(【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作 阿部正紀)

(【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作 阿部正紀)
http://www.christiantoday.co.jp/articles/17774/20151123/kagaku-no-honshitsu-17.htm

コラムニスト : 阿部正紀

今回から、科学史家によって明らかにされた近代科学の先駆者たちの業績と人物の意外な真相を明らかにして、科学の本質を探ります。

まず、地動説を唱えたニコラウス・コペルニクス(1473〜1543)から始め、次回以降にケプラーガリレイを取り上げます(ニュートンは第10回で取り上げました)。

一般に、コペルニクスは、
① 迫害を恐れて地動説を死ぬ直前に発表した、
② 自ら観測して得たデータと合理的な考えに基づいて地動説を提起し、
③ 天動説よりも単純で正確な天体モデルを提供した、と考えられています。しかし、このような見解は全てくつがえされていることを明らかにしましょう。

【今回のワンポイントメッセージ】
コペルニクスの地動説はローマ教皇から絶賛されたが、失敗(プトレマイオスの天動説より天球の数が増えた)を恥じたコペルニクスが出版を遅らせた。

迫害されず、絶賛された地動説
コペルニクスは、教会から迫害されることを恐れ、地動説を著した書物『天体の回転について』を臨終の間際(まぎわ)にやっと出版したと、従来考えられていました。しかし、これは史実と異なります。

カトリック教会は、「仮説」として提示するならば、どんな理論の研究をも許すことによって、「学問の自由」を認めてきました(本シリーズで後ほど説明します)。この慣わしに従いコペルニクスは、地動説を数学的仮説、特に暦を作る上で役立つ仮説として提起していました。

それゆえ、コペルニクスが教会から弾圧された形跡は全くありません。それどころか、コペルニクスの地動説は教会の要人から絶賛され、教皇が出版を勧め、費用を負担すると申し出ました。

ところがコペルニクスは、自分の地動説が失敗であったこと(この後で説明します)を恥じて出版を遅らせたのです。また彼は、大空を太陽が動くと信じている人々から嘲笑されることを恐れていました。これが、出版をためらったもう一つの理由でした。

地動説の失敗を恥じたコペルニクス
古代ギリシャプトレマイオスが完成した天動説では、「天球」と呼ばれる球の表面に惑星が固定され、天球の回転によって惑星の運動を説明します。

【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作
地球と惑星が太陽の周りを回転しているので、地球から見た惑星は急に逆行するなど複雑な動きをします。この動きを再現するためにプトレマイオスは、惑星を載せた「周転円」と呼ばれる小さな天球が回転し、その中心が「導円」と呼ばれる大きな天球上を回転するとしました(図1)。このようなことができる天球は、「透明で互いに貫通できる物質」で作られていると考えられていました。

実際には、地球が自転すると共に地軸が傾いて回転しているので、さらに多くの回転円(天球)が必要になります。その結果、プトレマイオスの天動説モデル全体では、43個の回転円が用いられています(高橋憲一訳・解説『コペルニクス・天球回転論』みすず書房[1993年]138ページ、ただし、月と恒星の回転円を含む)。

一方、地動説では、地球の公転に由来する導円を省略できるので、回転円の数を減らせると期待できます。コペルニクスは、「自分の地動説モデルによって回転円の総数をプトレマイオスの天動説より大幅に減らして単純化することに成功した」と書いた小冊子を予告編として出版しました。ところが、その後、回転円の数を減らすどころか増やす結果になりました。この失敗を恥じてコペルニクスは出版する気になれなかったのです。

コペルニクスが用いた回転円は49個でした(前掲書191ページ)。回転円の数だけでいえば、コペルニクスの地動説はプトレマイオスの天動説(43個)より複雑だったのです。ところが、20世紀半ばに著名な科学史家(バターフィールドなど)が、精査しないで、「コペルニクスは天球の数を80から34に減らした」と記述したために誤解されてきたのです。

古代ギリシャ思想に忠実であったコペルニクス

【科学の本質を探る⑰】コペルニクスの実像―地動説は失敗作
古代ギリシャ思想では、至高なる天上界を運行する惑星は、「完全な図形」である円の上を一様な速度で動くとされていました。古代のギリシャ人は、円は初めも終わりもないゆえに完全である、天上界は地上界と異なり変化が存在しないので一様な速度で動く、と考えていたのです。

ところがプトレマイオスの天動説では、導円の上の運動速度は一様ではありませんでした(図1)。そこでコペルニクスは、小さな周転円を一つ追加することによってこれを是正し、全ての回転円が一様な速度で回転するようにしました(図2)。

コペルニクスは、「一様な円運動」という古代ギリシャ思想の原理に忠実な宇宙モデルの構築を目指していました。そこで彼は、古代ギリシャの哲学者および自分と同時代のレオナルド・ダ・ビンチなどが論じていた地動説を取り入れて、「一様な円運動」に基づく宇宙モデルの可能性を追求した、と科学史家が論考しています。

神秘主義思想から発想した地動説
コペルニクスは、カトリック教会の司祭を務めたことがあり、大きなカトリック聖堂の行政官としての仕事のかたわら天文学の研究を行いました。

ルネサンス時代に生きたコペルニクスは、当時流行していた神秘主義思想「新プラトン主義」を信奉し、それをキリスト教信仰と結びつけました。新プラトン主義では、太陽は神的な存在、宇宙の王として礼賛されています。

コペルニクスは、『天体の回転について』の中で次のように述べています。「ある人々は太陽を宇宙の瞳(ひとみ)とよび・・・さらに宇宙の支配者とよんでいる・・・トリスメギストス(注:錬金術の祖)は見える神とよんだ。太陽は王様の椅子にすわり、とりまく天体の家来を支配している」

このような神秘主義的な太陽礼賛思想から、コペルニクスは太陽を宇宙の中心に置いたのです。従来からよく言われているように、天体観測上のデータが増えた結果、旧来の天動説では説明がつかなくなったので地動説を思いついたのではありません。

観測をほとんど行わなかったコペルニクス
コペルニクスは天体観測をほとんど行っていません。『天体の回転について』で用いた彼自身の観測データはたった27しかありません。その他の膨大なデータはすべてプトレマイオスなどの古代の観測資料を用いました。

ところが、20世紀末に出版された検定済み高校教科書に、「コペルニクスは、観測と計算によって・・・『地動説』を提起した。それは・・・観測による実証性と数学的な合理性をそなえた、近代科学の出発点として、その意義はきわめて大きいものであった」と書かれていました(『現代の倫理―四訂版』56ページ、一ツ橋出版[1992年])。

なぜ一般人のみならず、教科書を書くような知識人までもが誤解したのでしょうか。それは、自分たちが知っている地動説は観測事実で裏付けられた合理的な科学的理論だから、誕生した当時からそうであったに違いない、という思い込みによるのです。

科学は、観測データが集められ、それに合理的な考察が加えられることによって進歩してきたと考える常識的な見解は、少なくともコペルニクスの地動説では当てはまりません。コペルニクスは、ほとんど従来のデータを用い、信奉する古代ギリシャ思想の原理(一様な円運動)と神秘主義思想(太陽礼賛)に基づいて地動説モデルを構築しました。自然科学といえども、自然探究する人たちの哲学および、それに根差した世界観と深く関わり合って進歩してきたのです。

【まとめ】
コペルニクスは、教皇から地動説を出版するよう勧められたが、失敗作であった(天球の数を増した)ことを恥じて出版を遅らせた。
•彼は、ほとんど天体観測を行わず、古代ギリシャ思想の原理(一様な円運動)と神秘主義思想(新プラトン主義)の「太陽礼賛思想」に基づいて地動説モデルを作った。
•彼は観測をほとんど行っていない。科学は、観測データが集められ、合理的な考察によって発達してきたと考える常識的な見解は、修正すべきである。

【次回】
ケプラー神秘主義思想から「ケプラーの3法則」を見いだしたことを説明します。

■ 科学の本質を探る
アインシュタインは“スピノザの神”の信奉者
②-④ 量子力学をめぐる世界観の対立 (その1) (その2) (その3)
⑤-⑨ インフレーション・ビッグバン宇宙論の謎 (その1) (その2) (その3) (その4) (その5)
⑩-⑬ ニュートン力学からカオス理論へ (その1) (その2) (その3) (その4)
⑭-⑯ 複雑系における秩序形成と生命現象 (その1) (その2) (その3)
コペルニクスの実像―地動説は失敗作

阿部正紀

阿部正紀(あべ・まさのり)
東京工業大学名誉教授。東工大物理学科卒、東工大博士課程電子工学専攻終了(工学博士)。東工大大学院電子物理工学専攻教授を経て現職。著書に『基礎電子物性工学―量子力学の基本と応用』(コロナ社)、『電子物性概論―量子論の基礎』(培風館)、『はじめて学ぶ量子化学』(培風館)など。

【お問い合わせ】阿部正紀先生の連載コラム「科学の本質を探る」に関するご意見・ご質問は、メール(info@christiantoday.co.jp)で承っております。お気軽にお問い合わせください。

【イベント案内】神奈川県:東工大名誉教授と語り合うティーサロン(第9回)「進化論/創造論の謎―『カオスと脳』から進化論を考えよう!」 (2016年2月13日(土)14:00〜16:00)

【関連記事】あなたは創造論?進化論? 教会で東工大名誉教授と語るティーサロン(第6回「東工大名誉教授と語り合うティーサロン」)