いているのだが、果してこのKとは誰か。木村の退官記念論集『ロシア・西欧・日本』の執筆陣で、イニシャルがKで、木村の弟子でなく、工藤や吉上より年下といったら、小原雅俊しかいない。が、私はこの人は知らない。

 工藤はおかげで一年半、変名でポルノの翻訳などして糊口を凌ぎ、奥野健男や島尾敏雄のおかげで多摩美大の教授になったという。何だかゴシップとしては切れ味がよくないのだが、吉上が入るなら、工藤の友人だった江川卓(馬場宏)の方が、東大卒だし、適任だろうと思ったという。吉上は江川が脳梗塞で倒れたあと、「江川ももうダメだな」と言っていたとか。ところでこの木村の記念論集に、まだ二十代で寄稿しているのが、亀山郁夫である。それとまたどういうわけかここに登場する面々、スタニスワフ・レムの訳者が多いのだが、ポーランドといえばレム、という時代があったのである。

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以前、坪内祐三が、江藤淳が家系自慢をするのを批判して、神田の電気職の息子だった福田恒存が聞いたら何と思うか、と書いていたので、私は福田が、神田の小さな電気屋に生まれたのだと思っていた。すると講談社文芸文庫附載の福田年譜で、名付け親は石橋思案とあり、父は電気会社勤務で、それを辞めたあとは書を教えていたとあり、この福田幸四郎というのが、ただの電気職でないことを知って、またしても裏切られたような気分になったのであるが、この父がどういう来歴の人で、思案とどういう関係にあって、思案が名付け親だというのがどこに書いてあったのか、分からない。実は年譜の作者にまで問い合わせたのだが、いま遽かには分からないとのことである。誰か知っていたら教えてください。

 ところでこう書いたからといって、私は福田恒存をさほど高く評価してはいない。シェイクスピアの翻訳は悪い意味で新劇的で堅苦しいし、ロレンスの『アポカリプス』がなぜ『現代人は愛しうるか』になるのかも分からないし、『私の幸福論』などは伊藤整の『女性に関する十二章』のほうがずっと面白いし、平和論は今では常識だし、嫌煙権批判をしたのはいいが、あの当時、そういう人はほかにもいたし、「龍を撫でた男」とか「キティ台風」とか、今ではとうてい読むに耐えないし、文藝評論もさほど切れ味は良くない。旧仮名遣いに関する議論は正しいのだが、いま中村保男のように自ら旧仮名で書くほどの執着は私にはない。

付記:命名の件につき、福田全集第一巻覚書に、父が白山の出張所にいた頃、石橋思案がどういう因縁か名付け親になった、とあると前田嘉則氏よりご指摘を受けました。しかし父親と思案の関係、依然分からず。

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三浦淳先生と対照的に、よくない学者のウェブサイトの例である。

http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/index.htm

 何が良くないかというと、ブログも二つあってやたら情報量が多いのに、肝心の中路正恒という人の現職とか履歴とか業績とかが全然分からないに等しいことである。

2009-01-07 民営化すればよくなる幻想、その他

[] 15:56 民営化すればよくなる幻想、その他 - 猫を償うに猫をもってせよ を含むブックマーク

 いったいどこから発生したのか、少なくとも最近では小泉に騙された「民営化すればよくなる幻想」である。映画「まぼろしの邪馬台国」にあわせた吉永小百合切手シートを買おうとしたら、映画鑑賞券とポスターとセットで5500円でしか売らないという。映画なぞどうでもよい、という人は多かろうに。郵便局は民営化で良くなってなどいないわ。

 それで疑問なのが、以前宮崎哲弥氏が『諸君!』に連載していた新書評で『東大教師が新入生にすすめる本』(文春新書)をワーストにして、こんな下らない本を勧める連中が教師をしているなら、東大を民営化してしまえ、と書いていたことで、いや民営化してよくなるなら私立大はすばらしいかといえばそんなことはないわけで、まあ見方を変えればこんな大学に莫大な政府助成は要らんってことなのだろうが。

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 国会に、僧籍にある議員が法衣姿で登壇したというニュースがあった。以前も法衣で出ようとして「政教分離」でダメだったというのだが、瀬戸内寂聴が文化勲章受章の際にも法衣で出て、前例がないとかで少し調べたというのだが、あれも政教分離だったのだろうか。しかし、僧籍やら洗礼を受けたキリスト教徒やらが、議員になること自体は良くて、法衣で議会に出ると政教分離に反するというのはおかしな話で、では聖職者が国会議員になること自体はなぜいいのであろうか。国会へ出る時はいったん聖職者でなくなる、などということは、聖職者の本義からいっておかしいのである。もちろん、相撲は神事だというのも、天皇が祭祀王だというのも、後者はもちろん、前者が天皇杯や総理大臣杯を受け取っていることからするとおかしいのである。政教分離に関する議論は、ちっとも深まらないままである。

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年末にテレビに出た時、某氏が、「ブログなんてのは便所の落書きみたいなもんでしょ」と言っていたが、50代の某氏、おそらく2ちゃんねるもブログも区別がついていないと思われた。

 しかし学者のブログにせよウェブサイトにせよ、あまりないんだよなあ。もはや今日び、学者と名乗る以上、ウェブサイトくらい持って、自身の業績をきっちり世間に向って申告すべきだと思う。モデルケースとしては、新潟大学の三浦淳先生のようなのがいいだろう。とにかく、学者なのにReaDにも登録がない、業績を調べようにもネット上にない、ウィキペディアにもない、外国で博士号をとったらしいがそれは外国でさえ刊行されていないから題目が何かすら分からない、などというのは社会的責任の抛棄である。小林康夫よ、あなたがフランスで出した博士論文の題目すら、分からないのだよ。