「沈黙を破ったホリエモン,ITを語る」@ITpro
2, 3, 4, 5.
引用:自分でもなぜそれをやらなかったのかは今でも分からないのですが, おそらく,こだわりすぎていたんだと思います。 自分がダメなプログラマであるというコンプレックスが邪魔をして。 プログラマはサーバーを1台増やしたから速くなったというところではなく, 自分のプログラムによって速くなったと言いたいところがあるんですよ。 そうじゃないと,誰も誉めてくれませんし。
(何をやれましたか。結局,ライブドアでの実績は何だったのですか。)
自分の人生にとってできたということです。 結果はどうあれ,いい経験になったし,やっていたときは楽しかった。
ただ言えるのは,僕はリスクのあることは十分やったので, 今後はほかの人にやってもらいたいですね。
今は「脳にチップを埋め込んで…」みたいな話の方が面白いですね。 そういう興味があることにちょこちょこ手を出して, それを地味にやって何年後かに成果が出るといいかなと。
世間からは「虚業だ!虚業だ!」と叩かれ, 僕が逮捕されたとき,みんながみんなライブドアは潰れると思っていたでしょう。 でも僕は,絶対に潰れないと確信を持っていた。 一時的に売り上げは落ちるけれど,借り入れもないし, 単なる叩かれすぎの風評被害だったわけです。 僕が作ったライブドアは,虚業ではない,きちんとした経営基盤を持った会社でしたから。
何か、印象が違うな(この「印象」と言う奴は、めちゃくちゃ偏っていると思うけど -- よくも悪くも、当時のメディアの煽りを全然知らないし)。 そもそもは、彼は、技術指向の人間なのかな?
彼を叩いた世間っていうのは、きっと、 大衆を煽って搾取しようとするような「虚業」で一山当てようと狙っている 当事者たちなんではなかろうか。 そういう人たちとか仕組みの中で生きていく必要は、そもそもないよな。
1/19/2006: 当時のライブドア叩き。
いわゆる「手のひらを返したような」態度をとる人間って、 信用ならんということなんだろう。たいがい、そういう人は 「信じてたのに」とか言うもんだよな。 「信じる」ということの意味が、何だろう、軽薄なのかな。
ふと過去の記述(2/18/2004)を見て、そうかと思ったのだけど、以下がその paul graham のフレーズ:最良の選択は、その時に熱狂している人々には与しない、とはっきり言っておき ……
何にせよ、 「そういう興味があることにちょこちょこ手を出して, それを地味にやって何年後かに成果が出るといいかな」 と言えるだけの経済基盤を持っている(のだよね?)ということが、うらやましい。 この意味で、きっと成功していると言えるんだろうな。
3/17/2007: 堀江、実刑判決
付記(9/18/2008): アメリカのリーマン・ブラザーズ・ホールディングスという証券会社 (よく知らない)が潰れたのかな、そういうニュースが大きく流れている。
少し前にアメリカの住宅ローン関係で大変なことになったとかも ニュースになっていた。
それで、普段見ているブログでも、この件に関していろいろと話(というか、 各人の「解説」めいた記述)が上がっていた。例えば
「アメリカの夢」@tatsuru
「リーマンの破産、擬制の終焉。」@hirakawa : 上の樹さんのところから。
「第千二百六十二夜 2008年9月18日 吉崎達彦 1985年」@senya
この辺りの話って、(単純化したり一般化するのは、一般に、問題があるんだろうけど) 「虚業の虚業性が暴かれた」という感じのできごとと思っていいのかな。 で、そう思うとき、この辺りの考え方を持っている人たちは、 それでも「目の前にあるバブリーな虚業に乗って何が悪い」と言うのだろうか? (別に、誰かにリトマス試験を受けさせたいと思っているわけではない。純粋な疑問。) まあ、「虚業」はだめだけど「実業」なら可、という落としどころなんだろうか。
証券会社って、実際のところ、「実業」なのか? (というような疑問は2/15/2006あたりにも言っているね。)
付記(9/26/2008) 「<堀江貴文氏>「蟹工船の漫画は読んだ」 「勝ち」「負け」興味はない (上 下)」@yahoo
最近のマスコミは、手のひらを返したのか?そういう「ブーム」なのか? ああ、そうした方が今は売れるか……(うがち過ぎ、かな)。
8/13/2010: 堀江貴文が手間をかけているところ
「がんばれ!大相撲」
「大相撲に明日はあるのか?」@tatsuruから私としてはもう少し長い目で、暖かく見守ってあげたらいいんじゃないかと思って、 『中央公論』の特集のタイトルを「がんばれ!大相撲」とすることをご提案したのであるが、 I上くんは「はあ・・・でも、どこをどうがんばればいいのか」と暗い顔をしていた。
ってな記述から。
何かな、日和りすぎたんではないかと純粋に思う。 そもそも力士は、(旧)国立大学の教員とか公務員じゃないんだから、 「国民に対して説明責任がある」とか思わなかったらよかったんではないか、という意味。 (国技だってのも、勝手に言ってりゃいいんだし。)つまり、あの、 横綱審議委員会ってやつ(エラそうなことを言うだけの、ひょろっとした人たち)、 あれって必要だったんだろうか? あと、若貴とかあの辺りでメディアのブームに浮かれたのが間違いではなかったか? あそこを(経営の成功 / 失敗の)基準にしたら、 あちこちに迎合しないと立ち行かなくなっていくんだろうけれど (ここのところ、北の湖が結構立て直したというような記述もあったのだけど)、 そんなこと、そもそも必要なかったんではないかな (不祥事とか品格とかには、「相撲は強けりゃいいんだ」と一言、言っておけば)、と。 「しこふんじゃった」でモックンも言っているじゃないですか、 「もうズルして楽すんのはやめだ」と。(7/19/2008)
ちょっと前の、虐待で弟子を死なせてしまった件 (時津風部屋力士暴行死事件@wikipedia)、 あれは、何をどうしようと言い訳はできないだろうが。
9/8/2008: ロシア人力士。