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はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

2010-09-16 商業音楽がボカロ音楽に勝てない理由 このエントリーを含むブックマーク

ニコニコ動画というサイトがある。


知っているひともいるかもしれないが、ちょうど一昨日に民主党の代表選の生中継をやっていて、それがニコニコ動画のこれまでの最大アクセスの記録を更新したらしい。

それ以前は、はやぶさの地球への帰還の生中継が最高記録だったという。


つまり、ニコニコ動画で、もっとも人気のあるジャンルは政治であり、2番目は宇宙ということだ。ニコニコという名前に似合わず、なかなか硬派なサイトだ。しかも、これが若い人たちのなかで飛び抜けて人気のあるサイトだというのだから恐れ入る。とかく批判されがちの最近の若者だが、案外、捨てたものじゃない。


そんな教養コンテンツ全盛のニコニコ動画であるが、ひっそりと、くだけたコンテンツもあったりする。ここで言及したいのはそのなかでもボカロ音楽というジャンルだ。


ボカロ音楽はYAMAHAがつくった音声合成歌唱ソフトVOCALOIDをつかって発表されている一連の楽曲のことだ。3年前にブームがおこった当初は既存の商業音楽をカバーしたものも多かったが、すぐにアマチュアが自分のオリジナル曲を発表する場にとってかわった。要するに人間の歌手のかわりに機械音声が歌う音楽だ。


これがとにかく人気なのだ。JOYSOUNDのカラオケランキングの上位は、1年以上前から、ボカロ音楽にのっとられてしまっている。毎週、ベスト10の半分以上がボカロ音楽であり、流行のJPOPは一部の例外を除いては11位以降が定位置となった。ボカロ音楽の世界からでたCDがオリコンランキングの上位にはいってくることも少しずつ増えてきた。


このボカロ音楽はたんなる一過性のブームにとどまらないばかりか、音楽業界の構造そのものを変える可能性がある。残念なことに当の音楽業界の人達の多くはそのことにまったく気づいてないか、過小評価をしている。


面倒くさくなってきたので重要なポイントを箇条書きする。


・ ボカロ音楽は作曲家と歌手がひもづかない。

・ (上記の理由で)ボカロ音楽は作曲家が主役である。アーティストのライブはコピーバンドであり、CDはカバーアルバムみたいなものになる。

・ コンテンツ消費速度の早いネットにおいて、2次創作がボカロ音楽の寿命を長くしている。

・ 名曲をひとつの歌い手が独占できないので、歌い手の寿命も長くなる(だろう)

・ ボカロ音楽の歌い手たちには商業音楽の世界への憧れはもはやない。

・ ボカロ音楽の世界ではセルフプロデュースできるアーティストしか残らない。


商業音楽の場合、歌は歌手のものになる。ファンがカラオケで歌う場合は歌手本人の歌がお手本となる。


ところがボカロ音楽の場合、初音ミクの声まねをして歌うのはネタでやる場合だけだ。ボカロ音楽では、ニコ動で有名な歌い手も無名のユーザも立場は同じだ。何万人でひとつの曲を競作して歌っているのだ。


ここが根本的に違う。


必然としてボカロ音楽では曲の作り手が無数の歌い手に君臨する主役として躍り出る。


曲の作り手が主役になることによって、無数の歌い手もまた個々の歌唱においては主役になれるという関係も面白い。


ニコニコ系のライブは、いわばカラオケ大会か、コピーバンドやっているようなもんなのにもかかわらず、ファンには一個のアーティストとして認知され評価されるのだ。


今週のオリコンランキングでアルバム9位にはいったのはニコニコ動画で人気の歌い手のclearだ。


カラオケがうまい素人がミスチルの曲を歌ったカバーアルバムがオリコンランキングにはいることなんてありえないというか、CDが発売される可能性もないだろうが、ボカロ音楽だとアーティストの活動として成立してしまう。


しかもこういう無数の歌い手の存在がボカロ楽曲の寿命そのものを長くしている。昔からテレビにでるとコンテンツが早く消耗するといわれていたが、コンテンツの消費速度の早さでいえば、インターネットはテレビよりもさらに早い。検索性の高さとオンデマンドでコンテンツを利用できるという特性が原因だ。


商業音楽の世界ではクリエイター側の価値観、世界観を正確にユーザに伝えることが重要とされる。コンテンツの改変なんてもってのほかで、イメージコントロールをいかにうまくやるかがマーケティングの極意だ。こういう従来型の固定されたコンテンツフォーマットはネットと相性が悪い。


ネットは前述のようにコンテンツ消費速度が早いのでコンテンツの表現形式が固定だと、すぐに消費されてしまうことと、もうひとつ、簡単にコピーされるので売りにくい。


ネットではコピーされないために、また、消費速度を緩めて寿命を延ばすために、生命のようにうつりかわるコンテンツフォーマットが望ましい。ぼくはコンテンツ産業がネット時代に生き残るためには二次創作を自由に認めることが本質的に重要だと本気で思っている。


ボカロ音楽の場合だと、だれかネットの有名な歌い手が歌ったり、有名な絵描きがイラストを描いたりするごとに、コンテンツは生き返り、寿命を延ばす。いまの商業音楽のプロデューサがこの仕組みを理解して活用するのは、いままでの考え方と違いすぎるので、とても難しい。商業音楽では、アーティストは楽曲に対して特別な存在だからだ。


ただし、楽曲を歌手が独占できないことは人気ある歌手にとってマイナスばかりではない。どんな名曲が現れた場合でも、自分も歌手のひとりとして参戦できるからだ。


ボカロ音楽の世界では名曲も人気ある歌い手も、どちらも寿命が伸びるだろう。


ただし、歌い手についてはセルフプロデュースできないと人気者にはなれないだろう。


現在のニコニコ動画の歌い手を巡る状況は、Xの登場したヴィジュアルバンドブームの初期と非常に似ている。ニコニコ動画とニコニコ生放送を中心舞台とする歌い手間の熾烈な人気競争を勝ち抜いたプレイヤーは、すべてなんらかのセルフプロデュース能力をもったひとたちだ。人気歌い手は対バンのかわりにコラボをくりかえし、ファンを相乗効果で獲得しようとする。レコード会社や芸能事務所にとっても、なかなかはいりこみにくい世界であることも同じだ。


おそらくボカロ音楽でセルフプロデュース能力のある人間が、商業音楽の世界にはいっていかないと、プロデューサを自前で育てることはいまの音楽業界にはむずかしいのかもしれない。


ボカロ音楽がオリコンにも登場しはじめている現在、そろそろメジャーでもボカロ音楽を扱ってあげてもいいかなと思っている商業音楽側の人間がいるとしたら現実をきちんと見つめたほうがいい。


商業音楽の手がける新人よりも遙かに多い客の動員力をニコニコの歌い手たちはもっていて、彼らはそれを自覚している。音楽の未来は既存の商業音楽ではなく自分たちにあると既に信じている。


そもそも既存の価値観を捨てないとボカロ音楽をプロモーションできる人間がどれだけいまの商業音楽の世界にいるのだろうか?本当にこの世界にどっぷりつからないとその資格は得られない。その覚悟はあるのか?


・・・


まあ、なんてことをつらつらと書いてみましたが、一方でいまのボカロ音楽の世界は商業音楽の世界に近づいて進化していくとも思っています。むしろ商業音楽の世界が辿った歴史をなぞっていく部分も多いと思っています。権利意識も芽生えてきたし、炎上事件とかもおこって人気者のマネジメントの必要性も高まりつつあるし。


そのどこかの過程で商業音楽がボカロ音楽と融合し、音楽業界が進化のステップを一段あがるのでしょう。


願わくばそれが世界の音楽の歴史にも影響を与えるような幸福なものであることを望みたいと思います。

mao_mk68mao_mk68 2010/09/17 22:02 ひとつだけ。
いつでもどこでもだれでもわかる音楽は流行ります。

rakutarakuta 2010/09/18 10:03 ニコニコ動画はいつも見てますが
これは知りませんでした
これから見てみます

komusasabikomusasabi 2010/11/11 18:38 モノマネの世界は二次創作の世界と似ている。
芸能界という枠で見るなら、既にアナロジは存在してる。